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アドリア海8泊9日の旅

日本クロアチア協会の実験ツアーに参加して


[対談] 松井志保 木村理恵  [構成] 花井雅保

2001年7月24日〜8月1日の8泊9日、日本クロアチア協会がクロアチア実験ツアーを実施いたしました。これは当協会の会員の皆様や一般の日本人にとって、より快適なクロアチア旅行を楽しんで頂くために当協会が独自に実験的に実施したツアーです。このツアーを通じて得た経験と生の情報をもとにして、さらに内容を充実させ、クロアチア側の旅行代理店とも相談しながら、将来的には一般会員けのクロアチア・ツアーを企画・実施していく予定です。
今回は日本から12名、オランダから3名の日本人が参加し、アドリア海沿岸を中心に旅をしました。このツアーに参加した松井志保さん、木村理恵さんに、今回のクロアチア旅行を振り返って頂き、「夏のアドリア海の魅力」について語って頂きました。

一日目 成田→フランクフルト経由→ザグレブ
二日目 ザグレブ→オパチア
三日目 オパチア→リエカ→ザダル→トロギル→スプリット
四日目 スプリット市内参観→フェリーでフヴァル島
五日目 フヴァル島からフェリーでコルチュラ島
六日目 コルチュラ島→ワイナリ参観→ストン→ドブロブニク
七日目 ドブロブニク自由行動
八日目 ドブロブニク→ザグレブ→成田へ
九日目 成田着

松井:クロアチア、良かったねー。
木村:ウン!ホント、楽しかった!こんなに楽しかった旅行は無いかも。
松井:行く前は綺麗な写真とか見ても、やっぱり暗いイメージが先に立っていたから行ってびっくりした。



木村:そうだね。空港とかももっと物々しくて入国審査とか凄く厳しいかと思ったら。
松井:とっとと行って下さいって感じだったよね(笑)。
木村:ザグレブ着いた夜に10時くらいだっけ、ホテル(エスプラナーデ・ホテル)の周りを散歩しても全然危ない感じは無かったよね。「おっ、東洋人だ!」って目で見られたけど。
松井:ジロジロ見られた。でも嫌な感じはしなかったよ。外国人気分になった(笑)。カップルが多かったね。女の子はみんな足長くて綺麗で。
木村:男の子は素朴な感じでね。

                     
松井:どの街がよかった?
木村:う〜ん、みんなそれぞれ良かったから難しいな。やっぱり、アドリア海が綺麗だったから海岸沿いはみんな良かったよ。

松井:私もグアムに行った時、みんなが知らないビーチに行って綺麗で感動したけど、アドリア海はそれよりも綺麗だったよ。特に色が全然違うの。同じエメラルドグリーンでも、もっと色が濃くて、透き通っていて。それに陸から覗き込んでも魚がたくさん泳いでいるのが見えて「スゴイ、スゴイ!」って思った。理恵ちゃんはニュージーランドで海洋生物の勉強をしていたけど、海が大好きな理恵ちゃんとしてはクロアチアの海はどう?

                                          

木村:ニュージーランドの海は人の多いビーチは特に水がべたついて海の匂いも強いけど、アドリア海は塩分は濃くても水が軽くてさらっとしていて気持ちよかった。アドリア海って穏やかでしょ。だから海藻が流されないんだよね。嵐の後は浜辺に海藻が流れ着くじゃない?  そういうのがないから、それで臭いが少ないのだと思うよ。

松井:うん、あんなに海辺なのに全然潮臭く無かった。だからかな?空気が軽かったのは。湿気も全然なかったし。それに海のまわりの建物とか車とかも錆ついた感じがなかったね。不思議だね。お父さんの田舎の佐渡なんて洗濯物も潮臭くなっちゃうのに。あとね、ドブロブニクの夜の海が綺麗だった〜。

木村:波が静かで月の光りがキラキラ反射して、映画のワンシーンみたいだったよね。
なんか、頭に描いてる理想的なリゾート地がそのままあるって感じだよね。本当にリラックス出来た。私、暑いの苦手だから覚悟して行ったのだけど、直射日光にずっと当たって無い限り、湿気もないし風も気持ちよくて全然平気だった。夜も暑いも寒いも思わないで寝ちゃったし。窓全開でね。そうそう、蚊もいなかったし。 なんか、東京に比べて体に感じるストレスがゼロに近くて、それだけで気持ちも全然違うんだなって思っちゃった。
松井:だから、新婚旅行とかにも絶対良いよね!喧嘩もしなそうだし。とくにオパチアなんてホテル(ホテル・ミレニアム)も素敵だったね。

        

木村:そうそう!良かったね、オパチアのホテル!ちょっと、お姫様気分になったよね。さすがハプスブルグ家の保養地って感じ。
松井:あそこのホテル、マッサージも種類がいっぱいあって一週間もいたら社会復帰出来なさそう(笑)。指圧まであったもんね。
木村:オパチアはホント、リゾート地って感じがしたよね。でも、スプリット、コルチュラ島、ドブロブニクと行くに連れてクロアチアならではの街の風景とも相まってアドリア海ももっと綺麗に見えたね。
松井:うん。やっぱり旧市街の町並みと海の色が良く合ってたね。なんか、コルチュラ島で思ったけど、あの景色の中に自分が居るのが不思議な感じがした。



