a day in my world cup 2002
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はじまった
DD/MM/2002
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20/06/2002
東京へ

0試合
ソウル+東京
雨+曇り

朝8時過ぎ宿を出る。雨が降っている。試合のない日でよかったが、ピギーバッグを転がしてこれから地下道を上り下りしなければならない身としては少々憂鬱だ。地下道に向かって歩いていくとき、突然横にバスが止まった。仁川行きの602番の座席バス。目の前に光化門の停留所。運転手は雨の中バッグを引いている僕を見て客だと思って止まってくれたようだ。5500ウォン払って乗車。ちなみに金浦経由だと5000ウォンになる。

バスは麻浦ではなく新村(シンチョン)、合井(ハップピョン)経由で高速道路に入る。高速道路に入る前「これから高速道路に入りますので、安全ベルトを装着してください」と運転手のアジョシが客席を見てまわるのにちょっと驚いた。ワールドカップモードの親切運動なのか、このアジョシの個人的な判断なのか。


約1時間で仁川空港に到着。UAのプレミアメンバーのラインに並ぶ。前にワールドカップの審判だったらしい人間がいる。UAに乗るらしいことと顔からして中南米の審判だろうか?10分ほどしてやっと僕の番になる。ファーストクラスのラインにプレミア1Kのマークがないのは困ったものだ。

ラウンジ仁川の空港税が発券と同時に徴収となっていたのだが、僕の航空券はその決定前に発券されたため、UAの発券カウンターで空港税を納める。15000ウォン。高い。韓国人だと25000ウォンだから、もっと高い。ボーディングパスを受け取って、セキュリティーで靴を脱ぎ(テロ対策なのだろう)、チェックを受け出国。そのままStar Allianceのラウンジへ向かう。仁川のラウンジはStar Allianceメンバーのシンガポール航空によるもの。なかなかの作りでネット環境も充実している。インターネットにアクセスできるコンピュータが8台。モデムポートもある。食事も充実。ラウンジの目的が違うとはいえ、アメリカ国内のレッドカーペットクラブでは考えられない豪華さである。ラウンジここで1時間半ほど時間を潰す。朝食を摂っていなかったので、点心やラーメンを食べたり、ジュースやワインを飲む。時間になって搭乗。いつも選んでいるビジネスクラスのシートに腰をおろす。無料航空券でもシートが選べるのはいいかげんなのかもしれないが、ありがたい。

2時間とちょっとで成田到着。かなり疲れているので、スカイライナーを使って日暮里へ。山手線に乗り換え五反田。バスに乗って部屋に着く。かなりくたびれたが、明日は静岡へ行かなくてはならない。


軽く食事後、久々に日本のWebを眺めてみた。韓国についてのいろいろな記事や議論が増えている。嫌悪、不信、擁護。一見熱くなっているように見受けられるものの、実は、それらはすべて一言で片付けられる。

ナイーブ。

それだけだ。大韓民国という国名の意味を考えるといいだろう。「大」韓なのだ。「大」韓な「民」の国。大きいものが勝つ。強いものが勝つ。生き馬の目を抜くような競争社会に生きる人たちにとって勝たなければ価値はない。それが大韓民国の多くの人の考え方だ。そういう社会であることを知っていれば、「韓国が嫌いになった」、「信じられない」といった、言葉は出てこないのではないだろうか。

もちろんこういった国を嫌う嫌わないはすべて個人の自由だが、「大韓」という文化を一義とする社会が他者として日本のすぐそばに存在し、ワールドカップの共催(分催)ホスト国であるという事実を認識していなければならない。その認識からはじまってこそ、批判や肯定や意見を制御する意見も意味があるのではないだろうか。