「あ〜、暑いね。ねぇ、ちょっとあそこの小川に入らない?」
ヒドラ沼を歩きながら、セルジュが葉陰になった淵を指さして歓声を上げた。カーシュはフンと鼻を鳴らした。
「はっ、やっぱガキだな。おう、行って来いよ。ここで待っててやるからよ」
「ちぇ〜。ねぇ、イシトさんも行かない?」
ガキと言われてちょっと頬をふくらましたセルジュが、イシトを振り返る。だが、イシトが答える前に、カーシュが言い放った。
「いい年した大人が、水遊びなんかするわきゃねぇだろ? 良いから行けよ」
そう言われては、イシトもそれに従う他はない。イシトは微笑んで曖昧に頷いた。
「ここらの日隠で休んでるよ。ゆっくりしておいで」
「そう? じゃ、ちょっと行って来るね!」
気を張りつめている毎日。セルジュには息抜きが必要だとカーシュもイシトも思っていた。少し弾んだ足取りのセルジュを見送ってカーシュが振り向くと、イシトはこちらに背を向けて木陰に寄り掛かっていた。
二人きりになったと言うこともあり、その軍人と言うには少し華奢な背を抱き締めたい衝動に駆られ、カーシュはつい手を伸ばした。次の瞬間、その手は姿勢を低くしたイシトにかわされ、続いて鼻先に拳が飛んできた。カーシュは寸でのところでそれを逃れ、勢い余ってしりもちを付いた。
「……な、何すんだ!」
思わず声を荒げて目を上げたカーシュの目に、憮然とした表情のイシトが映る。
「……いきなり、後ろから近付くからだ。私は、そう訓練を受けている」
イシトは少しきまり悪そうに頬を染めつつも、怒った表情を装ってプイと横を向いた。そう言われると、なるほど特殊部隊とはそういうものかと、カーシュも納得しないでもない。だが、このまま引き下がるカーシュではなかった。
「ちっ、まったく食えねぇヤツだよな、おまえって。オイ、起こせよ。手ぇ、引っ張ってくれ」
口の端を上げ、冗談めかして伸ばしたカーシュの手を、多少気が咎めたのだろう、イシトは素直に引っ張った。カーシュはその反動を利用して、今度は正面からイシトを抱き締めた。
「カーシュ!」
イシトが慌てて抗議し、その手を振り払おうとする。カーシュは肩でクックッと笑った。
「……後ろでなくて、正面からなら良いんだろ?」
「そういう問題じゃない!」
イシトが声を潜めながらも言い返す。カーシュはお構いなしに、イシトの耳たぶを甘噛みする。イシトはいよいよ真っ赤になった。
「止せったら! カーシュ!」
「小僧はまだ、戻って来ねぇって」
「んぐっ……!」
イシトの反論は、カーシュの唇に塞がれた。さすがに、それを振り払うことは、イシトにはできなかった。やがてカーシュの唇は、ピッチリと閉ざされたイシトの襟元を這った。イシトの躰が、わずかにわななく。
「カー……シュ……止め……てくれ……」
「なんでだよ。誰も見てやしねぇよ……」
カーシュの手が、イシトの上衣の下でその背を愛撫する。
「イヤだ……こんな……所で」
イシトが歯を食いしばるように訴える。丁度その時、遠くでガサガサと草をかき分ける音がかすかに聞こえてきた。セルジュが戻ってきたのに違いない。カーシュは軽く舌打ちして身体を離した。
「チッ。しょうがねぇな。じゃ、続きは今夜な」
「な!」
カーシュの一方的な発言に、イシトが異を唱える。カーシュは構わず続けた。
「今夜、おまえの部屋に行くからよ」
「勝手に決めるな!」
真っ赤になって言い返すイシトの鼻先に人差し指を突き出し、カーシュはニヤリと笑った。
「”こんな所”、でなきゃ良いんだろ? 約束したからな!」
「カーシュ!」
つい大声を出したイシトだが、その声を聞きつけて急ぎ戻ったセルジュが二人の間に割って入った。
「どうしたの? ケンカ?」
心配そうに二人の顔を交互に見比べるセルジュに、カーシュがひらひらと手を振った。
「違う違う。じゃれてただけさ」
「じゃれて?」
「そうそう。俺たちゃ仲良になったんだぜ。な?」
怪訝そうなセルジュに、カーシュは強引にイシトと肩を組んで見せた。イシトは真っ赤になりながらも、セルジュの手前引きつった微笑で応える。セルジュはホッとしたような溜息を吐いた。
「それなら良いんだけど……」
「ガキが、あんまり気ぃ遣うんじゃねぇって!」
カーシュがその頭をグリグリと撫で、セルジュがちょっとふくれる。
「止めてよ、カーシュ! ボク、ガキじゃないってば!」
カーシュは豪快に笑った。
「はっはっは。じゃ、そろそろ出発しようぜ」
カーシュにグリグリされた頭をさすりながら、セルジュが歩き出す。イシトも続く。それを見ながら、カーシュがふと思い出したように声を掛けた。
「あ、小僧。今夜はちゃんとした宿に泊まろうな? な?」
「い、良いけど?」
怪訝そうにセルジュが振り返る。カーシュはイシトに小さく目配せして笑った。
「へへっ。大人は、たまにはゆっくり休んで、ストレスを発散しねぇとな」
Ende
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