最終更新日 '08.05.17 
オートバイ 1 ('02~'07)
'07/12/20  伊豆へ年忘れツーリング Link:
'07/11/15 天竜スーパー林道ツーリング 
'07/08/15 (豊田市)松平郷ツーリング 
'07/07/01 郡上八幡ツーリング
'07/03/10   御前崎ツーリング 
'06/10/21   天竜スーパー林道秋のツーリング 
'06/09/30   箱根ツーリング  
'06/08/26 ビッグシングル開発の講演をした。
'05/11/13 '05   川島モータースツーリング大会へ参加 
'05/08/08  寸又峡へのタンデムツーリング
'05/05/21  鮎観察ツーリング 
'05/01/02 2005伊良湖岬新春ツーリング 
'04/12        小生のビッグシングル開発物語雑誌掲載案内
'04/11/14 '04川島モータースのツーリング大会に参加
'04/08/10-11 SR400で飯田市へ 
'04/04/29   近郊ソロツーング
'04/02/28 SR400車検
'04/01/02 2004伊良湖岬新春ツーリング 
'03/11/09 販売店(川島モータース)のツーリング会参加
'03/07/05 SR初代モデル開発者 懐古会
'03/03/21 FISCOのSRミーティング参加 
'02/08/11 奥三河 茶臼山高原 タンデムツーリング
'02/04/27   近郊ツーリング
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オートバイ 2 (’08~ ) へ

'07/12/19-20 伊豆へ年忘れツーリング

 ヤマハOBツーリングクラブの伊豆年忘れ一泊ツーリングに参加した。19日(水)天気は晴。朝10時半磐田グランドホテル集合のところを不覚にも浜松市中区の家を出るのに手間取り、私は10分も遅れてしまった。参加車両はロイヤルスター2台、ハーレー、BMW(サイドカー付)、ドラッグスター1100、ドラッグスター250、マジエスティ、そして私のSR400の計8台である。国道1号線バイパスを東上し、宇津ノ谷で休憩、静清バイパスの渋滞を抜けて富士市に入り昼食を摂る。富士山は山頂を一寸覗かせただけ。三島よりR136を南下。冬の菜の花、今は鮎釣客の居ない狩野川、ロッククライミングの名所城山を眺めたりしてゆっくり走る。修善寺を過ぎて西向きに変るR136を更に進む。土肥峠では電光掲示板が気温7℃を示していた。
土肥温泉の民宿"椿荘"には4時に到着。ここは幹事のIさんがネットで探し、選んだところである。掛流しの温泉で温まった後、6時から夕食。日帰りツーリングだと酒は飲めないのだが、今日は大いに飲み、食べ、しゃべった。宿のご主人の捕ったばかりの新鮮な海の幸が美味い。女将さんも気さくで親切な人だ。ヤマハのスノーモビルの開発秘話、空中都市マチュピチュに5度も行ったTさんの話、そしてバイク談義に花が咲いた。
20日は8時より朝食。宿の前で記念撮影をし、土肥漁協販売所で土産を買ってから県道17号を北上する。幸にも、良く晴れた風の少ない絶好のツーリング日和だ。海岸沿いのワインディングロードを、眼下に紺碧の駿河湾、正面に雪を頂いた富士を望みつつ走る。戸田、大瀬崎、三津、沼津と過ぎる。清水町の柿田川湧水に立ち寄り、軽い昼食。
帰りも国道1号バイパスを使い、掛川道の駅で解散となった。そこから浜松までは退勤の交通渋滞の最中で、やや時間を取られたが6時には無事に家に帰り着いた。走行距離400Kmの楽しい忘年ツーリングであった。


椿荘でご主人の捕った新鮮な魚
を主とした刺身。

椿荘の前にて全員で。

戸田港より富士を望む。

戸田近くの見晴らし台

もう菜の花が。

柿田川湧水。


'07/11/15 天竜スーパー林道ツーリング 

  ヤマハOBツーリングクラブの11月ツーリングに参加した。参加者は5名。Y氏から「少し遅れて追い掛けるから」との携帯があったので、集合場所の船明ダムを4名で出発し、先ずは秋葉山上社へ向かう。着いてその駐車場から、徒歩で秋晴れの秋葉神社へ詣でる。ここの楓紅葉は今一つ美しくなかった。この夏が暑過ぎたせいだろうか?ただ、真っ赤なドウダン躑躅だけが辛うじて遅秋の風情を保っている。本殿に参り、その脇のジュビロ磐田の大きな絵馬を見てから駐車場に戻ると、Y氏が既に来ていた。そこから天竜スーパー林道に入る。この道は天竜左岸の標高1000mの稜線上を秋葉神社から水窪ダムまでの全長約45Kmの林道である。遠州富士と称される竜頭山の裾を通り、山住神社まで25Kmくらいのワインディングロードを時々路上に転がる落石を避けつつ楽しむ。先日の木枯しのせいか、雑木は既に裸木となっていて昨年同時期のような見事な紅葉が見られないのが残念である。しかし、枯れた芒の穂の原が、門桁山や京丸山を背景に置いてシルバーに輝いているのは目の保養になる。弁当を持って来なかった人達が、山住神社の峠の茶屋でおでんと里芋の串焼きを仕入れから、更に3Km先の"野鳥の森公園"の探鳥小屋で昼食休憩を取った。眼前には未だ紅葉の残る水窪の主峰、常光寺山があり更に遠くには、青崩峠の熊伏山がひときわ高く聳えている。その小屋の少し先は崖崩れの為に交通止めというのでそのままUターンした。山住峠で左折し、遠州の秘境門桁集落へ下りる。途中の紅葉は今日のルートの中では一番美しく見応えがあった。明神峡付近は道が狭く、BMWのサイドカーで参加のTさんは対向車との擦れ違いに神経を使いつつも凄く早く走る。未熟者のこちらはSR400で付いて行くのがやっとだ。気田の街に入ると気温が上がり、下界に下りて来たとの実感が湧いた。今朝上った秋葉山を西に仰ぎつつ、もう鮎釣り客が皆無の気田川に沿って南下。"横川の道の駅"に寄り小休止を取ってから、解散となった。
今日は山道だったので、何度か斜面をSRを転がして押し掛けをし、キックによるエネルギー消費を節約した。



船明ダム横に集合。

秋葉神社のジュビロ磐田の
必勝祈願絵馬

竜頭山の頂上近くにて。

野鳥の森公園の探鳥小屋で昼食。


'07/08/15 (三河)松平郷ツーリング 

会社の夏季休暇も折り返し点に入った15日、徳川家発祥の地、三河(豊田市)松平郷を訪れた。昔読んだ司馬遼太郎の「覇王の家」に最初に登場する場所だ。11時過ぎに浜松の家を出発、浜松西インターから豊田松平までは高速道路を使う。夏休み中というので、トラックの少ないのがいい。高速道路で二輪車二人乗りが解禁になって2年余だが、私が夫婦としては初めての東名二人乗りである。今日は、バイクで100Kmで走っていても熱風が来て、暑い! 後のニュースでは。、この時間に岐阜の多治見で40℃を超えたとの事だった。この暑さのためでSRのタペット音が一層かしましい。
松平郷は豊田市の東10Kmに位置する山間の郷村だがここも暑かった! 郷の駐車場は広いが生憎水曜日が資料館の定休日ということもあってか、訪問客は10名程度だ。松平東照宮の脇を過ぎ、始祖松平親氏の勇ましい洋風の銅像を見ながら、菩提寺高月院への散策路を上って行く。すると天下茶屋というしゃれた茶店があった。陶芸や、近世の生活アイテム(甕など)を上手に展示した店内はエアコンが効いていて涼しい。また、山野草の写真展示もなかなかいい。喉が渇いていたのでまずは氷水を頼み、さらに麦トロロを食べて空腹を満たした。この暑さだが寺への参道には秋の草、オミナエシが沢山咲いていた。
それからR301を東進し、元同僚が自分で建築中の、額田町北部に位置する別荘に立ち寄った。会社を早期退社してから、宅地造成、立ち木の切り出し・製材、建築、外装工事、電気工事など全て自分でやっているつわものT氏のバイタリティーと技術、美的センスには脱帽するばかり。あと一年ぐらいで竣工とのこと。
T家の工事現場をお暇して、さらにR301を東進、有名な本宮山麓のワインディングロードを楽しんだ。妻はコーナリングの時のリーンがすごく上手くなっていた。
新城から三ケ日へは宇利峠を越え、暑さでうだる浜名湖を右に見ながら、一路わが家へ。5時過ぎ、190Kmの酷暑のツーリングを終えた。


