愚痴の捨て所
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31 Dec. 2003 (Wed)
二日も出かけそびれていたが、間違いなく今年最後になる秋葉原。ひさびさにメディア系の値段を見て回る。なんか、以前よりちょっとだけ安くなっているような気もする。結局はDVD−Rを50枚ほどと、CPRMのRWを10枚ほど購入。
31 Dec. 2003 (Wed)
今日も時差ぼけ。昨日の夜中あたりからちょっと喉が痛い。やっぱり変な生活をしているせいだろうか。どうせ風邪をひくんだったら、休みが終わりに近いこの時期じゃなくてもっと早い時期だったらよかったのに。
30 Dec. 2003 (Tue)
二夜連続して3時過ぎに寝て昼ごろ目覚めるという生活。まるでたちの悪い時差ぼけになっているようだが、自分の記憶に間違いがなければ今いるのは日本のはずだ。今年最後の秋葉原にでかけようと思い始めたころに親が二人連れで来襲してきて出鼻をくじかれる。三十一が国外追放をくらっている間にPCを入手したらしくいろいろと聞かれるのだが、どうもOSとプロバイダとブラウザの区別ができていないらしく、質問が意図不明。本人は簡単な質問をしているつもりなんだろうけど、正しい用語の説明から始めなくてはいけないこちらは非常に大変。それでもけっこうはしょってしまったけれど。正確に答えるためにはそもそも「コンピューターの原理」から教えてやる必要がありそうだが、とてもそこまでしてやるほど親切ではない。あげく生DVD−Rを2枚ほどもっていったけど、値段わかってて要求してるのかなあ。目くじら立てるような額じゃないんだけど、わかってて言ってるのとわからずに言ってるのでは大違いである。結局今日も出かけられなかった。
29 Dec. 2003 (Mon)
昨夜は飲んで帰ってから更新にとりかかったので、更新が完了したのは4時近くになってしまった。当然のように起きたのは昼近く。週末明けなので本屋に行くつもりだったのだが、結局でかけるタイミングを逸してしまって一日じゅう家の中にこもっていた。ぼつぼつとNFL最終週の結果を集めたりしてすごす。
28 Dec. 2003 (Sun)
忘年会の最中、カナダ土産の引き渡し。これはそれなりに興味を引くかもしれないと思って買ってきた「ナショナル・ジオグラフィック」の「飛行機百周年号」が妙に受けてしまった。特に受けたのがF22の組立て現場の写真で、専門家である彼は「こんな写真、一昔前だったら絶対に公にされないぞ」とまで言っていた。まあ、喜んでもらえたのなら幸いである。
28 Dec. 2003 (Sun)
結局、「15分遅れ」組は無事全員合流して飲み屋へ。最初はビールで飲んでいたのだが、やがてワインへと移る。結局5人でワインを3本あけてしまった。あれだけ飲んで食べて目の保養をして(ウェイトレスの女の子がけっこう可愛かったのだ)、それで一人4000円弱ならお得であろう。
28 Dec. 2003 (Sun)
忘年会のために某駅で待ち合わせ。珍しくも三十一が幹事となる。参加者は三十一を含めて五人。うち一人からは、1時間くらい遅れるとあらかじめ連絡があったので、待ち合わせの相手は三人。さてそろそろ待ち合わせ場所に行こうと歩いている途中電話が入り、一人は15分くらい遅れると言ってきた。ちょうど待ち合わせ場所に着いたころにまたもや電話があり、さらにもう一人15分遅れるそうな。しょうがないなあ、じゃあ残る一人と待ち合わせて、と思ってふと電話をみるとメッセージが入っている。再生してみたところ、相手は残る一人。内容はというと、「15分遅れます」 マジかい。
28 Dec. 2003 (Sun)
秋葉原でDVDを物色。大した期待はしていなかったが、いちおう新作映画のタイトルをざっと眺める。ふと目がとまったのは「DIE」という文字列。「DIE」とくれば当然女性名詞の1格定冠詞。4格定冠詞でも、あるいは複数名詞の1格定冠詞でもいいけど。さてはドイツものかと思って改めてみたところ、そのパッケージに書かれた文字列は「DIE HARD」でありました。なんだ、つまらん。
28 Dec. 2003 (Sun)
今日は夕方から仲間内の忘年会、ということでほぼ3ヶ月ぶりに会う連中のために土産を準備する。おっかしいなあ、メープルシロップの数が合わないぞ。あとひとつ余る計算なんだが。
27 Dec. 2003 (Sat)
今週はずいぶん暖かいようだが、今日は少し気温が下がっている。と言っても、ほんの二週間前にいた土地に比べれば格段の暖かさなのだが。まだその余韻が残っているらしく、周囲の人間がもこもこの上着を着てマフラーを巻いているような気候であっても、薄手のジャケットでへっちゃらである。どうせそのうち、例年のように身体が敏感に反応するようになるだろうが。
27 Dec. 2003 (Sat)
ひさびさに床屋へ。土曜の夕方ということで混んでいるかと思ったが、思いの外すいていた。
26 Dec. 2003 (Fri)
三十一は「宋書」を所持していると書いたが、改めて確認してみたところ所持しているのは「南史」であった。「宋書」を含む南朝の歴史書(宋書・南斉書・梁書・陳書)の紀と伝をまとめたものである。「南史」があれば「宋書」などは買わなくていいかな、と思っていたのだが「天文志」などは割愛されているらしい。困った。「南史」に「天文志」がないので、あとは紀をあたるしかないのだが、紀元398年は本来「宋書」や「南史」の守備範囲ではなく、「晋書」でカバーすべき年代なのだ。そこで「晋書」にあたると(こちらは持っている)、こちらの「天文志・妖星客星条」には紀元398年にあたる「安帝の隆安二年」に該当するような「客星」の記事はない。駄目もとで「安帝紀・隆安二年条」を参照してもこちらにもない。隆安四年には客星の記事があるのだが。最後の砦、「資治通鑑」の「晋紀安帝隆安二年巻」にもやはり客星は掲載されていない。あと望みとしては「北史」の「北魏道武帝紀・天興元年条」(これも紀元398年となる)くらいだが、これも望み薄だなあ。「宋書」自体はそれほど高いものではないので買うのは全然問題ないんだが、あまり手を広げたくないんだよなあ。「資治通鑑」もほとんど読んでないし。
26 Dec. 2003 (Fri)
前にも書いたような気がするが、三十一はMS−IMEが嫌いである。これまで使っていた、かなり使い込まれたIMEはなんとW98用で、W2Kでは稼働しない。そこを無理矢理使っていたのだが、調子に乗ってタイピングしている最中で突然画面がぶっ壊れるという現象が頻発しているので、ようやっとW2Kに対応しているIMEに入れ替えたのだ。使ってみた感じとしては、操作性はまあまあ、辞書も移植済みなので語彙自体には文句はない。問題は辞書が使い込まれていないだけに最初に出てくる変換候補がまだぎこちなく入力効率を阻害することだが、これも使い込んでいけば改善されるだろう。要するにけっこう満足しているのである。これでもうちょっと安ければなあ。
26 Dec. 2003 (Fri)
連日のように秋葉原やら書店に向け出動しているので、今日は非番にする。つまりは外出もせず自宅にこもって未読や未聴退治に精を出したということだ。帰国から二週間弱、あれやこれや買いあさってはいるがそれを処理する時間がとれなかったもので。「いつものことだ」という気もしないではないのだが、「いつも」より若干程度が激しいとでも言えるかもしれない。
25 Dec. 2003 (Thu)
JAXAのサイトに、H2Aの事故に関するFAQができていた。図や写真が多用されていて、非常にわかりやすい。図もおざなりではなく非常に美しいもので、たかがFAQにこんなに手間暇かけた図を用意したのかとちょっとおどろいたくらい。この質問と、それから回答を読むと世間(という言葉は嫌いだが他にいいようもないので)が寄せている関心と、それからJAXAが伝えたがっている内容がよくわかる。
25 Dec. 2003 (Thu)
以前書いた、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第12番について調べてみた。主な出典は音楽之友社「名曲解説ライブラリー」。これによると、ロシアの貴族ガリツィン侯がベートーヴェンに対して2ないし3曲の弦楽四重奏曲の作曲を依頼したのは1824年の暮れ。それ以前の1822年ごろから第12番の構想はあったらしいが、交響曲第9番という大曲に手をとられていて、本格的に着手したのはちょうど依頼があったまさにその時期であったようだ。結局ベートーヴェンは第12番作品127、第15番作品132、第13番作品130の3曲をガリツィン侯に提供した。つまり、この時点でガリツィン侯の依頼は完了したのである。これに触発されてか、最終的にベートーヴェンは合計5曲の弦楽四重奏曲を作曲するのだが、残る2曲はガリツィン侯以外の人物に提供された。言うまでもないがこれらの人物も「ロシアの王子」などではまったくない。名前からしてドイツ人である。なお、その後のニュースで問題の楽譜はスケルツォの冒頭であることが伝えられた。スケルツォ(正確には Scherzando vivace)は第三楽章であり、「曲の冒頭」というのは明らかにおかしい。
25 Dec. 2003 (Thu)
だいぶ前に愚痴に書いたネタで、マーキュリーとジェミニのリンクが切れていたことが判明。時事ネタならともかく、こういうネタでリンク切れはまずかろう。NASAにリンクしていたんだけど、どうもサイトマップに変更があったらしい。というわけでリンクをつけ直してみる。今度はNASAではない。ジェミニ宇宙船と、それからジェミニとマーキュリーの対比図である。
25 Dec. 2003 (Thu)
昨日に引き続いてまた書店へ。なんで二日連続で書店に足を運んだかといえば、新刊が今日発売されることをネットで知ったため。昨日は「ひょっとしたら早めにでているかもしれない」という期待でわざわざ東京まで出て探したんだが、発見できず。目的以外に何冊も入手する羽目になる(人ごとみたいに言ってるんじゃない)。今日は正規の発売日なので駅前の書店で入手してそのまま帰宅。
25 Dec. 2003 (Thu)
昼くらいからまた外出。駅まで歩く途中、どうも足が痛んでしかたない。筋肉痛かな? それにしては、最近そんなに運動した覚えはないのだが。原因は何だろうとしばし考えて思いついたのは、昨日行なった「本格的な捜索」である。たしかに無理な体勢で踏ん張ったりしたからなあ。
24 Dec. 2003 (Wed)
フランスで就航したクイーン・メリー2。NHKのニュースの字幕には「クイーン・メアリー2号」とあった。このページを参考にしたんだろうか。そんなわけないか。しょっちゅうNHKの悪口を言ってるしなあ。
24 Dec. 2003 (Wed)
H2A打ち上げ失敗の原因と推測されるSRBの引き揚げを目指して探索船が出航したという。正直あまり期待できないのではないかと思う。かつてH2の失敗の原因となった第一段の主エンジンLE7を数千メートルの海底から発見して引き揚げ、誰も予測していなかったインデューサーのキャビテーションという原因をつきとめた故事から、二匹目のドジョウをねらう気持ちはわからなくはないのだが、しかし二度目の僥倖を期待するのは虫がよすぎだろう。せいぜい見つかればもうけものくらいに考えて、SRBの燃焼試験を繰り返した方が結局は早道ではなかろうか。
24 Dec. 2003 (Wed)
かなりの手間をかけて捜索を行なったが、結局目的の本は発見できなかった。捜索の精度をさらに上げるためにはこれまでの倍以上の手間をかけなくてはいけないだろう。それだけのコストをかけて得られる利益はといえば、新刊で入手することのできる文庫本にすぎない。ということで、捜索は打ち切って書店に向かうこととする。さて、それに関係あるようなないようなことだが、「リスクマネジメント」という言葉を「危機管理」と訳したのは誤訳とまではいえないにしてもミスリーディングではなかろうか。日本語の語感として「リスク」と「危機」は必ずしも同一ではない。三十一の感覚として、「リスク」は未来に対するもの、「危機」は過去もしくは現在進行形のものである。起きてしまった事象に対してどう対応するかを考えるのが「危機管理」だとすれば、現在あるいは未来の事象に関与することにより事態を望ましい方向に指向させるのが「リスクマネジメント」であろう。どう考えても「リスクマネジメント」の方が前向きな姿勢のはずだが、「起こり得べき最悪の事態」を予期してそれに備える、というのが日本ではなぜか「後ろ向き」と評されてしまう。
24 Dec. 2003 (Wed)
朝、というよりは昼に近くなって起き出し、書物が詰め込まれている部屋を本格的に捜索し始める。積み上げられた本を固まりで抜き出し、背表紙を確認してまた別の場所に積み上げる。これを延々と続けることになる。それでも部屋のほんの一部を調べたにすぎないのだが。結果はといえば、かねて「読み直してみたい」と思っていた本がかなりの冊数発掘されてそれなりの成果はあったのだが、だがしかし捜索を開始したそもそもの目的の本はついに発見できなかった。
23 Dec. 2003 (Tue)
秋葉原出撃。出かけたのが遅かったので簡単に回って必要最低限なものだけ入手しようと思っていた。結局2時間ほど滞在しただけで帰途につくことになったのだが、そのときには「必要最低限なもの」の重みが鞄の肩ひもにずっしりと加わることになる。なんでこんなに大量になっちゃったんだろう。自業自得か。
23 Dec. 2003 (Tue)
NHKで犬の特集をやっていたが、その中でスプートニクに搭乗して初めて宇宙にいったライカ犬のことが取り上げられていた。それはいい。だが、「公式発表によると一週間鼓動を地上に送り続けた」とだけコメントして、その後のことは何も触れられていない。「公式発表によると」その後この犬は薬殺されたことになっていたはず。なぜこういったことに触れずに流してしまうかなあ。動物愛護団体の無用な反発を嫌ったのかな? だが実際には、熱設計の不備だろうか内部温度が異常に高まって犬がパニック状態に陥り、打ち上げから比較的短時間で死亡してしまったらしい。これもけっこう知られていないなあ。
22 Dec. 2003 (Mon)
我が家でアメフトを鑑賞できるテレビ局(ケーブルを含む)3局のホームページを巡回し、今週のアメフトの放映予定を確認、重複分を考慮して録画スケジュールを作成、録画予約を行なう。これでアメフト録画は通常モードに復帰したわけだ。
22 Dec. 2003 (Mon)
なんだか最近、Javaスクリプトエラーにあちこちで遭遇するようになってきた。さすがにブラウザが対応しなくなってきたか。なので、思い切ってブラウザを入れ替えることにする。とはいえ、IEなんぞという自爆ブラウザを使うつもりはさらさらないので、NCの最新版を導入する。
