離れていると不安になる。
全ては俺一人の妄想で、あの熱い抱擁も口づけも、俺の腕に掛かる重さも、何もかもが、夢ではないかと思う。
その頭のてっぺんから、指先や足のつま先までも、愛撫し口づけを落とし、全てを知り尽くしたと思っても、それでもまだ心許ない。
何もかも無かったかのような顔をして、そうして目の前で冷めた目をしているおまえを見ていると、俺は不安でたまらない。
「…カーシュ!」
「ん? あ…」
歩きながら考え事をしていたカーシュは、いつの間にか目の前に立っていたイシトに驚き、思わず顔を赤らめた。
「何をぼんやりしているんだ? さっきから何度も呼んでいるのに!」
咎めるようなイシトの声に、カーシュは肩をすくめた。見ると一緒に歩いていたはずのセルジュの姿がない。
「…小僧は?」
イシトはあきれたように、小さく溜息をついた。
「ふん…やはり、聞いてなかったんだな? 君があまりノロノロしているから、少し先へ様子を見に行ったよ…ほら、あそこに見えるだろう?」
指差した先には高台があり、そう言われると、伸び上がって周囲を見回すセルジュの姿が、小さく見える。だが、あそこからでは、こちらは良く見えないはずだ。カーシュはイシトの腕を引いて、近くの大木にその身体を押しつけた。
「な…!」
イシトの抗議の声は、それ以上発することが出来なかった。カーシュの唇が、塞いでしまったのだ。イシトの抵抗もすぐに止み、性急な口づけは、やがて深くなっていった。
どれくらいそうしていたのか、ようやく解放されると、イシトは苦笑した。
「大胆だな、こんな所で…誰に見られるかわからないだろう…?」
カーシュはうつむいた。
「…どうしようもなかった…そうせずにはいられなかった…」
イシトはわずかに眉を寄せ、哀しげな表情を作った。カーシュは、もう一度、イシトを木の幹に押しつけるようにして抱き締めた。
「離せよ。苦しいだろう」
イシトが冷めた口調で言う。カーシュはカッとなった。
「なんでおまえはそんなに冷めてんだよ! 俺は…俺がこんなに…」
それ以上はっきり口にするのはさすがに躊躇われ、カーシュはまたうつむいて唇を咬んだ。イシトはその頬を両手で挟むように撫でた。わずかに顔を上げたカーシュの額に、自分の額を押しあてて、イシトは囁いた。
「君のいない世界に、戻りたくはない…片時も、離れてなどいたくない…こうして、君の腕の中で、何も考えずに身を委ねていられたら……」
「イシト…」
カーシュがイシトを抱き締める。
「…だが、私は国を、軍を、裏切ることは出来ない。それは、これまでの自分を否定することだ。そして何より、私は自分の信念を捨てることは出来ないんだ…」
「イシト…俺は…」
カーシュが悲痛な顔でイシトを見つめる。だが、イシトは突然プッと吹き出して笑い出した。
「どうだ? こう言えば、満足か?」
「な…! おまえ…!」
カーシュが真っ赤になってイシトに掴みかかった。だが、丁度セルジュが戻ってきた。
「イシトー! カーシュー!」
カーシュは慌てて手を離した。
「あ、カーシュ、大丈夫? あのね、あっちに水場が在って、なんかその辺があやしいと思うんだけど…」
セルジュはニコニコと報告する。
「むががががががが…」
カーシュは憤りをぶつける場を探して、早足でセルジュの指差した方へ歩き出した。
「あ? カーシュ? 待ってよ。急にどうしたの?」
何も知らないセルジュが慌ててあとを追う。
「うるせー! ガキは黙ってついて来い!」
セルジュに八つ当たりするカーシュの後ろ姿を目で追って、イシトは微笑を浮かべた。
真実は、いつも幾重ものヴェールで包まれている。
嘘と偽りにくるまれて、その奥津城にひっそりと真実は在る。
君は知らない。
そして、これからも知ることはないだろう。
私の重ねた、眠れぬ夜を。
FINE.
|