| 指扇の赤羽根 |
| 江戸時代の指扇地区には、15ヶ村の村があり、指扇村が一番大きな村でした。 (赤羽根は、この村内7組に分かれていたうちの1組でした。) 明治の時代になり、22年4月1日に町村制が施行されました。 その際に指扇を含む10ヶ村が合併し、新たに戸数505戸、人口3,356人からなる指扇村が誕生しました。 その頃の指扇の村々は、農業を生業としていました。 昭和30年1月1日指扇・馬宮・植水・片柳・七里・春岡の六ヶ村が大宮市に編入合併されました。 そして、平成13年6月1日に大宮市・浦和市・与野市の3市が合併して、さいたま市となりました。平成17年4月に岩槻市を編入しました。 |
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「赤羽根」と書いて「あかばね」と読みます。ここは、赤羽と呼ぶ地名が他にもある事を知り、写真を撮りだした初めての地でした。 子供達はまだ、中学生と小学生でしたが、今二人は社会人になっています。 |
| バス停赤羽根 |
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赤羽根自治会の看板 |
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