22 Dec. 2003 (Mon)
わがデンヴァーは、日曜夜に行われる自チームの試合の前に他チームの勝敗の結果プレイオフ進出を決めた。プレイオフは何年ぶりかな? 結局その夜の試合でもインディアナポリスを相手にロードで戦って勝利。10勝目。成績上位のインディアナポリスにロードで勝ったというのは上出来。この調子を維持してくれればプレイオフもそれなりに期待できるかな。ワイルドカードからスーパーをとった97年の再来を望む。その一方で、自分のなかの冷静な部分は「難しいだろう」と思ってもいるのだが。
21 Dec. 2003 (Sun)
帰宅して、サンドイッチを作って食い、買って来たDVDなど鑑賞。そのうちにずいぶん眠くなってしまって、1時間ほど布団で横になる。なんでこんなに眠いんだろう、不思議だと思ったが、よく考えてみれば夕食と一緒にあまりもののワインを飲んだのであった。そりゃ眠くなるわい。
21 Dec. 2003 (Sun)
昼から秋葉原へ出撃。天気はよかったんだが、なんで歩行者天国じゃないんだろう。CDは軽く4枚ほど。ゲルギエフの幻想があったんだが、何となくすでに購入済のような気がして手は出さなかった。帰ってから確認したところ、やはり購入済であった。あとはDVDとか本を多少買い足して帰宅。しかし、DVD売り場はなんでこんなに混んでるんだ。
20 Dec. 2003 (Sat)
夕方になってしまったので、今日の秋葉原出撃は諦めて、駅前まで背広のクリーニング出しと、それから食糧の買い出し。
20 Dec. 2003 (Sat)
ポイントカードと、CDと、それから国外追放期間中の雑誌類を受け取る。お礼にメープルシロップと来年のカレンダーを渡して、しばらく雑談。それにしても、いつのまにやら子供があんなに大きくなっているとは。子供が大きくなるのは早いなあ。雑談の最中に、先日三十一が仕事の電話をした相手が友人と同じ部署にいることが判明。世の中狭いなあ。そんなに小さい業界ではないんだが。友人と仕事の話をしなければいけないという事態はあまり来てほしくない。
20 Dec. 2003 (Sat)
午後から、ポイントカードと依頼したCDを回収するため友人宅へ。果して日本で車を運転するのは何日ぶりだろうか。カナダに比べて日本車のハンドルが非常に軽いことは以前にも経験していたのでそれほど驚きはしなかった。駐車場から出る時にウインカーを出そうとして思わず左手が動いたのはご愛敬である。改めて痛感したのは、日本の道の狭さと、車の多さと、そして路上駐車の多さ、歩行者と車が未分離であること。これがすべて走りにくさにつながるわけだ。さらに言えば、そもそも道路のスケールが違うのでアクセルやブレーキの踏み込み方も変わってくる。慣れるまでもう少しかかりそうだ。カナダのときのように毎日運転しているというわけではないし。
19 Dec. 2003 (Fri)
んで、23時から外人を交えて電話会議。いつものとおり傍聴モードで聞いていたのだが、日本側が聞きたいことはわからないでもないのだけれど、それを外人にそのまま通訳してもたぶん期待しているような回答は難しいだろう。なぜなら、その質問の背景というのがひどく日本的なもので、それをきちんと説明しないままでは質問の意図が正しく伝わらないからだ。外人は、英語になった質問に素直に答えてくれている。単純に質問と回答を並べると、それ自体は実に理に適った回答なのであるが、だが期待しているような回答ではないのだ。日本語のやりとりでそんな回答をされたら、それこそ「日本語が通じていない」と言われるだろうけれども。
19 Dec. 2003 (Fri)
同僚が三十一の席にやってきて行われた会話。同僚「エミリーが鹿屋へ行くそうですよ」三十一「へえ。でも、結局はその方がいいかもしれないですね」 同僚のせりふを翻訳すると「お台場の船の科学館に展示されている旧日本海軍の二式飛行艇が鹿屋の航空資料館に移されるそうですよ」となる。エミリー(Emily)というのは、二式飛行艇(通称「二式大艇」)に米軍がつけたコードネームである。しかしこれに間髪入れず反応できる三十一も病膏肓に入る、といったところか。「宇宙へのパスポート2」によると、鹿屋の航空資料館に展示されている機体は、となりの海自(1空群だっけかな)の隊員がボランティアで整備しており、日本では例外的に状態がいいのだそうである。だいたい、日本人はせっかくアメリカ人が飛行可能にまで修復して寄付してくれた貴重な機体をたちまちのうちに壊してしまって平気な人種であるから、お台場で野ざらしにされているよりははるかに幸せかもしれない。鹿屋でも屋外展示なのは同じことだが。
19 Dec. 2003 (Fri)
夜、遅くなる予定なので11時ごろに出社。今年の出社は今日で最後、今日中にやっておかなければいけないことがいろいろある。例えば、出張の報告書を書かなくてはいけないんだが、これが三十一の嫌いなMSエクセルでの提出を求められている。そのためにはMSオフィスを導入しなくてはならず、そのためにはPCのHDDを空けなくてはいけない。苦労してHDDを空け、MSオフィスを導入して報告書をでっち上げる。その他に細々とした年末向けの提出書類であるとかそういったものを片づけていたら9時過ぎになってしまった。ああ、もう帰らないと23時からの電話会議までに帰宅できない。ということで急いで会社を出る。
18 Dec. 2003 (Thu)
帰宅途中、駅で待ち合わせてお土産の受け渡し。みどりの窓口の前でブツをやりとりする怪しい二人組。というほど怪しい光景というわけでもないが。会社の連中には基本的にお土産なし、ということにしてしまったので少しお土産はあまり気味。まあ、いいやな。
18 Dec. 2003 (Thu)
昨夜は2時ごろ寝たにもかかわらず、目覚まし時計の助けも借りずに7時には目が覚めてしまった。出勤はしたものの、精算は済ませてしまったし来週から年末休みに入ってしまうので新たな案件をとるわけにもいかないし。で、人の案件に口を出すくらいでのんびり仕事をしていたら夕方になって「明日、電話会議やります」というメールが。何気なく読み流してしまったが、よくよく読んでみたところとんでもないことが。「開始時間23時」23時? 夜の11時? 外人交えてだからしょうがないと言えばしょうがないんだが、それにしてもみんな仕事熱心だねえ。「明日は遅く出勤します」と部長にメールを出しておいて今日のところは帰宅。
17 Dec. 2003 (Wed)
夜からいつものメンバーで飲み。久々の日本のビールと日本の居酒屋と日本のつまみ。
17 Dec. 2003 (Wed)
今日はライト兄弟による初めての動力飛行からちょうど百年。やっと百年、と言うべきか、それとももう百年と言うべきか。キティホークでは有志による模擬飛行が試みられたけど、風がなかったこともあってうまく飛べなかったようだ。
17 Dec. 2003 (Wed)
とりあえず席を片づけてから、午後いっぱいかけて出張費用の精算。二ヶ月分のホテル代、それからレンタカー代。さらに往復の航空券で合計すると100万以上になる。海外出張もなんだかんだで4度目になるので、それなりに慣れてきているらしく午後の数時間で精算処理完了。ただし経理からの差し戻しがなければ、の話だが。
17 Dec. 2003 (Wed)
ほぼまる二ヶ月ぶりに出勤。地球の裏側に追放されている間に席がえがあったのでまずは自分の席を探すところから始めなくてはいけない。またずいぶん奥の方に追いやられてるなあ。長期間あけていたから仕方ないが、三十一の席は物置状態と化しており片づけるのが少し大変だった。席があっただけマシとも言えるかもしれないが。今度の席は通路側。これまでの窓際に比べて人通りが激しくうざったい。残念だなあ、三十一にとって窓際族は憧れの職業なのに。窓際族は職業じゃないか。
16 Dec. 2003 (Tue)
秋葉原では某レコード屋。ああ、やっぱりクライバーの新譜はまだ在庫があるか。そうかもね、とは思ったんだが。だが万が一にも買いそこねたら一生悔いが残りそうだったので万全を期したわけだ。おかげで友人に手間をかけてしまったけれど。さて、この新譜だけ確認して店を出る。なぜなら、ポイントカードを預けっぱなしだから。今週末にでもポイントカードを回収して再度来よう。というわけで、秋葉原ではその手の書店をまわって本を何冊か買っておしまい。今日は昨日に比べれば荷物が少ないので、やはりスーパーでもう少し本格的に食糧を仕入れて帰宅。
16 Dec. 2003 (Tue)
昨夜の睡眠は11時から7時。なんだ、まともじゃないか。いや、普段はもっと遅く寝て遅く起きるんだけど。昼過ぎくらいにまた家を出て、今日は神保町と秋葉原へ。神保町は昨日言っただろうって? いやそうなんだけど、実は昨日神保町の古書店で「海軍制度沿革・巻7」を発見。これが未購入のものかどうか自信がなかったので、確認の上再度出撃ということになった次第。立ち読みしたかぎりでは、ほぼ間違いなく未購入だろうとは思ったんだが、12Kという価格では冒険はできない。かくて、この本だけを入手して次は秋葉原へ。
15 Dec. 2003 (Mon)
やはりまだ時差の影響が残っているのか、それとも久しぶりに大荷物をかかえて歩き回ったためか、帰宅して買ってきた本のいくつかに目を通しているうちにひどく眠くなる。ニュースを見なくちゃいけないんだが、睡魔には勝てずに7時から9時くらいまで寝てしまう。
15 Dec. 2003 (Mon)
早く目が覚めてしまったので、持っていったPCからのデータの移行やら、あるいはホームページのメンテなどをだいたい午前中くらいかけて行なう。HPのメンテは途中になってしまったけど。昼前くらいから神田に出撃。2年前に最初の出張から戻ってきたときはリストを作って持っていったものだが、今回はぶっつけ本番、出たとこ勝負。銀行によって軍資金を確保し、古書店や新刊書店をめぐる。その成果はといえば、雑誌やコミックスを含めておよそ30冊。まあ可愛いものである。とにかく今まともな食糧がないので、帰りには食糧も仕入れなければいけないということから、この程度で見切らざるを得なくなってしまったのだ。
15 Dec. 2003 (Mon)
昨夜は12時少し過ぎくらいに就寝。そして朝5時過ぎに目が覚める。14時間の時差があるところから帰ってきて、初めての夜としては上出来であろう。これならわりと早く時差ぼけから脱却できるかな。
14 Dec. 2003 (Sun)
夜の11時ごろ、ニュースをつけたら「フセイン拘束」とか。本当か? 米占領当局の責任者が記者会見をするというのでそれを待つ。冒頭、いきなり「We got 'em」ときたか。まあ、これでテロがすぐになくなるとは思えないが、万が一のフセイン復活がなくなったことは確か。
14 Dec. 2003 (Sun)
帰宅して少し落ち着き、まずしたのはハードディスクレコーダーの確認。2台のうち(なんで2台もあるんだか)、1台の調子がどうもおかしく、まともに録画できていない。なんとなく予想はできたんだけど。出発前にも具合が悪くて初期化する羽目になっていたし。しかし、これを意図的に初期化するってことはできないのかなあ。うーむ。
14 Dec. 2003 (Sun)
スカイライナーに乗り、さらに電車を乗り継いで帰宅。当たり前だが、2月前に後にしたそのまんまの状態である。何か食べるものがないかと冷蔵庫を開けてみてびっくりする。なんでこんなに食べ物が入ってるんだよ。いや、かつては食べ物だったもの、とでも言うべきか。外見はそう変わってないけど、いくらなんでも2月置いてまだ食べられるというものはあまりないなあ。お茶とかソフトドリンクのたぐいも残っていたんだが、とても口にする勇気がないので流してしまう。ちょっと喉が渇いているんだが、飲み物がないなあ。なくはないんだが、みんなアルコールを含んでるし。冷凍庫に冷凍食品が少し残っていたので、それで簡単な夕食。そして洗濯。全部は洗濯機に入りきらなかったので、入る分でけ済ます。あとは明日の朝にしよう。
14 Dec. 2003 (Sun)
長い国外出張、長いフライトを終えて成田に到着。いやあ、日本は暖かいねえ。トロントを出発したときの気温はマイナス9度、日本は6度くらいあるらしい。入国審査は簡単。荷物をピックアップして税関へ。考えてみれば入国審査は法務省で、税関は財務省なんだよなあ。てえことは、こいつも財務省職員かあ。税関ではちょっと会話して無罪放免になりそうだったんだが、「ずいぶん厚手の上着を着てますね。ちょっといいですか」と簡単なボディーチェックである。あのね、トロントは寒かったの。このくらいの上着は着てないととてももたないんだって。と、半分口から出かかったんだが、ここで喧嘩しても仕方ないので黙っている。
13 Dec. 2003 (Sat)
デトロイトからは747に乗り換えて東京に向かう。3人席の一番右側、通路わきの席。左隣は若い韓国人の男、そのさらに向こうもやはり韓国人の若い女の子。この男がうるさいうるさい。三十一にも英語で話しかけてきたりして少し会話したんだが、左隣の女の子と意気投合したらしく韓国語(らしきもの)でしゃべるしゃべる。しゃべるだけならまだいいんだが、こいつはやたらにオーバーアクションで何かといえば大きな声で笑って手をたたく、背もたれに思い切りもたれかかる、そのたびにこちらの背中にまで振動が伝わってきて落ち着かない。こんなやつ知り合いにもいるなあ、と思うがそれにしてももう少し静かにできないものか。そのうち、自分のラップトップを取り出して女の子に写真を見せたりしている。女の子の方も持参のラップトップを出して写真を見せ合ったり。そこで三十一がPCを取り出してHPのメンテでも始めようものなら3台のPCが並ぶことになるなあ。と思ったりもしたがそんなあざとい真似はしたくないので、顔をそむけて睡眠を決め込むことにする。こんな状況で眠れるわけもないのだが。
13 Dec. 2003 (Sat)
どうにか飛行機は飛びはじめる。明らかに近距離線という味わいの双発ターボプロペラ機。SF340らしい。サーブですな。乗り込むときはゲートではなく昔懐かしいタラップで、片側1席、もう片側2席といった内部レイアウト。三十一の席番には隣の小父さんの新聞が広げられていた。声をかけようと思ったが、向いの一人席があいていたのでそっちに座ってしまう。左側には海かと見紛うようなオンタリオ湖とエリー湖が見え、やがてデトロイト。
13 Dec. 2003 (Sat)