木村:それにコルチュラ島とか旧市街も隔離して保存しているって感じじゃなくて、人が実際に生活していて、窓から覗くとテレビとか見ていて。そういうのがよかった。あと、やっぱり食事がよかった!松井:理恵ちゃん、飲めないのにビール飲んでた!(笑)
木村:(笑)でも、松井ちゃんも、いつもより飲んでた!
松井:そして、食べてたよね!(笑)

                                              

木村:みんな美味しかったね。トマトなんてどこいっても美味しかったし、ピザもリゾットもお魚もすごく美味しかった!
松井:やっぱり、お魚もみんな新鮮だから味つけもシンプルで「焼くだけ!」って感じで日本人に合うよね。値段も凄く安いし。オクトパスサラダまた食べたいな〜。
木村:ねえ、今度、行ったら市場で魚買って焼いてみようよ。
松井:いいねー。私は牡蠣、たくさん食べたい。あと白い三角のラベルのついた白ワイン(クラウト・ハッケル)。それとデザートワイン(プロシェ)。ふふふ。
木村:あのワイン美味しかった!あれだったら、私も飲めたもん!
松井:パンもみんな美味しかったね。ザグレブ駅の近くのパン屋さんで買ったチェリーパイも甘さひかえめで、パイ生地もパリパリして美味しかった。
木村:そうそう!私あそこでパン修行したいなー。
松井:理恵ちゃん、パン焼くの好きだもんね。
木村:帰ってきてからパン焼いちゃったもん!
松井:ホント!(笑)
木村:でもさ、帰ってきて友達にクロアチアの説明しても上手く伝わらないんだよね。
ハワイとかに行くより何倍も良い経験したのに、「フ〜ン」って感じで...。
松井:それでイイッ!(笑)
木村:えっなんで?(笑)
松井:あんまり、みんなが行くとヤダから!(笑)でも、きっと誰と行っても楽しいね。お母さんにも見せてあげたいな。
木村:とにかく、行ってみないとあの素晴らしさはわからないよね。空気と風と海の感触とか人の素朴さとか全部含めてだから、写真だけじゃわからないよね。
松井:でも、まだ行って無いとこたくさんあるよね。温泉入ってないし。内陸のほうも行ってないし。それに今回はアドリア海中心で綺麗なとこばかりで楽しかったけど、もっと色んな面も知りたいな。良いとこも、悪いとこも。
木村:そうだね。クロアチアはもっと奥が深そうだよね。

         

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潮見温子さんのクロアチア10日間の旅

はじめに

友だちに「クロアチアに行く」と言ったら、決まって全員「それってロシア?」とか「サッカーしか思い浮かばへんけど何があるの?」といったリアクションばかり。私自身何があるかは正直わからなかったけれど、写真で見た世界遺産の街々を巡りたいというのがこの旅の目的でした。これからクロアチアへの旅行を考えていらっしゃる方々にとって、何かインスピレーションのようなものを感じて頂ければと思ってこの旅行記を書かせて頂きました。

旅行日程

1日目 2000年6月26日 ルフトハンザ航空741便 関西空港発09:40
フランクフルト着 14:20
フランクフルト泊
2日目 2000年6月27日 LH3464
OU 658
フランクフルト発 08:00 → ザグレブ 09:20着
ザグレブ発 12:30 → スプリット 13・30着
午後、スプリット旧市街観光 スプリット泊
3日目 2000年6月28日 バス 午前、トロギール旧市街観光
午後、スプリット旧市街観光 スプリット泊
4日目 2000年6月29日 フェリー スプリット発 08:30 → スタリグラッド着 10:40
スタリグラッド、フヴァール観光 スタリグラッド泊
5日目 2000年6月30日 フェリー スタリグラッド発 09:00 → ドブロブニク着 16:45
旧市街散策 ドブロブニク泊
6日目 2000年7月1日 城散策 & ロクロム島
        ドブロブニク泊
7日目 2000年7月2日 旧市街観光 & ラパードビーチへ
        ドブロブニク泊
8日目 2000年7月3日 旧市街観光
        ドブロブニク泊
9日目 2000年7月4日 OU 661 ドブロブニク発 06:50 → ザグレブ着 08:00
ザグレブ市内観光  ザグレブ泊
10日目 2000年7月5日 LH 3411
LH 740
ザグレブ発 10:00 → フランクフルト着 11:35
フランクフルト発 13:30  機内泊
11日目 2000年7月6日 関西空港着 07:30

宿泊地、滞在先

フランクフルト: アストロン・ホテル
スプリット: ベルビューホテル
スタングラッド: カフェネプチューンの上 間借り
ドブロブニク: マリア 間借り
ザグレブ: ホテル・インターコンチネンタル

2000年6月26日(月) 晴れ

日本を離れ早11時間、もうすぐフランクフルトに到着だ。昨日まで仕事に追われ、逃げるように飛行機に飛び乗ったのがはるか昔のことのよう・・・。「お母さーん、ごめんなさーい、今回もまた一人旅!」とはもちろん言わずに出発してきてしまった。フランクに着いたらはがきでも書こうっと。

