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09/06/2002
ロシアをはさんで

2試合
仁川
晴れ

昼前に起床。シャワーを浴びて、荷物を整理し、近くのドトールでカフェを飲み、歩いてロッテデパートへ。ちょっと買い物してから、銀行へ行って30万ウォンほどお金をおろし待ち合わせ場所へ。昨日からこちらへやってきた知人らと一緒に昼食。サムゲタンを食べる。ソウルにやってきた時泊まっているところから近いので滞在中は一度は来る店である。ワールドカップ価格なのか1000ウォン値上げしていた。日本語のガイドブックにも載っている店だが、ふつうにおいしい。

食後、そのままシチョン(市庁)から1号線で仁川の文鶴(ムンハ)競技場を目指す。ソウル駅を抜けると電車は地上に出て、ソウルの電気街ヨンサン(竜山)を過ぎ漢江(はんがん)を渡る。先日朝方全州からの列車でこの川を渡った時、我が家に帰ってきたような感覚を覚えたが、きっとそんな気持ちを感じるソウルッ子は多いのかもしれないな、とふと思う。もちろん江南(カンナム)に住んでる人たちはそうでもないかもしれないけど。

電車は九老(くーろ)で水原方面の線路と分かれ一路西を目指す。車内は冷房がかなり効いていて寒いくらいだ。ドア横に座った若い韓国人がいた。この韓国人、目をつぶり寝たふりをしておばあさんが乗ってきても譲ろうとしない。昔はそんな韓国人はいなかったなあ、と思っていると、つり革につかまっていた先ほど合流した連れの若い子の前の席が空く。彼は当たり前のようにおばあさんを誘導。日本人の若い子の勝ちだ。韓国も恥ずかしい国になってきたのかもしれない。

仁川・富平の街富川SKのホームタウンである富川(ぷちょん)を過ぎ、ほどなく乗り換え駅の富平(ぷぴょん)駅に到着。ここから仁川市営地下鉄に乗り換えて文鶴競技場駅で降りればスタジアムはすぐではある。が、しかし、今日は試合後30分すると日本戦がはじまる。ソウルに帰ってはライブで見られないので、スタジアムから歩いていける場所にある店に飛び込んで日本戦を見ようと計画していた。そのため、一駅前のバスターミナル駅で降りて、周辺の店にあたりをつけることにしていた。結局、3軒ほど候補があったので、そのまま歩いてスタジアムを目指す。歩いても15分ほどだ。


親切応援練習スタジアムへの道すがら、例の親切応援団トルキエ編が公園で応援練習をしていた。この親切応援団、水原でも全州でも目にしてきたが、はっきりいってまったくのお節介かと思われる。たぶん席を埋めるための苦肉の策なのかもしれないが、ワールドカップという試合の雰囲気が壊れること壊れること。とくに今日はトルキエとお金持ちコスタリカだ。多くのサポータが本国から来ている。そんな応援がなくても良いのではないか、と思ったりもするのは僕がワールドカップを楽しんでいないということなのだろうか?。おまけにトルキエは例のマイナーな曲調のJFLの某チームも取り入れているカッコイイ応援などが目白押しだ。親切応援など、いらないではないか。とにかく、彼ら親切応援団の練習を見て声を聞いて、僕の脳裏には不安がよぎった。

ポンチャック親切応援団の練習をすぎ、横断歩道を渡るとそこには屋台やイベントのテントが出ていた。親切応援団で暗くなっていた僕はそれらには目もくれずにどんどん歩いてスタジアムへ向かって足を進める。すると高架道路まで来た時だ。チープなリズムボックスサウンドをバックに歌い演奏するポンッチャクDJのおばちゃんを発見。ポンチャックのDJスタイルはここ5年ほどかなりポピュラーになってきているが、おばちゃんDJにはあまりお目にかかったことはなかった。しばし我を忘れて聞き入ってしまう。15年ほどまえ、韓国のとある温泉の安旅館でおばちゃん団体の朝まで続くポンチャックパーティに付き合わされて、意識が朦朧となったこと。タクシーやバスの運転手さんも最近はあまりかけなくなっているが、パルパル(ソウルオリンピック)以前は、もう街中、卒倒の嵐だったこと。そんなことをふと思い出した。親切応援団の魔の手を逃れられそうな、そんな気がする。


