印璽紋様

共産主義について


 駅で電車を待ちながら共産党の演説を聞いていると、時々はいい事も言う。でも現実にそれを実行しようとすると、百人ほどの集落でならうまくいきそうだけれども町や市レベルでもどうかなと思う。ましてや国レベルでは……。
 共産党の主張するような社会では弱者は救済される。しかし救済の原資は強者から取り立てられる。ある程度までならこの方式も理解できるが、これを推し進めすぎることには疑問を感じる。皆が正直に自分が弱者なのか強者なのかを申告すれば問題はないのだが、弱者であると偽る強者(抜け駆けで得をする輩)を抑えなければ発案者の善き意図を実現できない。それに、努力して強者になろうとするものがいればこそ技術は進歩し、生活が向上するのに、努力するものを罰するような社会制度(しかも最初から努力を諦めても保護される制度でもある)がうまくいく筈がない。
 努力しないまま弱者にとどまる、あるいは弱者のふりをする連中は、搾取するために罰せられるべき努力人を探すようになる。結果は、監視社会である。そこまで考えて、ソビエトとかのかつての体制がまさにそうであったと思い当たった。結局、公職の中で共産党に任せてもいいのは自治会の役員程度のものか。それ以上の規模では共産主義はその利点を発揮できない。それも共産主義云々を叫ばず、共産主義的な手法を気づかずに実行している人に限る。一旦「党」を名乗ってしまうとマルクスだのなんだの余計な理論が付いてきて、ろくなことがない。

 

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Written by やまぐちまさ和
Last update at 2007