投稿少年足跡G
梶川 進 (高橋孝三郎)
私が、古本屋で見つけた貸し本単行本に接したとき、やはり、今までの少年漫画とは違うえもいわれぬ雰囲気を感じた。その雰囲気をかもし出すひとつの要因に、投稿欄があった。
私は、さいとう先生の『台風五郎』のストーリー自体には、さいとう先生のほかの作品ほど感銘を受けなかった。が、この投稿欄の梶川進さんの、五郎の似顔絵には、ゴリラ(さいとう氏のニックネーム)の描く五郎以上にしびれてしまった。ムードがあった。かっこよかった。横文字の言葉も、なぜか、梶川さんの創作のように感じてしまった。
台風五郎I『ストップ禁止』S37 @ A
5回連続チャンピオンで勇退
私が持っていた本は、10集で、梶川さんは、@の作品で、すでに、似顔絵大会6回,7回と同じ作品で勝ちつづけていた。そして、Aの新しい作品でさらに8回大会も制し、3回連続チャンピオンとなった。その後は、私が所持している18集からすると、11回大会で鈴木紳一郎氏が第5代チャンピオンになっている。梶川さんは、『台風五郎似顔絵』の第4代チャンピオンであるのだが、9回、10回と制し、見事5回連続チャンピオンになり、勇退されたようだ。五郎の似顔絵コンクールの規定によると、5回連続防衛(獲得賞金2500円)が最終となっている。『台風五郎』は22集が、最終回なので、後にも先にも梶川さんの偉業に並んだ人は誰一人としていない。ある意味で、『台風五郎』の似顔絵投稿欄が、貸し本漫画似顔絵欄の最高峰と言える。その中のチャンピオンの中のチャンピオン、梶川進氏こそが、投稿少年の中の最高実力者と言っても過言ではないと思う。
作品の特徴
@の作品もそうだが、お話の中のちょっとした一こまを捉えるのが上手だ。表紙とか扉絵を作品にする人が多いので梶川さんの作品だけ目立つ。また、それでいて、五郎のかっこよさが十分出ている。Aの作品も、似たポーズを描いている人はいるが、まったく一緒の人は一人もいない。10回大会掲載70作のうち、一人もいないのである。目といい、手といい五郎やんのかっこ良さがとても出ている。私は、ムード、構図が抜群だと思うのだが、さいとう先生の評は低く、変わりに「線のとらえ方」が、なんと20点。この20点という数字は、かなり破格だ。そう言われてみると確かに線は抜群だ。そして、私が当時感心したのが、右上の文字だ。かっこいい。確か自分の投稿似顔絵にも真似した記憶がある。他の人の作品にはこのようなしゃれた文字はないので、もしかすると、梶川さんがご自分で考えられたのかもしれない。
B 『戦場に賭ける』(南波健二)S38 C
他の作品 Bは、同じく10集、お便り欄のカット作品。この10集には、10集おめでとうのコーナーがあり、そこにもカットとお便りが、トップで大きく載っている。 後,7集に27点第2位の作品(D)とカット(E)が載っている。6集には、作品はおろか、名前さえも載っていないので、私からすると、突如2位で現れ、次から5回チャンピオンを続け、さっと消えていった人に思われる。私が所持している100冊ほどの単行本の投稿欄では、他には梶川氏の名前は確認できない。ただ上の南波作品にCの作品がある。この「梶・ススム」さんは、梶川進さんではないだろうか。Aの作品に構図も似ているし、これは、自作キャラのコーナーだが、人物もかなりさいとう先生の絵柄に近い。さいとうファンと思われる梶川氏ならではの作品にも見える。また、ふなまさあき氏も『台風五郎』の投稿欄常連の人で、鳥取と広島は位置的にも近いので、お二人は当時交流があったのではないだろうか。
台風五郎F『死にぞこない野郎』S36 D E
年齢 貸し本単行本は、昭和37,38年をピークに、昭和41年まで何とか勢いを保ち、以後衰退していく。これは丁度、団塊の世代の人たちの中学から高校までと時を同じくする。投稿少年の多くは、ピークの37,38年が中学2,3年、そして、高校へ行っても就職してもしばらく続けた昭和23年生まれの人たちだ。しかし、投稿少年の中には、ピーク時に高校生や社会人だった人たちもいる。この人たちの特徴として、ピーク時には昭和23生まれの人たちよりランクが上で、昭和39年以後には作品が見つからないということが上げられる。昭和21,22年生まれの人たちだ。梶川さんは、こちらの世代と思われる。
梶川さんを尋ねて
昨年(’98)4月,梶川さんと話ができたらと思い、投稿欄の住所をたよりに、104で尋ねてみた。すると、「河三」という地名は今はなく、智頭町の智頭という所に梶川姓が9軒あるということだった。梶川さんを捜すのは、そこでストップした。 佐世保市の岩永氏が主宰する投稿少年の会「ドリーム」には、ふなまさあき氏も会員でみえるので、いつか梶川さんのことが聞けたらなと思っている。また、なつ漫会員の新井氏の手紙に、当時の投稿少年のランクを『梶川,村井保雄の二人が別格のトップで,そのあとに、ふな、新井、田所、前田、荒木,後藤が続いていた』とあった。また一度、新井さんにも梶川さんのことを詳しく聞いてみたい。(’99・9・11完)