《終わりよければ?》



「『最後の一つは応龍が叶える。最後の望みを、神子』」

…私の、願いは――――。






心地よい気に身体を包まれて、私は地上に降りていく。
吹き抜ける風が、帰るべきところ―――あの人のもとへと私を運んでくれる。
スカートのなかが見えやしないかと少しひやひやしながら、それでも迎えてくれるあの人のもとへふわりと落ちた。
壊れ物でも扱うように大地へとおろされたとたん、見上げたその眦にほんの少し光るものが見えて、思わず手を差し伸ばす。
雫を払っていた指に、そっと重ねられる大きな手。
向けられる微笑みのあまりの柔らかさに、私は心を決めた。


…今じゃなければ、きっと言えないから。
どうか…聞いてくれますか?
私…、私、ずっとあなたの側にいたい。
だから…あなたのいるこの京に残――――んっ…! むぐぅ〜!!

唐突に伸びてきた手によって、だしぬけに口をふさがれて。
そのままの状態で、あの人は油断なく周りに鋭い視線を走らせた。

な、何なんですか一体!
思わずむっとしてみせると、こそこそと耳打ちされる。
…敵に聞かれるとまずいから、とっさにやってしまった…?
?? 百鬼夜行のことを言ってるなら、龍神様が綺麗さっぱり浄化してくださいましたけど。
それのことじゃ…ない?
だって、あとここに居るのは八葉のみんなと、紫姫たちだけですよ? 千歳とだって、これから友達になってもらうつもりだし。
だからそんなに警戒するようなことなんて………って、言ってるそばからもう!
ちゃんと話を聞いてくださいってば!
…少しだけでいいから黙っててほしいって…。
せっかく…せっかく一大決心で告白しようとしてたのに…! はなから聞いてもくれないなんて、それってあんまりじゃ―――。

険悪な雰囲気へ(一方的に)なりかけたところへ、それまで呆然としていたらしいみんなが駆け寄ってくる。そのとたん、あの人が慌てたように口を開いた。
静かな声音の、それでいて神泉苑じゅうにしっかりと響き渡る告白。

その言葉に私は嬉しさに天にものぼるような心地に………なっていないわけじゃ、ないんだけど。
なんだか…、私というより他のみんなに聞かせているような…そんなふうに思えてしまうのはどうしてかしら…?
いえ、何でもありません。…はい、ちゃんと聞いてます。
あの…私の世界へ一緒に行くって言ってくれるのはとっても嬉しいんですけど、本当に…それでいいんですか?
何でそんなことを聞くのか、って…。
だって…さっきの告白、どこか無理してるみたいだったから。いくら私を元の世界に返すためだからって、無理なんてさせたく―――。
…む。どうしてそこで笑うんですか? 私、真剣なんですよ!

むくれてそっぽを向きかけた私のほうへ、端正な顔が近づく。
冷たくて柔らかな何かが、出しぬけに頬へと触れてきて。
その正体を考える間すらなく、甘く掠れた囁きとともに耳元にも同じものが降ってきた。
ぎょっとして向き直った先にあったのは、魂をも奪われんばかりの透明な笑み。


――――思考停止。


…いま…私の頬と耳に唇が…ちゅ………チュって、い………いやあぁぁ!?
か、顔が発火する! 心臓が口から飛び出ちゃう!!
慌てて身体をひきかければ、逃がすかとばかり腕が腰の辺りへと巻きついて。
すかさずもう一方の手がさわさわとおかしなところをたどりだした。

ばばば、ばかぁ―――っ!

小さなお子さんたちもいる前で一体何をおっぱじめる気ですか!
きょきょ教育上、非常によろしくありません! それなりの常識ってものを考えましょう、ね!?
それでも手の動きは一向にやまず。業を煮やして試みた鉄拳制裁も、振りかぶった手ごとあっさり阻まれる。
やっ…、やめてぇ! これ以上凄いことされてしまったら、私、もうお嫁に行けなくなっちゃう!
………………………はい?
そのことなら本日ただ今責任をもって引き受けるから、いちいち気にしなくてもいい…?

そういう問題じゃないでしょ!! そっちがかまわなくても、こっちがかまうんです!

これ以上何かする気なら………あれですよあれ…! ええっと…ほら……絶交!! 絶交ですからね! ほ、本気ですよ!
うっ…、そんな傷ついたような目でじぃっと見つめなくてもいいじゃないですか。人前であんなことされて、泣きたいのはこっちです。
…違いますってば。いやだと言ったのはあなたのことじゃなくて…ここではやめてください、という意味で…。
わ、分かりました、分かりましたから! ですから…!
こういうことは人目のないところでお願いしますってば!

―――はっ!
どさくさにまぎれて、なんてはしたないことを叫ばせるんです!
だ〜か〜ら〜、感激したような顔で嬉しそうに迫ってこないでください!
深苑くんが初めて会った時よりも冷ややかな表情で軽蔑したように見てるじゃないですかあ!
ほんとに絶交されたいんですか! いい加減にやめ! やめーっ!!








