a day in my world cup 2002
30/06/2002
次の旅へ
29/06/2002
トゥルキエ
28/06/2002
親切応援検証
27/06/2002
智慧
26/06/2002
セレソン
25/06/2002
夢かなう…
24/06/2002
勝て大韓!
23/06/2002
大阪ぶらぶら
22/06/2002
幸せな余韻
21/06/2002
不思議の静岡
20/06/2002
東京へ
19/06/2002
この店
17/06/2002
安息日
16/06/2002
緑色人
15/06/2002
発券
14/06/2002
大韓の民意
13/06/2002
This is football.
12/06/2002
韓国を感じる日
11/06/2002
サッカーマンガ
10/06/2002
全州ふたたび
09/06/2002
ロシアをはさんで
08/06/2002
イタリアはイタリア
07/06/2002
全州ケンチャナヨ
06/06/2002
ひとやすみ
05/06/2002
水原で大笑い
04/06/2002
日本戦は機内で
03/06/2002
密度
02/06/2002
当日売り
01/06/2002
ああアジア
31/05/2002
はじまった
DD/MM/2002
これは旅である
top pageへ
18/06/2002
赤い大韓

2試合
ソウル+大田
晴れ

午後2時にカムジャンを食べる。初めて食べたがおいしかった。そのまま高速バスターミナルへ移動。バスは午後5時半発だが、日本戦をターミナルのテレビで見ようと思っている。ターミナルに着いて切符の売り場へ行ってみると、さすがに今日はユソン行きの切符売り場が臨時に出来ている。何度も書いてしまうが、大田のスタジアムはユソンの高速道路出口の目の前。試合の日はスタジアムの目の前に止まる。大田バスターミナル行きに乗るのは時間の無駄である。


バスターミナルのテレビイルボン 0-1 トルキエ。ターミナルのテレビの前は人だかりができている。あちこちで「負けろ」の声が聞こえる。もちろん日本が、だ。善良な日本人には意外かもしれないが、韓国人で日本の16強進出を心から喜んでいる人間などほとんどいない。そこまで韓国の人々は甘くない。実際、トルコの一点目で、大きな拍手が起きる。その後、あとから見にきた人間が近くの人間に点数を聞く度にガッツポーズが出ていたことも事実として伝えておこう。こういったことを前提にこの国の人々と仲良くしていくべきだ。僕は20数年見慣れた風景なので、なんの感慨もなし。このことで怒る日本人がいたら「無知は怖い」とだけ云っておく。

試合はどうも僕の大嫌いなフランス人の悪い癖が出てしまったようだ。スターティングメンバーがよくわからなかったので試合中に確認。え?。完全に裏目だ。アレックスを使うなら後半スペースが出来てからだろう。小野とアレックスではスペースがなくなる。こんなシステムやったことないじゃないか。と思ったが、日本の選手の能力は高いのでそれなりにやってしまっている。交代も混乱すると飛び出すわけわからんちゃん。なんとか1点はとれそうな気がしたのだが、結局負け。試合そのものはなかなか面白かった。とりあえずベスト16は正当な結果という気がする。まわりの多くの韓国人も違った意味で満足そうな笑みを浮かべて立ち去っていった。


ダフ屋との交渉バスに乗り込む。もうこの高速道路を通るのも4回目だ。いいかげん飽きてきた。バスは快調にユソンを目指す。途中チョナンのサービスエリアで15分の休憩後再び出発。先日のように大田市をぐるりと回りこまなかったので、40分ほどでユソンのインターチェンジに到着する。目の前がスタジアムだ。バスは左折して停止。僕はさっさとバスを降りる。あたりには赤い人たちがいっぱいだ。ダフ屋もかなり出ている。今日は儲け時だから、彼らも必死だ。しかし、値段をちらりと盗み聞きしていると、「ペグマン」。百万ウォン前後のようだ。カテゴリーは不明。たぶん、値段からしてカテゴリー3か2だろう。入場ゲートでチケットと手荷物検査。外国人用のところにも韓国人が並んでいるが仁川ほどの混雑はない。このあたりは大田の運営と導線管理がしっかりしている。そして先日の場所から10席ほど下の席に。隣にはポルトガル戦でずっと同じだった日本人の子達がイタリアの国旗を持って座っている。その気分は分からないでもない。


