俺の愛は増すばかり





 それまでいつものようにからかい気味に談笑していた勝真は、突然の花梨の変化に顔を強張らせた。
 なにか虫の知らせでもあったのか、花梨はその日、勝真が訪ねてくるなり不安を口にしていた。本人の口ぶりからさほど気にはしていないように受け取っていたのだが。

 俺の見込み違いってことかよ……!

 ここで自暴自棄になっても仕方がない。
 かといって、原因もわからず突っ走っては、解決にもならないだろう。
 花梨相手だとどうも冷静さを欠くことを勝真も自覚していた。
 とりあえず見守るしかないと、花梨をじっと見つめる。

 花梨はそこに勝真がいることを失念したかのように、あらぬ方を見つめている。
 時折、ぼそぼそと聞き取りにくい声でなにかを呟く。この間は会話でもしているかのようだ。

 誰とだ?

 けげんそうに顔をしかめ、ふと思い至る。
 さきほどの会話に出てきたのは龍神。ならば花梨が今、話をしているのも龍神なのではないか。
 勝真は慌てた。

「おい、冗談だろ」

 呟く声がみっともなく震える。
 当然だ。
 花梨としていたのは、花梨が龍神に飲み込まれてしまうという到底受け入れ難い話だった。それが京を救う龍神の力を得るためだと。
 そんな犠牲を払うくらいならば、京など救われなくてもいいと、思わずそう叫んでしまった。
 もしかしたらそれが災いしたのかもしれない。

 だとしたら、俺の所為だ。

 悔恨に沈みかかる勝真の耳朶を花梨の苦悶の声が打った。
 はっと顔を上げれば、それまで比較的穏やかだった花梨の顔がひどく歪んでいる。頭が痛いと、そう言いながら頭を押さえる。
 努めて冷静に声をかけた。
 ふっと花梨の表情が変わる。痛みが薄らいだようだ。
 勝真はほっと安堵の笑みを浮かべかけ、すぐにそれを引っ込めた。
 花梨の顔から表情が抜け、とろんと目蓋が下がる。血色の良い顔色が徐々に白くなって行く。
 側に寄った勝真を拒絶するかのように、唐突に花梨は立ち上がった。

「お、おい、どこに行く気だ? 今日は物忌みだろ!」

 そう声をかけたが、花梨からの返事はない。
 茫然とする勝真を残し、花梨は一歩、また一歩と外へ出て行こうとする。
 その手首を捉え、勝真は花梨を塗籠の壁にどこにも行かないよう両手で囲った。ひとまずはそれで大人しくなったようで、ほっと一息つく。

 それにしても外になにがあるっていうんだ?

 建物の外へ顔を向けたが、そこには雪景色の庭があるばかりだ。一面の銀世界と、陽光を受けてきらきらと雪が照りひかるさまは見ていて心和むものがある。
 むろん、花梨はそんなものを求めて外に出ようとしていたのではない。
 勝真はふと違和感を感じた。用心深い目で庭を見回し、はっと気づいた。

 そうか!
 こんなにいい天気なのに鳥の鳴き声一つ聞こえないんだ。
 それにこのぴんと張り詰めたような空気。
 緊張している? 空気が。それとも俺か?

 苦笑を零したとき、なにかを感じた。それは言葉にはし難い奇妙な感覚だった。
 勝真は辺りを見回した。目には見えないが確かになにかが外から流れ込んでいる。それに意識を集中すると、よりはっきりと感じた。花梨に向かっていることがわかった。

 これが気ってもんなのか?
 だが俺にはそんなものを感じ取る能力などないはずだ。花梨と一緒にいるからなのか?

 しかし今まで共に行動していてそんなことがあったためしはない。
 五行の気が強くなりそれが花梨に影響を及ぼすのと同じように、八葉である勝真に影響しているのだろうか。五行の気とはつまり龍神の力だ。そうとしか考えられないし、またありそうなことでもあった。
 花梨が身じろぎをした。再び外へ行こうと、それを阻止する勝真の腕を無造作に払い除けようとする。
 呼んでると小さく呟く。

「どうした、花梨、なにがおまえを呼んでいるんだ!」

 悲痛な叫びにも花梨は動じない。
 ふらふらと揺れながら、勝真の腕の垣から逃れようとするばかりだ。
 勝真は懸命に呼びかけた。
 それでも花梨は止まらない。止めることができない。

 なんでだ、花梨? なんでだよ!
 どうして行こうとするんだ。
 なにがおまえを呼んでいるのか知らない。龍神なのかもしれない。
 だが、それがなにものでもおまえを連れて行かせるわけにはいかない。
 いや、連れてなんて行かせない。絶対だ!