レンタカーを返却したのはターミナル2。三十一が乗る飛行機はターミナル3。この間はシャトルバスが走っているので、それに乗ってターミナルに向かう。チェックインを済ませて、ゲートに向かう。なんか妙にすみっこにあるゲートだなあ。なんか、田舎のバスターミナルといった味わい。と思っていたら、本当にバスターミナルだったらしい。三十一がこれから搭乗するデトロイト行きは少し離れた建物から発着するらしく、ここはそこへ向かうシャトルバスが出るところなのだ。と、いう事情はあとからわかったもので、三十一はここに座っていればいずれ呼ばれるものだろうとのほほんと待っていたがいつまでも便名がアナウンスされない。さすがに不安になって聞いてみたら、ここからシャトルバスが5分置きに運転されているので、それに乗って勝手に向かうんだそうな。知らんよ、そんなこといわれても。あわてて貸切状態のシャトルバスでそっちのゲートに向かうと、たどりついた建物のなかで三十一の名前が連呼されている。やばいやばい。走って飛行機に乗り込むと、「あなたを待っていたのよ」 ごめんね、おばさん。
13 Dec. 2003 (Sat)
簡単に挨拶して空港に向かう。高速に乗ってしばらく走ったんだが、空港に向かっての分岐がよくわからない。高速409号というのに乗ればいいというのはわかっているんだが、標識が出てこない。おかしいなあ、そろそろのはずだがと思っていたら空港マークが標識に登場。あれ? でもなにか高速の番号が違うような。427号とかいってるなあ。まあこの標識に従っていけばいいんだろう。でも、本線から分岐しているような感じはしないし、当初の予測とは違った道を走っているようで少し不安。もっとも予定と違ったとしても看板にはちゃんと空港が出ているんだし、目的地にはつけるだろうと看板に従って走る。そのうちに「ターミナル何番はこっち」というふうに標識が細かくなってきたので目的地が近づいてきているようだ。おお、レンタカーはこっちか。指示に従ってレンタカーを停め、返却。一番不安だった「空港までたどり着くこと」を無事に終えて一安心。
13 Dec. 2003 (Sat)
刑期満了。簡単に食事をして部屋を後にする。車はうっすらと雪をかぶっているので、はたき落としている間に後任者が出てくる。そうそう、彼の部屋からはこの駐車場がよくみえるんでした。気温が低いこともあってやわらかいブラシのようなものでさっとなでれば簡単に雪は落ちてくれる。日本の湿度の高い雪じゃあ考えられんなあ。
12 Dec. 2003 (Fri)
残り1日。
12 Dec. 2003 (Fri)
ニュースを見ると首相が交代していた。以前にも触れたことだが、首相が交代してクレティエンは引退するそうな。その日がちょうど三十一のカナダ出張最終日になる。
12 Dec. 2003 (Fri)
荷物を詰めて、フタをしめる。寝巻き代わりに着ているトレーナーなども入れなければいけないので、最終的にフタをしめるのは明日朝になるけれども。とりあえずフタがしまることだけ確認。鍵はかけない。セキュリティチェックで中身を確認できるようにどうせ「外せ」と言われてしまうからだ。鍵がかけっぱなしだと壊してでも開けるという。そこで思い出したのが日本出発のときの話。「愚痴」に書こうと思っていてすっかり忘れていたのだが、成田でチェックインのときにそう言われて三十一は素直に鍵を外したのだが、近くのカウンターで文句をつけている馬鹿者がいた。「それで盗難に遭ったりしたらどうするんだ」 典型的な日本人の言い草だと思った。じゃああんたは鍵をかけっぱなしでセキュリティを通さずに荷物を飛行機に乗せたあげくテロで飛行機が爆破されたら、誰に責任をとれと言うんだ? その後のやりとりは聞いていないので、どう展開したのかはわからないんだが、「例外を認めない」というやり方が結局は自分の安全につながるというのがわからないのか? 優先順位というものがわからないのか? それがいやならそもそも飛行機に乗るなよ、阿呆。
12 Dec. 2003 (Fri)
6時過ぎ、まわりもみんな帰ってしまったし、だいたいの挨拶も済ませて引き揚げる。冷蔵庫に入れてあった中華料理の余りを取り出し(うっかり忘れるところだった)、連れ立ってホテルへ。だいたいの荷物は引き継ぎ済みだが、渡し忘れていた紅茶のティーバックと、こころよく引き受けてくれた例のジャケット(この場を借りてお礼を言います。見てないだろうけど)を渡してお別れ。
12 Dec. 2003 (Fri)
昼過ぎくらい、さきほどの注意をまさに絵にかいたようなメール到着。「お願いします」という文字列はあるんだが、いったい何を「お願いします」というのか。後任者とふたりでメールの文面を見て首をひねる。「まあ、さっき言ったように適当に」つい今までやっていた注意がさっそく役立ってしまったわけだ。
12 Dec. 2003 (Fri)
心得というほどのものでもないけれど、引き継ぎとは別に注意点をいくつか後任者に話す。基本的には、日本からくるリクエストはけっこう無茶なものが多いので適当にやれ、ということ。こんなこと言っちゃいけないのかもしれないけど、無理して倒れてしまうと替りが効かないので結局日本も困ってしまうのだ。妙に丈夫な人にはその辺理解できないらしいのだが。
12 Dec. 2003 (Fri)
今日は後任者も自分の車を運転し、各自自分の車で出勤。とは言え、つるんで走っているんだけど。昼食は隣のモールで中華料理といくことにする。三十一が車を出し、後任者を助手席に乗せて出発。ここに昼食にくるのは久しぶり、今回に関していえば初めて。やはりシフトが違うらしくいつものお姉ちゃんではないお姉ちゃんがオーダーを取っていた。会社に持ち帰り、フタを開けてみて後任者おどろく。そうだろう、三十一も最初はこの量にはおどろいた。とりあえず半分食べて残りは会社の冷蔵庫に(そんなものがあるのだ)。
12 Dec. 2003 (Fri)
ハンス・ホッターが死去。このひと、まだ生きていたのか。引退してもう30年近く経ってるらしいなあ。それにしても、ホッターみたいな有名な歌手が死んだり引退したりすると必ず「20世紀を代表する」という枕詞がつくのは何故だろう。記事を書く新聞記者がそれ以外の形容のしかたをしらないというのが有力。
11 Dec. 2003 (Thu)
残り2日。
11 Dec. 2003 (Thu)
アトランタのHCダン・リーブスがクビになったそうな。ついこないだ、コーチとして200勝を達成したところだったんだけどなあ。もっとも、今年はエースQBが開幕前に骨折して低迷してしまっているので無理もないんだが。10年以上HCをやって何度もプレイオフに出場し現役コーチ最多となる200勝以上の実績を残しているHCであっても、結果を残せないとシーズン途中で簡単に解雇されてしまうのがこの世界の厳しいところだ。時期的に、そろそろ首筋が涼しくなってきたコーチがあちこちにいることだろう。アリゾナのマクギニスあたりが危ない。
11 Dec. 2003 (Thu)
荷作り予行演習。そんなに荷物は増えていないし、土産もかさばらないもの中心。本を何冊か捨てていくつもりなので、だいたい入るだろうと考えていたが、それについては予想通り。ひとつだけ問題は、途中で買ったジャケット。今着ている一枚は当然着て帰るとして、もう一枚の方は着てもいけないしかさばるので鞄の中にも入らない。こりゃあもう捨てていくしかないか、と思ったがふと「後任者に引き取ってもらおう」と考える。なんでもこっちに親戚がいるらしいので、いざとなったらそっちに引き取ってもらってもいいし、いよいよになったら捨てるんでもどこかに寄付するんでもいい。そうだそうだ、そうしよう。こうして(三十一的には)問題解決。
11 Dec. 2003 (Thu)
引き継ぎを済ませて部屋に戻り、ふと見るとメッセージランプがついていた。おかしいなあ、後任者はメッセージを入れたなんてことは一言もいってなかったし、ほぼ10日に1度のフロントからの定時連絡(料金が1000ドルを越えたらその都度精算しなければいけないのだ)が来るようなタイミングでもない。聞いてみると、朝9時過ぎにメッセージが入っていたらしい。ますます不可解。最初の一度目で聞き取れなかったので再度再生してみたところ、どうも「やあ、僕だよ(It's me!)。9時25分にそっちに行くから」みたいな内容だったらしい。誰? 間違いなのは明らか。彼ははたしてちゃんと合流できたのだろうか。
11 Dec. 2003 (Thu)
ホテルに戻って、三十一の部屋で荷物の引き継ぎ。電気ポッドや炊飯器、地図やガイドブックの類、薬や化粧品(なんで)、調味料などと余った食材。冷凍食品やら、肉やら玉葱やら。ふたりで運んでも一往復では足りなかった。ほとんど前任者からの代々受け継がれてきたものだけど。最低限の食糧として、スナックと水、コーラ、オレンジジュースなどを残しておく。
11 Dec. 2003 (Thu)
夕食は案内がてらちょっと離れたショッピングモールへ。ウォルマートの場所とか、ドラッグストアとか。まあ、モールの場所がわかれば時間のあるときに勝手にまわってくれればいいので今日のところは導入部といったところ。ついでに銀行で現金を下ろしてちょっと土産を補充する。後任者も「じゃあついでに」と現金を下ろそうとしたのだが、どうもうまくいっていないらしい。どうしたのかと覗いてみたら暗証番号が違うらしい。おーい。そりゃまずいだろう。どうも記憶が違うらしいので日本に確認してみるとか。おお、日本に確認できる相手がいるのか。三十一にはそんな相手いないからなあ。いつものギリシャ料理モールで食事を仕入れる。「ここで食べますか」と聞いたところ、「もう眠いので持ち帰りで」ああ、なるほど。
11 Dec. 2003 (Thu)
というわけで、三十一が使っている部屋の机の上に積まれていたものを片づけて、後任者の席に移すことにする。えーと、これ初めてちゃんと内容を見たんだけど、ほとんどゴミだなあ。何代も前の人間の出張旅程表とか、ちょっとした資料とか。なんでこんなもんを後生大事に抱えてたんだか。とりあえず後任者におしつけてしまったけど、「たぶんゴミだから捨てちゃえばいいと思うよ」とのコメントをつけて。だったら自分でやれって? そうだね。
11 Dec. 2003 (Thu)
翌朝、ホテルのロビーで合流して会社へ向かう。今日のところは三十一の車に同乗して出発。まだ向こうも時差ぼけだし、右側通行に慣れていないだろうし、道もわからないので。セキュリティで入館許可をもらっていつもの席へ。三十一はこれまでと同じちょっと奥まった小部屋だが、数日前にマネージャに交渉して「どこかにみんなと同じちゃんとした席を用意できないか」と言ったら空きスペースを探してきてくれた。いいなあ、ここ。おれもここが使えればよかった。ところがまだ電話がきていない。ただいま申請中だそうで、それまでは三十一の使っているものを使うことにする。でも、電話を使う必要のある場面はあまりない。たいていメールとチャットで済んじゃうから。ただし、日本の夜中に「代わりに客先に電話してください」などと言われることがあるので、まったく不要というわけではない。
10 Dec. 2003 (Wed)
残り3日。
10 Dec. 2003 (Wed)
6時半ごろ、迎えにいけなくなった原因となった件もひと段落つき(というか日本の日中の当番に引き継いで)、ホテルに戻る。むう、着いたら電話するように言ってあるんだがメッセージは入っていないようだなあ。正確には、メッセージらしきものは入っているんだが内容がなかった。じゃあ、ということで普段は上げないチャットを上げておくと、はじめのうちは相手がいなかったんだが、7時すぎくらいに相手がオンラインになったので呼びかける。無事にホテルに到着したらしい。同じフロアか。少し荷物を持って相手の部屋に行き、簡単に翌日の打ち合わせをしたが向こうも時差ぼけだろうから、早々に撤退。いやあ、これで帰れるぞ。
10 Dec. 2003 (Wed)
のぞみの経緯などについてJAXAから政府の宇宙開発委員会に対して報告したところ、「日本の宇宙開発はもう一度再出発しなければいけない」というコメントが出ていたとのことで新聞系のサイトで嬉しげに報告されていた。このよく使われる「再出発」という言葉だが、よく考えると意味不明である。まだ「心機一転」くらいならともかく。宇宙開発は基礎技術の上に経験を積み重ねてノウハウを蓄積することによって能率も確実性も上がっていくものである。日本の宇宙開発(を含む航空宇宙技術全般)が最先端のアメリカや、あるいは先進国のヨーロッパに比べて不足しているのはこの経験である。失敗しているたびにいちいち「再出発」していたら蓄積もクソもない。つまりこれは政府の宇宙開発委員会に本質を理解していない人間が交じっていることを意味しているわけだ。困ったなあ。
10 Dec. 2003 (Wed)
今日は後任者が着く予定。あまり気は進まないんだが、空港に迎えに行く予定でスケジュールしており、2時には出ようと考えていたまさにその時間、そろそろ出かけるためにちょっと片づけにかかり、トイレに立って席に戻って自分のPCを見るとチャットの依頼が来ていた。そして迎えには行けなくなる。恨むんなら三十一じゃなく日本の担当者を恨むように。こちらもそういった事態を予想していたので、空港からホテルまでの道筋をこと細かく事前にメールしておいたんだけど。マネージャと「あれ、迎えに行くんじゃないの?」「いやあ、行けなくなっちゃって」「ちゃんと着けるといいね、あっはっはー」という会話があったんだが。当人にとっては笑いごとではないだろうけど。
10 Dec. 2003 (Wed)
昼をはさんで、日本語環境でないとできないテストを行なう。まあ、わざわざカナダにまで来る意味があるかと言えば「あまりない」と答えるしかないと三十一は思っているんだが、それでも多少は意味がなくはない。その「多少」に含まれるのがこの日本語テストである。だが、結果としてうまくテストできず次の人に引き継ぐことになるだろう。後任者はlinuxに詳しいらしいし。
10 Dec. 2003 (Wed)
朝、出勤してまずリコンファームを行なう。今日の午前11時で、出発までに72時間となるのだ。いやあ、これまで「あと何日」と言っていたのだが、残りを時間単位で考えられるようになってきました。別に最初から時間でやってもよかったんだけど。そしたら「あと1371時間」とかになるのかな。
10 Dec. 2003 (Wed)
月曜に酒を飲んで寝てしまったその反動だろうが、あまり寝付けなかった。前にも書いたがホテルの枕が合わず、基本的には熟睡できないのだ。限界まできてしまえば枕が合おうが合うまいが寝てしまうのだが、そうして一旦充足されてしまうと次の夜はまた眠れない。こうして調子はいつも通常よりも下の範囲を上下することになる。
9 Dec. 2003 (Tue)
残り4日。
9 Dec. 2003 (Tue)
天気予報によると、明日は暖かい。なにしろ最高気温が6度もあるというのだ。
