イラン・イラク戦争で家族が全員死亡し、ただ一人生き残ったサヘル・ローズさん。彼女を瓦礫の山から救い出し、その後、独身で養母になったフローラさんと8歳で来日。志木市での生活など、数奇な人生を著書『戦場から女優へ』に綴っている。印象深い志木市での体験を中心に、彼女の生き方を取材した。
[写真/安澤剛直] ―フローラさんに最初に出会ったときの印象は?
フローラと出会うことは運命だったと思うんです。瓦礫の山から引き上げられて病院で目を覚ましたとき、はじめて会ったのになぜだか「マザー」って呼んだんです。でもそのあと、1回別れたんですね。彼女はボランティアで救助に参加していた学生で、彼女には彼女の人生があったから、私は孤児院に行って……。
―著書の中で、孤児院でさまざまな発見があったと記していますね。
戦争を経験した子どもたちはそうだと思いますが、みんなが当たり前と思うことが当たり前じゃなかったから、毎日が発見でした。私が住んでいたまちは灰色、茶色といったダーク系の色ばかりだったんです。孤児院に入って、はじめて白とか緑とかを見たし、ベッドのやわらかさ、食べ物、すべてが新鮮。自分の肌もこんなに白かったんだって意外でした。自分のまちにいたころより孤児院のほうが幸せだったし、お母さん(フローラさん)に引き取られたことでさらに幸せを感じました。
まさか再びフローラと会えると思ってなかったんですよ。たまたま私が出た孤児の里親探しのCMを本当に偶然フローラが見て、会いに来てくれたんです。でも、そのときは引き取ってほしいという気持ちはなかったし、フローラもただ会いに来ていただけだったんです。何回か会っているうちに別れ際にだだをこねるようになって、「私も行く」って泣いたり。フローラはおばあちゃんに育てられた人で、おばあちゃんの影響を受けていつか孤児院の子を引き取りたいという夢があったみたいなんですね。私に出会ったことで、この子にしようって思ったみたいです。 |