印璽紋様

法律と自然則


 キリスト教の聖書には数値「3」がよく使われているのだとか。聖書の中の、どこかの寺院に関する記述の中で、円形の水盆の直径と円周が述べられており、その比率が1:3であったことから、アメリカの信仰篤いどこかの州(西暦2000年現在の大統領の地元でもある)では円周率を3に制定する議案が提出されたこともあった(幸いなことに否決された)。これを単に昔の無知な人々の話として笑うわけにはいかない。昔や外国ではなく、現在の日本においてさえ、同様に自然の法則を無視した規則が存在し、しかも日々、その規則によって罰金まで徴収されているのである(少なくとも、交通規則と道路構造の基準を定めた担当者が幾何学を理解しているとは信じられない)。

 規則を決めているのは誰か?そしてその規則を決める人々を選んでいるのは誰か?物理的に不可能な規則しか定められないような人々しか選べないような人々から構成される国は、まともなのか?主権在民というのはこの半世紀ばかり唱え続けられてきた呪文であるが、その挙げ句が自然則を違法と定義するような法体系しか整備しないのであれば、我々は滅びの道を進んでいるのではないか?

 クリント・イーストウッド演ずる"ダーティ"ハリーことハリー・キャラハンのセリフ「法律は腐っている。でも誰かがそれを変えてくれるまではオレは法律を守る。」我慢はせねばならぬというところか。


 田舎の技術系の小役人をしている私だが、出先でうろうろしているうちはそれほど気にすることもなかったのだけれども、県庁舎内で仕事をするようになって状況は変わった。物理法則の結果である技術屋の結論を、政治的に捻じ曲げようとする輩のなんと多いことか。妥協が不効率を生む。頭の悪いやつが多いということだ。

 

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Written by やまぐちまさ和
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