印璽紋様

パラリンピック批判


 健常者のための競技会がオリンピックで、身体障害者のための競技会がパラリンピックなのだそうな。

 おかしな点は多々ある。

 オリンピックに全聾の選手が出場した例がある。集中力を要する競技においては一般選手に比べてこれは有利だろう。あるいは、五体壮健でも知恵遅れだとパラリンピックになる。これは明らかな差別待遇である。
 バリヤフリー云々をいうならばオリンピックとパラリンピックを分けるべきではない。柔道などは体重別に競技を行っている。「60kg級」等々分けるのと同じように「隻腕級」とか「車椅子級」の設定を行うべきである。大体、今の状況は五体満足な人間を暗黙裡に車椅子競技から締め出してはいないか?。あるいは、隻脚でもカヌー競技ならそれほど不利にはならないのではないか?カーリングまでがオリンピック種目になっている。隻腕選手が石を投げても問題はないのではないか?

 「我々より劣った連中だけれども熱意だけは持っているから大した事は出来ないにしても我々の競技の真似事をする場を作っておいてやれば我々の『善意』を表現できるだろう。」短く表現すれば、偽善ということか。

 コンタクトレンズや眼鏡、義歯、そういった補助器具なしでは生活できない人は多いが、そういう物を装着している人がパラリンピックの出場要件に該当しないのも基準が矛盾している。出発点が偽善なのだから追求するだけ空しいが。

 

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Written by やまぐちまさ和
Last update at 2004