神奈川県鎌倉市の赤羽
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神奈川県鎌倉市の赤羽
  鎌倉市は三浦半島の基部に位置し、京都・奈良などと共に寺社の多い古都として知られています。  
  鎌倉の歴史は源氏との関係が深く治承四年(1180年)源頼朝がこの地に幕府を開きました。
 北條泰時の後を受けた時頼、その子時宗らによって禅が厚く保護され、禅寺として鎌倉五山とよばれる建長寺・円覚寺・寿福寺・浄智寺・浄妙寺などがあります。 鎌倉市内の道路は頼朝が幕府を構えて以来若宮大路を中心に、小町大路・今小路・大町大路・東大路などが整備、拡充されました。


 鎌倉はアジサイの綺麗なお寺が沢山あります。長谷寺と成就院を訪れました。
 長谷寺では、エンドレスサマー、甘茶、ブルースカイ、フェアリーアイ、十二単、海王星、姫紫陽花、七段花、黒姫…など沢山のアジサイが咲いていました。

 成就院は、1219年北条泰時が願いを込めて本尊に、縁結び不動明王さまをまつり建立しました。
由比ガ浜を望む108段の参道には、般若心経の文字数と同じ262株のアジサイが植えられています。

江ノ電極楽寺駅 極楽寺 江ノ電とアジサイ

 二の鳥居 浅羽屋で、楽しみにしていた、うな重を頂きました。

 辛口のタレに、ほのかに炭火の香りがしました。身が柔らかな美味しいうなぎでした。

 鶴岡八幡若宮の祭神は、応神天皇、比売神(ひめがみ)、神功皇后で、源頼朝が鎌倉に入った1180年この地に祀りました。桜の季節に段葛を散策しました。


 鶴岡八幡宮に参拝。

 小町通の鎌倉壱番屋のおせんべいと、鎌倉味くらの漬物・・・などのお土産を買いました。

 小町通り、長嶋家の「切山椒」が気になって買いました。

 昔ながらの素朴な和菓子で、新粉と砂糖と山椒の粉を加えて臼でつき、薄く延ばして短冊に切った餅菓子です。

 江戸時代の頃からから、新年を迎えるおめでたい菓子といわれています。

横山隆一 鎌倉カーニバル (JR鎌倉駅のガード下にあります)

  漫画「フクちゃん」の作者横山隆一さんは生まれも育ちも土佐の高知ですが、晩年鎌倉市に住んでいました。  川端康成の胆石、名馬ハイセイコーの尻尾の毛、歴代警視総監の指紋など、変わったコレクションを集めていたそうです。  鎌倉に移りすんだのは、嫌いなカミナリが少ないという理由だそうです。

 鎌倉時代に輸入された中国の陶磁器などが輸送船の沈没などで散布して、由比ガ浜・材木座海岸一帯に、破片が波によって打ち上げられています。

 海岸で陶磁器の破片を拾い集めてみました。
 

                     赤羽について
  明治22年町村制施行により玉縄村・小坂村・深沢村・腰越津村・東鎌倉村・西鎌倉村が成立。  同27年に東西鎌倉村が合併し鎌倉町となりました。  昭和6年に腰越津村が腰越町となり、同14年に鎌倉町と合併して鎌倉市となりました。  同23年に深沢村と大船町が鎌倉市に合併して現在の鎌倉市になりました。
  赤羽は腰越村と津村の字として、古くは赤羽根と書かれていました。
  ロイヤルホストのある信号の辺りがかって赤羽根と呼ばれていた地域です。蟹田谷・拾枚などと共に現在の地名上では表記されなくなっています。
江ノ電バスの「赤羽」 ロイヤルホストのある信号機 モノレール下の信号機
  赤羽の信号機は西鎌倉小学校の少し南側で、県道腰越大船線とモノレールとの交差点にあります。  ロイヤルホストが角にあるため場所が特定しやすく、多くの方より情報をいただきました。  ありがとうございました。

JR横須賀線 鎌倉駅 江ノ島電鉄 鎌倉駅 鎌倉市役所

参考文献
日本歴史地名体系  神奈川県の地名  兜ス凡社
日本地名大辞典  神奈川県           角川書店

訪れた日 2000/12/19   2002/04/09・23 2005/04/08 2008/06/24

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