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調子に乗って 第2弾 |
いい年こいた40男の書いた台本をもとに50男ふたりがいい具合にふざけてます コサキンコント劇場(2)長男と末っ子 (興陽館) |
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◆ 浅井企画・萩本企画(ヤンガー部) http://www.asaikikaku.co.jp/http://www.hagimoto-kikaku.co.jp/ ◆ずん 当初は、伝説にもならなかった元コサキンレギュラーのお笑いコンビ、Laおかきを村山仁志と組んでいた。コサキン卒業後、おかきは解散。飯尾和樹が浅井企画に残り、「やす」(本名・藍木靖英)とともに癒し系?ユニット「ずん」を組んでいる。 飯尾はLaおかき時代も地味だったが、いまも相変わらず地味さを全身からみなぎらせており、飲み屋ではお通しが来ず、カンコンキンでは「飯尾出てますランプ」が登場する始末。「コサキンビデオマントヒヒ」の座談会では、二言程度しか発言していなかった。 おかき解散後、キャイ〜ンの番組などで密かに稼ぎ続けていたが、00年11月にダンスの練習をしているところにコサキンが乱入して以来、コサキンにセミレギュラーとして復帰。「ペッコリ45度」「ペガサス!」などの地味ギャグが地味にブレイク。なんと「笑っていいとも」レギュラーの座まで手に入れてしまった。30過ぎにして。地味な幸運である。 怠惰なところや嘘をつく癖があったが(カンコンキンの打ち合わせに遅刻し、「夜3時からネタ見せがあったので寝坊した」と言い訳した事件は有名)、さすがにいまではその習慣もなくなってきたようである。 現在は支援サイトも作られるなど、着実に世に出る体制が整えられつつあるが、特に飯尾はネットで役立たず扱いの評価を受けている。しかし悪口を書かれてナンボ。悪口も言われなくなれば「ジミ芸人」でもない単なる一般人同然だ。浅井を出て事務所まで立ち上げた元相方・村山に負けない活躍が期待されるところである。 いっぽうのやすは、お笑いコンビ「ヘーシンク」のツッコミだったが、こちらも解散し、同じフラれ仲間の飯尾と「ずん」を結成した。コサキンに出演しはじめた当初は、飯尾に肩入れするコサキンの前にたじろぎ気味だったが、徐々に本領を発揮。飯尾のいやし系ボケをエキサイトさせる「ぼんやり系ツッコミ」は冴えを見せている。 近年は飯尾は「リンカーン」、やすは「みなさんのおかげでした」(飯尾も参戦するが活躍はせず)とそれぞれがピン仕事でも活躍中。 ◆エネルギー 浅井企画の若手成長株で、カンコンキンレギュラーも務める。レスリングの経験もある森一弥(通称・目黒川ビール飲み男)と、ホストなたたずまいの平子悟のコンビ。Laおかきと違い見た目がさわやか?なので、各メディアで躍進中(か?)。数度コサキンに出演後、02年、コサキン準レギュに。定期的なフリートークライブを行うほか、「サタデー・ウィズ」(ムッくんMC、TBSラジオ)レギュラーなど、おもに『浅井バーター要員』として多忙な日々を送る。 ◆あさりど(萩本企画) 欽ちゃん劇団で生まれ、欽劇で育つ。笑っていいとも青年隊でその名を売った堀口文宏(オッケー堀口)・川本成(かわもとなる、ショボいフッくん)のコンビ。その後はパッとせず下積みが続く永遠の若手。「王様のブランチ」でまいまい(佐藤まい子)にオチを取られ、楽屋でマネージャに叱られ涙しているヒマはない。コサキン準レギュで起死回生を狙う。 ◆イワイガワ ラビーに手腕を認められ、05年末にヤング部に抜擢。岩井ジョニ男(サラリーマン風、元タモリ付き人)と井川修司(関西弁、元浅田美代子の付き人)のコンビ。私服でもスーツを着る男、ジョニ男の時代錯誤的ボケは常に注目され、ライブはいつでも大入りという実力派である。(その分、テレビ向きではないが) ◆しゅく造め(しゅくはじめ) 元ロッコツマニアの宿輪竜一。中島の廃業に伴い、06年初頭にピン芸人として生まれ変わる。6月末に改めてしゅく造め名義でヤング部正式加入。 ◆関根麻理 ご存じ、関根勤の愛娘。06年に浅井企画より満を持してデビュー。タレント活動開始前からコサキン出演経験、カンコンキン登場経験あり。