松平郷、松平東照宮。

松平宗家の始祖
松平親氏像。

松平郷。
高月院参道の室町塀脇のオミナエシ。

建築中のT氏の額田町別荘。
屋根は勿論、漆喰の壁も
自分で工事したという。


'07/07/01 郡上八幡ツーリング 

  4ヶ月ぶりにヤマハOBツーリングクラブの月例ツーリングに参加した。行き先は郡上八幡、集合は東名高速の新城PAである。参加は7台、内1台はタンデムで計8名。ロイヤルスターが3台、BMWK1100サイドカー付き、(私の)SR400、ドラッグスター250、マジェスティが各1台である。出発してすぐ、豊川検札所があると思ったら、行けども行けどもない! 5月末に廃止となったのだそうだ。名古屋や一宮の混雑を避けるために豊田ジャンクションから東海環状自動車道に入る。鞍ヶ池PAで休憩し、記念撮影。 さらに進んで、美濃関JCから東海北陸自動車道に乗り北上。梅雨の晴れ間の山野の緑がまぶしい。時々見える長良川には鮎の釣り人は少ない。郡上八幡インターで下り、郡上市中心部(八幡)に入る。さる寺の境内に駐車して町の散策開始。町の到る所に引かれた山清水の用水がいい。ここで一句「軒先を清水の走る小京都 ニール」。吉田川には鮎釣り人も多く見られる。昼飯は30分待ちの老舗蕎麦屋「平甚」。私はかけ蕎麦と朴葉寿司を食べた。
食後はさらに散策を続け、子供たちの吉田川へのジャンプシーンでおなじみの新橋のその脇にある郡上八幡旧庁舎記念館で土地で作った素朴なかりんとうとせんべいを土産に購入。郡上踊りは7月末から8月末に掛けて1ヶ月も続くのだが、今はまだその準備期間である。再びバイクに跨り、山城である郡上八幡城へ。私のSRはキックだけなので、いつも出発時に皆に迷惑をかけないように早めにバイクを始動させている。しかし、この城の駐車場は坂道の上なので、バイクに跨りころがしてクラッチを繋げば(押し掛け)容易にエンジンが掛るので、その必要がなくて助かる。帰りは同じ道を美濃加茂SAで休憩を取っただけで、新城PAまで隊列を保って戻った。そして、そこで散会。

今日は出発時に時々雨がぱらついたが、大きな天気の崩れがなく郡上では太陽も顔を覗かせた。前日もあくる日も雨だったが梅雨の時期の絶妙な日にち選びを幹事さんに大いに感謝した次第である。一人、高速道で路上に携帯を落として回収不能だった仲間がいて、それが残念だった。



東海環状自動車道を美濃へと向かう我が隊。

東海環状自動車道のSR400.

参加者全員で。

昼食を摂った蕎麦処"平甚"。郡上八幡。

皆で郡上八幡を散策。
町家の軒先を清水の用水が走る。

郡上八幡城。


'07/03/10 御前崎ツーリング 

 ヤマハOBツーリングクラブの本年初のツーリング会が開かれ、愛車SR400で参加した。昨年10月以来エンジンを掛けていないので、始動に一汗かいた。一旦掛かると再始動は容易だ。
10:15にヤマハ発動機本社のコミュニケーションプラザに集合。そこのプラザカフェで珈琲を一杯飲んで喉を潤してから出発する。タンデム参加2組を含めて8名が参加。ロイヤルスター(1300cc)3台が混じる。10年ほど前に自分もロサンゼルスの渋滞のフリーウェー(I 405号)をタンデムでこのバイクに跨り走ったことを懐かしく思い出した。R150をひたすら東進。菜の花畑がそこここに見られ、以前、伊良湖岬への道で作った俳句「菜の花や岬に向けてバイク駆る」が口を衝いて出る。途中遠州の七不思議の一つ、桜ケ池に立ち寄る。照葉樹林に囲まれた静寂の池をバックに、皆で記念撮影。続けて浜岡原発の横を通り、御前崎の岬への道に入る。発達した低気圧の影響で荒波が打ち寄せ、サーフインのメッカにも今日はさすがに数名のサーファーしか見えない。そして、私は初めてだが、仲間達にとってはいつもの飯屋"紀行茶屋"に入って昼食。御前崎灯台の足許にある。名物の"海鮮丼"を注文。いざ食べ始めて、あまりの具沢山なのにびっくり。ご飯が底の方に一寸しかない! 刺身の主食にご飯がおかずと言う状態。午後の出発時、小雨が降って来たのでウインドブレーカーを纏ってスタート。北上をし、相良から牧之原を通り、SL列車の起点で知られる金谷を通過。更に、日坂峠を越えて、国道一号線バイパスに載る。"掛川道の駅"でトイレ休憩を取り、次回4月中旬の再開を約して解散。それぞれ別々に、更に国一バイパスを利用し家路に着いた。


集合場所、
ヤマハコミュニケーションプラザ

桜ヶ池で参加者全員

御前崎灯台と遠州灘


'06/10/21 天竜スーパー林道秋のツーリングNEW!

 来月半ばに幹事を仰せつかっている俳句教室の紅葉狩り吟行があるのでその吟行地下見のために、天竜スーパー林道(正式名称:スーパー林道天竜線)をSR400で走った。林道は標高1000m前後の舗装された尾根道で、秋葉山から水窪ダムまで約50Kmの道のりである。落葉松だけは落葉は始まっているものの、他の木の葉は紅葉の最盛期には10日早い感じである。立派な尾羽の山鳥、よちよち歩くコジュケイ、そして中量級の猪にも路上で出会したりした。よく整備された山の公園"天竜の森"で持参のおにぎりで腹を満たしてから、60年に一度咲くという京丸牡丹伝説の京丸山を間近に望みつつ、樹齢千二百年の杉の神木を持つ山住神社に到着、そして参拝。その山住峠の茶屋で「里芋の味噌の付け焼き」と「柚子味噌のおでん」をおやつとしていただく。素朴な旨さだ! 続けて、吟行句会場となる近代建築の"カモシカと森の体験館"に寄って下見をする。更に、かつて登った常光寺、麻布山を仰ぎながら水窪ダムまでの真上まで行き、そこからUターンをして帰途に就いた。走行距離は167Km。 


秋葉神社上社。真新し過ぎるので、
古びた下社の方が私は好きだ。

"天竜の森"。北遠の名峰竜頭山の山頂付近にある。

"天竜の森"の看板と愛車SR400。

山住神社。
来月の俳句吟行の目的地の一つ。


'06/09/30 箱根ツーリング 

 本年初めにヤマハOBツーリングクラブに入会を許され、会員となったのだがずーっと日程が合わず、毎月ツーリングがあったのにもかかわらず今まで参加出来なかった。そして今日、嬉しい初参加だ。クラブ会長の高田さんは、一年掛りの奥さんとのヤマハメイト90」での南米タンデツーリングは先週無事終えたが、只今帰国途上である。そこで今回も会長代理の吉田さんのお世話により、この箱根行となったわけである。
 ヤマハ発動機本社コミュニケーションプラザ駐車場にAM9時に集合。参加は前述の吉田さん(ロイヤルスター)、大野さん(マジェスティー)、糸山さん(ドラッグスター250)と小生(SR400)の4名である。先ずは国一バイパスを、宇津野谷峠の道の駅で小休止氏を取っただけで三島まで走る。途中静清バイパスで5Kmほどの渋滞に見舞われたが、後はスムーズ。雲の中に頂上だけ見せる富士は、まだ青い山だ。箱根峠の松並木と銀色の芒の坂道を飛ばしていると、その歩道には往時を偲んでハイクをする人たちを時折見掛けた。
道中の隊列は千鳥。一車線内を千鳥配列で並んで進行する。アメリカでは"Staggered formation"として、二輪免許を取る時に必ず出題される。一列や二列の縦隊に比べ、道路占有スペースを最小に且つ車間距離の得られるという合理的なバイク隊列なのだ。