ところでルフトは本当に快適。クロアチアへは日本からだと一番便利なのではないかな。何とか同じ日にザグレブまで行けちゃうのだから。でもフランクフルトで4時間近く待たされるのはちょっときついかな。そんなわけで私はAstron Hotelで一泊することにしました。空港の側のスーパーでとりあえずドイツビールといろいろ食料を買って早くリラックスしよーっと。

2000年6月27日(火) 晴れ 

昨夜は8時にはベッドに入った。時差ぼけの解消はやはり寝ることかな。でも夜中1時に目がさめてしまった。消し忘れたテレビがついていただけなのに、寝る前にセットしたタイマーがONになったと勘違いしてしまった・・・。おまけに自分の腕時計を見ると06:27TUEとなっていて、朝の6時27分かと勘違いして大慌て!! 寝ぼけとあせりと思い込み・・・、あーっこわい。といっても6時のエアポート行のシャトルバスに乗るつもりだったのであせるのも無理はないかな。「今ならまだ間に合う」と思い、ひとしきり慌ててちらかしていた荷物をスーツケースに突っ込んだあと、ふとカーテンを開けると外は真っ暗・・・。どうも変だぞ。AM01:00だとわかるやいなやホッとしてまたベッドにもぐり込んだのだった。

真夜中のどたばたを乗り越え無事ザグレブへ。
多分あれはオーストリア上空だったと思うけど、雪をかぶったチロリアンアルプスの山々がすごくきれいだったのを覚えている。
ザグレブでの入国は至って簡単。まずは銀行へ行き、とりあえず日本円をクロアチアの通過クナ(1クナがだいたい16円くらいでした)に両替。スプリット行のフライトまで3時間半あるので、こんな小さな田舎の空港では時間のつぶしようもなくただただボーッとするしかない。


でもちょっとしたトラブルが発生。ザグレブ−スプリット間をビジネスクラスで予約をし、チケットを切っていたが、小さい飛行機なので全席エコノミークラスとのこと。払い戻しに関してたずねると愛想のないクロアチアン・エアーのおばちゃんは、私をたらい回しにしたあげく、1時間くらいしてからまた来て欲しいって・・・。確かによく考えるとこんな田舎路線にはビジネスクラスなんてないなー。ルフトハンザの言うことを鵜呑みにした私がバカだったと少し後悔。


  
  ディオクレティアヌス宮殿跡           ホテル・ベルビューからの眺め

大学時代のゼミの教授が「クロアチア人はアグレッシブだ」という表現を使っていたのを思い出した。私の場合、アグレッシブという形容詞を使うのが適切とは思わないけど、最初にクロアチアに対して少しネガティブな印象を持ってしまった。でもどこにでも親切でいい人はいるもの。スプリット行の機内でたまたま隣の席になったミロさんという男性が、突如「救世主」となって、今までの不安を勇気に変えてくれた。ミロさんはオリエンタルなシャツを着ていたので、待合室でも一際目立っていて、私もしっかりチェック。ミロさんはクロアチア生まれのスイス在住で休みを利用して里帰りをしているようだった。その派手なシャツのことをほめると、何でも奥様がファッション関係のお仕事をしているのだとか。イタリアをはじめヨーロッパではアジアっぽいものが夏のトレンドらしい。あれやこれやと話ているうちに、「友人が空港に迎えに来ているので良かったら一緒にどう」と誘われて、おまけに今日宿泊するホテルの手配までしてくれるって言ってくれる。さてどうしたものか・・・。ミロさんの友人は観光のパンフレットの写真をとったり記事を書いているジャーナリストなんだとか。

一瞬迷っていたのだが、空港に着いてみるとその友人のお子さんも来ていて、これなら大丈夫と確信し、その人のポンコツ車に同乗させてもらうことにした。とてもアンティークな車、というかぼろい。今にもドアがはずれそうだった。空港から旧市街までは約40分くらい。空港にはタクシーもあまりなかったので、もしミロさんに会わなければどれだけ時間をロスしたことか・・・。とにかくラッキーだった。

道中ミロさんや友人のボリスさんやその子供はスプリットについていろいろ説明してくれて、ガイドさんになってくれた。ボリスさんの配慮で、旧市街にあるベリュビューホテルまで連れて行ってくれて受付とも話しをつけてくれた。一泊約375クナで朝食付(約6000円)。そしてその後皆さんのティータイムにまでお邪魔しておしゃべりを楽しんだ。アメリカホワイトハウスの大理石はスプリットの近くの島からのものらしいことや、サッカーをはじめクロアチアはスポーツが盛んでNBAにも何人もの選手がいるなどなど・・・。ジャーナリストのボリスさんは私が日本ではあまりクロアチアの観光情報が得られないとボやいていたら、パンフレットや地図を沢山車のトランクから持ってきてくれて、ポストカードなども沢山くれたのだ。なんて優しい!! いい人たちに会えたなー。「女の一人旅は危ないから気をつけて」という暖かい言葉も頂き、名残惜しくお別れした。

