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16/06/2002
緑色人

1試合
水原
晴れ

いま、思うと今日はとても素敵なフットボール日和だったのかもしれない。緑色人の素晴らしい応援に、感動的なスタジアム。真剣勝負の緊張感と充実感にあふれた敗北。少々困ったこともあったが、フットボールのエッセンスが凝縮していたと云っては、云いすぎだろうか。


昼過ぎに起きて、キムパッを買ってきてお茶と一緒に朝食に。何気においしいのが困ったものだ。少々仕事をしてから午後5時半に宿を出る。今日は水原でのエスパーニャ対エールだ。いつものように鐘閣駅から1号線に乗ってそのまま水原まで。駅の構内から緑色人が目につく。エール代表のいるところ、彼らアイルランドサポーターがいない場所はない。

緑色人1約1時間後水原駅に到着。市営バスでスタジアムへ。このバス車内でもアイルランドサポーターがいる。緑、緑、緑だ。バスは市内の何箇所かに停車してから、いつものスタジアムそばのバス発着所まで約20分で到着。ここから今日の席の北側2Fまでは結構な距離がある。しかし、今日はまったく苦にならない。なぜって、陽気な緑色人がそこら中にいっぱいだからだ。アメリカの白人の中で最後まで虐げられ、ケネディによって初めて大統領まで上り詰めたアイルランド移民。その母国の英語は英語というより、米語に近い。正直僕にとっては分かりづらいけれど、話しの内容はフットボールのことばかり。こんなに良い人たちが移民したアメリカがなんであんなにくそ面白くもない原爆を落すような国になるんだろう。やはりワスプのおかげか。アメ公がベスト16にあがってむかついている僕は、北入場口への道すがら、スタジアム横を陽気にはしゃいで「ひとつの祖国、もう一度」と歌う緑色人に救われた気がした。


スタジアム全景エスパーニャ 1 3 PK 2 1。スタジアム内の席はバックスタンドメインより一番はじっこの上から2番目。斜面を見下ろすようにゴールが見える。素晴らしい眺めだ。こんなスタジアムが東京にあったなら、僕は隔週で通い続けるだろう。今、東京のスタジアム事情はため息ばかりだから。地方行政とのしがらみで中途半端になってしまうスタジアム事情が悲しくなってくる。試合の方は真剣なエスパーニャにとても好感が持てるエール。悪くなろうはずはない。見ているだけで、おおおっ、という場面が何度も展開する。

が、不思議なことがあった。僕の斜め右後ろにいたエスパーニャのラウール7のレプリカを着た東洋人3人組である。日本のパチスロの777を気取っているのか、その滑稽な存在は壮観でもある。そして、彼らはスペイン語で「そして、それです(または「彼です」)」(いー、えす)「わたし、はい」(よ、し)。と、わけわからない声を出す。そして、たぶんブラジウ語で生ビールのことを云っているのか「しょぶ、しょぶ」(本当は「ショッピ」)と繰り返し叫んでいる。いくらエスパーニャの応援だからといって、「そして、それです」、「わたし、はい」と叫ぶのは、応援どころか試合を見ての独り言にさえ思えないのだが、いかがなものか。そうか。いま、思うと、あれは英語と日本語だったのだろうか。「イエス」と「よし」。マジ?。エスパーニャの応援でそりゃないだろう。もしも彼らが日本人なのだとしたら、あまりに恥ずかしくて穴を掘って入りたいほどだ。

緑色人2その一方で、緑色人のシンプルだがかっこいい応援が耳に残る。試合前と半ばにはどっかで聞いたYou'll never walk aloneを歌ったり。全州で会ったマノーロおじさんはメイン北よりに陣取って太鼓を叩きまくっている。なんと全州で配られていた親切応援用バンガーズ(だっけ?)をあたりの観客に配ったようで、その音が耳に痛い(苦笑)。面白いと思ったら取り入れるこのいいかげんさはエスパーニャらしい。まさか今後バレンシアの試合でやらないだろうな?

緑色人3試合終了間際、エスパーニャの勝ちだろうなあ、と思って下へ降りていく。するとなんと、エールにPK。元インテルのロビーがきっちり決めて同点だ。俄然盛り上がってきた。僕は1Fの空いている席について一進一退の攻防が続く延長戦に真剣になっていく。うむ、勢いとしてはエールが上だろう。が、今大会初めて真剣になったエスパーニャも何気に固い。隣の韓国人のサッカーが好きらしいオヤジも見を乗り出して観戦。わかるわかる。エスパーニャ側なのになぜか大量にゴール裏に陣取るアイルランド人も声を出しまくる。うーん。これぞワールドカップの決勝トーナメント。専用スタジアムがその雰囲気をますます盛り上げる。

PK戦試合は結局PK戦に。なんと僕のいる側で行われることになった。専用スタジアムであるから、手を伸ばせば届きそうな場所でPK戦が行われている。最後にメンディエータが出てきたところで「軽く決めちゃうんだろうな、彼なら」と思ったら案の定。結局3本はずしてしまったエールが敗戦。残念がる緑色人。しかしそれは悲しみをあからさまに表現するのではなく静かに受け入れているといった言い方が適切か。


時間も遅くなったのでそそくさとスタジアムを後にして、止まっていたバスに乗車。ところがこのバス、どうやらいわゆる市営のスケジュールバスだったようで、なかなか発車しない。どのバスがどれでどこからどのバスに乗れるかといった情報がよくわからない水原のいいかげんさにはまる。書いてある行き先も他の直行市営バスと一緒で、運転手が言うことも「すうぉんよ」のみ。見分けがつかない。が、ケンチャナヨだ。このいいかげんさが大韓精神。バスはたっぷり15分ほど待機してからゆっくりと発車。その間10台は水原駅行きの直行バスが走りさっていった。途中バスは停留所に律儀に停車して、20分後水原駅に到着。

来ていた電車は九老(くーろ)行き。座れたのでとにかく乗っていってしまうことに。すると次の駅で大量の緑色人が乗り込んで来た。敗戦がショックだったのか無口で表情は固いけれど、思ったほどではない。ただただじっとつり革や手すりにつかまっている。フットボールが大好きな子供のような大の大人。緑色人たちは非常に好感が持てる人々ではあった。


九老で乗り換えて、旅館の最寄駅である鐘閣駅のひとつ先、鐘路三街で降りる。夜遅いけれどお腹がすいていたので、あたりをぶらぶらして24時間営業の食堂へ。プデ(部隊)チゲを食べる。スパム、ソーセージ、トック、豆腐などを唐辛子で煮たはっきり云ってジャンクフードに近い代物だが、アメリカ軍の供出品である缶詰を使って作られた現代史が生んだ食べ物のひとつ。韓国の軍隊でも食べられ、軍隊仲間同士で懐かしく食べていたものが一般化したらしい。沖縄のポークたまごと似たような出自かもしれない。

この店では79歳のご老人が日本語で話し掛けてきた。生まれや戦争時の話など。このパターンは過去の経験から、こちらにとってきつい結果になる場合が多いので、ニコニコしながら話を聞き、急いで食べ尽くし、さっさと店を後にする。

一日が終わった。水原は近いわりにとっても疲れる。電車に乗っている時間と駅からのバスがめんどくさいからだろう。もっと遠い大田や全州の方が楽に感じてしまう。とにかくも、今日はフットボールを堪能した。