 箱根峠(標高847m)から道を左に取り、芦ノ湖スカイラインに入る。3Kmほど走って芦ノ湖を眼下に見る某レストランの芝生広場で弁当を広げた。真向いの、頂上だけ霧に覆われた駒ケ岳(1356m)は未だ紅葉していない。食事をしながら、バイク談義に花を咲かせる。話のリード役は世界一周バイクツーリングを2回もした吉田さんだ。またアンデス山脈を南から北に完走した件(くだん)の高田さん夫妻の話題も。1時30分、更に北に向けて走り、御殿場に下りる。下りの山道は狭くタイトなワインディングロードで、時々対向車にヒヤリとしながらも右に左にコーナリングの楽しさを堪能。御殿場からは東名高速を使い、富士SAで小休止を取った後はペースを上げ、遠州まで一気に走る。そこからは銘々に自宅最寄のインターで別れ、私は浜松ICで降りて家には4時に帰着。走行距離350Km。
曇り空ながらお蔭様でカッパを着るほどの降りはなく、9月末のツーリングを満喫。ただ、他の三人のバイクはセルモータ付なのに小生のSRはキックのみなので、暖機始動に梃子摺ったときなどには負い目を感じる場面もあった。年と共にキック力が弱っているのだ。


芦ノ湖と駒ケ岳

昼食

参加車両


'06/08/26 ビックシングル開発の講演をした

"バイクのふるさと浜松2006"という浜松市役所の地場産業振興のイベントがあり、頼まれてその中の"もの作り講演"で30年前のビッグシングルの(TT/XT/SR500/400)開発の苦労や楽しさの話をした。浜松産業展示館の2階で、聴衆は120名くらい。SBS所属のフリーのアナウンサー三井忍さんとの掛け合いのつもりが、一方的にしゃべってしまった。会社からは知人が2名、わざわざ聞きに来てくれて感激。内容は、開発のプロセス、エンジン設計の狙い、開発のエピソードなどで、その中にはキックしかないSRの始動に関することにも長めの時間を割いた。SRファンだけでなく若い人たちが席を立つことなく一時間の間聞き入ってくれたことがとても嬉しかった。最後はSRでツーリングした時に詠んだ俳句で締め括くる。「菜の花や岬に向けてバイク駆る」、「行く秋や峡に溶け行くバイク音


尚、講演前の食事時、往年の名ロードレーサー 平 忠彦 氏と一緒で、業界の色々な話ができた。その中で、“クラッシュがあった時、ヤマハチームは先ず「ライダーは?」と聞くのだが、某社では「マシーンはどうだ?」が真っ先に来る。それが私がずっとヤマハのマシーンに乗り続けた理由なんです”という話が印象深かった。
 
講演資料の一部紹介
"バイクのふるさと浜松2006" 写真

屋内会場

往年の名車YDS1

小生の講演風景


'05/11/13 '05 川島モータースツーリング大会参加 

毎年恒例の川島モータースツーリング大会に今年も妻とSR400のタンデムで参加した。少し遅れて集合場所のNHK浜松放送局駐車場に着くと、既にルートの説明が始まっていた。いつも参加する高田さんが、奥さんと一年掛りのアンデス縦断タンデムツーリング中で、顔が見られないのが寂しい。説明によると行く先は一昨年と同じ津具グリーンパークである。秋晴れの故か、200余名が参加。特に途中の休憩・集合場所も定めずに、モータース従業員の先導で出発。タンデムも数組いて心強い。右図の如く道を取る。引佐町の気温掲示板は14℃を表示していた。
ワインディングロードに入ると、ヤマハ T MAXのタンデム組が早く、暫く併走したが最後には置いて行かれた。寒狭川最上流部の境川では紅葉の山が見られたので、写真に収める。
途中ひやりとしたことが2度あった。一度目は、上りの左急カーブでコーナリング中にバンプがあって左フットレストトをひどく擦ったこと、2度目は右コーナーで膨らみ過ぎたことである。

津具グリーンパークのだだっぴろい多目的広場の隅に200台のバイクが駐車する景は壮観である。
12時よりこれも恒例のお楽しみ抽選会とじゃんけんゲームがあった。このツーリング大会の景品はメーカーやパーツ屋のPR品が主ではあるものの凄くよいので、多くの人たちを集まる理由のようでもある。妻はシャツセットを当てたが私は外れ。何でも、150人の参加を見込んで景品を用意して来たので、220名の参加者全員には行き渡らず、70名の外れ組は後日川島モータースへ取りに行くことになった。じゃんけんゲームは主催モータースの社長を交えてじゃんけんをして勝ち残った人ひとりがバイク用ブルゾンを得るというもので、4度繰り返された。ところがなんと、妻が一着せしめた。彼女が200名からじゃんけんを勝ち抜くという好運に恵まれようとは思いもよらなかった。結局このイベントでこのおやじは稼ぎゼロで終わり、妻だけ豊富なお持ち帰りを得たという、私としてはまことに面目ない結果となった。

くじ引きを楽しんでから、我々は持参のお結びを頬張り、帰途に就いた。
帰り道は東栄町から遠州熊、西鹿島のルートを取った。東栄からは、静岡のツーリング隊10名の後を付いて樹齢150年の檜林を森林浴しながらのライディングであった。
今日の句
  殿を走る紅葉のツーリング
  ヘルメット脱いで寝そべる紅葉の陰







愛知県北設楽の紅葉。
境川沿いの道路より。

白樺の木に掴まって一枚。
津具グリーンパーク。

津具グリーンパークの楓。

抽選会の模様。


'05/08/08 寸又峡タンデムツーリング

 夏休み休暇に入り、農業と漁業(鮎釣り)と句作だけでもつまらないし、暫く患っていた右足の甲の痛みがなくなったので、妻と寸又峡へSRでタンデムツーリングに出掛けることにした。8時30分に出発、始動させるのにもう足は問題ない。先ずは天竜(市)に出て、R362を東進する。晴れた暑い日で、春野地区の気温掲示板はすでに32℃を示している。鮎釣の状況を見ながら進む。今年、この川は不漁が伝えられているがやはり釣り人が少なく、支流の杉川も同じ状況だ。中川根町との境の峠近くになると国道とは言え道幅が狭く、"大型車通行禁止"看板がある。確かに狭く、シャープなカーブだ。
 大井川沿いに出ると月遅れの七夕飾りが各戸の軒先にさらさら揺れている。更に進むと、暫くSL列車と併走するチャンスがあった。乗客と手を振り合って旅情を感じる。高倉健の映画「ぽっぽ屋」のロケーションもこの大井川鉄道を使ったと、妻が後席でしゃべっている。
ここで一句。"SLに手を振り答ふバイク旅" (これは季語がないですね。)

 千頭を過ぎると奥大井の急峻な山々が近付き三角形に切り立った寸又の裏山の朝日岳も見え、遠くには大無間山の威容もくっきり見えて感激する。この山は空気の澄んだ日に、磐田市の職場から見はるかせる憧れの山である。このあたりに来ると段々涼しくなり、特にトンネルに入ると冷気が心地よい。
 やがて寸又峡温泉に着き、一番奥に店を構える手作りの店"さとう"でとろろそばをすする。そして食後の腹ごなしに舗装された林道を夢の吊り橋まで1.5時間のプムナード。大間ダム湖はエメラルドブルー色。6年前、同じ色をカナディアンロッキーのいくつかの湖で見て、「Peacock Blueは氷河で出来た沈泥(particles of glacial silt)の反射の色です。」とガイドに説明を受けたの思い出した。
夢の吊り橋は長さ90、高さ8mで大勢で渡るとかなり揺れる。妻は渡っている最中に風で、売店で借りた麦藁帽を湖に落してしまった。ここは前黒法師岳の登山口でもある。
 温泉地に戻り、町営温泉(美女づくりの湯)に入る。硫黄泉で肌がぬるぬるして、いかにも温泉の効能があるように感じられ気持ちがいい。