米国留学し、大学を3年で卒業し父親を喜ばせた才媛でもあるが、基本的には、「父親のケツをはたいて」、「父親を愛情を持ってなじって」育った、関根勤DNAを継ぐ女といえる。 ◆ 浅井企画 ◆剛州本名は河村剛州(たけくに)。坂上二郎の付き人を経て芸人・俳優となるが、独特のアメリカンジョーク(要するにくだらないシャレ)と、くたびれた白竜のような表情が災いし、未だに芽が出ていない男。態度はでかいが芝居は下手。しかしなぜかカンコンキンシアターでは大活躍しており、サブタイトルにもその名を残すまでに。名優・松田優作が彼に心酔(?)し、初監督作「ア・ホーマンス」にも起用していたのはあまりに有名。 イッチーによって「スリッピーギャグの王者」として本にまでなった。その本によれば、初体験は12歳(でも初キスは高校生の時)でそれ以来スケベ道を歩み続ける。白血病、早期胃がんと大病を2度も患うが、看護婦に手を出すなどケロッとしたもの。その割には自分の妻(大山倍達似)にはあまり発情せず、4年ぶりに一戦交えたというエピソードから、「オリンピック夫婦」と呼ばれる。 川岸さんに「マネージャーになれ」と言われ続けるがそれでも芸人をやめず、運送会社でバイト(こっちが本業?)をしながら生きながらえている芸人の鑑(かがみ)。ラッキィ池田との覆面漫才ユニット「フックメン」を結成するが、風呂屋の2階で公演したのち早々に解散。 惨状を心配した浅井良二社長が、大将こと萩本欽一に頭を下げ、大将はしぶしぶ自分の公演に剛州を起用。しかし全く芸ができず、18時間のダメ出しの末、「おまえもうダメだよ」と事実上の引退勧告。それを聞いた社長は、ランクが上の小堺やルーを呼び捨てにするのをやめたがらぬ剛州に怒りを爆発させ、頬を平手打ち。愛情が平手打ちに昇華してしまったのだ。'98年10月、「良二の乱」の発生した日である。 2000年5月、師匠・坂上二郎の久々のシングル発売に合わせ、付き人復活宣言。二郎さんの新曲発表会にノコノコついてきてステージにまで上がってしまうが、「いてもたってもいられず」が言えず「いてもたっつもたっともたんまらず」とかんだ上、日本語まで間違う有様、さすがです。 筆者は都内某所某イベントで剛州を見かけたが、『集団を引き連れた中でもひときわ背が低く、ひときわ態度がデカい男』だった。 イッチーさんの本「村上ショージVS剛州」特別レポート ◆浅井良二 「株式会社浅井企画」「浅井企画音楽出版」社長。東映ニューフェイスを経て、コント55号のマネージャーから、一大お笑いプロダクションの総元締めにのし上がった(現在では司会者、スポーツ解説者などのマネジメント業も行っている)。赤ら顔ながら赤い洋服が大好きで、早口、早足。別名「赤い衝撃」。剛州への愛情が、平手打ちとなって爆発した「良二の乱」は有名。 浅井企画はアブない街五反田にあるこきたないビルの4、5階にあり、超狭い。にもかかわらず、'99年2月に泥棒に入られ、通帳など計2,000万円を盗まれた。現場にはミカンの皮と1円玉が残っていたという。しかし犯人は逮捕された。よかったよかった。 ◆川岸咨鴻(ことひろ) 浅井企画専務取締役兼COO(経営最高責任者)。芸人を恫喝する恐怖のおやじ。コサさんキンさんもかなりいじめられた。「ニセ社長」としても有名。古くは藤圭子(宇多田ヒカルのママ)や、故蔵間のマネージャーをしていた。もとトランペッターという意外な肩書き。現在は(あきらめ半分で)剛州のマネージャーも兼任。口癖は「2億年〜〜だ!」。 ◆五社勇 もと芸人。浅井企画所属だったが、のちにマネージャーに転身。「エスカレーターズ」名でお笑いコンビをやっていたらしい。「コサキンビデオ・マントヒヒ」では、常に手を挙げながら絶叫していた。京都・太秦では顔パスという伝説まである。 ◆手塚賀雄(てづか かずお) 元関根勤第1マネージャー。現在は浅井の制作部門責任者。モーレツア太郎顔。スケートの清水宏保顔。「ほっしゃん。」顔。エッチな夢を見る(しかもハダカになっている)のが得意。 ◆色摩茂雄(しかま しげお) ベランダエッチ野郎ことローク(鷺坂勝。ミッキー・ロークに似ている。現キャイ〜ンマネージャー)の座を譲り受け、関根勤第2マネージャーを経て、現関根第1マネ。もとは芸人を目指していた。ネコ顔(orスケベ川野太郎)。生家は小樽で人気ナンバーワンの寿司屋、「色摩寿司」。跡を継がず逃げてきた。