9 Dec. 2003 (Tue)
だいぶ前に思いついたネタだが、今日たまたまトイレに立ったその帰りに廊下の壁面を見て思い出したのでここに書く。誰かこんな図を作って壁紙にしてくれませんか。よくある絵だと思うんだが、まず画面いっぱいに銀河系の図(上面図でも側面図でもいいが)が描かれ、そして太陽系の位置が赤丸か何かで示される。よく知られていることだが、太陽系というのは銀河系の中で比較的周縁部に存在しているのだ。そしてその太陽系に対して矢印が伸び、コメントとしてこう注記されている。「YOU ARE HERE」。つまり、「現在地」というわけだ。
9 Dec. 2003 (Tue)
ときどき、思い出したかのようにNFLの記事が日本の新聞サイトで報じられることがある。ところが、この掲載基準がわからない。「何でこのニュースが?」と思うようなこともあれば、それよりも重要なニュースが掲載されていなかったりする。継続的にウォッチしている人間はいないんだろうな。
9 Dec. 2003 (Tue)
「のぞみ」は今度こそ絶望になってしまった。残念だが、いまだかつてない問題を乗り越えて火星周回軌道投入の直前にまで到達したことはけして無駄ではあるまい。次につながるような形で正しい評価が行なわれることを望む。ただ「数100億円が星くずに」などと言っているだけでは発展性はない。
9 Dec. 2003 (Tue)
普段に比べれば暖かいとはいえ、それでも朝の時点の天気は氷点下。一晩寝て起き、いざ出かける段になったら面倒になってきたなあ。まだ少し酒の影響も残ってるみたいだし。というわけでタクシーを奮発することにする。いつも通っている道だが、タクシー料金は18ドル、チップ込みで20ドルといったところ。高いなあ。
9 Dec. 2003 (Tue)
天気予報をみると、最高気温は4度もあるそうだ。12月に入ってからとしてはずいぶん暖かい。
9 Dec. 2003 (Tue)
朝、目が覚めて気がついた。明日はすでに後任者が来る。ということは、今日は「最後の普通の日」ということになるんだろう。
8 Dec. 2003 (Mon)
残り5日。
8 Dec. 2003 (Mon)
酔っぱらって帰ってきて、それでもホテルに着いたのはまだ10時過ぎ。マンデーナイトの試合は9時に始まるので、半ば諦めていた試合だがけっこう堪能した。最後の方は接戦になったが惜しくもクリーブランド惜敗。
8 Dec. 2003 (Mon)
いま、手元にある現金は30ドルちょっと。一番簡単なのはここからタクシーで行くことなんだろうな。でも、幾らかかるかちょっとわからない。前の国道をバスが走っているはずなので、ホームページでバスの調査をする。系統番号はこれ、バス停はここ、そして値段はいくらと調べて、とりあえず安心する。でも、バス停までとバス停から会社までけっこう歩くようなので、天気が悪くないといいなあ。
8 Dec. 2003 (Mon)
忘年会があったのでダウンタウンへ。「忘年会」というのは正しくないな、クリスマス・パーティということになっている。えーと、どうしようかな。この間みたいに車に乗っていくわけにもいかないし、ということで相談していたら、会社とダウンタウンの間は便乗させてもらえることになった。会社からホテルまではマネージャが送ってくれるそうだ。で、助手席に乗り込み、途中で一人拾ってダウンタウンのバーへ行く。料理と、それからゲームなどは無料(コイン4枚が配られた)が、飲み物は現金会計(だと思っていたんだ、送られた案内に「Beverage cash basis」と書かれていたんで)。実は現金の持ち合わせが少ない(いつもそんなこと言ってるなあ。キャッシングもタダじゃないんで、必要最低限になってしまうのは仕方ないんだけど)ので、最初の一本だけ飲んで(なんと5ドル50セントもする)あとはグズグズしていたら奢ってくれた。ラッキー。しばらく酒を飲んだりゲームをしたりして遊んで、また車に乗って会社に戻る。今度はマネージャも便乗しているが、その話によれば今回のパーティには2000ドル払ったらしい。前回のパーティは900ドルだったそうで、やはりダウンタウンは割高だ。会社の駐車場でマネージャと三十一は下ろされ、今度はマネージャの車でホテルへ。さて、明日はどうしよう。三十一の車は会社の駐車場に放置されている。
8 Dec. 2003 (Mon)
ここのインド人数人に誘われて久しぶりに卓球。たぶん20年ぶりだろうなあ。感覚を取り戻すのが大変だ。仮に取り戻されたところでたかが知れているが。連中に比べてアクションは激しいのだが、結果がともなわない。当然のようにボロ負け。彼らはお互いにコーヒーを賭けているらしいが、三十一は勘弁してもらう。
8 Dec. 2003 (Mon)
先週の後半にさんざ苦労した件について部長どのからメールが入ってきた。「100点満点の120点です!」 そんなことはいいから、もっと楽に仕事させてくれないかなあ。
7 Dec. 2003 (Sun)
残り6日。
7 Dec. 2003 (Sun)
お土産用に買った、来年のダイアリーをパラパラと見ていたら祝日の一覧表があったので調べてみると、11月11日は「Veterans' day (US), Remembrance day (CANADA)」ということで予測は合っていたもよう。
7 Dec. 2003 (Sun)
日曜の夜にテレビで試合を見ていたが、そのなかでプレイされたトライフォーポイントのキック。あれ、ずれたなと思ったらまず右のポールにあたり、つづいて反対側の左のポールにあたって。内側に落ちた。結果としてはキックは成功してるんだが。「フットボール鷹」かい。誰も知らないか。
7 Dec. 2003 (Sun)
今日の4時からのKC@デンヴァーの試合、中継がないので公式ページで観戦。鍵になる試合だとは言ったけど、当地カナダ東部から1000マイル以上離れたAFC西地区の話なので無理もないが。最初のうちはほぼ対等なゲーム展開でやきもきしたけれど、後半に一気につきはなして完勝。地区優勝への望みをつないだ。とはいえ、相手のKCはおそらくAFCのどこかが負けたせいだろう、プレイオフは確定した。予想通り、今週からぼつぼつプレイオフが確定し始める。
7 Dec. 2003 (Sun)
おお、エイクマンがダラスのゲームを解説している。相手はフィラデルフィア。今週あたりからプレイオフが決まるチームが出てきそうだな。今週を含めて残りは4試合。
6 Dec. 2003 (Sat)
残り7日。
6 Dec. 2003 (Sat)
買い物をすませてホテルの部屋に戻ってくる。鍵を出そうとして、ドアが開いていることに気づく。チェーンがわりの金具(何ていうんだろう)が出しっ放しで、オートロックがかからない状態になっていたのだ。確かに三十一が部屋を出たのは遅い時間だったし枕元においてあったチップが手付かずのままになっていたから急いでいたのかもしれないが、勘弁してほしいなあ。幸い、なにか盗られたとかそういうことはないようだったが。
6 Dec. 2003 (Sat)
昼過ぎに部屋を出てショッピングモールに行き、現金をちょっとまとめて卸す。今週は実質的に最後の週末になるので(喜)、お土産を買うために。会社関係は適当でいいだろう、何人も入れ替わり立ち代り来ているので。あとは友人と家族関係だが、あまり芸のない土産もつまらないし、かさばるものは困る。ピンバッジとかがあればよかったんだけど、見つからない。最後の空港で仕入れようかな。モールでは結局少ししか買わず、今度はスーパーにむかう。メープルシロップがないかなと思ったんだが、やはりスーパーに売っているのは本当に家庭で使うようなでかいビンなどで、土産に持っていけるような手ごろなサイズのものはなかった。最後は本屋。ここで買って帰ろうと思っていたアポロの本だが、どこをどう探しても値段がない。一体いくらなんだ、こいつは。とりあえずこいつは後回しにして、適当にみやげに使えそうなものを物色し、会計を済ませて外に出て驚いた。いつのまにこんなに暗くなっていたんだ。そんなに長くいたつもりはないんだけど、やっぱり本屋にいると時間が経つのは速いなあ。
5 Dec. 2003 (Fri)
残り8日。
5 Dec. 2003 (Fri)
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲作品127の自筆楽譜が2億円で落札されたという。そんなに驚くような金額じゃないなあ。それくらい出してもほしいという施設はけっこうあるだろう。金が出せれば三十一だってほしいぞ。作品127はベートーヴェンが最晩年に作曲した一連の後期弦楽四重奏曲の最初の曲。三十一はかつて「難解で…あまりついていけてません」と書いたが、その後の修練のたまものか今ではこれらの四重奏曲はもっとも好きなほうの部類にはいる。とは言え、この第12番についてはあまり印象がない。最後の16番の印象が強いんだよなあ。作品127が弦楽四重奏曲第12番変ホ長調であるというのはちょっとネットをあさってみればわかることだが、ネットをあさらずともわかってしまう三十一もそれなりのマニアである。だがこの記事にはけっこう妙なところがあって、ひとつは「作品127番」という記述。普通は「作品127」、ときには「作品番号127」と書かれるものでこの書き方には違和感がある。「何番」というのは「交響曲の何番」とか「弦楽四重奏曲の何番」という使われ方をする。それからもうひとつは「英紙タイムズによると、ベートーベンは1822年にロシアの王子から四重奏曲を作るよう依頼され、5曲を作曲。今回の楽譜はその1曲目の冒頭の部分という」という解説記事。まずこの「英紙タイムズによると」というのはなんだ。1822年に云々などというのはタイムズにあたるまでもなく自分のところで確認できるだろうに、それをしないのは怠慢としかいえない。「ロシアの王子」というのはガリツィン侯のことなんだろうなあ。ガリツィン侯が王子だったというのは初耳。おまけにこれは共同通信の配信記事らしいから、タイムズから見ると孫引きになるわけだ。
5 Dec. 2003 (Fri)
帰宅して、食事を済ませたあとにヒゲそりにとりかかる。かみそりはすでに買ってあるので、前任者から引き継いだシェービングクリームを塗りたくってかみそりを当てる。実は三十一は普段からかみそりは使っていない。もっぱら電動ひげそりなのだ。だがここまで伸びてしまうといずれにしろ電動ひげそりでは歯が立たない。もっと苦労するかと思ったが30分ちょっとくらいできれいに剃り落とされる。俺って、こんな顔だったのか。ところが、困ったのは剃り落とされたヒゲの後始末で、最初のうちはなにも考えずに洗面台で流していたのだが考えてみればこんなもん垂れ流したらつまるのは必定。こころなしか、流れが悪くなってきたような気もする。水をせきとめてあとは溜まり水で洗うことにした。もちろん、これもそのまま流せるわけはないのであとで苦労して片付ける羽目になる。作業の終わったあとはデジカメのセルフタイマーを使って記念撮影。剃る前に撮った写真と比べると「使用前」「使用後」といったおもむき。
5 Dec. 2003 (Fri)
夕食をいつもの中華モールに買いに行く。今日のおめあては、Minced Pork & Bean Curd in Hot Sauce on Rice 。いったいこれは何だと思われるだろうか。このチラシは英中併記であって、その隣には漢字でこう書かれている。「麻婆豆腐飯」。注文前にひとつの葛藤に悩まされる。このなじみぶかい料理を、わざわざ「Minced Pork & Bean Curd in Hot Sauce on Rice をくれ」などと注文するのはどうも違和感がある。といって日本ふうに「マーボードーフライス」などと言って通じるとは思えない。中国語に必須の声調を三十一はまったく体得していないからだ。そして三十一は一番確実で原始的な方法を選択する。チラシを手にもち、「麻婆豆腐飯」と書かれた文字を指さしたのだ。すると注文を受けている女性はこう確認する。「マーボードーフライス?」 ちょっと脱力。ひょっとしたら日本ふうに言っても通じたかもしれないなあ。
5 Dec. 2003 (Fri)
このごろ、妙に気温の話題が多いような気がする。普段の生活領域とは違うところに送り込まれているから、しかもどちらかといえば不快な方向にかたよっているから、愚痴のもとになってしまうのはしかたあるまい。それにしても多い。これはなんでだろうと考えてみて思いつく。テレビのニュースなどを見ていて、誤解の余地なく理解できるのはまず気温なのだ。
5 Dec. 2003 (Fri)
頭痛がする。これは肉体的な原因だろうか、それとも精神的な原因だろうか。
5 Dec. 2003 (Fri)
昨日の続き。部長から「これこれについて確認してください」 あの、それどう考えても日本の××さんに聞いたほうが早いんですけど。日本はもう夜中だから聞きづらいだろうなあ。「なんとか外人から聞き出せませんか」って、もともと日本から聞いた話だって答えるぞ、きっと。三十一のところにはメールの写しが入ってるわけではないので正確なところはわからないけど、まあだいたいの想像はつくのでその内容をまとめて外人に「もし間違っていたら教えて」とメールをする。どう考えても日本側の連携がうまくとれてないよなあ。本来は外人に聞くような内容じゃないだろうに。そして直接外人の相手をするのは三十一である。頼むほうは気楽に言ってくれる。しばらくしてまた部長とチャット。「テストするにはこのソフトが導入されていないといけないので・・・」「お客さんのところにはそれは入っているのですか」 三十一は一瞬脱力し、そして深い深いため息をつき、気を取り直しておもむろに返信する。「そもそも最初に問題視されていたのはそのソフトなんですが・・・」
4 Dec. 2003 (Thu)
残り9日。
4 Dec. 2003 (Thu)
7時から別件で日本と電話会議。これまでやっていた件はとりあえず日本に引き継ぐ。この電話会議もけっこう紛糾して8時過ぎまでかかる。その後も、引き継いでしまった件について現状を聞いてみたり、あるいは後任となる人と簡単な打ち合わせめいたことをしていたりしたらいつの間にやらもう9時。今日は昼飯を食い損ね、朝食はいつものとおり食っていない。夕食を摂るヒマがあるわけもなく、考えてみれば固形物を摂取したのは昨日の夕食が最後になるわけで、つまり24時間以上絶食していることになる。そそくさとホテルに戻り、缶詰のチリビーンズを電子レンジで暖めて貧しい食事。
4 Dec. 2003 (Thu)
