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MIKE WORLD in
シベリア超特急
試験に出る晴郎 レヴォリューション
© MIKE MIZNO (MIZUNO HARUO) / A MIKE MIZNO FILM / 水野晴郎事務所

シベ超(第1作)伝説



 映画製作という夢を叶えるため私費をなげうって、一本の映画を作り上げた晴郎。この作品で映画監督「マイク水野」として華々しく監督デビュー…するはずだった。
 が、あまりにも世界が独特すぎた。同業者たちからの集中攻撃に遭い、公開当時は酷評される羽目に。結果、晴郎はこの作品の上映会と講演会を抱き合わせて日本各地を回らざるを得ないという、不遇の時代を迎えることになる。
 しかし、仏像グラサンことみうらじゅんの激賞により、「シベ超」と晴郎の運命は一変することになる。その後の快(怪?)進撃ぶりはご存じの通りである。

 そもそも、大当たりする要素などみじんもない映画だった。列車なのに揺れないセットや、座っているだけなのに名推理を繰り広げる山下将軍、意味もない英語字幕、ご都合主義の偶然続き、そして脇役たちの名演技をぶちこわしにする晴郎の滑舌の悪さと棒読み演技…。
 晴郎はこの映画を「反戦メッセージを色濃く現代に伝える、本格派サスペンス・エンターテインメント映画」として制作したはずだった。しかし、世の反応は全く逆であった。

 制作当初から、水野晴郎が私費をつぎ込んで映画を作る、ということで話題にはなったが、どうがんばっても晴郎個人の予算には限りがあった。それが、揺れないセットや無名の俳優のオンパレードなど、映像にもろに出てしまっているのは否定できまい。

 さらに目に余るのが、監督である晴郎自身の大根芝居だった。自分の演技力は自分が一番理解できるはずなのに…。

 それにも増して理解不能なのは、ラストシーンの「舞台裏」演出だった。これが「シベ超」の世界を揺るぎないものに仕立て上げてしまった。

 本編が終了すると、「カット」の声で舞台は戦争中のシベリアから、スタジオの打ち上げ会場に。そこでかたせは死に、占野はむりやり犯人にされてしまう。が、それすらも俳優たちの茶番劇だったことが分かる。映画冒頭に挿入されたシーン(会話を立ち聞きする女性(=かたせ)や、男性の投身自殺)がこのどんでん返しの伏線だったことが、ようやく分かったところで(半分くらいの観衆はそれでも理解不能だろうが)、牧歌的なBGMとともに、「完」の文字が出て本当に映画が終わる。
 これがシベ超最大の特徴・「大どんでん返し」である。

 普通にこの映画を見れば、あっけにとられてしまうだろう。こんなのカスだ、大学生の映画サークルでもこんなものは作らない、と言い切ることも簡単だ。
 しかし逆に考えれば、世の中には「ヘタウマ」という言葉もある。一見下手に見えても、内に驚愕すべき感性を秘める作品は、芸術の世界にはごまんとあるではないか。
 ヘタウマの旗手、みうらじゅんがこの映画を激賛した。サブカルチャーに精通するみうらが「面白い」というのなら…この映画に俄然注目が集まりはじめた。
 「シベ超」は普通の見方で見てはいけない映画だった。それに人々が気づきはじめた。

 「シベ超」をまともに見て評価する人は、おそらくいない。しかし、晴郎のチャレンジング・スピリットに共感できる選ばれた人間だけが、「シベ超」ワールドの世界に足を踏み入れることができるのである。
 通常の感性で見るのではなく、ツッコミながら、笑いながら見る映画…そんなスタイルを「シベ超」は確固たるものにした。一つのカルトシリーズの誕生である。かくして「シベ超」はカルト映画マニアを中心に大々的支持を得ることとなる。それをきっかけとし、2が製作され、それ以降、独特の「マイクワールド」が形成されることになる。



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