カンコンキンで見つけた彼女からも逃げているらしい。カラオケは「そして神戸」「Body and Soul」が得意だが、エセファルセットのうえ、歌声も逃げている。小堺・楠野よろしく頭髪は少ない。コサキンビデオで涙の断髪式。その甲斐あってか'99年4月からは関根とともにアデランスのCMキャラクターに大抜擢。 ◆神戸恭子(かんべ きょうこ) 小堺マネージャー。かなり長期にわたり、一流芸能人の時間を自在に管理する女性。「ソニンの10歳年上の姉」「タイの美人秘書コンテスト3位」。ザウルスを操っているらしい。一流さんから「カンベちゃん」と呼ばれている。 ◆淡路ひろし 坂上二郎マネージャー。「ひろし」のひらがなは本名。暗い性格といわれているが、コサキンでネタにされるのを結構喜んでいる。野茂のコインやボウリングのスコアなど、中途半端なものの自慢が得意。安物買いを常としている。ルー並みのクネクネしたゴルフスイングは、ラビーをして「黒いエビみたいだ」と言わしめる。マネージャーの手腕を疑われ(?)、車輌運搬係に回されたことも。風邪を引きやすく、関根から「かぜひきお」というあだ名まで頂戴した。某サイトで顔写真を見たが、普通の中年で、「高田純次ヤング」という感じだったけどなぁ。 ◆山中伊知郎(イッチー山中) 早口でおなじみのハゲ。昭和29年生まれ、早稲田大卒のハゲ。テレビ関係の仕事を経て、現在は、タレント、放送作家、お笑い作家、著述業、果ては芸能事務所社長までこなすマルチハゲである。 浅井企画のお笑いコンビを影で仕切ってきた「笑いの仕掛け人」。ラッキィとともに、TBSラジオ「永六輔の土曜ワイド」レギュラーを務めたことも。さいたま市在住で、浦和レッズ評論でも有名。 文筆の腕を生かし、「放送作家・シナリオライターになるには」(ぺりかん社)という硬い本もサラッと書いてしまう、ものすごいハゲおやじ(ちなみにこの本にはちゃんと有川・舘川・楠野のことが書いてある)。調子に乗って「村上ショージVS剛州」を書いたことで、出版元・風塵社に大損害を与えるが、「オヒョイさんになりたい」「関根勤は天才なのだ」などで大収益を与えているのでチャラか。 自分自身にも笑いの才能があると思いこみ、特技の「相撲甚句」をひっさげてカンコンキンシアターに参加。不器用ながら古参メンバーとして活躍している。しかし舞台裏ではカネのことにうるさかったり打ち上げを抜け出そうとしたりと、「男気がない」ところをさらけ出している。 著書はほかに「いくよ、二郎さん はいな、欽ちゃん」「これが『原価』だ!!」「吉野家!」などが有名。近著は「関根勤・ルー大柴100歳の挑戦」(飯塚書店)。長年在籍しているカンコンキンを題材にした安パイ企画でまたもや印税を手にするのであった。 2000年代以降、「企画集団オフィス・コノワード」を主宰したり、那須でお笑いセミナー講師を務めるなど、芸人・放送作家育成の道に足を踏み入れる。さらに川岸専務のバックアップもあり、浅井企画の若手受け入れ組織として芸能事務所「山中企画」を立ち上げる。なぜか売れ始めると芸人が辞めていくという悩みも抱えつつ、「三丁目クルー」「波照間てるこ。」らを一流にすべく育成している。なお「山中企画」設立と前後して、イッチー本人は浅井企画にも籍を置くようになった。 公式ブログはこちらから ◆ TBS ◆浦口直樹歴代コサキンディレクターの中で唯一アナウンサー兼任者。そのスケベ顔から「一仕事終えた後のAV男優」などのあだ名を拝する。当時は番組内のナレーションもこなした。CD-ROM「コサキンスペシャル」で彼の勇姿を拝見できる。現在はコサキンを退いているが、TBS系のテレビやラジオでアナウンサーとして、ラジオではスタッフとしても活躍中。入社当時、つくば万博中継でパビリオン爆破予告におびえながら中継した苦い経験も。 ◆杉浦さん コサキン初代?ディレクター。社内にも関わらず素足にサンダルを履くという独特のスタイルで、コサキンを担当。最初はコサキンに理解を示さなかったが徐々にはまっていく。1000回記念イベントでは「ぽよよ〜ん」の名言を残し、コサキン本のタイトルにまでなる。現在、TBS事業推進局参事。下の名前分からず。
◆永井浩満 ◆ その他
◆金子祐也 |
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