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(Goobike 2003 10月号抜粋)
大城信昭のインタビュー
今年で25周年を迎えるヤマハSR。
スタイルや基本的なコンポーネントは
初期型を踏襲している。
長い間、変わらないSRの魅力を
初代SRエンジン開発リーダーの
大城信昭さんに語っていただいた。

写真=楠堂亜希 インタビュー=編集部
取材協力=SR SEA SIDE CAFE事務局
1978年にデビューしたSR500/400。現在ではSR400のみをラインアップ、25周年を迎えた。その間、SRは着実に進化を続けてきたものの、SRイズムそのものに変化はない。初代SRエンジン開発のリーダーを務めた大城信昭さんも25年後の今、とても感慨深げだ。「ユーザーのみなさんに育てられて、ここまできたなという感じです。この25年の間にはいろんなことがありました。ご存じのように生産継続の危機もありましたから。そのときはユーザーの声に励まされ、社内では営業や工場のスタッフから支えられました。もちろん、ボク以外にデザインやフレームなどの開発に携わったスタッフがいて、そんな彼らがいたからこそ、25周年という今日を楽しく過ごせているわけです」-------------------------------------------
 SRヒストリーは
 ユーザーが創ってきた
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 たしかにSRほど、ユーザーの姿がよく見えるバイクは少ない。ディスク化したフロントブレーキを、ユーザーの反発を受けてドラムに戻したことなどは有名な話だ。大城さんたちにとって、ユーザーの動向は予想できないことも少なくない。 「SRはシングルスポーツとして送り込んだわけですが、多くのユーザーがカスタムに走ったんですね。意外な展開でしたが、ボクたちとしてはそれも受け入れるべきなんです。ハードを提供したあとの楽しみ方はユーザー次第なわけですから。それがあってこそ、25年というロングセラーを成しえたと思っています」 ロングセラーどころか、25年後の今でも400ccクラスセールスのトップに顔を出したりするのだから驚かされるばかりだ。セルスターターもなく、振動も小さくはない。現代のテクノロジーから見れば、まさにオールドバイクであるはずだが、そんな不満や不安をまったく感じさせない。とにかくSRは不思議な魅力、いや魔力を備えているのだ。「社内では多くのモデルの開発に携わってきました。SRもそのなかの1台ですが、今もって現役だからねぇ。もちろん、ボクのなかではSRの存在は大きいですよ。当時、幼い子供がふたりでしたが、今では孫までいます。ユーザーのなかにもSRより若い人がかなり多いですからね」
 彼はすでにSRプロジェクトから離れているが、今後はどのようにSRを見つめていくのだろうか? 「ボクは今、ひとりのユーザーとしてSRと接しています。エンジンの鼓動感やバイクに乗っているという充実感はとても楽しい。今後のSRがどのように受け入れられていくかを想像するのは難しいですが、バイクの基本的な大きな魅力を備えているかぎり、スタンダードであり続けるでしょうね。30周年記念イベントを楽しみにしていますよ」
ヤマハ発動機株式会社
研究創発センター コア技術研究室
パワーソースグループ 主管 パワーソース担当

1944年生まれ、23歳のときにヤマハ発動機入社。2サイクルエンジンの研究開発を経て、'70年代中ごろからアメリカ向けのオフロードモデルXT500などを開発。SRはそこからアイデアが生まれた。「当時はとなりでやっていた3気筒のナナハンに社内外の注目が集まっていましたから、SRの開発はスムーズでしたよ(笑)」。その後、研究部門に移籍。2度のアメリカ勤務を経て、'00年に帰国後、SR'01年モデルを購入。週末には奥さんとタンデムツーリングを楽しんでいるが「タンデムじゃ高速道路に乗れないから、遠出ができないんだよね」と不満顔。現在はパワーソース(新エンジン)の研究を行っていて「新兵器を開発中です」。ガソリンですか?との問いかけには「エンジンです(笑)」とだけお答えいただいた。また、アユ釣りや300坪の個人農園で野菜・茶葉作りを楽しみ、現在は自身のHPを準備中とのこと。
PROTO