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| 冷たい月明かりの晩に 北海道の釧路に住んでいたころの話です。 2月のことだったと思いますが、友人の家でずいぶんと話し込んでしまって、帰るのが午前4時ぐらいになっていたと思います。だいぶおそい時間となっていましたので、気温が急げきに下がってきて、かなりしばれる(とっても寒い)夜でした。 きっと帰っても、家全体が冷え切っていて、いったん家の中をあたためてからでないとねることすらできないほどの寒さです。(ちなみに一軒家をかりていたのですが、ちょっと風が吹くと雪が家の中にまい込んで、雪が積もってしまうような家でした。) 友人の下宿から私が借りていた春採湖(はるとりこ)のほとりの家まで、しばらくはゆるやかな上り坂が続きます。空には月が出ていて星が降ってくるようで、きれいだなあと思いながら歩いていました。 そのうちに、道のあちらこちらがきらきらと光っていることに気がつきました。雪と氷の道ですから、あたり前かと思ってみたものの、どうもいつもとちがって、きらきらと道全体がきれいなのです。そのきらきらと光っている部分に顔を近づけてみると、正六角形をしたうすい氷が、あちらこちらにばらまかれているのでした。 その小さな氷の板をまわりの雪ごとすくってみると、とてもきれいな六角形をしています。さらに、そこへ自分の息がかすかにふれたしゅんかん、氷のふちが溶け出し、ほねが残るかのように、雪の結晶のような形が姿をあらわしたのです。いったいどのようにしてこんな不思議な氷が、あたり一面にできたのでしょう。家に帰り着くまで、私は何度も何度も、手にすくっては解けていく氷をながめていました。 釧路の冬は4回過ごしましたが、こうした景色は後にも先にも、この日かぎりのことでした。 |
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| 原生林の生き物たち 札幌の中心街から地下鉄で4つ目の駅に、円山公園があります。その公園の奥の方に円山という、とてもかわいらしい山があるのですが、市街地からさほどはなれていないにもかかわらず、自然の豊かなところでした。あまり大きな山ではありませんが、山頂からは札幌の町並みや夕張の山々までよく見わたせ、気持ちのよい気分にさせてくれます。 さて、高校からの帰り道に、円山によって歩いてみるということも、私の楽しみの一つでした。円山の原生林の中を歩いていると、エサをもとめてやって来るエゾリスと出会うことがあります。巣が近くにあって通り道が決まっているのでしょう。顔見知りのエゾリス君と出会う場所は、いつもだいたい決まっていました。 また、シロハラゴジュウカラという鳥は、木の枝を下向きに降りてこられる不思議な鳥で、手のとどくほどの近さまで遊びに来てくれます。それに、耳をすませば、アカゲラなどのキツツキがせっせと木をつつく音があちらこちらから聞こえてくるなど、円山の原生林は、いつも様々な顔を見せてくれるのでした。 この円山には山頂までの間に、八十八のお地ぞうさんが並んでいて、一人ひとりのお地ぞうさんにお参りしていく人の姿も時おり見かけます。だから、その出発点である山のふもとには社務所?があって、散歩の帰りにそこの冷たい井戸水を飲むのも、楽しみの一つでした。 原生林の美しい紅葉が終わろうとしていたころのことでしょうか。少し日がかたむきかけた時間に、いつものように円山へ出かけていくと、社務所の奥さんが声をかけてきました。 「そこの川に大きな鳥がいるんだよ。けがしてるんじゃないのかね。」 円山のそばを流れている小さな川は人工的な作りになっています。川の垂直なかべを飛び降りると、その鳥は流れの中にある石の上にちょこんととまっている、鳥の黒いシルエットが見えました。人かげが近づくとバタバタと飛び回り、遠くへ行こうとしますが、羽根をいためているためか、川から出ることができません。はじめはカラスでもいるのかと思っていたのですが、羽根の模様・くちばしの感じから、トビであることがようやくわかりました。 何度か飛び回った後、急におとなしくなったトビは、じっとしたまま動かなくなりました。私が手をさし出しても、もうあばれません。つかれてしまったのか、助けてもらおうと思ったのか・・・ とにかく、だき上げた時のぬくもり、意外なほど軽かったトビの体のことが、今でも強く印象に残っています。それがはじめてさわった、生きた鳥との出会いでした。 トビはその後、社務所の奥さんが預かり、ちりょうをしてくれることになりました。 |