椅子の紙ハング 2-1 イタリア。イタリアは最後の15分舐めてしまった。それまでは完璧だった。結局のところチュック対カルチョの半島対決はアジアの半島ではチュックが勝ったということだ。どこにもフットボールは存在していなかった。正直云ってこんな試合ばかりしてどんな手を使っても勝てばいいのか?。と、思う。が、勝てばいいのが大韓精神にあふれたチュックなのだ。それ以外にありえない。僕はポルトガルのTSTでこの試合を見ることになったわけなので当然D組1位の韓国側だ。やはり椅子には人文字用の紙が貼ってある。非常に不愉快だ。だが、これはフットボール的に韓国側なので受け入れなくてはならない。しかしスクエアな気持ちで見ようという気が殺がれる。そのまま座る。おまけに人文字応援の最中コールリーダーらしい小僧が紙を持てと強要しにくる。にらみ返してやった。君みたいな小僧に指図されたくはない。

熱狂の一部しかし、とにかく、審判にしろ、観客にしろ、進行にしろ、現場に居合わせた僕ははっきり云うが、そのほとんどが不愉快極まりない試合だった。仁川のポルトガル戦も不愉快だったが、今日も格別だ。こんな試合をテレビで見て感動している人は友達になりたくない。なんでこの国が出場する試合ではなかなかフットボールが見られないんだろうか?。スタジアムはこんなに良いのに。そんな試合だったが、笑ったことがいくつかある。まずはイタリアに先制されたとき、周りの韓国人の若いサポーターたちが「ケンチャナヨ、ケンチャナヨ」とコールする。大爆笑してしまった。また、オフサイドを取ると「オプサイドゥ、オプサイドゥ」とまたコールする。前にいたアメリカ人の二人組みは「右だ、左だ」と聞こえるわけがないのに韓国に指示をする。韓国とアメリカは友好国なのである。また、前に座ったアジュンマだ。応援のため一番前が立つので順番に立って見ることになってしまっている前の席の若い子の背中を座れ座れと叩いている。何があろうと我を通す。これも大韓の正しい姿なのである。

今思うと、フットボールを見たというよりも、新興宗教の集会に紛れ込んでしまったという感覚に近い。そんな試合であった。そういえば各会場の周辺では、韓国プロテスタントや統一教会の情宣運動が行われていた。これも韓国の姿である。


延長後半に入り、イタリアが負けるなと思って、帰ることにした。事前にインフォメーションで聞いていたシャトルバスの乗り場へ歩いていく。途中、花火が上がり韓国が勝ったことを知る。警備の警官も飛び上がって喜んでいる。これで少なくとも3年半は(つまり次のワールドカップ予選の結果がでるまで)韓国人は日本を好きになるだろう。大韓は弟分が上にいることは許さない。弟は兄に一歩譲っていればかわいがられるのだ。それが3年半は続くことになったわけだ。兄韓国はベスト8以上、弟日本はベスト16止まり。めでたしめでたしなのである。しかしながらイタリアやポルトガルのTST-7Fを買った日本人は光州で今日のような応援を体験しなくてはならないとは、ご苦労様としかいいようがない。