さていざ、旧市街散策へスタート。まずは適当に歩いてみようって。地球の歩き方の1ページほどのコピーとボリスさんがくれた地図を頼りに歩き始めた。ガイドブックがない分、私はとても気が楽だった。「ここに行かなくちゃいけない」「あそこを見なくちゃ」という脅迫観念もないし・・・。ただスプリットは世界遺産にも指定されている古い町。11世紀の頃のローマ時代の宮殿跡は見逃せない! でもぶらぶら歩いているだけで感動! まるで迷路のような細い道。石畳の路面は何世紀にも亘って人々が歩き続けたためもうツルツル。サンダルだとほんとすべりそう。治安はまったく問題なし。


           スプリットの港

2000年6月28日(水) 晴れ

ホテルで朝食を済ませ、いざバスターミナルへ。
世界遺産に指定されているトロギールという古都を見に行くのだ。バスで30分で料金は11クナ(約176円)。バスはどこでも庶民の味方。沢山の果物を抱えたおばちゃんやおじちゃんたちで一杯だ。トロギールも要塞に囲まれた小さな街。バスターミナルの側には野菜や果物やお菓子が売られているマーケットが立ち並んでいる。


    
         トロギール                     トロギールの古い街並み

トロギールもスプリット同様米路のような街だ。お腹もすいていたのでランチをとる。テラスのあるイタリアン・シーフードのお店”Kristian”で、お客は私以外だれもいないのが少し不安だったが・・・。スロンピのリゾットとレモネード(これは昨日ミロさんたちとお茶したときに飲んでおいしかった”KIKI”というブランド)。リゾットもすごくおいしくペロリと平らげてしまった。全部あわせても48クナ(約760円)。

スプリットに戻ろうと思いバスターミナルに戻るが、何番に乗ればよいのかわからない。時刻表もクロアチア語だし・・・。何とか隣にいたおばちゃんとコミュニケートをとり無事バスへ。でも行きと違ってどうやら直行便ではないらしく、普通の路線バスのように次々と停車していくのだった。そして約50分くらいかかって、やっとスプリットへ到着。ただこのバスターミナルも新市街にあるターミナルのようだけど、ちょっと違うなー。バスのおじさんに聞くと、「チャイナ、チャイナ」とか言われて埒があかない。「そんなことどうでも良いから早く教えてくれー」。

スプリットでは昨日行けなかったドミニク教会や大聖堂を見学し、大聖堂の横の搭にまた登ってしまった。高いところはあまり好きではないけれど、スプリットの街が見渡せる絶好の場所。搭へは鉄の階段を登っていくのだけれど、搭を支えている柱の間から青い海や赤いレンガ色の屋根が見えたり、とても美しいのだ。

ホテルに戻ると、なんと昨日会ったボリスさんが友人ドラゼンさんと共にまたパンフレット類を沢山持ってやってきてくれた。そしてまたまたお茶タイム。なんとタイミングのよいことか。

当初の予定では最終地のザグレブでは2泊することにしていたが、ボリスさんたちの話を聞いて予定を変更。ドブロブニク−ザグレブ間のフライトを一日ずらすことにした。その後フェリー会社のヤドロニィヤ(JADROLINIJA)へ。ここには昨日も含めて何度足を運んだことだろう。ドブロブニク行のスケジュールをチェックするなどなど・・・、毎日運行されていないのでもう一日スプリットにいようか別の島へ行こうかなどなど、カプチーノを飲みつつ迷っていた。ミロさんたちが言っていたラベンダーの香りが街中にするというHvarに行ってみようかな。そこでまたヤドロニィヤに戻って明日発のスタリグラッド行のフェリーのチケットを買った。もちろんチケットはドブロブニク行まで通しで買うことが出来、スタリグラッドでのストップオーバーも可能。しめて61クナ(約1000円)は安すぎ!!

ここで物価情報を少し。
ミネラルウォーター 大 1.5g 2.8クナ(約44円)
ビール    500ml       3.8クナ(約60円)
カプチーノ              6クナ(約100円)
ジェラード              3クナ(約50円)
スプリットの目抜き通りのブティックでスカートを買ったら280クナ。クロアチアでは高級品だが日本円にすれば約4400円)。


2000年6月29日(木) 曇り

今日はスタリグラッドへの船旅。
昨夜の雷と雨のせいでまだ空は曇っている。せっかくのフェリーなのにー。あの真っ青のアドリア海も今日はなんかどんよりとしている。
ドブロブニクに行く日はどうか晴れますように!!
スプリットに到着する前は移動は陸路もとろうと思っていたが、アドリア海を前にフェリーに乗らずしてクロアチアは語れないと思った。時間を気にしながらバスに乗るのもなんか味気ないし・・・。


    フェリー・ヤドロニィヤ

私にとってはバンクーバーからサンフランシスコへ下ったプリンセスクルーズ以来の船旅。
約20時間の船旅。港に到着したのはいいけれど、中心街までの足がない。二人連れの男が乗せていってあげると言うが、ちょっとあやしい。もう一人旅行者らしい男性がバスの時刻表を見ていたから、「一緒に乗せてもらわない?乗せていってくれららしいよ。」と声をかけてみると、その二人は「せまいから二人は無理だ。荷物だけならいいけど・・・」などとほざく。ますます怪しいので断った。少しするとタクシーが来たので安心。でも5分も走っていないのに料金は40クナ(約640円)。こんなに物価の安いところで、ぼられたと思ったが、乗る前に交渉しなかった私のミスだし、確かにメーター通りだったので仕方がない。こんなこともあるのね。

