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まえがき

この Web ページは自作のショート・ショートと短編小説を公開していますが、それはあくまで建前で、実は好きな作家やまんが家を紹介するために作られました。作家といっても小説家は皆無で、かなり風変わりな人たちがほとんどです(というか全部だ)。マンガ家もベストテンヒットのマンガを描くような人はなく、ほとんどがスマッシュヒットを得意とするマンガ家です。

日記風の雑記もありますが、それは自身の防備録であって雑録や雑纂といったところです。わたしには有益ですが、他の人にとって役にたつものかどうかは判りません。基本的にはここにあるものは、何気ない日常生活のなかでふと思いだすことがあるけれども、すぐに忘れられてしまうような内容を書きとめる、そういう主旨にそって残されたものです。実用性はありませんが、そうすることによって何らかの意味が立ち現れてくれたらという期待は持っています。

このページは複数の書き手のやりとりで作られています。ですからここには複数のわたしが偏在しています。そのため一度書いた内容を改ざん改編することも多いので、かなり癖のある悪文になっていることがあります。

インターネットを介した情報のやりとりというのは、技術的な面においてはクラ・リングのような複雑かつ確実な方法だといいます。個人の持っている情報というのは、専門家でない限り活用の意義があるものが少ないと思っていたのですが、ここ数年インターネット上の情報量が開闢的に増えて、役に立つものが多くなりました。考えてみると十年くらい前までは、このような形で情報のやりとりをする技術がこれほどまでに発展するとは考えられないことでした。かなり活用させてもらっています。

それがない時代には、新聞、雑誌、専門書、百科事典が必要であり、それでも知りたいことを知ることができなかった時代があります。おそらくこれからの世代の子供たちというのは、わたしたちが観念のとりこになっている必要な情報の差異というものに、あまり囚われることがなくなってくるかもしれません。あくまで大切なのは、情報そのものではなく、それをどのように活用するかなのです。
知識に饕餮な人たちがその貪欲さで滅んでしまう可能性というのは、核によって人類が滅んでしまう可能性と同じくらいにありえる。それは確かにそうですが、人間とはそれほど愚かな生き物ではない。少なくとも楽天家のわたしはそう思います。

人間というものは不便な生き物で、陽射しのなかにいれば生きていけるのに、こうあるべきという義務に縛られて身動きがとれなくなってしまうものなのです。けれどもイメージを蓄積すること自体は、場所が必要なわけではなく、なんといっても出し入れの楽さ加減が魅力です。このページを見て面白がってくれる奇特な人がいれば幸いに思います。

長大な作品を物するのは、数分間で語り尽くせる着想を五百頁にわたって展開することは、労のみ多くて功少ない狂気の沙汰であるといいます。この Web ページがわたしにとって有用であるように、みなさんにとってもそうであることを願います。

見えないところにかくれたかくれんぼみたいなページですが、これからもよろしくお願いします。

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Last Modified on Saturday August 26,2006