「のぞみ」に関してまた誤報が出た。電気系統の故障が修復せず火星の衛星軌道への投入が絶望になった、というもの。この記事でふれている12月2日というタイムリミットは、「当初の予定通りの」軌道投入のためのタイムリミットである。当初の予定とは違ってしまうものの、衛星軌道へ投入するための最終的なタイムリミットは9日であり、まだ多少の日数はある。正直言って「絶望的」ではあろうが、しかし「絶望」というのは事実とことなる。まだ完全に「望」みが「絶」たれたわけではないのだ。たび重なる誤報に業を煮やしてか、JAXAにこんなサイトができている。マスコミ連中も、「のぞみ」について報道しようとするんなら、最低限の公表資料くらい目を通しておこうよ。5分もあればできることだろうに。
4 Dec. 2003 (Thu)
押し付けられてしまったので外人をつかまえてチャットし、1時間後に電話。そして説明してまた宿題をもらいまた外人に聞いて電話し・・・その繰り返し。そんなこんなで結局1日これでつぶれてしまった。その他にもいろいろ頼まれていたんだが、結局ほとんど手をつけられなかったし。それにしてもこの電話の相手はなかなか強烈であった。詳しい状況を知らない状態で相手をするのは正直言って荷が重い。返事に困って一瞬絶句した三十一に対する台詞がこれ。「私の日本語通じてる?」 あー、ひとつひとつの文だけとってみれば理解はできるんですけどね、ただ、文章としては・・・
4 Dec. 2003 (Thu)
で、ちょうど昼くらいにお客さん交えて電話会議。まず最初に部長の自宅に電話してみたところ「何か言われたらよろしくね」と言われてしまう。いや、私もあまり状況を把握してないんですが。そう言ってみたが「話は全部伝わってることになってるから」 「なってるから」って言ったって・・・時間になってしまったのでお客さんを入れて会話を始めたんだがなかなか突っ込みが厳しくて部長はけっこうしどろもどろになっている。傍観モードでいた三十一は「そんなに安請け合いして大丈夫かなあ」と思ったが、そこに部長の衝撃のひとこと。「では1時間後くらいに○○(三十一)が連絡しますから」 えっ? なんじゃそりゃ!? よっぽど口に出して「えっ?」と言ってやろうかと思ったがお客さんが聞いているので飲み込んでしまった三十一は、汚れちまったオトナでありました。お客さんにまで「あれ? 部長さんは?」と聞かれる始末。部長は「いえ、○○のほうから」と言い切る。おいおーい、それじゃあ押し付けてるの丸わかりだろう。そして部長は「あとよろしく」と逃げていく。憮然。
4 Dec. 2003 (Thu)
昨日某氏に頼まれた件の続き。出勤して少しすると部長からチャットがきて、「電話会議できます?」 いつものことだが、背景説明なしに質問事項だけがぽろっと送られてくると質問の意図を取り違えることがよくある。これは受け手の問題じゃないよなあ。「時間があるかってことですか?」「電話機に会議機能があるかということです」 いやあ、「電話会議できます?」とだけ聞かれたら普通はそう受け取らないんじゃないですかねえ。
3 Dec. 2003 (Wed)
残り10日。
3 Dec. 2003 (Wed)
隣席某氏からまたもお願いのお手紙。白ヤギさんたら(以下略)。あとから考えてみればこのお手紙が週の後半の苦闘の先触れだったわけだが、このときの三十一は知るよしもない。さて、そのお願いというのは「3時間ごとにメールで状況報告してください」というもの。たかだか3時間で報告が必要なほど状況が変わるとは思えないんだが、まあそれはそれ。「あてさきは菊池さんにお願いします」とのことだが、この名前を見た瞬間三十一の脳裏に「要注意」信号がともり、ねんのためと添付された相手からのメールのシグネチャーを確認すると案の定、あてさきは「菊地」氏であった。これが自分と某氏だけの話であったなら、自分は自分で注意すればいいだけであるし某氏が恥をかくのは知ったことではないのだが、悪いことに某氏本人は翌日休みとのことで日本の日中は別の人にお願いしているようだ。その人がつられて間違えてしまっては気の毒なので、「あてさきは菊地さんですよね」とメールをいれるとしばらくして返信が。「そうです、菊池さんです」 あー、伝わらなかったかぁ。
3 Dec. 2003 (Wed)
H2Aの打ち上げで、固体ブースターのノズルから漏れた燃焼ガスで切れてしまったのは「導爆線」であって、電装系ではないのだそうな。イメージとしては導火線で、実際には中空の管の内側に薄く火薬がなすりつけてあって、そこを火花が伝わっていくのだという。なんで電線じゃいけないのかなとも思うが、ノイズ対策なども考慮してのことだそうな。なるほどね。これならノイズの乗る余地はないな。とりいそぎ訂正。あまり問題の本質とは関係ないけど。
3 Dec. 2003 (Wed)
2度あることは3度ある。隣席某氏がまたやってくれたそうだ。仏の顔も3度。
3 Dec. 2003 (Wed)
朝の気温は零下10度。おお、さすがに零下で2ケタになったのは初めてだなあ。だが、風がないので昨日のほうがむしろつらかったように思う。
2 Dec. 2003 (Tue)
残り11日。
2 Dec. 2003 (Tue)
今日は一日某都銀のお相手でつぶれてしまった。まったく、そんな細かいことを聞いて何の意味があるのやら。「仕様です」と言ってやりたかったがそうもいくまい。
2 Dec. 2003 (Tue)
朝、起きたら雪がつもっていた。出勤までにはやんでしまっていたのは不幸中の幸い。車の窓につもった雪をかき落として会社にむかう。もう慣れたものだ。それにしても周囲はすっかり真っ白である。このまま根雪になってしまうのだろうか。12月になったら完全に冬という感じで、天気予報を見ても最高気温はほぼ零下。5度まで上がるのはようやく土曜日になってからのことだという。たまらん。
1 Dec. 2003 (Mon)
残り12日。
1 Dec. 2003 (Mon)
今日の(そして今週の)マンデーナイト・フットボールはテネシー対NYジェッツ。単純にこの2チームを比べたときに好みなのはテネシーなんだけど、実はこの2チームはわがデンヴァーと同じAFCであって、しかもNYはすでにワイルドカードは厳しい状況。テネシーは南地区の首位を争っており、地区優勝を逃したとしてもワイルドカード争いに絡んでくることはまちがいない。そう考えると、テネシーが負けてくれたほうがデンヴァーのプレイオフ出場の確率は高くなる。よって、NYを応援する。応援がきいたのか、NY勝利。
1 Dec. 2003 (Mon)
H2Aの打ち上げの失敗について、読売が11月30日の社説で触れている。社説で取り上げられているだけ読売の扱いはマシ、と言えないこともないが、だがしかし結局なにがいいたいのかよくわからない。初期には失敗がつきものといいながら、5回程度は序の口と思えと言っている。結局、失敗してもしかたないと言ってるのか? 慢心や過信がなかったかと言っているが、万全を期しても失敗するのが初期段階なのに。論理が破綻してないか?
1 Dec. 2003 (Mon)
隣席某氏からお手紙。白ヤギさんたら読まずに食べた・・・というわけには行かないのが宮仕えのつらいところ。何でも、こちらに質問を出したから今日中に返答がほしいとのことであるが。あの、肝心の情報がないんで何もわからないと思うんですけど。三十一が見てもそのくらいわかるよ? ていうか、聞く意味あるの? どうも「わからない」というのを外人に言わせたいらしい。なーんか、相変わらず不毛なことしてるなあ。そして回答はまったくの予想通り。出来レースかい。
30 Nov. 2003 (Sun)
残り13日。
30 Nov. 2003 (Sun)
わがデンヴァーは、同地区のオークランドと敵地で対戦して勝利。昨季はスーパーボウルに出場したオークランドだけど今年は調子が悪いので、敵地とはいえ勝てるだろうと思っていた。期待通りである。これで7勝5敗となったが、地区トップのカンサスシティは11勝1敗と絶好調。残り4試合に全勝して、かつカンサスシティが全敗すれば成績でならび、地区内成績の争いになる。非常に可能性は少ないが、かすかな希望をわずかにつなぎとめたというところか。そのためには来週の直接対決が重要になる。地元でもあることだし絶対に勝たなくてはならない。負けたらカンサスシティの地区優勝が確定しデンヴァーはワイルドカードを目標にするしかなくなる。放送あるのかな。
30 Nov. 2003 (Sun)
今日は日曜。フットボールの日。途中経過と結果を確認するために公式サイトに行ってみると、同時に立ち上がるプロボウル投票のための窓。そろそろ締め切りではなかろうかと思って、この際だから投票をしてみる。なんだかんだ言って初めての投票だ。それぞれのポジションについて決まった人数以内で投票していくんだが、三十一が「おお、こいつに出てほしいなあ」と思った選手が、はたして今年活躍しているかどうかは実はあまりさだかではない。本来は「今年活躍した選手」を選ぶものなんだろうが、まあそこまでこだわることもなかろうと「三十一が見てみたい選手」というのを基準にすることにする。けっこう時間がかかりました。
30 Nov. 2003 (Sun)
イラクで日本人外交官が殺害されたという。はしゃぐ某大新聞の論調が目に浮かぶようである。まあ、表向きは沈痛な顔をしてみせることだろうけど。
30 Nov. 2003 (Sun)
H2Aの指令破壊だが、固体ブースターのノズルに異常があって燃焼ガスがもれ、電装系に損傷を与えて分離指令信号が爆破ボルトに伝わらなかったのではないかという見解が出ているという。おいおい、そりゃあまずいだろう。爆破ボルトの不良ならともかく、ブースターのノズルが壊れたってのは「信頼性低下」しかねない。
29 Nov. 2003 (Sat)
残り14日。
29 Nov. 2003 (Sat)
日本からはそれほど厚手の上着は持ってきていない。薄手の上着一枚くらい。こちらにきてからウォルマートで安売りしていたダウンジャケットを買ったが、使ってみるとこれが意外に不便なのである。なぜなら、これを着たままだと車の運転がしづらいからである。車に乗り込むと狭い運転席で上着を脱いで助手席か後部座席におき、目的地につくと今度は運転席で上着を着込むという面倒な動作が必要になる。観察してみると、薄手ながらしっかりと風を防げるジャケットを着ている人が多いようだ。なるほど、そういうものか。そこで今日は、ちょっと値は張ったがそれなりのジャケットを買ってくる。なにしろ12月の声を聞くようになって急に寒くなってきたので。その後はテイクアウトの食事と、食料少々と、それから車のガソリンを補充してホテルに戻る。ホテルに戻ったら、まだベッドメークが終わってなかった。「戻るの早いね」余計なお世話だ。
29 Nov. 2003 (Sat)
11時くらいに布団から起き出して、さて天気はとテレビをつけてみてちょっとびっくり。現在の気温零下1度? 寒いわけだ。風もけっこうあり、体感気温は零下7度だとか。
29 Nov. 2003 (Sat)
朝起きてしばらく布団の中で惰眠を貪っていたが、昨日のH2Aの件の続報を見なければいけないことを思い出して飛び起きる。調べたところによると、固体ロケットブースターの分離に失敗したらしい。まったく予想していなかったが、だがこのブースターは燃え残りでも10トンはあるらしく、それだけの死重があっては軌道速度に達する見込みが立たなくても無理はない。一段目を切り離したところで問題のブースターも一緒に落ちていってくれるわけだが、二段目の燃焼でもその分の速度不足を挽回することはできないと判断されたのだろう。それでは指令破壊も無理はない。さて分離の失敗ということは爆破ボルトの動作不良が疑われる。爆破ボルトのような火工品(ねんのため、誤字ではないのだよ)は事前テストのしようがないから、ある確率で不良品が混じってしまうことはもう避けようがない。その一方で、爆破ボルトそれ自体は広く使われている非常に信頼性の高いもので爆破ボルトそのものに問題があったというのはあまり考えにくいのが、それでも不良品の確率をゼロにはできないのが現実である。マスコミはさっそく「信頼性に大きな疑問符」などとかみついているが、「大きな疑問符」をつけているのはおまえらだろ。タイミングが非常に悪かったのは事実だが、爆破ボルトが原因だったとするとロケットの真に重要な部分(エンジンとか燃料供給系、制御系)に問題があったわけではないことが逆に言えるわけで、ある確率での発生は避けられない爆破ボルトという部品の不良がたまたま起きてしまった不幸と言えよう。これで「信頼性が大きく低下」するとは思えない。マスコミ以外の関係者はよくわかっているはずだ。ただ、爆破ボルトの動作不良が(本当に原因だとして)ミッション全体に影響してしまうというのはロケットという輸送手段が本質的にもつ余裕のなさを如実に表しており、改めて考え込まざるを得ない。ある掲示板でも提案されていたけど、ブースター側にも爆破ボルトを組み込んで、ロケット側での分離がうまくいかなくてもブースターを落とせるような仕組みが、根本原因の解明とは別に必要になるのではなかろうか。
28 Nov. 2003 (Fri)
残り15日。
28 Nov. 2003 (Fri)
ニュースサイトで「ヒラリー氏」という記述を見る。アメリカの議員らしいんだが・・・何気なく読み流そうとして、ふと気づく。「ヒラリー氏」って、ひょっとしてヒラリー・クリントン議員? おいおい、ちょっと待てよ。「ヒラリー氏」っていうからには、ヒラリーというファミリーネーム(苗字)だと考えるのが普通だろう。個人名だけに「氏」をつける用法ってあるのかね。どうしても「氏」を使いたければ「クリントン氏」とするべきだろう。それじゃ旦那と区別がつかないってんだったら「氏」を使わない別の書き方にすればいいのだ。
28 Nov. 2003 (Fri)
今日は少し早く寝ようと思っていたが、寝る前に「H2Aの6号機がもうじき打ち上げ」というニュースを聞いて寝られなくなってしまう。言われてみて思い出した、確かに今日あたりに情報収集衛星の打ち上げが行なわれることになっていた。9月に延期になった打ち上げの仕切りなおしである。もちろん日本の衛星の打ち上げなどこちらで中継するはずもなく、ブラウザをいくつも上げて関連サイトを開き、再読み込みボタンを押しまくるしかできない。日本時間の午後1時33分、当地の(前日)午後11時33分に予定通り打ち上げられて順調に上昇中、というニュースを見て、とりあえずは安心する。延期になるような問題が打ち上げ前には見つからなかったことを意味するからだ。10分くらいすれば軌道に投入されたというニュースが入ってくるだろうとのんびりかまえていたが、しばらくしてもそのニュースは入ってこない。ちょっと不安になりかけたころに飛び込んできたのが、「ロケットはミッション達成の見込みなく指令破壊された」というニュース。え、なんで? 一段目の燃焼は予定通り完了して、二段目も燃焼開始したってさっき言っていたのに。しばらく待っていたけど、現場は混乱していて記者会見も遅れるらしいので気にはなるが寝てしまい、明日のニュースを見ることにする。