 帰りは島田市まで出て、国道1号線バイパスをひた走る。さすがに下界は暑い! 帰路はノンストップで6時に帰宅。240Km走った。

<<SRの始動困難時の対応>>
 本ツーリング中、キック力の衰えている私には、エンジンが焼けている時に数回のキックをせざるを得ない場面があった。 こういったときの始動困難は、殆どの場合、吸気ポート内にガソリンの蒸気が充満して、空燃比が濃くなるために起る。スロットルをやや空けて空燃比を薄くしてやるとよいが、開け具合が難しい。デコンプを引いたまま何回も空キックをして過濃混合気を追い出してやるもの一つの手だ。また、キックギヤのラチェットの間隔が荒いので、キックレバーの位置が水平近くにまで下がってからラチェットが噛んで、キック回転角度が十分稼げないことがある。この問題に対しては、デコンプを使ってのSRの始動の儀式を(場合によっては何回も)繰り返し、キックレバーが上方から噛む位置を探して、それからキックすると良い。この最後の方法が非力な人には最も有効である。


天竜川支流の
気田川。
鮎釣り客が多少は居る。
R362。

気田川支流
杉川。
釣り人皆無。
R362。

ダム建設で水量の少ない大井川。

道の駅 茶茗館より。
R362。

寸又峡の
エメラルドブルーの大間ダム湖に架かる夢の吊り橋。

寸又の峡谷と
朝日岳山腹

今日もよく働いたSR400。
今日の走行距離240Km
向うが昼食を食べた"さとう"

'05/05/21 鮎観察ツーリング

 今年からヤマハOBツーリング会に入会はしたのだが、3月のツーリング会は急遽風邪でキャンセルし、4月は凧祭りで忙しく、5月は金沢市への旅行があって参加できなかった。一方その間には、右足の甲が痛みキックできない状態の期間もあったりして、結局5ヶ月振りに、今日、愛車SR400に跨った。
 爽やかな五月の風が緑を揺らす絶好のツーリング日和である。6月の鮎解禁を前に、鮎の成育状況を見ようと思い立ち、11時前にいつも行く鮎釣り河川へとソロツーリングに出発。エンジンは放置時間が長かったものの、3回のキックで目覚めてくれた。 添付地図に示すように、ルートは浜松市、引佐町、鳳来町、設楽町、東栄町、佐久間町、天竜市、浜松市である。
 何組かの対向ツーリング集団に合うが、特に挨拶も交わさない。車が右側通行のアメリカでは対向してくるのオートバイに会えば必ず左手を揚げて挨拶する。左側通行の日本では、右手を挙げることになるが、それだはスロットルが戻ってしまうのでできない。左手を上げても良いのだが相手から遠い側の手になるので少し味気ない感じがする。あちらの国と違って、走行中のライダー同士の連帯意識が弱いように思われる理由の一つなのかな? 左側通行が。
 鳳来町山吉田では、工事中用のカウントダウン式臨時信号で2分も待たされた。対向車が殆ど来ないのにだ。国土交通省に「道路の効率的使用に心掛けて居るのかどうか?」、一度聞いてみたいものである。
 文句ばかり述べたが、山間地なので道路は空いているし、若葉と清流が心を和ませ、綺麗な空気に肺の中がリフレッシュされて行く感じ。気持ちがいい! 
 目的の鮎観察は主に橋の上からであるが、バイクの場合、そのまま橋の真中で停車して欄干にもたれて川を覗けるので、すこぶる具合が良い。くるまだと橋のたもとに駐車してはるばる歩いて行かなければならないところを横着できる。

 武田氏と織田・徳川連合軍の戦った長篠城址の直ぐ下の豊川/牛渕では、鮎が沢山居ることを示す水中石の黒光りを見て気を良くした。 
昼飯は中寒狭川のほとりの、愛想の良い都会風の家族3人が営む喫茶店兼食堂で、山菜うどんをすすってすます。

更に走って設楽町と東栄町の中ほどの山中には、なぜかこんにゃく工場があった。その直売所で「刺身にしてもOK」と言うこんにゃくを旅の心のつれづれに買ってみる。

 SRは快調である。タペット音が大きいのが少し気になるが、故障ではない。今日はコーナーもいつもより早く回れるような気がする。

 佐久間町浦川で、馴染みの"大黒屋釣具店"に寄り、親父さんと世間話をする。「川の水が少なくて鮎の成育が良くない。」、「お客の財布の紐が固くて、高級鮎竿の売れ行きが悪い。」と顔を曇らせた。

それから更に中部天竜まで足を伸ばし、鮎の状況が良くないのをこの眼で確認してから、天竜市熊の大地野峠を越えて浜松へ帰った。
走行距離204kmの気持ちの良いツーリングだった。鮎の状況は総じて良くない。


食事をした
中寒狭川のほとりの喫茶店兼食堂
そして愛車SR400

振草川の
ポット状の滝


'05/01/02 2005伊良湖岬新春ツーリング

 年が明け、今日2日は“MC友の会”主催の恒例の“新春初乗りツーリング”の日である。弁天島の旧ドライブインハマナの駐車場へ、妻を後ろに乗せて馳せ参じたのが9時一寸前。今年は参加台数が少なく、ざっと見て100台一寸と言う感じ。年々,1000cc超とハーレー車が増えてきて、SR400では肩身が狭い。タンデムライドも我々以外はいないようである。
9時40分に先ずサイドカー組から出発し、集団の中ほどを走る。風は少しあるものの快晴で気持ちが良い。R1からR42に入り、いつもののどかな田舎道を時々キャベツ畑や藪椿に流し目を送りながら、伊良湖岬を目指す。スノーモービル用防寒服を着込んでいるので寒さは感じないが、少し動きにくい。 伊古部という集落を通り過ぎるときに一句浮んだ。
 
"初バイク万葉仮名の字(あざ)を過ぐ"

 毎年立ち寄る田原市高松のガソリンスタンドへ今年も立ち寄り、ガソリンを入れてもらっている間に石油ストーブで冷え切っ指先を暖め、一息付く。
その直ぐ先の所定休憩地、人気のない静かな赤羽根漁港には、今年も数艘の色とりどりの大漁旗を掲げた漁船が停泊している。この旗だけが正月であることを、思い出させてくれる。

 11時30分に恋路ヶ浜に着き、これも恒例の“ジャスト”というみやげ物屋兼レストランに入ってり、大アサリ定食を食べる。昨年は7人も居たヤマハ組が今年は高田典男さんと我々の計3人だけで一寸寂しい。
食後、浜松に所用があるのでお楽しみ抽選会はパスして、帰途に着く。途中、恋路ヶ浜を見下ろす断崖の道路脇、そして菜の花が満開の畑に停車してその風景を写真に収めた。
断崖の上では、一句。"見はるかす潮騒の島初バイク"
風は冷たいものの、この往還沿いに見る菜の花、パンジー、藪椿などの花々は早くも春を感じ取り、美しく咲き誇っている。

 2時40分に無事帰宅し、トリップメーターを見ると163Kmを指していた。
今年も楽しく忙しい一年になりそうだ。

 

弁天島での出発前の
ミーティング

大漁旗の翻く赤羽根魚港
での休憩

大アサリ定食
\1,600

伊良湖岬
駐輪場

菜の花が花盛り

恋路ヶ浜と
向うの島が神島。
三島由紀夫の
「潮騒」の舞台


'04/12 小生のビッグシングル開発物語雑誌掲載案内

いつもニールの雑記帳をご覧頂きまして有難うございます。TT/XT/SR500の開発を紹介した小生苦心の拙文が雑誌に載りましたので、興味ありましたら立ち読みなどなさってください。
出版社:山海堂、誌名:ENGINE TECHNOLOGY, 35号, December 2004, タイトル:TT/XT/SR500の開発回顧