 勝真はいきなり花梨の唇を塞いだ。
 軽く触れるような可愛らしいものではない。奪うように激しく口付ける。
 抵抗は許さないとばかりに次第に花梨を囲う両腕の間が狭まり、ついには背中へと花梨の全身を覆うように両手を回し、そのまま強く抱き締めた。華奢な身体が折れんばかりの勢いで。
 その柔らかい身体を、温かさを、失うかもしれないのだと思うと、心が強く揺さぶられる。
 どんなことをしてでもここに、この腕の中に留めておきたいと思う。
 けれど羽衣を隠そうにもそれはなく、月からの使者に対抗する武力も手立てもない。
 ここにあるのは勝真の身一つだけ。
 そして腕の中にまだ花梨はいる。

 口付けは次第に貪るように深くなる。
 いつしか花梨は動きを止め、勝真のされるがままになっていた。

「おまえを行かせない……」

 ふと唇を離してそう勝真が呟くと、花梨の身体から力が抜けた。
 慌ててその身体を支える。

「な、なんだよ、いきなりだな」

 顔を覗きこみ、まだ青白い顔色ながらもいつもの花梨らしさが戻ったことに勝真は表情を和らげた。
 もちろんすぐに顔を引き締め、花梨を抱きかかえなおすと、その場に腰を下ろした。褥に寝かしつけるのが一番だとは思うが、この重みを花梨がここにいる確かな証拠として感じていたかった。

 それに、なにかあったとき、すぐにこいつを引き戻すことができる。

 胸の中に抱き寄せ、指通りのよい髪の毛に指を絡ませた。
 梅香の香りが染み付いている。髪の毛だけでなく、衣からもかおる。
 肌を合わせればそれからもかおるのではないかと思われた。
 さすがに先走った想像に、勝真は顔を赤らめた。
 だが口付けをしたとき、勝真の男の部分が触発されたのは確かなことだ。一緒に歩いて行きたいとは言ったが、そのときはそこまでのことは考えてなかった。よく考えれば、それはそういう意味も孕んでいると取られて当然のことのように思う。

 こいつはどう取ったんだろう?
 そしてどう思ったのか……。
 呆れたか、軽蔑したか、どっちにしろあまりよくは思わなかったよな?

 窺うように見ても答えが返るわけではない。

「とにかく今はおまえを龍神から守らないとな」

 一人納得してうなずき、勝真は庭に目を転じた。
 相変わらず静かだった。


 はっと目を覚ましたとき、すでに夕暮れが迫っていた。
 雪景色はほんのりと茜色に染まり、西日が母屋の中にまで入ってきている。

「俺は眠っていたのか?」

 狼狽気味に花梨を窺うと、まだすうすうと寝息を立てている。
 寝ている子供の側にいると眠たくなるというが、その所為だろうか。子供扱いしてはいささか花梨が可哀想だが。
 すっかり戻った顔色にふっと微笑んだ。

「散々心配かけやがったくせに、気持ち良さそうに眠ってるな」

 ともあれもうすぐ物忌みも終わる。
 一安心だな。

 勝真は腕の力を緩めた。
 反射的に花梨がすがり付いてくる。恐らく寒さを感じてのことだろうが、つい別方向へ考えが行ってしまう。

「か、花梨?」

 うろたえた声に反応したものか、花梨が目を開いた。
 ぼんやりと勝真を見つめ、へにゃと笑う。
 寝ぼけ眼で辺りを見回し、ふと口を開いた。

「んん……。あれ、もう夕方?」

 呑気な物言いに勝真は一気に脱力した。
 首を傾げる花梨に事情を説明してやる。気を失っていたと聞いてひどく驚いていた。どうやらなにも覚えていない様子だ。よかったと言ったらしっかり反論されてしまったが。

