あいさつ


 僕が芸術の役割を意識して絵を描きはじめたのは3年前、20歳のときでした。
生きる手ごたえをつかむための手段が芸術の役割であり、僕自身手ごたえのある生き方を
望んでいるのだと、岡本太郎の著作を読んで認識し、以来現実に積極的に働きかけて生
きるという形でそれを実践してきました。

 絵を描くことは、現実に働きかけるための1つの手段であると考えて、僕は絵を描きは
じめたのでした。しかしそうするうちに、生きる手ごたえつかむための手段は絵を描くこ
とだけではない・・・という考えが僕の中で大きくなってゆきました。
 絵を描くなんてまどろっこしい・・・。もっと日常的な生活の中で、身近な人間関係の
中で具体的な行動として何かを生み出し展開してゆかなければならない。なぜならそれが
生きる手ごたえをつかむ手っ取り早い方法だからです。

 だのに僕が今まで絵を描き続けてきたのには理由があるはずです。それは、美術研究所
に通ったこと、言い換えれば僕が画家になろうとしていたことに対する責任感からではな
いか、と今では考えています。

 振り返ってみると、僕が画家になろうとしていた理由には2つの面があったと思うのです。
1つは、一般の社会人と違って、仕事にたいして無責任で自分の世界に閉じこもっていられ
るからという消極的な面。2つめは、常識的な生き方にとらわれず自由に生きてゆきけるか
らという積極的な面。岡本太郎の著作を読んで、現実に積極的に働きかけて生きてゆかなけ
ればならないという新しい立場に立ったとき、僕は自分の画家になろうとしていた過去を、
積極性としてとらえたくなったのだと思います。つまり僕が画家になろうとしていた気持ち
の中には、手ごたえのある生き方を望んでいたという積極的な面があることを示すために絵
を描き続け、この作品展を開いたのです。

 ということは、この作品展を開くことによって、その目的を達成した僕には特に絵を描
く理由がなくなってしまうわけです。
 それに芸術の形式、括弧でくくったような「描く」という方法に疑問を感じるようにな
った僕としては、これからは「描かない」という方向にむかうと予想しています。

 自分の生き方そのもので現実に働きかけてゆく、これが僕の当面のプログラムになると
思います。
 この作品展を僕は、そんな決意の1つのポイントにしたいと思っています。

                            荒井 賢