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'04/11/14 川島モータースのツーリング大会に参加

今年もまた、SRを購入した川島モータースの“ツーリング会”の案内はがきが来たので、参加することにした。前夜すなわち13日、暗い灯火の元で、8月の飯田市へのツーリング時に悩まされた続けたアイドル不調を直すべく、何年か振りにドライバーとスパナを握った。タンクを外し、シートを取り除いてキャブをバラした。久し振りの整備作業のためバラすまでに、負圧コックの負圧ゴムホースがジョイント部に強く張り付いてしまってなかなか取れずに、結果マイナスドラーバーでホースを傷付けたり、又、フロートチャンバーのパンヘッドスクリューの頭がなめってしまい、外れなくなり、タガネで緩める羽目に陥ったりした。チャンバーを開けて内部を見た。ガソリンがニカワ状化してパイロットジェットが詰まったのかと思っていたのだが、その傾向は見られず、綺麗なものである。さらに色々調べたところ、パイロットスクリューの先端テーパー部(ペンチュリーに覗く混合気の計量部)にスラッジが輪状に少し堆積していたので、これを完全に取り去った。多分これが不調の原因だったのだろう。しかし、念のためにパイロットジェットや補助パイロットジェットも荷札用の細い針金で掃除をしてから再組み立て。そのキャブをやっと組み終え床面を見ると、なんと言うことか、見覚えのないOリングとカラーが落っこちている! 仕方なく、再びバラして、頭をひねりひねりしながら、何とか収まるべき場所を探し当てて組み込んだ。そして、タンクを取り付け、ガスを供給して始動すると、快調にアイドリングする。そして、シートも組み付けて夜の街を試乗してみると、アイドリングから全開まですこぶる調子が良い。直った!

翌朝(11/14)、曇り空のもと、3Km離れた集合場所(NHK浜松放送局前)に駆けつける。既に150台くらいは集まっている。今日の行き先は、茶臼山(浜松から片道100Km弱)である。受付を済ませ、参加者の目印となる赤い布テープをもらってミラーのステーに縛りつけた。主催者の挨拶、道順、注意事項を聞いてから出発。途中での全員での決められた休憩はなく、それぞればらばらに目的地に向かうことになっている。R257、R151を経由して、東栄町でガス補給をして北上。途中、引佐町の外気温表示はが14℃を示していた。2日前にイタリアから帰ったばかりで、時差ボケで体調が良くないのと、タンデムライドであることから慎重に走る。山に入り込むほどに益々寒い。今年は台風が多く、多分潮風がこの辺りまでも到達したようで、、褐色の葉が多く、鮮やかな紅葉は少ない。R151から茶臼山への道は、お馴染みの厳しく長いワインディングロードが続くのでとても楽しく、疲れも忘れて何回もメインスを路面で擦ってコーナリングした。そのたびにタンデムライダー(妻)が「危ない!」と叫ぶ。そうこうして、標高1200mの牛が長閑に牧草を食み、冬ざれの様相となった森に囲まれた茶臼山高原の集合地点(スキー場の駐車場)に到着。現地での"お楽しみくじ引き会″の景品は例年とたがわず豪華で個数も多く、「こんなにもらっていいものか?」と惑うほどであった。我々は福袋風の紙袋を二つ当てた。すべてメーカーのPR品ではあるが、ポロシャツ、時計、盗難防止ロックワイヤ、バンダナ、など10点以上が入っていた。
 くじ引きの当選番号発表を聞きながら、参加者のバイクを見て回ったが、最近の傾向としてここでも大型スクーターや外車が増えている。そして、参加者のバイクの殆どが塵ひとつなく磨き込まれているのに、私のSRだけホイールやスイングアームに汚れが相当に残っていて、人知れず赤面した。これからは愛車をもう少し磨いてやろう!
くじの後は川島社長と集団との"景品争奪じゃんけんゲーム"で、勝ち残った一人が防寒着などの高価な景品が貰えるというものだ。 参加者の中に、夫婦南米大陸縦断の高田さんも来ていたが、今日は奥さんが仕事と言うことで、一人で一寸寂しそう。その彼は2度、ベスト2まで勝ち上がったのだが、いずれも最後のじゃんけんで敗退してしまっい、悔しがることしきり。
そのゲームも終わり、12時半に散会。
我々はその場で、三河名物の五平餅と持参の弁当を頬張り、ポットに入れた自家製の緑茶を呑み、腹を満たし体を温める。

帰りは、東栄町から静岡県道9号線を南下、天竜市の自農園に立ち寄って大根や春菊などの野菜を収穫と雑草取りを少し行った。そして、野菜、景品、茶臼山土産のりんご・しいたけ、そしてタンデムライダー(妻)などを、非力なSR400に満載して帰途に付いた。
 途中、二、三度ひどいアイドル不調(アイドリングを続けているとやがて4000rpmくらいまで回転が上がってしまう)に見舞われたが、これはチョーク(スターター)の戻しが中途半端だったことによる。つまり、山道は信号がなくてアイドル付近は全く使わないから、戻し忘れに気付かずに、信号の多い浜北市に来てその影響が出たというわけだ。 そのことに直ぐに気付かなかった私は、エンジン技術者として穴があったら入りたい気持ちだった。前回の飯田へのツ-リングのときのアイドル不調が頭にあり、気化器の調子が悪いのだと直ぐに決め付けてしまったためだ。先入観は恐ろしい。

そうこうしながら、5時に浜松の自宅に辿り着く。 最後には疲労困憊の状態ではあったが、雨も降らず、ヒヤリとすることもなく、今回も良いツーリングだった。

キャブの図と
パイロットスクリュー位置


浜松市内を三々五々に目的地に向けて走る

愛知県東栄町の辺りになると
完全に集団がバラける


茶臼山のスキー場に結集した
160台余りのバイク

景品がどっさりの抽選風景


熟年夫婦の
タンデムライディング


'04/08/10-11 SR400で 飯田市へ

ルート:
8月10日と11日の両日、炎天下を飯田へのタンデムバイクツーリングを楽しんだ。ルートは、浜松よりR257。本長篠より愛知県道32号線を鳳来寺山の裾と稲目トンネルを抜け、再びR257に入る。そして設楽町小松から愛知県道10号線に入り、長野県根羽村まで。そこからからR153を北上し飯田市着。翌朝長野県道8号線を大平峠迄往復し、昼過ぎR151を一路南下、本長篠からR257に入り浜松に戻るものであった。

本文:
8月10日午前10時過ぎ、出発して直ぐにキャブの不調に気付く。暖機は十分なのに、チョーク(スタータ)を戻しスロットルを全閉にすると直ちにエンスト。止まった後でもチョークを引いてキックすれば何とか再始動はできるし、スロットル高開度の時は快調である。スロー系のゴミ詰まりかなにかであろう。ここ3ヶ月余り全く乗っていないからだろうか? あいにく気化器を外し分解するツールを持ち合わせていなかったので、エンジン回転を3000rpm以上に保ちながら走り続けることにした。それなので、信号待ちのたびにスロットルをあおり続ける不便をかこちながらの旅となった。

鳳来町満光寺はバイクツーリングの休憩地として人気があり、当日も駐車場のかなりの部分はバイクに占められていた。本当はこのお寺の庭園が素晴らしのだが、いつもあわただしく用だけ済ませて立ち去るので、久しく鑑賞していない。今日もそうだ。ラムネを飲んで喉を潤しただけで出発。

設楽町田口でガス補給をし、そのGSで教えてもらった蕎麦屋で空腹を満たす。山間の町だがその店の客は静岡や豊橋方面のビジネスマンらいし人が多く、話題は公共事業的なことのようだった。


津具高原の道の駅では、イチゴのかき氷を食べ、妻は授産所で作られた一輪挿しの焼き物を「掘り出し物。色合いも形も良い」と購入して嬉しそうだ。

(津具高原 道の駅にて)