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| 子ギツネが楽しく遊んでいたころ 1983年、釧路湿原の東、塘路湖(とうろこ)から釧路川を少し下った小高い丘の上に、細岡大観望(ほそおかだいかんぼう)と書かれた、たった一本の杭(くい)が立っていました。この杭のあたりからは釧路湿原全体が見渡せ、なによりもすばらしいのは、釧路川が蛇行(だこう:川がくねくね曲がって流れること)する様子が、手にとるようにわかることでした。 この細岡大観望に来るためには、かなりのでこぼこ道をかくごしながら車やバイクで来るか、数時間に1本しか来ない釧網線(せんもうせん)の列車を利用して細岡駅に降り立ち、釧路川に沿って20分ほど歩く必要がありました。列車を利用する場合は不便なように感じますが、帰りの列車の時間まで、けっしてたいくつすることはありませんでした。 駅から細岡大観望へ向かう道は、しばらく釧路川とともに進んでいきます。その道は人が通る道であると同時に、キタキツネが利用する道でもありました。釧路川をながめながらのんびりと歩いていると、向こうからキツネが歩いてくることがあります。エゾヤチネズミなどをくわえていることもよくあるので、子ギツネにエサを運んでいくのでしょう。ばったり出くわした時には(いっしゅん、キツネも立ち止まるのですが)、こちらも少し遠慮(えんりょ)して、「お先にどうぞ」と、道のはじっこへよけてあげます。そうすると、キツネも反対側によけて通りすぎていくのですが、たまにおたがいにふり返って目が会ってしまうと、思わず笑みがこぼれてしまいます。 その後、大学の研究の関係もあって、キタキツネの行動について調査するようになり、細岡には何度も何度も通うようになったのでした。先ほどの細岡大観望のあたりも、やはりキタキツネの生活の場であり、元気に走り回る子ギツネたちの姿がよく見られました。不用意に近づきすぎれば、親ギツネからきびしくしかられたこともありました。そのころの細岡からは、のびのびとたくましく育った子ギツネたちが、たくさん巣立っていったのです。 そのころの釧路湿原には、開発の波が押しよせていていましたが、ラムサール条約へ釧路湿原を登録された事がきっかけとなって、自然を守ろうとすることに関心が高まりつつあったように思います。だから少し安心しながら私は釧路を後にしたのですが・・・・・・・ その後、細岡をおとずれた事が3回あります。一番最近は2000.8.5のことです。 ずいぶんとかわった、と思います。 たった一本の杭だった細岡大観望には、数年前まで利用されていた所をふくめて、3ヶ所の展望台ができました。 りっぱなトイレもあります。 その少し下の子ギツネの遊び場だった所には、大きな駐車場ができ、ビジターセンターが建ちました。 ビジターセンターの中に入ると、大きなテレビが置いてありました。 静かだった湿原に、NHKのど自慢がひびいています。 塘路方面からの道路はきれいに舗装され、あのキツネと道をゆずり合った道を、バスが走っていきます。 釧路湿原駅ができました。 観光客のみなさんは、そこからまっすぐ細岡大観望まで登ってきて、またもどっていくようです。 |
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| コウモリがいっぱい 私がコウモリをはじめて見たのは、予備校に通うようになってからのことでした。 本当はそれまで何度も目にすることがあったのだと思います。だから、正確に言えば、コウモリの存在にはじめて気がついたのが、予備校に通っていた頃ということになります。何せ、コウモリといえば洞窟(どうくつ)や山奥にいるものだと思っていましたから。 それが何でまたコウモリに気がついたのかといえば、無数のコウモリが飛んでいるような所に引っ越してしまったからなのです。いくら私でも、何匹ものコウモリが目の前をひらひらと、しかも毎日飛ばれた日には気がつかないわけにはいきません。 広島県広島市の西部、ほとんどが住宅地なのですが、その背後になだらかな山が連なっていて、夕方になるとどこからともなくコウモリたちがやってきます。数が多いからでしょうか、時折、人の身体をかすめるように飛んでいくものもいて、その気になればつかまえることもできそうでした。 たまに家のまわりに落ちていることがあって、母がほうきで集めていることもありました。だから、初めて実物をさわったのもその頃のことです。小さい口で「キー」って鳴いて、ずい分小さいなあと思っていたのが、アブラコウモリなんですね。今ではめずらしくなくなってしまいましたが。 今住んでいる家にも、コウモリがよくやってきますが、気がつかない人もけっこういるようです。普段、コウモリが話題になることもないのでしょう。私も小さいうちに、誰かが「あ、コウモリだ。」と叫んでいれば、もっと早く気がついたんでしょうけど、残念ながら、そんな場面に出くわさなかったような気がします。 今度から自分が叫んでみるとぶといいのかな。 「あ、コウモリ!」 コウモリは本当に、皆さんの身近に住んでいます。 |
