
パラリンピック批判(その2)
パラリンピックに出場する選手の中には、義肢を装着して常人には真似できないような動きをする者もいる。
考えてみれば、義足に強力なバネを仕込むとかすれば常人よりも速く走ることは不可能ではないだろう。もっと直接的にローラーを仕込んでもよい(補助動力まで入れるのはやりすぎだと思うが)。
パラピンピックが安易な似非ヒューマニズムから脱却できる日がくるならば、それは改造人間コンテストに変貌してゆくのではないかと思われる。そしてそれは四肢に障碍を持つ者にとって真に自立を促すことにつながる。常人以上の運動能力を獲得できるならば、それが社会生活で不利には働かないからである。
今の私は義肢不要の平均的な人間だが、もし将来何かの事故か病気で義肢を使わねばならなくなったら、いろいろと余計な仕込みを考えて義肢職人を煩わせそうな気がする。
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Written by やまぐちまさ和
Last update at 2005