どちらからともなく、ゆっくりと顔が近付く。そっと触れあうくちびる。触れたと思う間もなく、それは一旦離された。
「やっと、また会えたな…。」
その赤みを帯びた瞳の優しい眼差しに、会えずにいた間の切なさが募り、イシトは思わず彼の首に腕を回した。そしてくちびるを押しつける。思いがけないイシトの態度に、彼は少し驚き戸惑っていたが、すぐにイシトの細い金髪を撫で、その肩を抱き締めた。
長い口づけが熱を帯びるに連れて、抱き合う腕にも力が入る。熱い充足感の中で、イシトは自分がどれ程にこの男の、この熱い包容を欲していたかを思い知らされた。この腕に抱かれ、この厚い胸で眠りたかった。
文字通り、住む世界が違う二人。セルジュに呼ばれた時のみ許される逢瀬。
切ない。これ程に会いたいと、切実に思う自分が哀しい。口づけを交わしながら、我知らずイシトの頬を涙が伝う。カーシュの大きな手がその頬を撫で、涙に驚いて顔を離す。
「イシト?どうしたんだ?」
「イシト?どうしたんだ?」
蛇骨館跡の地下室の机で、イシトは突っ伏してうたた寝をしていたらしい。急に掛けられた声に驚いて跳ね起きる。
「なんだ、寝てたのか。」
畳みかけるように笑いを含んだ声が聞こえた。
「カーシュ…!」
入り口に立って、カーシュが笑っている。
夢?今のは夢か?なんという夢を見ていたのだろう。
目を覚ましたイシトは、真っ赤になって慌てて目をこすった。かすかに涙の痕跡。
「こーんな薄暗いところにずっといりゃあ、眠りたくもなるよな。喜べ!出番だ!迎えに来てやったぜ。小僧も上で待ってるからよ。」
カーシュはイシトの赤面を、うたた寝を見られたせいだと思ったらしい。彼はいつものように豪快に笑った。その笑顔を見てなぜかホッとし、暖かな気分になる自分に気付いて、イシトはドキリとした。
夢は願望の現れだという。
最悪とも言える出会い方をしたカーシュ。いきなり「パレポリの犬」呼ばわりされた。だが、今ではイシトも彼の優しさをわかっていた。一見がさつで乱暴で、猪突猛進型。火と水のように、自分とは決してそりが合わないと思っていたが、その影にある彼の暖かさ、意外に繊細な気遣いを、イシトは確かに好ましく思っている。久しぶりにセルジュに呼ばれ、共に行動するというこの事実を、確かに今、うれしく思っている。しかし、自分はあの夢のようなことを望んでいるというのか?
イシトは夢の中のやり取りを思い出し、また顔を赤くして俯いた。
「なんだぁ?ぼぉっとして。らしくねぇじゃねぇか。夢でもみてたのか?」
カーシュがからかうように笑い掛ける。イシトは曖昧に頷いて頭を掻いた。
「あ…ああ…。ちょっと思いがけない人が出てきたものだから…。」
イシトの照れくさそうな様子をカーシュは勝手に解釈し、一人でうんうん頷いた。
「ああ、お袋さんの夢でもみたんだろ?へへっ、別に恥ずかしがるこたぁねぇぜ。夢に出てくるってなぁ、あっちがそれだけおまえのことを案じてるってこった。」
「…え?」
イシトは驚いて怪訝な顔をした。カーシュはお構いなしに笑った。
「あれ?パレポリじゃ、そう言わねぇのか?この辺りじゃよぉ、夢に出るってなぁ、思われてる証拠なんだよ。」
「…そうなのか…?」
イシトはまだキョトンとしている。
「そうさ。想いが強くなると、心が体から離れて想う相手に会いに行く。それが夢に現れるんだ。よく言うだろ?死んだ爺様が、死に目に会いに来たとかってさ。」
そう言われると、そんな気もする。戦場で、遠くにいる恋人が夢枕に立ったという同僚の話を聞いたことがある。イシトはちょっと考えてから、頷いた。
「うん。そうか…。」
カーシュも自分のこととは夢にも思わず、ニコニコと頷いた。イシトはそんなカーシュにチラリと目を向け、また目を伏せて微笑んだ。
「うん…そうだと良いな…。」
FINE.
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