28 Nov. 2003 (Fri)
今日は午後から大雨でもあるし、昨日の感謝祭のあとで人が少なく、いてもあまりできることがなさそうなので週末恒例の報告書書きだけ済ませてとっとと帰ることにする。
27 Nov. 2003 (Thu)
残り16日。
27 Nov. 2003 (Thu)
ボウリングが終わって、また場所を変える。今度はさらにホテルに近いスポーツバー(だと思う)。ベネズエラ産の怪しいビール(かな?)を飲みつつチキンやピザをつまむ。カウンターの上にはテレビ。そうそう、感謝祭にはNFLのゲームがあるんだよね。木曜にやるのは確か今週だけ。ダラスとマイアミ、というけっこうおもしろい組み合わせ。三十一はちらちらと見ていたんだが、三十一以外に熱心に見ていたのはせいぜい一人くらい。うーん、カナダとアメリカの最大の違いはフットボールに向けるこの関心度かもしれない。もっとも、このチームはインド人とか中国人が多いんだけど。あー、そろそろ7時かと思っていたら試合途中にもかかわらず突然チャンネルが変えられてしまった。変えられた先はホッケー。そう、ここじゃ間違いなくフットボールよりホッケーの方が人気なのだ。三十一はホテルに戻って部屋で続きを見るべく、マネージャーに断って店を抜け出す。
27 Nov. 2003 (Thu)
というわけででかけたのは少し離れたボウリング場。といっても、今いるホテルからは結構近い。このあたりは実はちょっとした繁華街みたいになっているのだ。それにしても、名前が「ワールドボウル」とはまた。三十一がワールドボウルという言葉から思い出すのは、NFLヨーロッパの選手権ゲームがワールドボウルだったな、ということなんだが。すみませんね大部分の人にはわからない話で。
27 Nov. 2003 (Thu)
今日は感謝祭。ところが、カナダは10月にすでに感謝祭を済ませてしまっているので本来は関係ない・・・はずなのだが、ここトロントは「北米大陸」の拠点となっており、北米大陸の顧客のほとんどはアメリカ。で、アメリカは今日が感謝祭なのである。というわけで、あたかも感謝祭が年に二回あるような感じでみんなのんびりしている。夕方近くなったらみんなでボウリング場にでかけ、そのあとは飲み会。あのー、まだ時間内だと思うんですけど・・・
26 Nov. 2003 (Wed)
残り17日。
26 Nov. 2003 (Wed)
今日も少し遅くなる。気がついたらもう8時に近くなっていた。天気予報によると明日から雨になるらしいので、できたら今日のうちに隣の中華モールで食事を仕入れておきたかったんだが。ふと思いついて、普段行っている「華林小厨」のメニューチラシで営業時間の確認をしてみると、ほとんど全て中英併記なのに営業時間だけは中国語のみとなっている。そこには「營業時間:一星期七天營業,早上十一時至晩上九」とある。えーと、前半は一週間のうち7日営業(毎日営業)ってことだよね。午前11時から午後9時までってことかな? じゃあ間に合うな、と思いつつもあまり自信がなかったのでなかばあきらめながら行ってみると、おお、やってるやってる。炒飯をゲットしてホテルに帰還。
26 Nov. 2003 (Wed)
こちらにいるインド人が謎のニンジンケーキを作って家から持ってきたのでお相伴に預かる。ニンジンを荒くミキサーにかけてバターと混ぜてペースト状にしてアルミフォイルの上に敷き、冷蔵庫で冷やすというもの(らしい)。むかし、実家の母もニンジンケーキをときどき作ったものだが、これは何も言われなければ10人中10人が「オレンジケーキ」と間違えるであろうもの。ニンジン嫌いの子供も絶対に気づかない。別に三十一はニンジン嫌いというわけではなかったので、単にちょっと面白いケーキとして食べていたのだが。今日もらったケーキはそれとはちがって、わりとしっかりニンジンの味がしていた。
25 Nov. 2003 (Tue)
残り18日。
25 Nov. 2003 (Tue)
突然忙しくなる。日本からメールが飛んできて「この件よろしくお願いします。参考までに担当者は○○さんです」うおお、悪名高い某銀行の担当者ですな。いつの間にか担当が変わっていたのか。それにしても、何の解説もなくただ「○○さんです」だけで「要注意」という意図が誤解の余地なく伝わってしまうということをもし本人が知ったらどう思うだろう。案外「しめしめ」とか思うかもしれないなあ。
25 Nov. 2003 (Tue)
来年前半の休みの予定を調べるために、あらためて今年度のスーパーボウルの予定を確認することにする。もちろんその日に休むためであるが、今年度は2月1日にヒューストンで行なわれるそうな。2月1日、ヒューストン。スーパーボウルのスケジュールはけっこう前から決まっているから偶然なのは間違いないのだが、何か因縁を感じざるを得ない。そのちょうど一年前、今年の2月1日に何があったかと言えば例のコロンビアの事故である。そしてコロンビアなどNASAの飛行管制センターがどこにあるかと言えば、ヒューストンなのである。アポロの飛行などでも「こちらヒューストン」とやっていたので知っている人も多いだろう。つまり、図らずも今年度のスーパーボウルはコロンビアのメモリアルゲームになってしまったのである。おそらくゲームではその手の演出がなされることだろう。
24 Nov. 2003 (Mon)
残り19日。
24 Nov. 2003 (Mon)
月曜日だというのに、夕方からいくつかやることができてしまって、ホテルに戻ったのは9時を少し回ったころ。ということはつまり、マンデーナイトフットボールを途中から見ることになってしまったというわけだ。憮然。
24 Nov. 2003 (Mon)
アシモフのSFシリーズ、「ファウンデーション」が映画化されるという。三十一はファウンデーションの熱心な読者というわけではないんだが、一体どう映像化するつもりなんだか、ちょっと心配。
23 Nov. 2003 (Sun)
残り20日。
23 Nov. 2003 (Sun)
同じく宇宙ネタ。NASAがイオンエンジンの実験に初めて成功とか。あれ? 小惑星から破片を採取して地球に持ち帰るという任務を帯びて現在飛行中の「はやぶさ」はイオンエンジンの実用実験も兼ねていて、もうかなりの使用実績があるはずなんだけど・・・「はやぶさ」のものとは何か違うのか、それとも日本が行なった実績なんて数のうちに入ってないということなんだろうか。
23 Nov. 2003 (Sun)
先月、国際宇宙ステーションのメンテナンス要員として2人の飛行士がソユーズで打ち上げられたことは既出だが、その後任となる2名が公表された。アメリカからはマッカーサー飛行士、ロシアからはトカレフ飛行士がこの任務に選ばれている。えーと、おそらく大抵の日本人がこの名前に妙な感覚を抱くことだろう。気持ちはわかる。三十一が彼らの名前を最初に知ったのは今日ではないのだが、そのときにはやはり妙な感覚を持った。それにしても、よりにもよってこの2人を組ませるというのはひょっとしてNASAの意地悪なのではなかろうか。日本のテレビがこの2人の名前を報道するときには、アナウンサーは笑いをこらえる努力をしなければならないだろう。
23 Nov. 2003 (Sun)
グルジアのシェワルナゼ大統領が辞任した。かつてのソ連外相としておなじみの人だけど、10年の大統領在任でも結局大した事績は残せず(あの難しい時代に誰がやっても同じことだったろうけど)ついに退陣となる。面白いなあと思ったのが、国会議事堂前と思われる広場に集まった人波がさかんに打ち振るグルジア国旗。見た瞬間に「あ、セントジョージ旗だ」と思いました。つまりは(イギリスではなく)イングランドの旗と略同じ、白地に赤十字なんである。グルジアというのは現地の読み方で、英語では「ジョージア」と発音する。前提なく「ジョージア」と言ったらアメリカ人の10人中10人が「ジョージア州」を思い浮かべるだろうな。こちらの「ジョージア」はイギリスのジョージ国王に由来するはずだが、この「ジョージ」という名前それ自体はセントジョージにちなんでつけたはずだから、大きくは同じ由来をもつわけだ。「ジョージア州」の旗もセントジョージ旗をモチーフにしたりしているのだろうか。
22 Nov. 2003 (Sat)
残り21日。
22 Nov. 2003 (Sat)
土曜日は買い物の日。毎日ペットボトル1本ずつ消費している水が心細くなってきたので、まずはそれを買いに行くんだが、先々週買った500のペットボトル1ダースセットが見当たらない。しばらく悩んで、4リットルのタンクみたいなやつを買うことにする。空いたペットボトルを保管しておいて使いまわそう。いや、4リットルなんて可愛いもんですよ。こっちの人たちは20リットルくらい入るそれこそドラム缶みたいなやつを買ってたりするから。あとは肉と非常食を何種類か。ラーメンはもういいや。
22 Nov. 2003 (Sat)
今日は土曜日。朝9時、久々に布団との親睦を深めていたら電話が鳴った。何だろうと思って受話器をとったが何も聞こえない。電話を切って寝直そうとするとまた数分後に鳴り出すが同じ結果。メッセージランプが点いていたので聞いてみると、ありゃ、日本の部長からだよ。確認したいことがあるからメール見ろっていってるなあ。しょうがないのでのそのそと起き出してPCを立ち上げてメールを見る。はあ。これ、別に三十一に聞かなくても。日本からでもWebで確認できるはずなんだけどなあ。なぜ「三十一に」確認してくれと言っているのやら。そんなこんなで午前中いっぱい潰れてしまう。
21 Nov. 2003 (Fri)
残り22日。
21 Nov. 2003 (Fri)
久々に個人向けのメールをダウンロードしたら95通。あーあ。実は、普段使ってるメールソフトと違うのを使っているので、あまりこっちで私用メールは使いたくないんです。おかげで反応が遅れると思いますがご容赦を。もっとも、最初からあてにしてない人も多いと思いますけど。その中であったひとつ、「11月11日は Veteran's day ではないのか」 その通り、私も Veteran's day という呼び方の方が実は馴染み深いです。 Remembrance day というのは、つづりが怪しくてわざわざ辞書で確認したくらいですから。でもね、私が今いるカナダでは11月11日は Remembrance day らしいのですよ。確認したわけではないのですが、テレビのニュースでも、会社で黙想を指示する放送でも、明らかに Remembrance day と言ってます。ガイドブックにも書いてありますね。CNNではひょっとしたら Veteran's day と言っていたかもしれません。見てないので何とも言えないのですが。
21 Nov. 2003 (Fri)
近頃、クラシックの禁断症状が出始めた。「こうもり」のMP3ファイルを持ってきていたつもりだったのに、忘れてしまっていたのは痛かったなあ。いくつかクラシックのファイルは持ってきているのだが、それも飽きてしまったし。ベートーヴェンかブラームスのシンフォニーが聞きたいなあ。CD屋に売っていないわけでもないんだが、聞いたこともない指揮者だったりするのでとても買う気になれない。
21 Nov. 2003 (Fri)
「科学」と「学習」の「学習」が季刊になるそうな。確かに、ふたつ並べてみたときに学習の方は何となく影が薄かったからねえ。
21 Nov. 2003 (Fri)
今は亡きISASが打ち上げた火星探査機「のぞみ」がこのままでは火星に衝突すると某大新聞(残念ながら朝日ではない)で報道された。結論を言えばこれは正確ではない。「のぞみ」は予定通り(当初の計画通りではないが)に飛行しており、このままでも火星に衝突する確率は1%程度、現在実行中の電源回復作業がもし成功しなければ軌道修正を行なって火星への衝突確率をさらに下げるという。これはすべて既定路線であって、何ひとつ問題とするべきことなどない。遅ればせながらJAXAサイトにも説明が記載されたが、こういった科学プロジェクトを正確に説明する能力は日本のマスコミにはないのだということが再確認できてしまった。「プロジェクトX」? ありゃフィクションですから。
20 Nov. 2003 (Thu)
残り23日。
20 Nov. 2003 (Thu)
ハンセン病元患者の宿泊拒否を拒否した熊本のホテルが批判され、法務局が告発の動きを見せているとあってあわてて謝罪したが拒否されたという。当たり前じゃ。これまでの報道を見る限りでは、確信犯だぞこいつら。ハンセン病が感染するおそれがないというのは裁判でも明らかになったことだが、「何かあったら」ということなかれ主義から拒否してしまったんだろう。その反応が思ったよりも激烈だったのであわてて謝罪のポーズを見せた、という事情は三十一がここで解説するまでもなく見え透いている。こういう輩は一度痛い目を見るがいいのだ。一罰百戒。
20 Nov. 2003 (Thu)
インド人某君に卓球に誘われる。社内に卓球台があるらしいというのは聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。だが卓球台は塞がっていて、空きそうもないので諦めることにする。おいおい、夕方の4時ですぜ。この時間にのんびり卓球してたら日本なら何を言われることやら。卓球台の隣にはビリヤード台もあって、こちらは空いており某君が暇つぶしにやっていたがどうも初めてらしい。教えてあげてもよかったんだが人様に教えるほどちゃんと教わったわけでもないし、なにせ2年ぶりくらいだろうと思うので黙ってみていた。今度ひとりで来てみようかな。
20 Nov. 2003 (Thu)
近くの席のインド人某君と仕事の話をしたついでに、コーヒーなど飲みながら世間話をする。このカプチーノ、あまり美味くないなあ。なぜか食べ物の話になり、「日本人は蛇を食べるのか」「それは中国人だと思うなあ」などという会話をしている中で、彼がヒンズーで牛は食べられないのはもちろん、ミルクも乳製品もとれない完全ベジタリアンであることが判明する。「日本に行ってみたいんだけど…」と言うので、「ちゃんとしたホテルなら大丈夫だけど、その他のところではちょっと食事は大変だと思うよ」と言っておいた。精進料理コースとかなら大丈夫なのかな。でも、牛乳も駄目なんだよなあ。豆乳はいいのかな。
19 Nov. 2003 (Wed)
残り24日。
19 Nov. 2003 (Wed)
