23/06/2002
大阪ぶらぶら
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大阪
晴れのち曇り
朝10時半に起床。ホテルのチェックアウトが12時なのは助かる。なんだか風邪気味だ。鼻水が出てくる。喉も少々痛い。日本に戻ってきてからの天候不順にやられたようだ。少々、頭もぼーっとしている。それでも頑張って目を覚ます。そして昨日のトルキエの“漢”が勇気をくれる。セネガルの健闘を思い出すと身体が熱くなってくる。 なんとか起き上がって身支度を整え、ホテルを出てアメリカ村、ヨーロッパ村といったあたりを通って心斎橋方面へ歩く。こういうところにはほとんど来ないので、なんだか新鮮ではある。とりあえずお約束の戎橋界隈のワールドカップ仕様の看板や衣替えしたPOPなどを撮影する。多くの人が携帯電話で撮影しているのを見て、なるほどそういう時代なんだなあ、と何気に納得。千日前のグランド花月前まで行ってたこ焼きの食べ比べ。それぞれ特徴があるというかんじ。一方はカリッと感を揚げ玉で、もう一方は油で表面を蒸し揚げして出す。中身は似たようなものだが、タコは後者の方がいいものを使っているように感じた。
タコ焼きを食べたあと日本橋方面へ向かう。途中でFIFA公認の栗を発見。うーむ。店を何軒かぷらぷら見ていると、一軒のカメラチェーン店に64MBのマルチメディアカードを6000円弱で売っているのを発見。いまやSDカードの時代なので東京ではあまり目にすることがなくなったが、僕のエリクソンのGSM携帯電話用のMP3プレーヤーやNokia9210ではこのマルチメディアカードを使用している。値段もこなれている。もしかしたら、モノが出回りはじめたのかもしれないが、探すのも面倒くさいのでとりあえずふたつ抑えておく。突然の出費である。
日本橋から黒門市場方面に抜けて、千日前へ戻ってくると、やることがなくなってしまった。しょうがないので、御堂筋線で動物園前へ。日本橋まで行ったのだからそのまま歩いて行けばよかったとも言えるが、時間はあるのでかまわない。地下鉄を降り、通天閣方面へ歩き、狭いアーケードにある以前から気にしていた昔ながらの喫茶店に入ってイチゴジュースを頼む。風邪気味の身体にしみわたる。近所のオヤジさんたちが訪れるだけでなく、近辺の碁会所などからの出前注文も多いようだ。この店で40分ほど時間を潰したが、その間に読んだ日本のスポーツ新聞に書かれた有名作家とバルセロナに住んでいたことと中田と親しいことをきっかけに名をはせたスポーツライター(?)のコラムを読んでちょっと唖然。うーん、これもメディア統制の一環なのだろうか?。彼らの意見が本当に書いたとおりだとすると…。あまり考えたくない。
喫茶店を出てから通天閣界隈をふらふらとしながら、行きつけの「お好み焼き、ねぎ焼き」の店へ行く。“ふじ村”というが、知っている人も多いのではないだろうか。ここで“スジ入りねぎ焼き”と“ミックスモダン”という暴挙に走る。贅沢この上ない。といってもビールを入れても昨日夜のまずいお好み焼きよりぜんぜん安いのだが。おばちゃんの一生懸命なボケや突っ込み。他の客との間を計ったやりとりに参加しながら「こりゃあ食べきれないかもしれない」と思っていたのにすべてぺろりと食べてしまう。おいしいのだ。食べながらカレンダーをふと見ると「ブラジル 負ける 5000円 負ける」とペンで書いてある。おばちゃんに聞いたところ「カップルが来よって、かけしてなぁ“おばちゃん、書いといてえ”言うから書いたんよ」。笑った。きれいに食べ終え、“また近くよったら寄っててよー”というおばちゃんの声を背に店を出た。
腹ごなしに日本橋を通って南海のなんば駅まで歩く。離陸の2時間半ほど前だが、JALのラウンジでゆっくりすることに。空港行きの急行に乗る。この旅の疲れからかぐっすり寝入ってしまう。泉佐野で目が覚める。あと二駅だ。和歌山の亡くなった祖父母の家に行くときには関空経由で行き来するので、もう慣れた道すがらではある。
JALのラウンジでゆっくりしてから出発の25分前に搭乗。747の二階席。飛行時間は50分。あっという間に羽田着。京急で品川まで行きJRで目黒へ。歩いて部屋についたのは午後11時30分だった。
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