長野県に入り甲斐の武田信玄が上洛行軍中、三河野田城攻撃の際に病を得て、その帰途に病気治療をしたという庵(復元)のある根羽村の“信玄塚”に立ち寄る。ここに五輪塔があったが、確か信玄病没の地はここではなく、この先の飯田の手前、駒場(こまんば)だったと思うのだが・・・。
 

(根羽村 信玄塚にて)








更に治部坂スキー場を右手に見て一路飯田へと進む。途中で多少の渋滞に見舞われ、雨も少し降ったが無事に今日の宿である砂払温泉に3時30分に着いた。飯田市中心部から西方1Kmで、インターネットの“旅の窓口”で予約したものだ。直ぐに、電気風呂、超音波風呂、泡風呂、温泉そして水風呂と5種類の湯槽のある浴場でツーリングの疲れを癒す。

しばらくして、今度は市街散策に徒歩で出かける。瀟洒なJR飯田線の飯田駅の東側一帯が市街地で、ハイライトはりんごの成木を中央分離帯とした“りんご並木通り”である。そこには様々な種類のりんごが色付き始めており、加えて、居並ぶ店の構えや展示に工夫が凝らされていて雰囲気がとても良い。昨今、特徴の全くない地方都市が多い中、行政がしっかりと観光開発をしているとの印象を受けた。

(飯田市のりんご並木通)




夕食は、砂払温泉で摂る。鯉料理(煮付けとあらい)が中心で、一緒に出された御幣餅も美味しかった。喉の渇きもあり、大瓶ビールを2本も空けてしまった。
(砂払温泉)








(伊那と木曽との間の大平峠の土産物屋“橋本屋”)



翌朝8時、割安の料金を支払い、チェックアウト。今日も晴れだ。伊那から木曽への道、県道8号線を“大平(おおだいら)峠”経由“木曽見の茶屋”まで、爽やかで涼しい緑の木々のトンネルの中を登る。昔の徒歩の旅人にはさぞ難所であったことだろう。御岳は雲の陰で見えなかったが、大平の土産物屋“橋本屋”のおばさんに自作の民芸土産の説明を受けながら世間話をし、沢水で冷やしたラムネを飲む。街から毎日ここに通って来るのだそうだ。 








(木曽谷を見下ろす“木曽見茶屋。斉藤茂吉の、この峠を木曽側に下ったところにある“蘭(あららぎ)集落”を詠んだ歌碑がある。ちなみに彼が発行していた雑誌もアララギという。)








(猿倉の泉)

その飯田への帰り道、名水“猿庫(さるくら)の泉”でボトルに水を詰め、ウエストバッグのボトル用ポケットに収める。帰る道々飲んだが、温まってさえもとても美味しく、さすが名水だ。
 その時詠んだ句 "名水を蕗の葉で汲むバイク旅"




(信州ソバ屋“あすき”)


続けて、飯田の中心街をバイクで走り、漬物屋と”地場産業振興センターまで足を伸ばしてみやげ物を買い込む。そして、センターの人の教えてくれた飯田インター傍の“あすき”という手打ち蕎麦屋に回り、美味しい腰のある信州ソバで腹を満たした。



午後1時半、R151線南下を開始。新野峠経由で愛知県に入り、大入川の鮎釣りを見学してから、蓬莱でR257に入り、午後6時、アイドル不調のSRで無事帰宅した。
暑い二日間であった。トリップメータは351Kmを表示していた。


'04/04/29 近郊ソロツーリング

若葉の季節となり、ツーリング虫が暴れ出す。
2ヶ月ぶりにバイクカバーを外し、SR400の始動を試みる。フロートチャンバーの古いガスをドレーンボルトを緩めて抜き、新ガソリンを流し込む。そして、キック。しかし、10回蹴ってもうんともすんとも言わない。その間、スタ-ター(チョーク)を開けたり閉めたり、スロットルを全閉にしたり全開にしてみたり。こんなはずはないと、もう一度チェックすると、なんと、エマージェンシースイッチが“OFF”、これじゃー掛からんはずだ。 “ON”にしたらエンジンはキック二回でお目覚め。

先ずは、そのSRで和地山町の“服部理容”に散髪に行く。GLのサイドカーとハーレー2台、他多数のバイクオーナーである服部さんと髪を切って貰いながらバイク談義に花を咲かせる。曰く、服部さん主催のバイク趣味の会である“友の会”を解散し、再結成したと。数十名の中に、3人ほど我儘な人がいて、「ハーレーでなければ。」とか「途中のレストランは美味しいところでなければ。」とか主張し、仲間がどんどん減って行くのを憂慮してのことだそうだ。勿論、その3人には再結成は連絡してないという。本当に、どんな種類の会でも人が集まると、必ず自己主張が強く会を滅茶苦茶にする人って居ますねー。

3時過ぎ、新緑光る天竜市に向けて短距離ツーリングをする。杉山の中に山桜や楢(なら)、椎などの若葉が美しい。阿多古川の水も先日の出水から回復し、少し水位は高いもののいつもの青緑色の清流に戻っている。橋の上で欄干に足を乗せ、瀬を見ると若鮎が瀬を元気に走り回っているのが見える。あと一月余りで鮎も解禁である。

今日は、気分的にゆったりしていた。だから、信号待ちの停車中の車の群れ脇をすり抜けて先頭に出ることもせずに、おとなしく車の後について止まることに心掛けた。

肺の中が、薫風でリフレッシュされた気分の、心地よい短距離ツーリングであった。


'04/02/28 SR400 車検

オドメーターは僅か2000Kmなのに、SR400の初の車検時期が来た。先週、川島モータース元浜店に持ち込んで置いたのが、「終了した。」と連絡があったので取りに行く。その店の近くに、人工透析歴28年の元同僚のT君が居るので、ついでに訪ねる。相変わらず話題豊富であっと言う間に1時間が過ぎた。しかし、「石灰質があちこちの関節にたまって、痛くてたまらない時がある。」と言うが、慰めの言葉が見当たらない。
正午ちょっと前にT家をお暇して、くだんの店でSR400を受け取る。1年前、駐車中に倒された時に変形したミラーを今回直してもらった。その分も含めて、総額 62、000円を支払う。
始動一発、浜松の”電車通り”を軽快なシングル音とエンジン鼓動を楽しみながら家に帰る。
今年の春は遠出でもしてみようか?


'04/01/02 伊良湖岬新春ツーリング

 去年に引き続き、"(遠州)MC友の会"主催の新春ツーリングに妻を後ろに乗せてSR400で参加した。世話人は行き付けの床屋の主人、服部さんである。
 今年はオートバイのツーリングに理解を示して集合場所として大駐車場を提供してくれる施設のオーナーがなかなか見つからずに、結局は昨年と同じ所の新外人オーナーに再交渉して例年と同じ弁天島のあの店(確か、元の”ドライブイン浜名”)を借りられたたものの、案内状を出す時間がなかったので、「参加者が大幅に減る(去年は200台)だろう。」と、服部さんはかなり悲観的予測をしていた。しかし、幸い天候にも恵まれ、それでも120台を超えるバイクが集まった。こういった面倒なことをしてくれるツーリングの世話人さんには全く頭が下がる。「服部さん有難うございます!!」  m(__)m
集合しているバイクを見るとハーレーがすごく多く、三分の一くらいを占め、国産車が押され気味である。
 出発を待つ間に、世界中を股に掛けてのツーリングを何度かしている吉田滋さんや、ご夫婦で二人乗り南米大陸縦断ツーリングを成し遂げた高田典男さん夫妻と挨拶を交わす。
 