こうして何とかスタリグラッドの中心街へ。まずは今日の宿探し。トラベルエージェンシーへ行くと、一人は泊まれないとか一泊だとだめとか、街外れにホテルがあるからそこへ行けとか・・・。私がかなりオーバーアクションでがっかりと肩を落としてため息をつくと、「カフェネプチューン」に行ったら部屋があるかもしらないよ」と教えてくれた。「早く言えよー。」仕方なくとぼとぼと歩き始めた。途中でお土産やで「カフェネプチューン」はどこかとたずねると、「カフェは一杯あるよ。なんでカフェネプチューンなんだ?」と不思議そうに聞かれてしまった。


                                    スタリグラッドの旧市街                       港のカフェにいた犬 

やっとカフェネプチューンが見つかり、ウェイターのお兄ちゃんに訳を説明すると、それでは大家さんに電話して上げると言ってくれた。どうやら不在らしい。とにかくカプチーノを飲んで一休み。あーどうしよう!今日の宿がなかったら野宿?カプチーノを飲み干し、どうしよう、と思い悩んでいると、そのおにいちゃんがおいでーって合図を送っている。どうやら女主人が戻ってきたみたいだった。一泊20マルク(約1600円)で交渉成立。今夜の宿も決まり街へと繰り出す。といっても小さな港町。私の実家も港があるのでなんだかとても懐かしい。Hvar行きのバスが14:30だからそれまでフラフラ時間つぶし。細い山道、といっても禿山でクロアチアの山はどこもこんな感じ。ミロさんやボリスさんがいった通りラベンダーが山の一面ところどころに咲いていて、時々いい香りがバスの中にも漂ってくる。北海道のラベンダー畑とはちょっと違うが・・・、約50分でHvarに到着。

Hvarはスタリグラッドより華やかな港町。リゾートホテルも沢山あるし、カフェやファーストフードも一杯。山頂には要塞があり、一気に登ってみた。帰りのバスまで一時間。これを逃すと夜10時までバスはない。バスに乗る前にバーガーショップでハンバーガーを買った。その場で焼いてくれてアツアツのハンバーグをサンドしてくれる。めちゃくちゃおいしい!!(15クナ=240円くらい)。

   
   
 城壁からのHvarの街並み                 Hvarの街

Hvarからスタリグラッドに戻ってくる頃には、太陽が雲の切れ間から出てきて、町全体がきらきら見てた。カフェの上の部屋に通じる踊り場にちょうどテーブルと椅子がおいてあり、少しの間そこで外を眺めた。ビールを片手に、この旅日記を書いている。ここからの港の景色を独り占め。なんて平和な街なのだろう。

明日はいよいよドブロブニクへの船旅。どうか晴れますように!そしてスプリットに到着した日のようにきれいなアドリア海が見れますように。

2000年6月30日(金) 晴れ ヤッポー! クルーズ日和

朝4:00起床。港までのバスが5・00発。これを逃すと9:00発のフェリーに間に合わない。たった5分いけばいいところなのに、4時半にはバスターミナルに向けて宿を出たので、暗闇の中トボトボ歩いていくのがつらかった。でも早起きは三文の得と言うし。

朝日を浴びてキラキラしたアドリア海が目の前に広がっており、港のカフェは朝早くからオープンしていたので助かった。朝食にカプチーノとホットドッグを食べてカフェのおじさんとおしゃべり。この港そんなに頻繁に船が入るわけじゃなにのに儲かるのかな、と人事ながら心配。私の長い(?)人生の中で早朝から何もせず、海だけを見てボーと3時間半も時間を過ごしたことなんてなかった。本当にフェリーはくるのかなって不安になりつつも、出航時間の約1時間くらい前になると遠くに小さく船が見えた。乗船して自分の場所を確保して一安心。予定より少し遅れてヤドロニィヤ出航!

あーフェリーにしてよかった。厭きるほどアドリア海を見ていられる。みんなは思い思いに時間をつぶしている。おしゃべりに夢中のおばさん3人組。仲良くお昼ねしている兄弟、読書にふけるおじさんなどなど・・。美白美白と日々努力してきた私は、今日を最後にもうそんなことどうでもよくなってしまった。でも日本に帰ってやっぱり後悔するんだろうなー。こんなに太陽と仲良くしてしまったことを・・・。

番外編
船旅必需品 スポンジ敷物、折り畳み椅子、寝袋、ブランケット、食べ物、紙コップ、トランプ等々…。

ヤドロニィヤにはちゃんと客室やレストラン、カフェ売店など全て揃っているが、旅なれた人達は長時間を快適に過ごせるように上記のようなものを持ち込んでいるようだった。

スタリグラッドを出航してから約3時間ほどすると、コルチュラ島という島が近づいてきた。まさに観光案内の写真のように美しい島の姿を見せてくれた。ドブロブニクに入るときもきっとこんな風なのかな。コルチュラ島で多くの人が下船したので船の中は静かになぅった。暇なのでアイスでも食べよう。アイスは10クナ。高い。町で買うより3倍はする。どこも同じだな、この辺は。3クナのジェラードが恋しい。


