| 愛知県幡豆郡 一色町の赤羽 |
一色町は日本のほぼ中央南部にある愛知県の南西部にあります。
北は西尾市に、東は吉良町に、南を三河湾に接しています。
海と豊かな自然に囲まれた一色町の西北に赤羽があります。
赤羽城址もありました。 |
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一色町は、市町村別のうなぎの生産量が、昭和58年から連続して日本一を誇っているそうです。
また、町の花に選ばれているカーネーションの生産も全国有数です。
そして、三河湾で取れる「アカシエビ」のすり身を使った「えびせんべい」も人気があります。 |
毎年8月26日・27日に開催される諏訪神社の大提灯まつりは400年を越える歴史があります。
6組12張の大提灯が掲げられます。学びの館には大提灯まつりのレプリカが展示されています。 |
| 一色さかな広場では、三河湾で水揚げされた新鮮な魚介類が所狭しと並んでいます。丁度地元テレビ局によるお店を紹介する撮影が行われていました。寿司むさしの店長のおまかせにぎり美味しかったです。 |
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| 赤羽別院 親宣寺 山門 |
親宣寺 別院 |
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| 親宣寺 会館 |
赤羽根 城址 |
赤羽根 城址 |
真宗大谷派の本山、東本願寺直属の別院である赤羽別院親宣寺は、土地の人から「御坊さん」と呼ばれて親しまれています。
山門の前に赤羽根城址碑と案内板がありました。
江戸時代の始頃の明暦2年 (1656年 ) に書かれた「西尾草創伝」に「平遠衡は赤羽之城主也と云」とあります。南北朝期には、吉良氏から分家した一色氏が城主となり、応永21年
(1414年 ) に高橋四郎高宗が城主となってます。
永禄4年 (1561年 ) に西条城主酒井氏に攻められて落城しました。
弓取り川の河口にある赤羽は織田・今川の両勢力の接触点で、戦略的にも重要な地点であったため、城を築いたと創造できます。 |
赤羽とその隣接する大字を地図上でなぞってみると下に向かって進む愛らしい「カタツムリ」の姿が見えてきます。
赤羽は赤いねばつく土の洪積台地とよばれる3万年前に形成された台地で、古代矢作川による堆積物でつくられています。
土器が出土して弥生時代から人々の住んでいた跡が残っています。平安時代までは、赤羽辺りが島であり、南北朝時代の終わりに陸続きになったと推定されています。
書物、古文書、口碑伝を見ると「赤埴の里」「赤羽根の庄」「赤羽の庄」「赤曽根之里」「赤羽禰」「赤曽根」と書かれたものが見られます。 |
赤羽公民館で建物の撮影をしていると隣地の方で赤羽に詳しい方とお会いしました。
一色町文化財保護委員、一色町文化協会常任理事などをされています榊原稔様でした。一色町・赤羽の郷土誌の編集にもご尽力されていて、熱心にお話をされました。
平成14年3月に御造営された「若一神社」の書物もいただきました。
改めて御礼申し上げます。有り難うございました。
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若一神社は熊野本宮退社を本宮と仰いでいます。
赤羽城址・若一神社・伊良湖岬が南北の線上に位置しています。意図的に奉場や建物を配置したものと考えられます。 |
うなぎの生産量が日本一の町で夕食は和食湖浜で、うな重を頂きました。
皮はパリッとしているのに身はふんわりとして旨いです。東京で食べるうなぎと触感が違います。
一日小雨の降る一色町をレンタカーで走り回った今日の疲れも吹っ飛んでいました。 |
参考文献
赤埴の里・赤羽郷土誌 赤羽郷土誌刊行会
| 一色町役場 |
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〒444-0492 愛知県幡豆郡一色町大字一色字伊奈跨61番地 TEL0563-72-7111 |
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