9時30分。まずは、サイドカー部隊が出発。続けて我々も。
潮見バイパスの直線コースを抜けて国道42号に入ると、広いキャベツ畑に新春の光が柔らかく射している。路肩の赤い藪椿の花も深緑の葉に映え、艶やかで美しい。あちこちに、冬の季節風を避けるための中庭式農家が見られ、そこは収穫物を干したり加工をしたりする一方、子供たちの良き遊び場となっているようである。冬、風が強く晴天の続くこの地方の気候・風土に適した建築様式なのであろう。
そんな景色を見ながら、W1、セロー、シャドウ、FJ1200の人たち、そしてハーレーFXDでタンデムの高田夫妻たちと編隊を組んで一路渥美半島の先端伊良湖岬を目指す。
高田夫人は、さすがに1年7ヶ月の南米タンデムツーリングの経験者だけあって、後席でのライディングスタイルが自然体で、様になっている。ご主人もさぞ運転しやすかろう。
そしてふと、カリフォルニアでバイク免許を取ったときの法令問題でStaggered Formation(千鳥隊形)と言うのがあったことを思い出した。“集団で走るときには前方(斜め前方でなく)のバイクと3秒の間隔を保って千鳥隊形で走行すること” との決まりである。これは道路の有効利用と危険防止の観点からの合理的な方法である、と改めて思う。
日本では隊列がかの国ほど整然としてはいない。

 田原市高松と言うところで、丁度一年前と同じ出光のガソリンスタンドにてRoyal-starの吉田滋さんと一緒に給油する。スタンドマンは去年の人ではなかったが、あとは去年の正月と同じ。
そして、吉田さんのうしろに追いて、休憩地の赤羽根漁港まで短距離を走行。そこには大漁旗がはためいていたので、正月だったことを思い出す。ここも、去年の烈風とは様変わりで、鳶が悠々と空に輪を書いて飛んでいて、暖かい。休憩中の若者たちが、「子供が生まれた。」、「転職した。」、などの近況を語り合う会話が耳に入る。

 更にバイクを駆り、ビロウの木が立ち並び白波砕ける伊良湖の断崖の上の緩いS字の道を、コーナリングと景色を楽しみながら進むと、やがて恋路ケ浜駐車場には到着した。12時少し前である。今年は自動車の観光客が多い。
レストラン"ジャスト"で、高田夫妻、Royal-starでタンデムのY夫妻、そして吉田さんと我々夫婦の計7人で同じテーブルを囲み名物"大あさり定食"を味わう。同じものを昨年も、高田夫人を除く6人で食べたのだったが、今年の焼きアサリは一段と美味しく感じる。ビールを飲めないのがすごく残念ではあるが…。それがなくても、うまい!
 食事中の話題は世界バイクツーリングの冒険話である。"シベリアの田舎道を走行中Royal-starで転倒し、路肩のブッシュに飛び込んでしまったところを村人数人に引き上げてもらった"こと、"サイズの合うタイヤがないので応急処置に苦心した"こと、また、"南米のダートロードで転倒したとき、タンデムの奥様はただ運転者であるご主人に夢中でしがみ付いていて怪我せずに済んだ"こと、そして、「田舎では補修部品の調達に大変困るけれど、また一方、田舎人の親切さは万国共通である。」、等々であって、こちらはさもありなんと興味深く聞き入った。

 食後の腹ごなしに、三島由紀夫の"潮騒"で有名な今日はおぼろに霞んだ"神島"を遠望しながら、恋路ケ浜を散歩。ここは島崎藤村作詞の"椰子の実"のその実が流れ着いたという浜でもあったことも、思い出した。
 やがて、服部さんが苦労して調達してきた景品の当たる抽選会が行われ、いつも籤運の悪い私ではあるが、今回は幸運にもヘアブラシが当った。

 帰りを知らせるスピーカーのアナウンスに従い、帰途に着く。何箇所かの菜の花畑をやり過ごし、これが最後と言う菜の花畑の脇にSRを止めて、春の気分を味わいながら高田夫妻と写真を取り合う。
"菜の花"の季語は"春"なので、正月の俳句のテーマに使えないのが残念ではある。

 夫妻とは、潮見バイパスの交差点のところで別れ、我々は汐見坂旧道のコーナリングを楽しむ。そこから、7台の絢爛豪華・ピカピカのハーレーFLH ウルトラクラシック エレクトラグライドの浜松ナンバーの一団と在来国道1号線を同道、浜松市篠原町まで一緒に走る。国道257分岐で、直進する彼らと別れ、正月の人出で賑わう浜松の中心街鍛治町を通り、帰宅。3時30分。

今日も、愛車SRはずうっと快調で始動もすこぶる良く、懸命に走ってくれたので、タンクを撫でて一日の労をねぎらった。

 ちょっと残念だったのは、家に帰ってみると、久しぶりに帰省していた息子が既に甲府に向けて発った後だったということである。

          今日の一句 "潮騒の島望みつつ初バイク"

赤羽根漁港での愛車SR400

菜の花畑にて


03/11/09 販売店の大ツーリング会参加

SR400を購入した浜松市にある川島モータースのツーリング大会に妻とタンデムで初参加。天気予報では一時雨とのことで心配していたが、出発時は明るい曇り空である。途中で投票所に立ち寄って、衆院選挙いわゆるマニフェスト(manifesto)選挙の有権者義務を果たしてから、集合場所であるNHK浜松放送局に到着。かなりの台数がすでに集結していた。車種はバラエティーに富みBMWなども見えるし125ccもある。また、オフロード、スーパースポーツなど様々だ。モトクロスギアで完全装備した背の高い娘さんもいる。しかし、タンデムの人は少なく、我々を含め3、4組といったところか。南米をメイト90夫婦二人乗り縦断した高田典男さんの顔もあった。
今日の行く先は、片道100Km弱の奥三河津具村にある"つぐ高原グリーンパーク"である。他の交通への影響を最小にすべく30台づつ間隔を置いてのスタートであった。「身障者わかふじ国体視察のための皇太子ご夫妻の来浜で交通警備が厳重なので、気をつけるように。」と主催者の注意があった。
国道257号線をそのままの集団で北上。鳳来町山吉田の満光寺で小休止を取る。駐車場をほとんど我がツーリング隊が占拠。その後、引き続き北上を続け、鳳来寺の麓を抜けて海老の街に出る。
稲目トンネル手前でワゴン車を追い抜きに掛かったら、急に右折のウインカーを出された。ブレ-キングを試みるも、二人分の重量ではブレーキの効きが悪く、急には止まれない。一瞬ひやりとしたが、幸いにもその運転者がハンドルを切らずブレーキを掛けて減速してくれたので、危うく難を免れた。こう言うこともあるので追い越しは慎重にせねばと肝に銘じた。
やがて寒狭川だ。この夏2度鮎釣りに来た川だが、この時期なので釣り人は皆無。清流が、水量豊かに淵や瀬をなし、堂々と流れている。そして、蓬莱泉という地酒の蔵元がある、昔は材木の集積地として大いに栄えた田口の町並を過ぎ、やがてR257から別れ、愛知10号県道に入る。この辺はもみじが黄や赤に鮮やかに色づいている。その谷川沿いの楽しいワインディングロードをストレートでは千鳥に整列、コーナーではその形がバラける、と言ったパターンを何度も繰り返しながら、20台くらいが一団をなし、気持ちよく目的地に向け走る。直前はロング茶髪の女性ライダーで、コーナリングの倒しこみが見事にキマッている。さらに進むと、山間地にしてはかなり開けた平地があり、そこが津具村の中心だ。もう、田の刈り取りは済んで、のどかな風景である。その集落を抜けるとまた山道となり、10分ほどで目的地、"つぐ高原グリーンパーク"に11時30分、到着。最後の10分間は少し雨に降られたが急いでカッパを着るほどではなかった。やがて雨も止み、お楽しみ抽選会が始まる。当り番号を注意深く聞きながら、持参の弁当をほおばる。おかずは昨日隣家の人に釣果だと言って頂いた鯊のフライとおでん。いずれも女房の料理したもの。食べ始めて程なく、自分の番号である42番がアナウンスされた。受け取ると、福袋風の大きな包みで、キッチンセットだという。金属カップセットや布巾など実用的なものが数点入っていた。なるほど、「川島モータースの抽選景品はいい」と聞いてはいたが、なかなかのものである。それも"空クジなし"なのだ。
そのあとは"じゃんけんサバイバル大会"で川島社長と参加者がじゃんけんをして、あいこと負けは脱落して行き、勝者を絞り込むやつである。一度は良いところまで行ったが、残念、最後に負けてブルゾンを貰い損ねた。
当パークは広い多目的広場や室内集会所もあって、集団のレクレーションにはまことによい所である。芝生広場の脇には葉うちわ楓が小さいながらも数十本真っ赤に色づいて美しい。
主催者の発表では、参加台数は170台だとのこと。若い人が比較的に多い。

