東京都港区の赤羽
東京の港区三田一丁目内に、赤羽小学校と赤羽幼稚園、古川の流れる交差点に赤羽橋があります。 現在の三田一丁目の旧赤羽町一帯は、筑後久留米藩二十一萬石有馬考五郎の上屋敷の跡地でした。 猫三大話と言われた有馬の猫騒動も、お家騒動の一こまです。 旧赤羽町(東京専売病院〜東京都済生会中央病院〜三田国際ビル〜三田台郵便局までの一角)は、明治5年有馬家の跡地に町を起立し芝赤羽町としました。 町名の由来は、赤羽橋からとも赤羽川(今の古川)に沿っているからとも言われています。 昭和42年、住居表示の実施によって赤羽町は無くなり、三田一丁目になりました。 |
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「赤羽」と書いて「あかばね」と読みます。
| 赤羽橋の名称は古く、弘化3年の「御府内場末往還其外沿革図書」にも記載されています。 赤羽橋は、新堀川・赤羽川に架かる橋とも言われています。 |
都営地下鉄「大江戸」線が開通後、バス停の名称は「赤羽橋駅前」と変わりました。 それまでは「赤羽橋」でした。
渋谷村に沿う渋谷川が、下流では芝赤羽のそばを流れていたので赤羽川と言われていました。 その後、白金御殿造営ののち麻布四ノ橋あたりまで潮入りとなったことから、今でも新堀川と呼ばれていたり、その上流を古川と呼んだりしています。 現在の古川は、上を首都高速環状線が通り日当りが悪く、都市部の多くの川と同様に生物が住みにくい環境です。 それは、人間にとっても全く同じ事なんですが残念でなりません。 |
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| 赤羽小学校前の信号 |
赤羽小学校入口の時計塔 |
赤羽小学校と幼稚園 |
| 明治の世になって有馬の屋敷あとは、当時の海軍造兵廠となりました。 そして大正の始めに今の東京都済生会中央病院が建てられましたが、敷地の大部分は、「有馬ガ原」と呼ばれる空き地で、樹木や雑草が生い茂りうっそうとしていました。 都立三田高等学校のあるあたりは、「有馬ガ池」があって近所の子供達の釣り場に好適地だったそうです。 大正11年に都立三田高等学校が出来、大正15年には赤羽小学校が出来ました。 |
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| あか羽 |
赤羽橋ビル |
日本生命赤羽橋ビル |
| 「あか羽」・「赤羽橋」と名前の付く建物です。 |
| 参考文献 |
東京都港区近代沿革図集 芝・三田・芝浦
「あかばね」創立三十周年記念号 |
| 港区役所 |
〒105-8511 東京都港区芝公園1-5-25 TEL 03-3578-2111 |
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