         コルチュラ島

朝スタリグラッド出航後、途中ところどころ寄港しながらも約7時間でドブロブニクへ入港。今回の旅行のハイライト、ドブロブニクに遂に到着だ。思ったよりは近代的(?)というか進んでいたというのが第一印象だが、それも無理はない。港は新市街の方にあったのだ。フェリーターミナルの出口は客引きのおばちゃんたちや出迎えの人々で大賑わい。威勢の良い少し強引な客引きのおばちゃんを払いのけ、とにかく旧市街へと足を運んだ。一人なのでとにかく足回りのよいところに宿を取りたかったのだ。

旧市街に入るピレ門のところでよぼよぼのおばちゃんに声をかけられた。朝食付で4日間で400クナとのこと。旧市街の中にあるので便利だし、どう見ても人の良さそうなおばあちゃんだったのでついていくことにした。あー、今日も無事に宿が見つかってよかった。おばあちゃんの名前はマリヤで旦那様はずいぶん前に他界されて2人の息子さんは別のところで生活しているとのこと。St.イグナチオ教会のすぐ下くらいのところに家がある。ウェルカムフルーツにスイカを出してくれてとてもバッピーな気分になった。一息ついてから旧市街へと繰り出す。まずすぐ上の聖イグナチオ教会に行ってみた。天井のドームにはガエタナ・ガルシアのフレスコ画がいっぱいに描かれており、石造りの祭壇も見事だった。ちょうど修道院に入ったとき、夕方のミサが行われていた。私は1時間ほどそこで過ごしてしまった。というのもそのミサは音楽(ギターの弾き語り)で行われており、とても心地良いものだったのだ。シスターたちが空いている席に招きいれてくれて、しばし時を忘れた。

      
 ドブロブニクのメインストリート        優しい笑顔のマリヤ

その後中心部ルジャ広場を目指してぶらぶら散策。スプリット、トロギールより大きい街だけれどやはり迷路のように細い路地が沢山あるのはここも同じ。パン屋さん、食器屋さんなど人々の生活が垣間見えるようで実に楽しい。旧市街の中のレストランやカフェは充実していて安くておいしい。船の中でジェラードが食べたくて食べたくて仕方がなかった私は、ジェラード屋さんを見つけるやいなやココナッツ風味のジェラードをほうばった。夕食はシーフードと決めていたので、細い路地に面した「アドリア」というレストランを選んだ。夜8時半くらいになるとようやく日が落ち始め、街灯が路面に反射してまるで雨上がりのように光っている。

ドブロブニクは「アドリア海の真珠」とよく形容されているようだけど、世界にこんな素敵なところがあったんだ−。中世にはベネチアと並ぶ貿易都市として発展してきた街だけどベネチアのように華やかさはない。けれど何と言うか・・・気品があるというか・・・ダイヤモンドじゃないけど・・・、やっぱり真珠って感じ。最高の夜だ。

2000年7月1日(土) 晴れ

朝8時に向かいの家からピアノの音が聞こえてきて目が覚めた。窓を開けるとオレンジ色の屋根の家々が見渡せる。今日も快晴!!

マリヤが朝食を部屋に運んでくれる。ハーブティー、コッペパン、ゆで卵、ジャムとマーガリン。ジャムとハーブティーはマリヤの手作りだという。朝食後、城塞の遊歩道へ。旧市街を取り囲む約2キロをぐるりと歩いてまわる。途中海洋博物館もあり、海洋貿易に歴史が展示されている。もちろんクロアチア独立戦争時の悲惨な状況の写真も多く展示されていた。ちょうど疲れた頃にレモンジュースを売る小さなカフェもあり、ここでしばし休憩。

ボーとしながらさっき海洋博物館で見た10年前の戦争の時の写真を思い出した。この街であんな戦争があったなんて信じられないなー。しかもほんの10年前の話。城塞を歩いていて街を見渡しても戦争のつめ跡というのは見受けたれない。確かに修理中の建物もあるけど・・・。でもマリヤの家の天井を見て生生しいと思った。昨夜、マリヤが戦争の時の話をしてくれた。もちろん英語、クロアチア語、ボディーランゲージが混じりながらだったが、爆弾で屋根が抜け落ちたというエピソードを語ってくれた。家自体は古めかしいが天井だけ新しいのはそのせいなのだそうだ。

ところで今日は日本を発って以来初めて日本人に会った。しかもこのドブロブニクに来て日本人に会うなんて!!それも怪しげな二人。どう見ても普通の人には見えない。はっきり言ってやくざ風。アムステルダム在住で日本クロアチア協会の設立準備やその他諸々仕事で来たとかいっている。名刺交換など日本人らしくしていると、この二人と同行している某新聞社のカメラマン(私はそれ以降「カメラ小僧」と彼を呼んだ)とオランダ語の通訳&翻訳に携わっているという二人が出てきて、私は内心ホッとした。見るからに人の良さそうな人達だったから。