1時過ぎ、三々五々に帰途に付き、我々はただ一台で東栄町に出て、151号線そして静岡9号県道を南下、大地野峠を越えて天竜市に進んだが、その間、幾多のタイトコーナーを楽しんだ。車ならとっくに酔っているはずの妻も「バイクならコーナーが楽しい。」と言う。最近、タンデムライドが上手くなり、走っていて同乗者が後ろに居るのを殆ど感じさせない程だ。
天竜市の自家菜園に立ち寄り、キャベツ、ほうれん草、しゅん菊、柚子、ねぎ等を収穫してから、SR購入時に付けたワイズギヤー製キャリアにその野菜と抽選景品を満載して、R152(飛竜街道と最近名付けられた)を南下、4時半に帰着した。
今日も、SRはすこぶる快調であった。 敢えて難を言えば、負荷が高い時タペット音が大きくなることと疲れてくるとクラッチが重く感じられることが挙げられる。しかし、愛車は良く働く!感謝!

俳句を一句詠んだ。 "もみじ葉や ツーリング隊 見え隠れ"

鳳来町 満光寺で小休止

グリーンパークにて抽選会

我が茶園での愛車


'03/07/05 SR初代モデル開発者 懐古会

7月5日夕方、小生が主幹事で、SRの国内販売25周年を記念して、初代モデル開発関係者の会を、浜松駅前の割烹料理屋"やま文"で開催した。銘打って"043、081懐古の会"。 043とはSRのエンジンやフレームのベースとなったTT500(米国向けオフロードモデルで発売後、砂漠のプレイバイクとして、また、ダートトラックレース、氷上レースなどで他モデルを圧倒し、ベストセラーとなった。043Aはそのストリートリーガルモデル)の開発プロジェクトNOであり、081はSR500のアメリカ向け初代モデルのそれである。35名ほどに声を掛け、21名の方に出席頂けた。043の開発をスタートしたのが昭和48年(1973年)だったので、もうあれから30年になる。私は、エンジン設計リーダーだった。
当時の管理職は殆ど定年退職をされてはいるが、皆さんすこぶる元気。
S商品企画(元)部長の開会挨拶のあと、暫らくは歓談のひと時を持ち、その後、パソコンとプロジェクターを用い、SRの25年の売上推移と欠席者のメッセージを紹介。販売は、世界全体で累計20万台を記録し。25年以上経ってもまだ現役と言うのは、この種のバイクとしては異例のロングセラーである。TT500、XT500/400も特にドイツで大量に売れたのでたぶんSRと同じくらいの販売台数には達したであろう。トータル、このファミリーで50万台近く売ったことになる。
この5月には、SR400が国内中型2輪のセールス台数のトップに返り咲いたとのニュースも伝えられた。
「これらもひとえに、SRを可愛がってくださるユーザーとコンストラクターの皆様のお陰」だと、皆で深く感謝した次第である。
欠席者の一人に海外駐在中のN君というマフラーを設計した大男がいて、その人から寄せられたメールは、開発時の面白いエピソードをウイットに冨んだ描写がしてあって、爆笑の連続。マフラーの形状のデザインを巡ってデザイナーのA氏と大立回り演じたとか、製造上は大変難しい緩やかな300Rをエキパイのストレート部に無知により掛けてしまったとか、生産当初の工場内での技術部による回収(改修)作業の時のリューターやサンダーを持っての奮闘ぶりとか・・・。

それから、”開発秘話3択クイズ”に移った。SRのTシャツが数枚当るとあって皆真剣そのもの。特に、'83からのエンジンオイルライン変更の真相、サンプル車始動の苦労話、400cc開発の裏話など、盛り沢山で、あっという間に予定の3時間が過ぎてしまった。
最後に当時の部門の長だったT(元)重役とGKのI社長に当時の開発の思い出話をして頂き、皆2、30年は若返った気分になって、名残を惜しみつつお開きとなった。
自分達の苦労の結果が、市場でこのように長く評価される続けるのは、商品開発技術者冥利に尽きるものである。


'03/03/21 FISCOのSRミーティング参加

FISCOでの催しへ参加のため、SR400で東名を走る。
春まだ浅く寒いので、衣服はかなりの重装備。下はダウンのスボン、上はトックリのシャツにセーター、その上に皮ジャン。首にはマフラーを巻く。バイクで東名を走るのは、アメリカ駐在などでブランクがあり、十数年振りなので、往路では制限速度が80Km/hと勘違いし、やや遅いペースとなった。一度、最高速をトライするが、立ち姿勢で120Km/hくらいしか出ない。一寸ガッカリする。
彼岸の中日と言うことで富士霊園付近は、結構乗用車で渋滞している。この付近では、道の傍らには雪も見られ、木の芽は固く小さく、新緑の季節にはしばし間がある風情である。
今日はGoggle誌のSRミーティングと言うことで、120台くらいが終結していた。その人達の前でSRの初代モデルの開発者としてトークショーに出演。SRへの思いと開発の苦労話をする。参加者にはオーナー歴20年以上のユーザーも数人いたものの、結構若い人が多く、女性も数人見かけた。思ったよりも年齢層が低い。4時にFISCOを後にし、往路と同じく御殿場インターから東名に乗り、浜松まで、富士SFでのガソリン補給を除き、ひたすら走る。往復320Km走った。
東名をSRで走るのは高速域の加速力不足でややしんどいが、振動は問題ないし、由比ガ浜や富士の風景を鑑賞しながら走るのには、とても適している。


'02/04/27 近郊ツーリング

SR400を買って1ヶ月になるが、積算計は100Km弱、今日は久し振りに晴れたし、気温もあまり低くないのでので、バイクで家庭菜園に向かうことにする。距離は片道30Km余。車庫の柱に括り付けてあった愛車を引っ張り出し、この車種特有の儀式、キッククランクを踏んで上死点を探し、デコンプを引きながらそれを僅かに踏み下げ、その後最上部に戻してから、思い切り踏み下ろす。5回のキックでやっと1ヶ月の眠りから目覚めてくれた。皮ジャンにブルージーンズ、Timberlandのハーフブーツ、先日自分で塗り直したベルのジェット型ヘルメットで颯爽と出掛けるつもりが、凧揚げ会で馴染みのMさんが居たので、通り縋りに軽く挨拶のつもりで停車したところ、エンジンが未だ暖まりきっていなくて、エンスト。彼の目前で例の始動の儀式をする羽目になってしまった。カッコ悪し。

国道152を北上し、山間のワインディングロードに入る。車は殆ど走っていないので、気持ちよくコーナリングが楽しめる。太古の昔にはこの地方を覆い尽くしていたと言う樫や椎の照葉樹は、黄色い新芽でその頂部を装い、何時もは地味な山波が今はとても美しい。受ける風も心地よし。これをまさに薫風というのだろう。

途中の集落で、葉っぱに着色のないあっさり味で素朴な柏餅を買う。このシーズンの恒例である。

また、この時期は橋の上から清流を眺め鮎の成育状況を観察するのが大きな楽しみである。橋の上でバイクを停め、スタンドは立てず、片足を橋の欄干に置き瀬を覗き込むと、驚いたことに解禁1ヶ月前というのに未だ魚影がない。ここ2年ほど、この阿多古川の下流域で河川改修工事が行われ、泥水を流しまくっているのと、大増水がないことが原因なのだろうか? 去年も魚が少なく、且つ、魚が皆小さく痩せていて、散々だったのだが、今年もダメか、鮎釣は。

山の畑に着き、3時間、エンドウや胡瓜に支柱を与える家庭菜園作業に汗を流し、帰りも、SRのエンジン鼓動を楽しみながら、明るいうちに帰宅。

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