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逢坂山は遠い。馬で行っても遠い。 花梨は夜のうちから、明日はお弁当を作ろうと決心していた。 目覚まし時計なんかなかったけれど、頑張って早起きして厨所へと向かう。 「だって、好きな人の前でお腹なんか鳴って欲しくないもんね。」 雪も止んで、絶好の行楽日和になったその日。 「おはようございます。」 「ああ。」 花梨は勝真に手助けされて馬に乗せてもらうと、頭ひとつ上にある地の青龍の男の顔を見上げた。今日は勝真に誘われて逢坂山まで散策に行くのだった。 「晴れてよかったです。」 「そうだな。」 勝真が緩やかに駒首を門の外へ向ける。 京の生活は朝が早い。先程陽が昇ったばかりだというのに、往来にはもう人々が行き交いしていた。 「はいっ。」 人通りの多いところを抜けると、勝真が馬の腹を蹴ってもう少し早く馬を走らせ始める。 花梨は、きゅっ、と勝真の胴に腕を回した。こうしていると凄く楽なのだった、乗っているのが。 一番最初に馬に乗せてもらったときは、疾走する馬の背にお尻の位置が安定せず怖い思いもしたが、程よく勝真にしがみついていれば半分も揺れなくて済むのだと、何度か乗っているうちに覚えた。それからは勝真に断って、こうして腕を回すのを許してもらっている。 『らくちんだぁ♪』 もっとも、楽になったと思っているのは花梨だけであって、しがみつかれているほうにとっては、嬉しい反面、また別の辛さがあったりするのだが、それは勝真の身体の事情であって、花梨に悪気は毛頭ない。 手綱を操っている勝真の動作を身体で感じながら、花梨は、勝真さんの身体ってあったかい、男の人のほうが体温高いって本当なんだなと、邪気なく考えていた。 途中、一度休憩したあと、ほどなく目的地に着いて。 「ほら。」 花梨は、ぶっきらぼうに差し伸べられた勝真の手に助けられて馬をおりて。 目を見張った。 「うわあ、真っ白だあ。」 前に来たときには、錦織りのような美しい紅葉が真っ盛りだった逢坂山は、いまは木々の枝を雪で一様に白くさせていた。 その変わりようは劇的で、花梨はかつて歩いた場所を辿っては、凄い凄いとそのたびに声をあげた。 「雪景色のここも綺麗ですね、勝真さん。」 「だろう?」 「はい。誘ってくれて有難うございます。・・・・あ、あの木!」 「?」 「この前来たときに、赤い実がなってたやつです。ええと、胡頽子の木。」 勝真は相好を崩した。 「よく覚えているな。」 「勝真さんに船岡山以外で馬に乗せてもらって、遠出したのって、ここが初めてだったんですもん。それに、胡頽子、美味しかったし。」 食い気か、と、少々脱力しかけた勝真だったが、そのときのことを思い出して、そうかもなと苦笑いを零した。 花梨の居たところでは、こことは違い、昼にも食事をしていたらしいから。十五年間毎日続いていた習慣が突然変わって二食になってしまったら、それは辛いに違いなかったろう。 「今日は大丈夫か?流石にもう実は落ちてないからな・・・・・。」 花梨と並んで木の下へ寄りながら、勝真は雪を被った枯葉を足で押し退けてみる。かさりと音をさせて、湿り気を含んだ葉がめくれ上がるが、そこに赤い実は見当たらなかった。 「この時期じゃ、実がなってる木なんてそうそうないし・・・。」 何か持ってきてやるんだったかと、勝真が胸のうちで舌打ちしていると。花梨がえへへと照れくさそうに言った。 「実は今日は食べる物を持ってきたんです。」 「なんだ、準備がいいな。」 えっと、まあ、と、曖昧に笑う花梨。 「昼にはちょっと早いが、もう食うか?この先の泉で水を汲んできてやるから。」 勝真が、いつも馬に括りつけておく竹筒の水筒を取りに、馬のところに戻ろうとすると。花梨がくいっと勝真の着物の裾を掴んで引き止めた。 「お水も持ってきてあるんで、いいです。」 「今日は本当に準備万端だな。」 「実は、お弁当を持ってきたんです。勝真さんと一緒に食べられたらいいなと思って。」 「俺と?」 「はい。」 それで珍しく手荷物なんか持っていたのかと、勝真は花梨が持っている袋を見遣った。花梨は心なしか顔を赤くして、勝真がなんて返事をしてくれるのかと待っているようだった。 「俺の分もあるのか。」 「はい。」 勝真は嬉しくなった。さほど空腹というわけではないが、花梨が自分のために持ってきてくれたものなら、喜んで食べたい。貴族階級の男が女と食事をするのは特別な関係の場合と相場は決まっているけれど、この花梨の様子だと、おそらく知らないのだろう。だったら構うものか。 「貰おうかな。さんきゅ、花梨。」 