熱狂と、思ってると、僕の方もご苦労様だったのだ。大田駅行きのシャトルバスが予定していた場所にいない。しょうがなく係員に聞くと、道の反対側だというではないか。やられた。事前にインフォメーションで聞いていた場所を事前の知らせもなくぱっと変更してしまうこの大韓精神。笑うしかない。韓国人には問題ないが、外国人には辛い仕打ちだろう。10分後、バスは乗り込んでくる人を待って出発。一路、大田駅を目指す。快調に走っていき、あと5分ほどで到着するという場所まで来たその時だった。なんと大田駅周辺は勝利を祝う大田市民が道を占拠して交通規制になってしまっているというのだ。運転手が「これ以上いけないから歩いてくれ」と1km以上手前で降ろされる。僕は云っていることが分かるが韓国語がわからない外国人は何が起こったのかびっくりだったのではないだろうか。さすが大韓。言葉の使い方が間違っているかもしれないが、臨機応変。この程度のことで驚いていてはいけないのだ。しょうがないのでダッシュして大田駅を目指す。海外から来たお客の健康を考えてくれたのだろうか。ありがたいことである。しかし、疲れる。疲れる。途中、赤信号もお構いなく、車に気をつけて渡らないと渡れない。早く行った者が勝つ。やったものが勝つ。遠慮したりする人間は負け犬になるだけだ。だから韓国は元気なのである。駅そばに着くと人、人、人、人である。サムルノリまでやっている。ソウルほどではないけれど、大騒ぎである。


車内のサービスこっちはダッシュで切符売り場へ行き、いつものように早い列車に変更してもらう。先日と同じ11時30分発のセマウル号だが、今日は試合が延長に入ったので30分ずらして00時00分発だった。ムグンファ号からの変更だったので、約6000ウォンの追加料金。しかし、列車は結局、0時05分出発。車内には大喜びの韓国人はもとより憮然とした顔のイタリア人のおやじやら、疲れた顔で椅子の背を倒して横になってる外国人。と、その時だ、がらっとドアが開いて車内販売がやってきた。そして挨拶をはじめる。え?。僕の韓国語の聞き取りがおかしくなったのかな?と疑った。車内販売のアジョシは「今日わが国がワールドカップの試合(競技)で見事勝利をいたしました。これを記念してこれから皆様にお飲み物をサービスさせていただきます」といったのだ。そして、すべての客にビールやらジュースやらを配り始めた。うれしいのだろう。


ソウルの喧騒ソウル駅に着くと地下鉄が動いていた。やはり記念すべき日なのだろう。もともと今日のような状況になってしまってはタクシーを拾って鐘路までいけないと思っていた。そのため30分弱は歩くので覚悟はしていたのだがラッキーではあった。電車はどうやら、チョンニャンリとソウルヨの間を行ったり来たりしているようだ。10分ほど待って電車が到着。4分ほどで鐘閣の駅を出る。はたして、そこは嬌声と喧騒の風景であった。日本風に云えばハコノリしているシャコタン(死語だ)。蛇行運転してクラクションを鳴らすバイク。花火が何本も次々とあがり、「て〜はみんぐ」の大合唱があちこちで起こっている。韓国も日本もやはり似ているのではないだろうか。これが好むと好まざるとに関わらず歴史を共有してきてしまったふたつの国の現実なのだな、と改めて納得する僕ではあった。

大田スタジアム全景2週間以上韓国でワールドカップを体験してみた。いま、振り返ってみると、ホスピタリティについては、かつての韓国からするとお節介すぎるほどだが、計画性および他者の視線による認識の欠如が著しい。韓国が勝ち進むにつれその傍若無人さは確実に膨張していった。やはり、韓国でのワールドカップ運営も大韓精神であった。僕の場合、ハングンマルがある程度理解できるのでなんとかなったが、ハングルを読めもしない日本人はかなり苦労したのではないだろうか?。しかし、それも大韓精神に触れた旅だと思い、よい思い出にしてもらいたい。こういう国が隣にある。これは好き嫌いの問題ではなく、文化の違いなのだ。そして、今日から少なくとも3年半は韓国人は日本人のことを好きになってくれるのだから、また韓国に来てもきっと大丈夫だと思う。

そういえば次の光州での試合は非常に大きな政治的な意味がある。光州事件が起こった地であり、現韓国大統領金大中の地盤。これまでの大韓精神を考えるとどんなことがあっても勝利なのだが、次の大統領戦を控えているいま、さて、どっちに転ぶか。韓国権力中枢の意志が垣間見えることになるような気がする。次の大統領の椅子には誰が座るのか。これがポイントだ。