「疲れがたまってたのかな?」
「多分な」
「う……ん。あの……」
「なんだ?」

 花梨が顔を赤らめ、妙な調子で訊ねた。

「勝真さん、もしかしてわたしのことずっとこうして抱っこしてたんですか?」
「え?」

 勝真ははっと我に返った。
 しっかりと腰や肩に回った手は、どういい訳してもいい訳にならない。もとよりいい訳する気もない。

「……まあな」
「は、はあ、そうですか……。重くなかったですか?」
「はあ? いや。妙なことを気にするな。おまえは同じ年頃の女と比べて軽いほうだと思うぜ」
「ありがとうございます。て、勝真さん、わたしと同じ年頃の女の人をこうして抱っこしたことがあるんですか? それって恋人?」
「あのなぁ……。そんなものいるわけないだろ。本当、おまえは莫迦だな」

 勝真はそう言って大仰にため息をついた。
 莫迦呼ばわりされた花梨はぷっと膨れた。
 それを視線の隅に収め、そういう顔も可愛いじゃないかと心密かに思う。

「でも、勝真さんの年頃だったら、通う相手がいてもおかしくないんでしょ? それがこっちの常識だって聞きました」

 訊ねなくともわかっているが一応、訊いてみる。

「誰にだよ?」
「翡翠さんです」

 やっぱり……。

「よく聞けよ、花梨。俺は貴族っていっても、殿上も許されていない下級貴族だ。そんな男に通われて嬉しがる女がいると思うのか?」
「でも身分の高い女の人と結婚するのが出世の近道なんでしょ?」
「おまえ、どこからそんな知識を仕入れてくるんだよ?」
「どこからって学校で先生が」
「はっ? がっこう? せんせー?」
「あ、こっちの話」
「まあ、いいが……。とにかく俺には通う相手も、恋人もいやしない。でなければ、おまえに……、おまえのことを好きだなんて言うわけないだろ」

 花梨はぽかんと勝真を見つめる。その目が次第に大きく見開かれ、頬だけでなく耳まで赤くなった。

「あ、あああの、気持ちが止まらないってやっぱりそういう意味だったんだ……」

 最後は消え入りそうな声だ。
 告げたときに反応が薄いとは思っていたが、やはりわかっていなかったようだ。花梨らしいといえばらしいが、あまりにらし過ぎておかしくなる。
 勝真は思わず吹き出した。

「か、勝真さん?」
「いや、なんでもない。……俺は、おまえのことを龍神になんか渡さないから」

 笑いを収めて、そう真剣な眼差しで見つめる。
 花梨ははっとした様子で勝真を見つめ返す。

 おまえは俺に教えてくれた。諦めない強さとその大切さを。背けていた目を引き戻し、未来へと向けさせてくれた。おまえは俺の導(しるべ)であり、同時にこの世にたった一人の愛しい女だ。俺はいつも、いや、いつまでもおまえの側にいて、おまえを守りたい。守って行きたい。ともに同じ道を歩んで行きたい。

 そっと花梨の頬に手を添える。
 そうして顔を近づけ、自分の唇を花梨のそれに重ねた。
 ぴくりと震える花梨をその腕に掻き抱いて。

 俺はおまえが頼りとするに足る男だろうか。そうであって欲しいと願う。


「one hand,one heart」の寧乎様がサイト弐周年記念としてお配りになっていたフリー創作を頂いてまいりましたその二です。八人分の物忌み話からどうしてもひとりに絞りきることができませず、無理を申し上げてかような事態となりました。
つまりEDで「そこだ! そのまま押し倒せ!」と素直に思った地青龍さん話と対になる人を選ぶことにしたわけです(笑)
…だけど、やっぱり本当はやっすんのお話も載せたかったの…って、アレだな、自分。日本昔話で言うと欲張って痛い目に遭う役回り決定だな。強欲な私に撥を当てないでくださって、二重にありがとうございました、寧乎様(笑)
ちなみにタイトルは、寧乎様曰く『南天の花言葉。ただし「わたし」を「俺」に変えてあります』だそうです。
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