確か、有難うはこういう言い方でよかったんだよな?と自信なげに問いかけながら、勝真は座れるところを物色した。雪がさほど積もっていない切り株をみつけ、雪を払って花梨を呼ぶ。 「この辺でいいか。」 「はいっ。」 切り株は小さかったので、一人しか座れない。二人して譲り合い、じゃ、交替で座りましょうねと、勝真にとっては「おまえが立ってんのになんで俺が座れるんだよ」な会話のあと、まず花梨が座った。 「秋に来たときは、紅葉が綺麗でしたね。」 「絵みたいだったろう?」 「はい。」 花梨は手荷物の紐を解こうとして。 その前に、えーと、と考えこむように一旦手を止めた。 「あのね、勝真さん。」 「?」 「なにが出てきても、笑わないでね?」 「は?」 わけがわからなくて、勝真が首を捻る。と、花梨がもぞもぞと居心地悪そうに紐を玩びながら言った。 「何か美味しいものを作ろうと思ったんです。でも私、火の使い方が解らなくて・・・・・。」 「火・・・?」 花梨は、説明し難かったので、私の世界のお料理を作る道具は凄く簡単なんですと、これまた物凄く簡単に説明した。 「私、火を熾すとか火加減を見るとかがよく解らなくて。庖丁さん達が手伝ってくれたんですけど、それでもとんでもなく失敗しちゃって。だから、火を使わないでできた物だけ持ってきたんです。」 きっと他のものは全滅だったのだろうということが十分に窺える花梨の様子に、勝真は目を点にした。 火を使わないで作った料理ってどんなんだ? 食えるのか、それ。 たらっと少しばかり流れる冷や汗。 普通に考えれば、傅かれる側の人間が厨所に立つことなどない。だから花梨が先程弁当を持って来たと言ったとき、厨所に言って二人分の弁当を作らせてきたのだと思ったのだった。まさか花梨本人が作ってきたとは。 『怖いけど、食べるか・・・・・。』 勝真はごく正直にそう思った。 火を使わないで作った料理が何なのか、怪しくないと言ったら嘘になるけれど、まさか食べられないものは持ってこないだろう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たぶん。 「大丈夫だろ。俺は胃は丈夫だ。」 「ひどーいっ、そこまで食べられないものじゃないもんー!」 ぷうっと頬を膨らませた、花梨の貌が可愛かった。勝真は思わずその頬を突付きたくなるような衝動にかられ。 が、なんとか我慢すると、花梨が何を持ってきたのか知りたくて、いいから出してみろよと催促した。 「ほんとに笑わないでね?」 再度念を押して花梨が袋から取り出したもの、それは。 おにぎり。 こっち風にいうと屯食だった。 「御飯だけは庖丁さんたちが炊いておいてくれたから、だから作ったといっても、握ってきただけなの・・・・。」 見事なくらい顔を真っ赤にして言う花梨。 勝真は吹き出した。照れまくっている貌も、ごにょごにょ呟いている様子も、可愛いといったらなかった。 「いや、好物だ、これは。どうもな。」 自然、目元まで綻んで、礼の言葉が出てしまう。鏡を見なくたって解る。自分が今どんな顔をしているか。こんな顔を自分は何年していなかったろう? 「ほ、ほんと?」 何も知らない花梨が、ぱっと笑顔になった。 『反則だぞ、花梨。その顔は。』 俺以外の男の前で、あんまりそういう顔するなよとか、いや、俺の前でされても、色々困るなとか思いながら、勝真は照れを誤魔化すように、花梨が差し出した屯食にかぶりついた。 「味がする・・・・・?」 「あ。そうなの。お塩ふってあるんです。こっちの屯食って、なにもつけないでただ丸くするだけなんですってね。私、知らなくて、具まで入れちゃって・・・・・・・。」 勝真は、心地よく花梨のとりとめのないお喋りに聞き入りながら、遠慮せずに、少々不恰好なおにぎりを食べた。なんだか、胃袋と一緒に心も温かかった。 『こいつはどういう男が好きなんだろう。』 自分がその相手だとは知らない勝真が、花梨の話に相槌を打ちながら考えているのと同じとき。 『勝真さんって恋人いるのかな。い、いるよね。そんなの当然だよね。素敵だもんね。・・・・・どんなひとかな・・・・・・。』 花梨も似たようなことに思いを巡らせていたとは、お互い、知らない。 |
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…ということで、「Snapdragon」のキリ様のサイト一周年イベントにてご下賜いただいた、超〜可愛い勝花のお話です。このお話を読んで、他の人がこれ知ったらどういうことになるのかふと脳が考えた結果が………同時にUPした「彼女彼氏の事情」でございます(汗) |