   
レヴェリン要塞からの眺め                     ロクロム島とドブロブニク旧市街

そして皆でボートで5分ほどのロクロム島へとわたった。水着を持参しなかった私は、皆が泳ぐのをただ見ているだけ。後で分かったのだが、ロクロム島にはヌーディストビーチもあったらしい。日本クロアチア協会のやくざ風の一人はそのことを後で知って本気で悔しがっていた。「行きたかったー」と。私たちがいたところはビーチというより岩場になっていて、そこから飛び込むという感じ。島にはちゃんとレストランもあり、ランチはそこでとった。初対面だったのに、瞬く間に打ち解けてしまい、五人で昼間っからワインを3本もあけてよい気分になってしまった。カメラ小僧はこのシーフードしかないような小さなレストランでウェイターさんに「I don't like seefood」と言ってトマトサラダばかり食べていた。やくざ風の一人はコメディアンのように機関銃のごとくギャグを連発して私たちは笑いまくり。ドブロブニクまで日本語を使うことがなかった反動からか、久々にまともで楽しい食事を出来たせいか、私もしゃべるは、飲むはと好き放題騒がせて頂きました。それにしても面白い人達。

2000年7月2日(日) 晴れ

今日はボートピープルならぬピースボートが港に寄港していて日本人が600人もこの美しい旧市街に襲来した。おそれをなした日本クロアチア協会の一行と私はルジャ広場から逃げてみんなで城塞の遊歩道へ。私は昨日も歩いたけど何度歩いてもこの美しさは圧巻。出会いとは不思議なもの。もし今日このクロアチア協会の人達を街で見かけたとしても、ピースボートの人達だと思って話すことも、こんなに親しくなることもなかっただろうから・・・。


   ドブロブニクの朝市

遊歩道を途中で降りてランチへ。大聖堂の向かいのレストランで取ることにした。給仕のおにいさんがめちゃくちゃかっこいい。福山雅治のクロアチア版って感じ。ここで頂いた食前酒のワインがなんとおいしいこと。私たちはあまりのおいしさにボトルで2本ほど追加し、食前酒で出来上がりながら、またもや昼間から飲みまくってしまった・・・。それにしてもシーフードはおいしいしここは天国?すっかり出来上がってしまい、ラパードビーチへタクシーで繰り出した。旧市街の外にもビーチは沢山あるようだが、ここらパードビーチは家族連れや、小中学生の子供が多くにぎやかでかなりアットホームな雰囲気のところだった。まあ、どちらかというとロクロム島の方が静かでよい。日クロ協会の皆は水上バイク(ジェットスキー)にはまっており、かわるがわる「ウッヒョー」と叫びながら乗り回していた。かなり安い料金で楽しめるらしい。昨日に引き続き思いっきり日焼けしてしまい、肩から腕にかけてほとんど焦げてきたようだ。

明日の朝、日クロ協会の方々が帰ってしまうので、今日はさよならディナーだった。ホテル・エグゼルシオールに併設されたオープンエアーのレストランで、ちょうど夕暮れ時ということもあり、ピンクパープルに代わりつつある旧市街の城壁が浮かび上って見える。なんて幻想的でロマンチックな眺め!

こうして皆で過ごした時間も瞬く間に過ぎてしまい、「あー、明日からはまた一人だ」としょんぼりしつつ宿に帰った。マリヤはまだ起きていたので少しおしゃべりを楽しんだ。彼女が入れてくれたハーブティーの味が忘れられない。さあ、明日一日でドブロブニクともお別れ。何しようかな。旧市街を上の方から眺めて見たいので山の方に登ってみよう。

2000年7月3日(月) 晴れ

今日もまた晴天だ。もう一度街中歩いてみようっと。何度も通り過ぎた路地も、メインストリートのプラッツァ通りもどこも素敵でわくわくする。昨日から計画していた山登り!といってもスルディ山へ向かってとにかく歩いてみた。城壁で囲まれたドブロブニクの姿を見たかったのだ。本当はもっと上の方へ行きたかったのだが、あまりの暑さにバテテしまった。でも思い描いていた通りの姿を見れたので満足。街へ戻って薬学博物館の回廊の椅子で一休み。ここはロマネスク様式で天井の美しい曲線があたりを優しい空気で包んでくれる。おまけに日陰だから涼しい。マリヤが客引きをしているかもしれないので、ピレ門へ行って見よう。


フランチェスコ会修道院内中庭の回廊

どうやらマリヤも暑さには勝てないらしくカフェの前の椅子に座って休憩中だった。73歳の老体には暑さはさぞかしこたえるのだろう。私は今日2つ目のジェラードを食べながら彼女とおしゃべりをした。
そこへマリヤの家の元居候というマイケル君が登場した。海パン姿でござを抱えてやってきた。しばらく3人でおしゃべり。マイケルはクロアチア語がしゃべれるのでマリヤと私の通訳にもなってくれた。今までもどかしそうにしていたマリヤもクロアチア語で意志を伝えられるのですっきりしたようだった。昔マイケルが働いていたというレストランでいっしょに夕食でもどうか、と誘われた。喜んで!というわけで夜の8時に家に迎えに来てくれることになった。

最後にもう一度城壁を歩きたい、と思い城壁へと戻った。日没と共に遊歩道はクローズされるので、急がないと・・・。何だか遊歩道を一周するのがここでの日課のようになってしまった。でもこれが最後と思うとこの一瞬の愛おしさとさえ思えてくる。

