行方

 


 カーシュの目の端を、金糸の髪がかすめる。高く低く、右に左に、それは敏捷に身をかわし、確実に敵を倒していく。
 イシト。
 戦闘能力それだけなら、自分も引けはとらないつもりだ。だが、常に周囲に気を配り、適切に対処し、思考を巡らせ、彼はセルジュを導いていく。その手腕は、やはりさすがにパレポリ軍特殊部隊「黒き風」の隊長だと思わざるを得ない。
 美しい。
 それは奇妙な感慨だった。
 テルミナを攻略した、パレポリは敵だ。だが、そのパレポリの軍人であるイシトの戦う様を、カーシュはきれいだと思った。訓練された無駄のない動きも、正確な銃の腕も、身を翻す時に揺れる金の前髪も、照準を定める蒼くきつい眼差しも。カーシュはそれらを目の端に捉えながら、そんな自分の感情にとまどいを覚える。
「カーシュ!」
突然目の前に、イシトの姿が飛び込んできた。敵モンスターの爪が、そのイシトの肩を切り裂く。
 迂闊だった。つい自分の感情に囚われ、敵が突進してきているのに気付かなかった。カーシュは慌てて、その眼前のモンスターを一撃の下に倒した。よく見ると、すでに何発かの銃弾を受けている。イシトが先に撃ってくれていたのだ。
 傷を負ったイシトは、と見ると、彼は痛みに顔を歪めながらも、リカバーを使ったところだった。見る間に、傷は癒されていく。最後の敵はセルジュが倒し、戦闘は終わった。
「さあ、先を急ごう」
イシトは何事もなかったかのように、先に立って言った。そのあまりに平然とした様子に、カーシュはなぜか腹が立つ。イシトは確かに自分をかばって怪我を負った。すでに傷は癒すことが出来たとは言え、一時でも、その痛みは彼のものだったはずだ。カーシュのために、だ。
「待てよ」
カーシュはイシトを睨み付けた。
「なんで、さっき俺をかばった!?」
イシトは無表情に、フイと横を向く。
「オイ…!」
カーシュの剣幕に、セルジュはただならぬものを感じたらしい。
「あ、あの、ボク、どっか高いところから、道を探してくるね…」
草の生い茂った世界のへそは、似たような地形が続き、先程から同じ所を巡っているようで、皆苛々してはいたのだ。セルジュは体よくその場を逃れ、すぐに草陰に消えた。
「…俺は、おまえにかばって貰ういわれはないぜ!」
カーシュは、お構いなしにイシトに食って掛かる。自分の中のわけのわからぬ苛立ちを、彼は留められなかった。
「…君をかばった訳じゃない」
イシトは横を向いたまま、ようやく静かに言った。カーシュはムッとした。
「じゃあ、なんだよ?」
イシトは考えるように、クルリと背を向けた。
「…わからない…あの時…気付いたら、勝手に身体が動いていただけだ…」
「二度とこんな事するな!」
カーシュは思わず怒鳴っていた。
「勝手に動いたんだろうとなんだろうと、二度とこんな事するな! 聞いてんのか!?」
ゆっくりと振り向いたイシトは、怒ったような顔をして、だが、哀しげな眼でカーシュを見た。その眼に無言で抗議されたようで、カーシュは口ごもった。
「俺は…おまえが怪我すんの、見たくねぇんだ…特に、俺のためなんかに、もう二度と!」
その言葉に、イシトはホッとしたように表情を緩め、かすかに唇の端を上げた。それは、カーシュが初めて眼にする笑顔だった。
 こんな顔が見たかった。戦っている時の厳しい顔もきれいだ。だが、自分に向けられたこの笑顔は、なんと心に響くのだろう。
「イシト…」
カーシュはその意味を考えもせず、ゆっくりとイシトに顔を近づけた。やがてそっと唇が触れる。
 イシトは動かなかった。避けるでもなく、抵抗するでもなく、微動だにせずカーシュの唇を受け止めた。彼はどこまでも受け身だった。カーシュの手がその肩を掴み自分の方へ引き寄せても、彼は腰に片手を当てる、いつものポーズを崩さなかった。だがその長いまつげは伏せられ、カーシュに合わせて、顔が傾けられている。
 イシトは受け身だった。そのくせ、カーシュが唇を強く押し当てれば、自分の唇を緩めて受け入れる。カーシュが唇をついばむと、緩くその唇を開いた。積極的受動。イシトは、いわばそうした態度でカーシュのキスを受け入れた。
 「…怒らねぇのか…?」
さっき傷を負ったはずのイシトの肩を抱いたまま、カーシュはイシトを見つめる。イシトはその視線を避けるように、目を伏せたままだった。
「…怒った方がいいのか?」
カーシュはギュッと、イシトを抱く腕に力を込めた。
「怒って当然だ…でも…」
言葉を切ったカーシュに、イシトが続きを促すように眼を上げた。
「俺は…多分、おまえが好きなんだ」
「私を…?」
イシトが怪訝そうに見つめる。敵対するテルミナとパレポリの事を考えれば、イシトがカーシュに疎まれていると思うのも無理はなかった。
「おまえと一緒に戦ってるのは、なんか知らねぇが、いい気分だった…おまえの戦ってる姿が視界に入ってるのは、何となくうれしいと思った…俺は…」
カーシュはイシトを改めてじっと見つめた。
「おまえをずっと見ていたいと思った…」
再び、唇が触れる。今度もイシトは逃げなかった。
「いやじゃ…ないのか…?」
イシトはすぐ眼前にあるカーシュの視線を避けるように、伏せた眼を横に向けた。
「…いやだとは…思わない…だが…」
「だが?」
カーシュはイシトの視線の先に、回り込むように顔を傾けた。イシトが困ったように眉を寄せ、小さく頭を振る。
「わからない…わからない」
カーシュはイシトの両肩を掴んで、正面からイシトを見つめた。
「俺のこと、いやじゃないんだな?」
イシトが小さく頷く。
「…こうしているのは、いやじゃない…君と戦うのも、一緒にいるのも…」
「今は、それで十分だ」
カーシュはイシトを抱き締めた。イシトは自分の耳に響くカーシュの鼓動を聞きながら、そっと手を伸ばし、カーシュの背に伸びた彼の髪に触れた。




わからない
わからない
この思いの行方

好きだとか、嫌いだとか
そんな簡単な事じゃなくて

一緒にいたい
見つめていたい
そばにいて抱き寄せられたい

そんな思いは
どこへ向かうのか

わかりたい
わかりたくない
この思いの行方


FINE.

 

言い訳

背を向けあってた二人が、らぶらぶになる時。
そういうの、実はちゃんと書いてなかったかなぁと、今になって思いまして(^^ゞ
いわゆる「初めての時」ですか。
よく見ると、いろんなバージョンで書いてることは書いてるんですが、こういうのも「らしい」んじゃないかと。
こういうイシトもいいなぁ…積極的受動(笑)。
自分で書いてて「う、かえって色っぽ♪」とか(爆)。
この流れで進むと、いずれ○○も時間の問題ですね、カーシュが惚れてるんですから…。


20016.28