ちょっと笑顔になった僕はスタジアムまで行くために野球場の裏の階段をかけあがる。スチュワードにチケットを見せどっち側から行けば良いのかを聞き、北側の門を目指して野球場をぐるりと回っていく。野球場の建物も今年、冬に来た時よりキレイになっているようだ。ワールドカップ効果がここにも、ということか。

トルキエスタジアムの入口が見えてきた。すると、だ。なんと、聞きなれたあの応援歌が聞こえてくるではないか。先に書いたがJFLの某チームも取り入れているトルキエ代表の応援歌。すわっ!、トルキエ応援団かと近寄ってみると、はたしてそこでは赤のレプリカに身を包んだトルキエ人や観衆が巨大なトルキエ国旗を広げて揺らしている。カッコイイ。思わず近寄って一緒に旗を揺らしてから、ブロックをよじ登って写真に収める。気分よし。今日のトルコの勝利を祈る。もちろんコスタリカも悪くないのだが、最終戦のトルコ対中国戦も見る僕としてはトルコに可能性を残して行って欲しいのだ。そのために今日は勝点3がどうしてもほしいところである。


トルキエ 1-1 コスタリカ。ひとことで言ってとにかく面白かった。興奮した。トルキエの中盤でのパス回しと正確さ。身体の入れ方など個人戦術の高さ。見ていて楽しい。今日はとくにうちのエムレくん。得点を決めただけでなくバシュトルキエのちょっと下から前へ横へ後ろへと縦横無尽。これからまだまだ伸びてほしいものだ。

仁川スタジアム遠景この日の僕の席はコスタリカ側。実はカテゴリー3なのに、入場はメイン側1F。あとで2Fに上がってみると席が空いていて、堂々とカテゴリー1で見るなんてことも可能だった。よく分からない席割だが、いい席なので許そう。柵の向こうの僕と同じカテゴリー3側ではコスタリカの大応援団が声を張上げている。中南米スペイン語圏でよく行われるらしい「Si, se puede!」(やればできる。成せば成る。)といったコールが耳に残る。とくに同点となってからは、盛り上がることこの上なし。ここで勝点を拾っておけば最後にブラジウ戦を残すが、俄然トルコに対して優位にたてる。というか負けてしまえばトルコに勝点で並ばれたいへんなことになっていたわけだから、その喜ぶ様もあたりまえではあるが。

仁川スタジアムコスタリカ応援仁川は思ったより見やすい。2Fで見ていた知人は視野が広い上に勾配もかなり急でピッチの遠さもあまり気にならなかったとのこと。韓国にフットボールが上陸した街仁川なのだから本当なら専用スタジアムが良かったのに、と個人的に思ったりもしたが、不幸中の幸いといおうか。1Fの傾斜もそこそこあってピッチの向こう側でやっていることもそれなりにわかる。

試合は結局引分けで肩を落すトルキエ選手。応援もいまひとつだった。韓国人の親切応援団の方がうるさかったのはいかがなものか。しかし、あの親切応援団は腑に落ちない。ソビス(サービス)なのだろうか。友好のしるしというやつだろうか。韓国代表応援をやられてもなあ、という思いが。


試合終了寸前を出口で向かえて、仁川のバスターミナルそばの店に走る走る走る。店の人間にテレビが見える席をお願いし、なおかつ日本戦の中継を見せて欲しいと頼む。もちろん頼まなくても日本戦をやってくれただろうが、こっちが日本戦を見たいのだということを宣言しておくことは悪くない。途中チャンネルを代えられたりしてはおおごとである。


日本 1-0 ロシア。タコ鍋を食べながら試合観戦。試合が気になって食べてるのか食べていないのかはっきりしない。後半30分で、勝てるだろうと思い始めた。終了の瞬間は東京オリンピック以来見てきた全日本の試合を思い出して、しみじみとしてしまった。個人的には祖父が戦艦三笠に乗ってバルチック艦隊と戦っているので二勝目ではある(笑)。なんにしても良かった。


試合終了後、仁川市営地下鉄と近郊線を乗り継いでソウルへと戻る。ロシアをはさんだふたつの国が登場したこの日。トルキエの人々はロシアをまた負かした日本のことを喜んで自国の窮地をしばし忘れることはできただろうか?無理だな。