………ふぅ、やっと落ち着いたよ………。
ああ、ごめんね紫姫。いろいろ心配かけちゃって。でも、もう大丈夫。私、ちゃんと戻ってきたよ。
え? やだなあ、身体のほうは何ともないよ。確かに今は神力を使い切っちゃったけど、怨霊も瘴気も浄化されてるから、休まなくても全然平気。
…違う? 龍神様のところに行ってた時よりも、今のほうがよっぽど心配って…なんで?
あ、あの…泣かないでよ、ね?
あう…深苑くんまでそんなに怒らなくても。
だって私より千歳のほうがよっぽど重傷で…。

―――! 千歳!! だめだよ、急に立ち上がったりしちゃ!
深苑くん、早くどこかで休ませてあげないと…。
…? どうしたの千歳? え、私も一緒に付き添うの? うん、それは…私で助けになるのなら…。
そうだね、せめて千歳が養生するあいだだけでも側に―――。




!! 殺気…!




慌てて振り向けば、そこには思いっきり仏頂面になったあの人が立っていて。

ど、どうしたんですか、いきなり?
そんなにぎゅうぎゅう抱きしめられると苦し………、あっ…だから今はやめてくださいってさっき…!
―――っ!? や、やだ、いきなり顔をおおいかぶさるように近づけてきて、何をする気なんですか。
なんで公衆の面前でこんな状態にいぃ!
お願いだから人前では勘弁してくださいってば! それ以上やったら、絶交決定ですよ!
それがいやなら今すぐやめ………んっ……ん〜!
…やっ…!
………あ…………………んん………やっ…………ぁ………。






(※ このまま、しばらくお待ちください)






―――や、やっと息が…。もう…だめ、身体に力が入らない。おまけに恥ずかしくって、とてもみんなと顔なんか合わせられない…。
こんな…、こんなのって、あんまりじゃないですか!!
なっ…顔がひどく上気してるって…だ、誰のせいだと思って…!
むきー!! 睨みつけてるのに全っ然堪えてない! くやし〜!


…きゃあっ!
もう…! 荷物だの猫だの扱うみたいにいきなり抱え上げないでください。一体、どこに連れて行こうっていうんですか。
今から私の世界に出発って…、あの…そういう時って普通、身辺整理とかご挨拶とか済ませてから行くものなんじゃ…?
…とっくに終わらせてる? なんだってそんなに手回しよく…。
だって私、ちゃんとしたお別れもまだ言ってないんですよ?
じゃあ少しだけ待つ…? みんなの目の前であんなことされて、どの面下げてご挨拶なんかできると、―――って、何すたすた歩き出してるんです!
人の話、聞いてるんですか!!


晴れ渡る青空の下、私を担ぎあげて時空の門へ颯爽と歩きだすあの人。
その態度があまりに堂々としすぎているせいか、みんなはあっけにとられて見送るばかり。
…あああ、誰も助けてくれない…。
諦めきれずじたばたともがく私の耳に、余裕綽々の声が響いた。

さしあたって龍神様に要求したご褒美として、某ホテル最上階のキングスイートルーム一泊二日プランが予約できてる…?
………。
………………。
…ちょ、ちょっと!! それ、意味分かってて言ってるんですか!?
向こうで必要なものはすべて補完してもらうように龍神様と話をつけたから、知識は全部補完済み…?
あの…それならなおのこと、未成年の無断外泊が言語道断なことくらい常識として分かるでしょ?
…そう思ったから、アリバイ工作もきちんとつけてもらった…?

―――いつそこまでしてたんですか! わざわざ八葉の力を使ってまでそんな妙な手はず、至れり尽せり準備万端に整えないでください!
大体そんな所へ行って、一体何をする気で―――。
…どうしてそこでにっこり満面の笑みなんですか? ちょっと…いえ、かなり怖いんですけど。
え゛?
さ、さっき? さっきの続きって…!?





や――っ! 助けて、おか―――さ―――ん!!

…わーん! 照れてるわけじゃありませんってば!
確かに恥ずかしいのもあるけど、それとこれとは全然違うぅ!





…龍神様…! 私、なにか選択を間違えたんでしょうか?
お願い! まだ遅くないなら、最後の願いごとだけは変更させてぇ!

守護神が去っていった天空の彼方を見上げて、必死に念じてみたけれど。
耳に響いてくるのは、あきらめろと言わんばかりの鈴の音ばかり。
にべもない神のお答えに滂沱している間にも、目の前の神泉苑はみるみる遠ざかってゆく。





――――かくして。
強制連行から始まりを告げた私の京での生活は、強制連行によって賑々しく幕を閉じたのだった…。





♪逃げろ、逃げろ、お嬢さん、時空の果てまで〜♪ ←一部替え歌。という訳で、私家版遙か2恋愛ED(もどき)でした。「改造符」シリーズと違う点は、お母さんに助けを求めているところのみですが(コラコラ)
なんせウチの黒八葉がお相手である限り、神子ちゃんは間違いなく
同じ末路を辿らざるをえないものでねぇ(酷) …龍神様の意趣返しとして向こうで横槍が入るといいね、神子ちゃん。←人ごとみたいに言うな。
花梨ちゃんを持ち帰る勝者が八葉のどなたであっても一応通じるよう、こういう形にしてみました。適当にお目当ての方のセリフをアテレコしてお楽しみいただけたら幸いです。…設定上どう考えても合わない方もおられますけどね(汗)
それにしても当初の予定ではしっとりとしたエピソードにするつもりだったのに、なんでこうなるかな…

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…おまけへ参られますか?