昼前くらいに日本から電話がかかってくる。緊急に対応しなきゃいけない件があって、しかもいま(日本は夜中)当番で出勤している者の中には詳しい者がいないので対応してほしいという。はいはい、しょうがないすねえ。電話を聞いて、そのあとの対応を引き受けることにする。「わかりました」と言うと、電話の相手は「ありがとうございます。それから…」 それから? 「もうひとつあるんですけど…」 おいおい、何を考えているんだ。片手間でふたつ同時にできるような内容だったら、夜中の緊急対応は必要ないだろう。「手が回るとは思えないので、もうひとつは誰か別の人にお願いしてください」「そうですか…」 あたりまえだ、三十一は聖徳太子じゃないんだぞ。
19 Nov. 2003 (Wed)
ニュースによると、12月12日に首相が交代するだろうと報じられている。ねんのため、これは小泉首相ではなくカナダのクレティエン首相のことである。何となくその日付に因縁を感じる。何の因縁かは当日になったら書くことにしよう。
19 Nov. 2003 (Wed)
改めて思うのだが、ホテル住まいは合わない。一週間やそこらなら我慢できなくもないが、一ヶ月単位での滞在は神経が持たない。別に一人で過ごすことはそれほど苦ではないし(日本でもさして変わらない)、食事もまあいろいろ文句はあるが生きていけないというほどのこともない。そもそも三十一の場合食事にはさして執着心はないのである。寒いのはいただけないが、今のところはそれほど不満というわけでもない(雪が積もるようになったらわからないが)。だから、いっそのことこちらに本格的に居を移してしまって、自分の家を買い、自分の車を買い、自分の生活拠点を作り上げてしまえば案外順応してしまうのではないかとも思う。だがしかし、ひとつ致命的な欠点があって、ここから秋葉原はあまりに遠い。
今度、もし出張の話があったら「ホテル住まいはできない」と言って断ろう。それが一番わかりやすそうだ。
18 Nov. 2003 (Tue)
残り25日。
18 Nov. 2003 (Tue)
また風邪らしく、くしゃみが止まらない。ドラッグストアで買ってきて常備しているティッシュが大活躍している。
18 Nov. 2003 (Tue)
昨日の夜、隣の中華モールに行ってCD機を探してキャッシングしてみたが「今の時間は取り扱いできません」と言われて現金を手にすることはできなかった。しょうがなく、昼休みに車を出して銀行に出かけることにする。ついでに昼食もとってくる。やれやれ。これで一息つけるな。
18 Nov. 2003 (Tue)
日本のニュースを見ていたら「JASスト回避」という記事があった。「日本農業規格がストライキ?」と思ってしまったが、一瞬後に「ああ、そういえば航空会社にそんなのがあったなあ」と思い返した。国内線の飛行機に最後に乗ったのは高校の就学旅行のときで、まだ日本エアシステムなどという会社がなかった時代なのですぐに思い出せなくても無理はあるまい、ってそういう問題じゃないだろう。
17 Nov. 2003 (Mon)
残り26日。
17 Nov. 2003 (Mon)
今週のマンデーナイトはピッツバーグ@サンフランシスコ。まあ、この組み合わせならSF有利だろう。地元でもあることだし。何年か前のマンデーナイトにゲストでシュワルツェネッガー現州知事が来ていたらしく、その映像なども流れていた。
17 Nov. 2003 (Mon)
出勤し、コーヒーでも買いに行こうかと財布の中を見てびっくりし、しまったと思った。10ドルしかないぞ。つまり1000円しか持ち合わせがないというような状態で、心細いこと仕方がない。コーヒーと、それから夕食くらいは大丈夫かもしれないけど、昼食と夕食の両方には足りないだろう。中には「普段カードしか使わない」などというような人もいるだろうが、モールのコーヒーショップやフードコートでカードを出すわけにもいかないし。ええ、三十一はそういうとこしか行かないもので。
16 Nov. 2003 (Sun)
残り27日。
16 Nov. 2003 (Sun)
日曜はアメフトの日。いつものように3試合続けて見たんだが、見る試合見る試合、どれも貧攻のロースコアゲーム。守備がいい、というより攻撃がお粗末という印象。中継のなかったデンヴァーは同地区のサンディエゴに大勝。プレーオフにわずかな望みをつなぐ。
16 Nov. 2003 (Sun)
今日は雨。日曜ということで外出する予定はないのであまり関係ないのだが、先週後半の大風と雪はこちらでも少し時季外れだったらしく、予報によると今週はこの間ほど寒くはならないようだ。やれやれである。
15 Nov. 2003 (Sat)
残り28日。
15 Nov. 2003 (Sat)
フランスで建造中のクイーン・メリー2への舷梯が崩れて見学者に多数死者が出たというニュース。クイーン・メリー2はイギリスのキュナードがクイーン・エリザベス2の後継として発注した客船だ。日本のニュースサイトで気になる記述がふたつ。ひとつは「フランスの豪華客船」という表現。建造しているのはフランスの造船所だけど、発注したのはイギリスの船会社なんだけどなあ。「フランスの船」というのは違和感がある。もうひとつは「クイーン・エリザベス2世号」「クイーン・メリー2世号」という名称。正式名称はそれぞれ「Queen Elizabeth 2」「Queen Mary 2」で、「〜 the second」では決してない。つまり「『クイーン・エリザベス号』2世」なのである。「『クイーン・エリザベス2世』号」と思ってる人が多いけど。
15 Nov. 2003 (Sat)
今日はホテルを出てまず本屋に行く。久しぶりだな、本屋に行くのは。目指すは日本じゃ近頃とみに冷遇されている宇宙開発関係だが、ここもそれほど充実してるとはいえないなあ。アポロのミッションレポートがいくつかあったので立ち読み。それから例の「月着陸陰謀説」に反論している本があったのでこれも少し立ち読み。アポロ関係を帰国前までに何冊か買って帰ろうと心に決めたが、今日は現金の持ち合わせがないのでやめておく。どちらにしろ、だいぶ時間が潰れたので食事を仕入れて帰還。その他に食材を仕入れていこうかとも思ったが、特に急ぎで手に入れなくてはいけないものもないので今週はパス。
14 Nov. 2003 (Fri)
残り29日。
14 Nov. 2003 (Fri)
天気予報を見るためにチャンネルを合わせていた地方局で、当地で開催されていた自由党の党大会の様子が流れていた。U2が出てたりスティングが出てたりしてお祭り騒ぎだけど、要するにカナダの最大与党である自由党の党首が交代したわけで、つまるところカナダの首相がじきに交代するということである。もっともこれは既定路線らしく、三十一がカナダに来てから「次期首相のマーティンが」とか、「引退間近のクレティエン首相が」とかそういうニュースはよく聞いた。
14 Nov. 2003 (Fri)
どうやら後任者が内定して、打診のメールがこちらのマネージャーに送られてきていた。予想通りという人選である。こちらのマネージャーも(えらくぶっきらぼうな返事だったが)同意したらしい。よかったよかった。これでスケジュール通りあと29日で帰国できる。それと、前任者から延々と引き継いできた炊飯器やら電気ポットやらを次の人に引き継いでいける。もし次の人が来なかったらどう処分したらいいんだろうとちょっと心配だったのだ。結果は取り越し苦労に終わったけど。
14 Nov. 2003 (Fri)
朝のうちは雲ってはいたが降雨降雪はなかったので車の運転には影響なかった。しかし10時過ぎくらいから雨に変わり、昼食のときには雪混じりになっていた。そして約1時間後、トイレに立つついでに見たら(今いる席から外は見えないのである)積もり始めていた。昨日と同じ苦労をまた強いられるのかと思ったが、帰りまでにはやんでおり、幸いなことに着雪は大したことはなかった。
14 Nov. 2003 (Fri)
問題のクライバーのCDは無事に入手できたんだろうか。それ以前に、ちゃんと出たんだろうか。そう思って、日本で引取りを頼んだ友人に問い合わせるのと同時に、ネットで検索してみたところどうも延期されてるらしい。一部では11月15日に入荷と出てるとか。まあ、買い逃したわけではないので一安心。ネット検索したらこの記述が引っかかっていた。
13 Nov. 2003 (Thu)
残り30日。
13 Nov. 2003 (Thu)
雪が降っているので早めに帰ろうと6時過ぎにオフィスを出て駐車場に行く。見ると、車はすっかり雪だるまになっていた。エンジンをかけて暖房を全開にし、トランクから雪かき棒を取り出してガラスをがりがり雪落としする。寒風吹きすさぶなか、20分くらいかけてどうにか運転できる状態にする。いざ走り出したら道はそれなりに除雪されているし、周りの車もさすがに速度を落としているので、車間を広めに開けて走ればそんなに難しくはない。
13 Nov. 2003 (Thu)
社民党の土井党首が退陣するとか。やはりやめるか。予想されたことではあるが、後継者があの幹事長では何も変わるまい。
13 Nov. 2003 (Thu)
今朝のテレビによると風速51キロメートル/時だとか。日本じゃ風速はメートル/秒だから換算しなきゃ実感がわかない。えーと、15メートルくらいか。15メートルっていうと台風の強風域に相当する。逆か。15メートル以上が台風の強風域になるわけだ。休もうかとも思ったが、とりあえず出勤して様子をみて荒れるようだったら早めに帰ることにする。
12 Nov. 2003 (Wed)
残り31日。
12 Nov. 2003 (Wed)
思い立ってキッチンの棚を探したら電子レンジで使える耐熱容器が一式出てきた。これがあればだいぶ違うなあ。これまで4週間気づかなかったのはどうしたものか。
12 Nov. 2003 (Wed)
帰り際、ちょうど雨が小止みになっていたので中華モールで食事を仕入れる。炒飯にもいいかげんに飽きてきたので、写真を見て適当に頼み、ホテルに戻ってフタを開けて気づく。こりゃ、まんま酢豚だわ。酢豚が米飯の上に乗っかってる。米は長粒米。それほど悪くはないが、パラパラしていて箸では食べにくい。
12 Nov. 2003 (Wed)
こちらのマネージャーに「熊みたいだ」と言われた。最初はヒゲ(beard)って言ったのかとも思ったけど、「冬眠する」とか言ってるから熊(bear)なんだろうな。こっちでもヒゲ伸びてると熊ってイメージなのか。
11 Nov. 2003 (Tue)
残り32日。
11 Nov. 2003 (Tue)
日本からメールが来ていて、それによると隣席某氏がまた同じことをしてくれたらしい。学習能力ないんかい。それとは別に、ほとんど情報もなしにえらく漠然として質問が送られていたので、脇から「もうちょっと情報がないと答えにくいと思いますよ」と助言したら「フォローありがとうございます」って、フォローなんてしちゃいないよ、そっちにフォローしろって言ってんの。「もっと必要だ」と言っている情報は何も追加されていないし。結局、隣席某氏の思惑通りこっちがフォローする羽目になった。
11 Nov. 2003 (Tue)
今日は11月11日、Remembrance dayである。1918年のこの日に第一次大戦が休戦になったわけだが、朝のニュースによると各地で軍やら退役軍人による慰霊行事が行なわれているらしい。出勤して仕事していたら10時半ごろに突然セキュリティから館内放送があって、何事かと思ったが「11時から2分間黙想をするから協力せよ」とのことであった。11時前になって、お茶を買いに行こうと思ったが時間が間近いことに気づいて中断、放送にあわせて2分間黙想。
10 Nov. 2003 (Mon)
残り33日。
10 Nov. 2003 (Mon)
昨日は滅茶苦茶な体調だったが、今日は少し復活したらしい。別に暖かくなったりしたわけじゃないんだけど。
10 Nov. 2003 (Mon)
月曜恒例、マンデーナイトフットボールはフィラデルフィア@グリーンベイ。数年前だったら明らかにグリーンベイ優勢と予想される組み合わせだけど、近年はファーヴの調子も今ひとつでホームゲームだというのにほぼ互角という予測。その予想が的中したのが、グリーンベイは試合終了直前に勝っていた試合をひっくり返された。
10 Nov. 2003 (Mon)
今日はトロント市長選挙。平日だよね、今日って。夜から開票が始まって、数百万の投票があっというまに開いていく。どういう仕組みなんだろう。テレビCMにたくさん露出していた候補は結局2番手に甘んじ、次期市長は違う人に。ま、関係ないけど。
9 Nov. 2003 (Sun)
残り34日。
9 Nov. 2003 (Sun)
テレビでマイアミ@テネシーを観戦していたら上空を大型機が通過していった。あ、あのシルエットはB52ではないか。他の試合でも軍人がいっぱいでてきたりしている。そうか、そういえば11月11日は Remembrance day だったなあ。
9 Nov. 2003 (Sun)
ああ、起きたら調子悪い。完全に風邪らしい。今日はもともと出かけない予定だったからいいんだけど。日本は選挙があったということで、自民は議席を落としたけど連立与党で安定多数を確保したそうな。この分析はいずれ頭がしゃっきりしてる時に気が向いたら。
8 Nov. 2003 (Sat)
残り35日。
8 Nov. 2003 (Sat)
例のジャンパーを着込んで外出。もっとも、久しぶりに晴れていてしかも風がないので、数字から考えるほどには寒くなかった。クルマの中も日光で充分温まっているのでそんなに辛くはない。それでも、さすがに半袖で歩くのはどうかしてるとしか思えない。そんなヤツを見かけたんだよ、実際。
8 Nov. 2003 (Sat)
待ち望んだ週末、11時近くまで寝てテレビをつけたら気温零度。はあ。今日は買い物の日だから出かけないとなあ。憂鬱。
7 Nov. 2003 (Fri)
残り36日。
7 Nov. 2003 (Fri)
昨日も寒かったが今日はもっと寒い。気温自体はそれほど変わらないようだが、今日は風があるので体感温度はかなり違う。
7 Nov. 2003 (Fri)
夕方、こちらのメンバーが三十一の席に怒鳴り込んできた。早口でまくしたてるから何を言ってるのかよくわからないが、どうも日本が「テストを全部そちらでやれ」と言っているのがアタマにきたらしい。むう、両方の事情がわからないでもないから困るんだよなあ。とにかく日本にメールを書いてみることにするが、さてどうなるやら。
6 Nov. 2003 (Thu)
残り37日。
6 Nov. 2003 (Thu)