帰ってさっそくシャワーを浴び、服を着替えてマイケルがくるまでマリヤの部屋でテレビを見て待つ。彼女がメロンを出してくれたのだが、このメロンのおいしいこと!スプリットのブティックでスカートを買っておいてよかった。日本からはパンツ類しかもってきていなかったから・・・。迎えに来てくれたマイケルを見てびっくり。昼間会ったときとは大違いで白いシャツと黒のズボンを着てすっかりジェントルマンに変身していたから。

レストランナウティカは、ピレ門からすぐ出たところにあり、ドブロブニク一高級でロケーションもばっちり。海に面したテラスでのキャンドルライトディナーは実にロマンティック。食事も洗練されている。昼間に行ったビーチの話やお互いのファミリーの話などで盛り上がりドブロブニクでの最後の夜に彩りを添えてくれた。マイケル、本当にありがとう。「Life is short」まさにあなたの言葉は正しい、と実感してしまった。

2000年7月4日(火) 晴れ


4時起きにも関わらず、マリヤはいつものように朝食を作ってくれて見送ってくれた。八日間ぶりにザグレブの空港に戻った。空港から市内まではクロアチア航空のシャトルバスがバスターミナルまで運行されている。インターコンチネンタルまでたどり着き、とりあえず部屋に入って仮眠をとった。というのも市内に入った瞬間かなり後悔したのだ。もう一泊ドブロブニクにいればよかったと・・・。スプリット、トロギール、スタリグラッド、ドブロブニクとずっとアドリア海を見て過ごした私としては、ザグレブは味気のない都会に過ぎなかったからだ。あまりホテルから出て行きたいとは思えず、お風呂に入ったりして時間を過ごした。とはいえお昼ごろにはムクっと起きだして、やっと出かけてみようかなーと気になり、共和国広場の方へとトラムに乗って繰り出した。一応観光名所の教会や広場周辺を歩いてみた。共和国広場周辺はカフェが沢山あり、平日の昼間というのに皆カフェでおしゃべり。さっそく私は行列が出来ているジェラート屋さんに行った。「おいしいー!」と思わず声に出しそうなくらいおいしいジェラート。行列が出来るお店はやはり万国共通でおいしいのだな。しかし1時間もぶらぶらしているともう飽きてしまった。ホテルに戻り、ショップでビールを買い込んでホテルの近くのベンチで一人で飲んだ。あー、あの青い海がもう一度みたいなー。

2000年7月5日(水) 晴れ

クロアチア航空のバスに乗るため、バスターミナルまでトラムで行こうとしたが、乗り換えしないといけないらしく何だか不安になってきたので、思い切ってタクシーを使うことにした。クナもあと残りわずかで1000円分両替した。タクシーの運ちゃんはバスターミナルに行くぐらいなら空港へ行けばいいと言うが、運ちゃんがいうお金を持っていない。バスターミナルまでのタクシー代と、残しておいた空港バス代だけなんだもん。これしか持っていない、と財布の中身を見せると、「じゃ、仕方がないその金で空港まで行って上げるよ」と言って、空港バスに乗り換える面倒なく無事空港まで送ってもらった。タクシーの運ちゃんはメーターの料金を指差して肩をすくめて見せた。なんていい人なんだろう。本当にありがとう。後はルフトハンザに乗り込めば明日朝には関空に到着。否が応でも現実に引き戻されてしまう。フランクフルトからの約14時間が、私にとってのリハビリタイムになるんだろうな。


おわりに

写真で見た景色をこの目で見てみたいという思いから始まったこの旅でしたが、日本ではクロアチアの情報も思うように手に入りませんでした。それがかえってよかったのかもしれませんが、想像以上のクロアチアの美しさは、今思い返しても感動する程です。出発前に知っている都市と言えばまずザグレブ、リエカ、ザダール、スプリット、トロギール、ドブロブニクだけでした。限られた時間内での移動や効率を考えて行く場所だけはあらかじめ決めていました。でもスタリグラッドに泊まろうとしたのもフェリーのスケジュールやミロさんやボリスさんの話を聞いてザグレブで2泊する予定を削って急遽その島にストップオーバーすることにしたのです。こんな風に行き当たりばったり的な私の旅も、出会った多くの人々に支えられて実現できたものだと思いました。今回訪れたところ以外にもまだまだ自然が沢山残されているし、素敵なところは山ほどあります。言葉にすると半減しそうなのでどう表現してよいか分からないくらい魅力的なところです。

いつもの私なら旅から帰ってくるとまたどこかへ行きたくなって「次はどこへ行こうかな」と考えるのですが、次に行きたいところが見つからないくらいクロアチアの魅力に取り付かれてしまったようです。一人旅だったので飛行機の中、ホテルの部屋、カフェでお茶するときなど、時間があればいつでもつれづれなるままに書き記していた旅日記がこの旅行記の原型です。かなり私的なものなので、このHP上でお付き合いくださった皆様にとっては退屈だったかもしれませんね。最後まで読んで頂いてありがとうございました。
最後に旅日記を披露するチャンスを提供していただいた日本クロアチア協会の菅原 出さんと宗泰行さんにこの場を借りて感謝いたします。本当にありがとうございました。


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