印璽紋様

ジャック・ライアン


 愛読しているT.クランシーの「ジャック・ライアン」シリーズの年譜を作ろうとしています。このページは、私が本を読み返すたびに補足されていくことになると思います。

【容赦なく】(以下、"WR")
 ベトナム戦争末期。ライアンは海兵隊にもまだ入っていない。

【愛国者のゲーム】(以下、"PG")
 ライアンとイギリス大使館の間で皇太子をライアン家に招待する日程の打ち合わせが行われている。この招待日が7/30(金)。物語は翌7/31朝で終幕となる。7/30が金曜日になるのは1980年代では1982年のみなので、愛国者のゲームは1981秋〜1982夏と考えられる。ジャックは30歳の誕生日を過ぎている。サリーは5歳。サリーは1977年頃に生まれていることになる。

【レッド・ラビット】(以下、"RB")
 ライアン32歳。ジャック・ジュニア5ヶ月。故に物語の始まりはPG終了後5ヶ月の時点。そうすると冬の話になりそうなものだが、物語は8月から10月にかけて進行する。後から書き加えられた話であるが、年齢の辻褄は既に放棄されて久しい。

【レッド・オクトーバーを追え】(以下"HRO")
 各章表題(○月○日○曜日)より、1982年暮。物語は非常に短期間に進展する。

【クレムリンの枢機卿】(以下"CK")
 HROから1年後(#1p19,20)から始まるが、クリスマスや新年の話題がないところを見ると1984年には入っていると推測される。但し、1958年でライアンが「小学校2年生」とされている(翻訳時に日米の学制の違いがどう考慮されているかは不明)。1958年に7〜8歳とすれば年齢計算上は2〜3年程度の誤差があるようである。
 #2p308では「4年前、非常勤としてCIAに参加」とされている。これがPGで家族が襲撃された直後と思われる。また、同じページの「その1年前にコンサルタント」という部分が、キャナリ・トラップ作成の頃であろう。
 #2p343の記者とライアンの会話の中に「残る冬」という言葉が出てくる。その他、#2p311、#2p431などから、このストーリー全体が3月から4月頃に収斂しているのがわかる。本編部分で3〜4ヶ月分の物語と思われる。

【今、そこにある危機】(以下"CPD")
 大統領選挙の年。作中で湾岸戦争に触れていないので1988年か(原著発表1989)?。但し湾岸戦争について書かれていないのは執筆時にはそれが起きていなかったために作中で取り入れられなかっただけ(偶々登場人物の会話や思考にその話題が登らなかっただけ)と解釈して、1992年でも可。

《湾岸戦争:1990夏〜1991初頭》

【恐怖の総和】(以下"SF")
 湾岸戦争後。CPDから少なくとも1回の大統領選挙を経ている。

【日米開戦】(以下"DH")
 大統領選挙(1996or2000)までほぼ1年を残した冬までの話。冒頭でSFの結末部から2年半経っていることが示される(#1p14)。#1p25でもファウラーがライアンの在野期間を「2年」と言っていて、#1p30では末っ子の年齢が「あとひと月で2歳」とされているあたり全て符合する。
 #1p33から物語は本格的に始まるが、この時点ではまだ冬である。
 #1p43、ディング31歳。
 #1p168、ライアン「ほぼ」40歳。
 米ソ(露)ミサイル破棄/株価操作/米原潜撃沈/マリアナ再占領は13日金曜日である。この時点で香港はまだ中国に返還されていない旨の文(#1p576)があるため、これが1997/7/1以前とすれば大統領選挙との関係もあり、1995年暮までのいづれかの13日(金)となる。尚、1990〜1999年の13日金曜日は以下の通り。

1990/4 1990/7 1991/9 1991/12 1992/3 1992/11 1993/8 1994/5 1995/1 1995/10 1996/9 1996/12 1997/6 1998/2 1998/3 1998/11 1999/8

 13日金曜日の数日後(おそらくは月曜日)、ライアンとゴロフコは電話で会談している。#2p220の会話はこの時点が春〜夏のどことでもとれるものである(上の太字部分)。香港の事を考えればこれが1997年6月と考えるべきか。ところで#2p216〜218他で、韓国はいつの間にか南北合併してしまっていることになっている
 #2p609、WRより20年。

【合衆国崩壊】(以下"ED")
 DH直後からとすれば1995年暮から始まる物語となるが、その時点で電子メールやインターネットが作中で使用されているほど普及はしていなかった筈。湾岸戦争からほぼ10年とされているところからして、DHの終了時を1999末と考えるべきか。

【レインボー・シックス】以下("RS")
 作中に「ライアン」という語は出てこない(唯一#4p285で『ジャック』という語が登場する)が、クラークが大統領を「友人」と考えているところから、まだライアンが大統領であると推測される。#1p192では現大統領が就任後少なくとも1年半を経ている(2年を超えているとかの詳細は不明)ことが示されていることから、再選2期目には入っていることになる(DH〜EDによると就任時で選挙まで約1年)。大統領名首席補佐官を始め、主要閣僚はライアンの人脈があたっている(アーノルド・ヴァン・ダム、ダン・マリー、ジョージ・ウィンストン他)。シドニーオリンピック(2000年秋)までの話。
 #1p8ではパツィが妊娠のごく初期であることが示されている。子供はシドニーオリンピック(2000年9月)直前に産まれることから、物語は1999年暮、若しくは2000年初頭からの約10ヶ月程度の期間に渡っていると考えられる。
 #1p29ではクラークとサンディが結婚(WR結末部)してから25年が経っていることがわかる。#1p48ではクラークのCIA在職歴を30年としているが、クラークがCIAに入ったのはサンディとの結婚とほぼ同時期の筈なので、これは「約30年」と解すべきであろう。
 また、#1p9ではクラークの年齢について「40ですらない」とされている。少なくとも45は越えていなければこういう書き方にはならない。#1p186においてはっきりと50歳を超えているとされている。  #2p50で「秋蒔き小麦」が既に蒔かれている。これが2000年の話ならオリンピックまでの期間が短すぎる。この時点で1999年以前の夏頃ということになる。パツィの妊娠期間は2年弱に及ぶらしい。
 #2p59では、イラクによるエボラ散布が「2年前」と記されている。エボラ散布(ED)を1999の2年前で1997と考えると大統領選挙の時期とは食い違いが生じる。
 #2p339、シャベスとクラークのテヘランでの作戦(EDのラスト)を「去年」と言っている。
 #3p12、ゲラシモフ亡命(CK終盤部)が10年前。これは計算が合わない。

【大戦勃発】(以下"B&D")
 モスクワでのゴロフコ暗殺未遂事件が晩秋の出来事(#1p33)。しばらく経って#1p153ではまだ季節は寒いらしい。EDの幼稚園襲撃事件から1年未満(#1p156)。DHの終了時を1999末と考えておけば#1p166のヴァン・ダムの台詞「15ヶ月前にB747が下院会議場に」と符合する。シドニーオリンピックはもう終わっており、大統領選挙も1回行われている晩秋から始まっているということは、物語冒頭は2000年10〜11月ごろと推定される。

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Written by やまぐちまさ和
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