上布は麻織物の部類に入るのですね。 「國史大辞典」吉川弘文館 1979、には『あさ 麻 狭義ではクワ科のタイマ(大麻)、広義では他にイラクサ科のカラムシ(苧麻・紵麻)やアカソ(赤麻)、アオイ(葵)科のイチビ(☆麻、☆は草冠にエンガマエ〔商の下の部分〕)、アマ科のアマ(亜麻)なども含み、長い靱皮繊維のとれる植物。 転じて動物性繊維の絹に対し、これら植物繊維による製品。 ヲともソともいう。』、とあります。 昔から総称と種名、両方の意味に使われてきたようです。 当然区別したい場合もあるわけで、例えば「麻」を総称、「大麻」を種名として使っている例があります。
絹織物もあるにはあったのでしょうが、庶民のメインの着物が綿布になったのは江戸中期といわれ、明治時代とも言われているようなので、それまではずっと麻を着ていたらしいです。 ではいつ頃から?、となりますが、情報によって幅があるようです。 織物の歴史をしっかりまとめた資料は意外と少ないようですが、 小関清子著「縄文の衣」学生社 1996、という本にはデータソースを明記した表が掲載されていました。 それによると、遺跡で発見された一番古い布は、材料の植物ごとに:
・アカソ:縄文前期、福井県 鳥浜遺跡(編布); 山形県 押出遺跡(編布)
・カラムシ:縄文晩期、秋田県 中山遺跡(編布)
となります。 編布とは、すだれのような編み方の布で、「織布」とは区別しているようです。
アカソもカラムシもカラムシ属ですが、タイマはクワ科アサ属です。 時にアサ科アサ属という表記も少なからず見受けられ、アサ科がクワ科に吸収されたのか、その逆なのか、事情は判りません。 カラムシ属には、他にコアカソ、クサコアカソ(マルバアカソ)などがあり、織物の分野で言う「アカソ」はこれらも含んでいるのかどうかは判然としません。
縄文人の服装というと、随分と原始的なものを想像してしまいますが、いろいろなことが判ってきたのでしょう、それが復元されたということです。
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意外や意外、ひょっとしてそのまま着たいという人もいるのではないかと思ってしまいました。 足の方は別ですが。
牧野圖鑑には「アオソ」が変じて「アサ」になったとあり、同圖鑑ではアオソはタイマのことですが、カラムシをアオソと言っている人もいます。 國史大辞典には、『あおそ 青苧 イラクサ科の多年生草本の苧麻から取った繊維をいう。・・・二〜三メートルほどに達したものを刈り、茎を水に浸して筵で覆って蒸す方法によって得られたものを青苧、一名乾蒸(からむし)という。・・・』、とあります。 これはちょっと無視出来ませんね。 「青麻(アオソ)」と「青苧(アオソ)」は違うのかな?
宮城県には、青麻山、青麻神社、青麻神楽・・・などがあるそうです。