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| もう雪の季節になるんだなと思うとき 私がはじめて北海道に移り住んだのは小学校5年生の時、10月の下旬のことだったと思います。 東京とはまったく季節が違っていて、煙突のついた石油ストーブがめずらしくて、何もかもが新しい体験でした。それに、もうすぐ雪の季節だと思うと楽しくて仕方がありませんでした。 そんな時、公園で粉雪のような白いものが無数に舞っている光景を目にします。とうとう雪が降ってきたんだなあと見とれていると、その一つがこちらへふわふわと落ちてきました。でもそれは、雪ではなくて、青白い綿毛をおしりにつけた小さな虫でした。 北海道では、その雪のような小さな虫のことを「雪虫」と呼んでいます。短い秋があっという間に過ぎようとする頃、たくさんの雪虫が空を舞い、やがて長い冬がやってくるのです。だから雪虫を見るといつも、なんとなくうれしいような、さみしいような、ちょっと不思議な気分になるのです。 その年は私が雪虫と出会って1週間とたたぬうちに、初雪が降りました。一夜明けると、外は一面の銀世界で、学校が終わってから友達がミニスキーを教えてやるよ、と連れて行かれたのをよく覚えています。 この雪虫の正体はアブラムシの仲間で、トドノオオワタムシという名前がついています。夏の間トドマツの根に寄生(きせい)して過ごしているのですが、春に備えて他の植物に引っ越しをする際に、先ほどのような大群が見られるようです。 北海道を離れて神奈川で生活をするようになると、雪虫が飛ばないと、なんとなく季節を感じられなくて寂しい気がしていたのですが、いるんですね、雪虫が。数は少ないのですが、街の中でも毎年姿を見せてくれます。一匹でも特徴的で目の前をふらふら飛ぶのですが、こちらでは雪とはかかわりがなくなってしまうので、あまり気にする人もいないのは残念です。ちなみに近所にはトドマツはないので、トドノオオワタムシという名前ではないのかもしれません。雪虫にも何種類かいるようなので調べてみたいと思います。 |
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| 野生馬の住む岬 北海道からオートバイで、本土最南端の佐多岬(鹿児島県)を目指したことがあります。無事に佐多岬に到達したものの、そこから宮崎に立ち寄ろうとしていた私にとって、最寄のユースホステルは宮崎県の都井岬しかありませんでした。毎度その時になってから宿泊場所を決める私には、都井岬の知識などほとんどなかったわけです。 佐多岬から都井岬までは、かなりの距離があります。そのうちに日没の時刻を迎え、都井岬への標識を見つける頃には、すでにあたりは真っ暗闇でした。途中、ゲートのような所をくぐり、馬優先というような意味の看板を見つけるのですが、あまり気にも留めませんでした。なにしろユースホステルの人に「夕食は間に合うはずだから、とっておくからね。」と言われ、急がなければならなかったのですから。 岬の先端への道というのは、どこもカーブが続くのでしょうか。明かりがほとんどないだけに、見通しの悪い道が続きます。そこへ、コーナーの出口で、ヘッドライトの明かりの中に、黒く大きな影のような物体が突如照らし出されました。もう少しでぶつかりそうになったその影の正体は、毛並みのよい、大きな1頭の馬でした。その馬は、急ブレーキをかけて止まったオートバイのことなど気にする様子もなく、しばらく道の真中をあっちに向かって歩いていくと、草地の闇に消えていってしまいました。 野生馬の故郷・都井岬、というようなパンフレットが、宿に着くと置いてありました。 遥か北海道から最南端に至った余韻に浸りながら、見上げた南国の空は満天の星空で、水平線にはいくつもの漁火が輝いていました。さそり座が随分高い位置にあることから、かなり南下してきた事がわかります。耳をすませば、草地をゆっくり移動していく音や息づかいから、野生馬の気配を感じることもできました。なんとも不思議な夜でした。 翌朝、宿の周辺を歩いてみると、何頭もの野生馬に会いました。どこかにつながれることもなく、思い思いの場所で草を食べています。野生馬にとって、広い岬の中ならどこへ行っても自由で、人間の方が気を配らなければならないのでした。 |
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