豊岡藩主京極高盛は弟高門に養父郡に2千石分知した。糸井京極氏は陣屋を築いている。
さて出石から奥山渓谷経由で和田山に抜ける。糸井川沿いの平野を快走すると寺内の集落に入る。地図だとこのあたりが陣屋だが、どこに陣屋跡はあるのであろうか?適当にうろうろすると資料館の旨の標記があったので狭い道を入ってみる。小学校の跡地のような所に出てしまった。何者が来たのか、と資料館から出てきた方に尋ねると、果たして陣屋跡で、陣屋跡の小学校跡に資料館が出来たと言う。半年前に訪れた宮崎の小川城を思い出す。
*攻城時は兵庫県朝来郡和田山町