テレビコマーシャル。アポロ宇宙船の飛行士が月でゴルフをしたというのは、知っている人は知っているエピソードだが、そこに飛んできたのはホッケーのパック。ゴルフをしていたアメリカ人宇宙飛行士のバイザーに当たってヒビが入り、狼狽するアメリカ人飛行士がみたものは、ホッケースティックを抱える宇宙飛行士で、その脇にはカナダ国旗が立っているという次第。カナダ人宇宙飛行士がかぶっているミッキーマウスキャップが赤白赤になっているという懲り様。うーん、言葉で説明すると伝わりにくいなあ。
6 Nov. 2003 (Thu)
夕方ちょっとトイレに立った帰りに、まさに帰宅しようとしている二人組みとすれ違って立ち話になる。「いつも遅くまで仕事してるねえ」と言われたような気がする。いやー、今日はヒマだから6時には帰るつもりなんだけど。確かに、7時くらいまで残っているともう周りはだいぶ寂しくなってるからなあ。
6 Nov. 2003 (Thu)
今日はわりとヒマ、というか当地に来て初めてというくらいにヒマである。こんな平和な日々が続くといいなあ。そうもいかないだろうけど。
6 Nov. 2003 (Thu)
朝起きてテレビをつけたら、現在の気温1度だと。なんでも日本はずいぶん暖かいらしいが、とてもいつもの薄手のジャケットじゃもちそうもないので、かねて入手のジャンパーを引っ張り出して着用と相成る。
5 Nov. 2003 (Wed)
残り38日。
5 Nov. 2003 (Wed)
中華モールに行って夕食を仕入れる。適当な炒飯を持ち帰りで頼むんだが、困ったのはオマケについて来るスープの選択。え? 何スープだって? 聞き取れないので「どれ」とも言えない。もう適当に相手の発音を真似する。おお、どうにか通じたらしい。ところで私は何を頼んだんだろうなあ。不安に駆られて店のお姉ちゃんの手元を見ると、メモには「湯」という文字。あー、それならわかるのにー。出てきたのは豆腐と海藻らしきもののスープでした。
5 Nov. 2003 (Wed)
今日はわりとのんびりと仕事して、メールなど打ってさあ帰ろうかと思っていたまさにそのときにチャットがやってくる。うげ。しばらく会話していたが、結論としては「わからない」ということで明日にでも確認することとする。早く帰りたかったのになあ。
4 Nov. 2003 (Tue)
残り39日。
4 Nov. 2003 (Tue)
夜、歯を磨きながらマジマジと鏡を見る。あまり自分の顔を凝視する趣味はないのだが、3週間のあいだ髭を伸ばしつづけるという状況が今までなかったので、鏡の中の新鮮な光景に思わず注目してしまった。そのついでに頭髪に目をやると、ずいぶん白髪が交じっているではないか。まだちらほらと白いものが覗いている程度に過ぎないのだが、それでも以前に比べれば格段の勢力拡大である。あいにく出発前の状況を確認していないのでこれが国外追放になった結果なのか、それともそれ以前からなのかは定かではないがいずれにせよ自分ももう若くないのだと思い知らされる。とは言え、別に落ち込んでいるわけではないのだよ。白髪になるのはある種憧れだったからね。
4 Nov. 2003 (Tue)
朝起きて、外の天気を見ようとリビングのカーテンを開けて気づいた。窓開いてるよ、おい。こないだ、窓を開けようと思って開け方がよくわからなかったくらいだから自分が開けるはずもない。当然ホテルの人が掃除の時にでも開けてそのままになっていたんだろう。そういえば昨夜は寝ていて随分寒かったような気が。そう思って寝室の窓を見ると、あははー、こっちも開いてるよ。三十一は寝るときはちょっと寒いくらいが熟睡できるので、寝る前にはヒーターを切って寝るのだが、だがさすがに4度とか5度の外気をそのまま導入した状態で寝る勇気はない。はからずもそれにチャレンジしてしまったわけだが。もっと風でもあればさすがに気づいたんだろうけど。
3 Nov. 2003 (Mon)
残り40日。
3 Nov. 2003 (Mon)
今日のマンデーナイトはニューイングランド@デンヴァー。全米が注目するMNFでしかも地元開催だからこれは負けられない。QBは相変わらずカーネルだし、NEはここんとこ調子がいいから不安は拭えないけど、デンヴァーもここしばらく負けが込んでいるからここは正念場だ。デンヴァーは先制したけどNEもすかさず追いついてなかなか差が広がらない。後半に入ると一時逆転されたりして苦しい展開だが、全体としてはほぼリードしつづけていたのでこのまま行って欲しいと思っていたのだが、最後の残り30秒でタッチダウンを食らって逆転負けしてしまった。うわー、痛いなあ。おまけに、2QでFGを外したキッカーのイーラムがそれ以後出てこなくなってしまった。ケガしたようには見えなかったけどなあ。何があったんだろう。代役のノール(本来はパンター)はなかなか無難にこなしたのでその点はよかったんだが。ベテランWRのマッキャフリーもユニフォーム着てなかったのが画面に出ていたし、デンヴァーも世代交代の時期かな。もう何年も前から言われていることだけど。あとで調べたら、イーラムは外したキックを蹴るときに股関節の筋肉を痛めたらしい。主力にケガが続出してるよ。困ったなあ。
3 Nov. 2003 (Mon)
日本からよく言われるのは、とにかく「きちんとした説明をよこせ」というものだ。まあもっともなことではあるのだが、一から十まで全部説明しないとその先に進まないというのは果たしてどんなものか。「こうしたらうまく行く可能性がありますから試してみてください」と言っても、「どうしてうまく行くのか説明がないとできない」とくる。でもねえ、それを机上で全部調べるのはすんごい大変なんですよ。ちょっと試してみて確認するほうが遥かに話が早いんだけどねえ。「確実でないことに人手はかけられない」というのはよく言われる理由だけど、でもだからと言ってこちらにそれ以上の人手をかけさせることが本当に得策か? 一見して見えないかもしれないけど、それだけ手間をかけたその分のコストは製品代金という形で結局はそちらが支払うことになるんだよ。
3 Nov. 2003 (Mon)
お茶を買いに行った帰りにふとみると、3桁の数字が大きく印字された紙が重ねて積まれていた。これはそれぞれの席番号を示す紙だが、これを剥がしてしまっていったいどうするのかと、それまでその紙が貼られていたところを見ると、本格的なネームプレートに取り替えられていた。ああそういうことかと思ったが、ちょっと待てよ。確かこの紙は、およそ2年と少し前に最初にこのオフィスに入居したときに各自の席番号を示すために貼られていたはず。つまり、いわば「仮の表札」であっていずれ本格的なものに置き換えられるのは至極当然なのだが、なんでまた2年以上たった今になってやるのかな。やるならとっととやる、やらないならずっとやらなければいいのに、と思う三十一はやっぱり日本人なんだろうな。
3 Nov. 2003 (Mon)
小雨。会社の駐車場から建物まではそれなりに距離があるのだが、せっかく日本から折り畳み傘を持ってきていながらスーツケースの中に入れっぱなしになっており、その間は濡れて歩くことになる。もっとも三十一は面倒臭がりであるから、この程度の雨ならたとえ持っていたとしても傘をささずに歩いたかもしれない。欧米人はあまり傘をささないと聞いたことがあるが、確かに日本人なら傘をさすであろう雨であっても傘を広げて歩いている人間はあまり見たことがない。などと思っていたら傘をさして歩いている人物を目撃。こちらでは珍しくもない中国人のようだ。中国人と傘で思い出すのは日中戦争中のエピソードで、日本兵は傘など持ち歩かないが中国兵は必ず背嚢に番傘がくくりつけられており、塹壕を隔てて交戦中であっても雨が降り出すと中国兵は一斉に傘を広げるという光景が見られたそうで、日本の兵隊にとっては不可解なエピソードとして伝えられている。結局は人それぞれということかな。帰りの時間帯はけっこう本格的な雨になっており、ずぶ濡れになりそうだったが後で見てみると大したことはなかった。
2 Nov. 2003 (Sun)
残り41日。
2 Nov. 2003 (Sun)
少し調子が悪いので、食事をとってから日本より持参の風邪薬を流し込む。こないだはこれが効いたのか、その後だいぶ調子が持ち直したものだけど、今日はしばらくたってもちっとも効いた気配がない。文明人は薬に耐性ができていて効果が出にくいと聞いたことがあるが、ほんの1週間ほどで三十一は相当文明化されたらしい。そのわりには周囲の景色はどうみても「田舎」である。
2 Nov. 2003 (Sun)
今日は日曜日ということで、全米で数百万の football widow が我が身の不幸を嘆く日。ここ東部時間帯で言うと、1時と4時と8時という3通りの時間にゲームが行なわれる。と言っても大部分は1時からで、4時からが2・3試合、ゴールデンは1試合というのが通常のパターン。当然のことながら三十一は朝11時からの直前特集を含めて夜の12時近くまでテレビに釘付けとなる。どうせ雨だからいいけどね。
2 Nov. 2003 (Sun)
異国の空で向かえる誕生日。祝ってくれるかのように外は雨。
1 Nov. 2003 (Sat)
残り42日。
1 Nov. 2003 (Sat)
もうどう考えても調子がよくない。だけど、今日は土曜日。買い物の日。明日は雨らしいので今日のうちにでかけておかなくては。一番の問題は水が切れてしまったことで、日本よりもはるかに必需品であるミネラルウォーターをまとめて仕入れておかなくては朝起きるたびに喉が痛くなってしまう。もう本当に最小限の買い物だけにする。昼過ぎに出てドラッグストアで歯磨き粉を買い、昼食兼夕食のテイクアウトと、スーパーに寄って水とそれから冷凍食品や生鮮食品などの食料。帰りに本屋に寄ってこようかとも思ったのだが、この三十一が「今日はいいや」(!)とやめてしまったのだからどれほど調子がよくなかったのが察しがつくと思う。荷物を抱えてホテルに戻ったら、部屋はメークされていたがキッチンの皿洗い機がまだゴンゴン動いていた。確かに。2時間も部屋空けてなかったと思うからなあ。
31 Oct. 2003 (Fri)
残り43日。
31 Oct. 2003 (Fri)
今日も結構疲れており少し悩んだが久々に中華モールに寄って夕食を仕入れてくることにする。今日は割りと暖かいことでもあるし。というのは、このモールの駐車場はいつも混んでいて(特に金曜日は)、建物の入り口近くに駐車できることはまずない。だから結構遠くに停めて歩いていかなくてはならないんだが、寒いとこれが辛いのである。ホテルに戻って食事をし、シャワーを浴びる。考えてみれば三十一は何度か海外出張をして数えてみれば8軒の違うホテルに泊まったが、いつも困るのはシャワーで湯を出すという操作だ。ほとんど同じであったためしもなく、しかも説明もないのが普通である。水量と温度、シャワーか蛇口か、この操作が一目でわかったことは今まで一度もない。どうやっても湯が出ず、一時間くらい全裸で悩んだこともある。「察しが悪い」はずの外人がどうして誰も文句をいわないんだろう。
31 Oct. 2003 (Fri)
今日はハロウィーンらしい。で、マネージャがキャラメルの大袋を持って配ってまわっていた。そういえば先週いったドラッグストアでとんがり帽子をかぶったお姉ちゃんに話し掛けられたなあ。何言ってんだか全然わからなかったけど。帰りに寄った中華モールでは子供たちがお洒落してうろうろしていた。さすがに中国人の大人たちにはとんがり帽子をかぶっている人はいなかったけど。
31 Oct. 2003 (Fri)
昨日から色々とやっている件について、こちらのマネージャから日本の担当者に抗議のメールがいったらしい。チャットで「どうしましょう」って言われても、私のところに来てないからねえ。マネージャから来たんならそのカウンターパートである日本のマネージャに対応してもらうべきなんじゃないの、と言ったら「でも、あてにならないから」って、あてになろうがなるまいがそれが仕事なんだからやってもらうしかないじゃない。大体、じゃあ誰がやるのさ。自分でできるようなもんじゃないでしょ。そう言って、その後三十一は別件でしばらく違うことをやっておりそっちは放っておいたわけだが、思い出して「そっちはどうすることにしたの」と聞いたらその返事が傑作。「I'm asking you to do it」 なんだあ!? マネージャに言え、って言ってるのに。百歩譲って三十一が何かやるにしたって、今に至るもその抗議のメールはこちらに転送もされてないんだぞ。相手が何を言ってるかもわからないのに、三十一に何ができるっていうんだ。これこそ状況説明もなしにお願いだけするってヤツの典型だ。何もできないので何もしません。
31 Oct. 2003 (Fri)
ここ数日風邪気味なのと、昨日は電話会議などで結局遅くなってしまったことと、それと精神的に非常にダウン気味だったので、いつもホテルでとっている朝食もとらずにギリギリまで朝寝してしまう。無料で、しかも完全セルフサービスという朝食は非常にありがたい代物なんだが、それを捨ててしまうくらい疲れているということか。
30 Oct. 2003 (Thu)
残り44日。
30 Oct. 2003 (Thu)
ほーら。夜の8時半から電話会議があるから出てくれって言われて出てみたものの「状況がわかってない」って怒られた。わかるわけないじゃん、聞いてないんだもの。「メールをよく読め」って、読んだから混乱してるんですが。ベース情報がないところに断片情報だけ送られたって、同じ認識に立てるわけないでしょ。それは「日本人同士だから察してくれるはず」という甘い考えだよ。特にわたしは察しが悪い人間だからして。というか、こちらにはメールに書かれていないことまで察してやらなきゃいけない義理はないと思っているから。
30 Oct. 2003 (Thu)
今朝、メールを見ていたら日本から「この件よろしくお願いします」というのが来ていた。今週の初めに最初に話があった件だか、その後説得力のある説明ができて一件落着しそうだという話だったのに、いったい何をよろしくしてほしいと言うのだろう。日本とトロントで意思の疎通が難しいからと日本から派遣されている三十一だが、日本と三十一の意思疎通だって簡単なわけではないのだよ。通り一辺倒なメールだけもらったところで状況がわからん。一体わたしは何を「よろしくお願い」されたのでしょう。「もっと詳しい説明をよこしやがれ」とメールで日本に文句を言う。
29 Oct. 2003 (Wed)
残り45日。
29 Oct. 2003 (Wed)
今日は帰りが9時近くなったので、モールに寄って夕食を入手することができなかった。日本と違って会社のカフェテリアは夕食は提供していない。夕食を会社でとるやつなんていないんだろうなあ。しょうがないのでホテルに戻って、パンを焼いて電子レンジで暖めるパスタをおかずに食べる。だが、このパスタが結構面倒なのだ。フタを開けて、お湯を注ぐ。このお湯は熱湯ではいけないらしい。で、よくかき混ぜる。混ざったら電子レンジに入れて5分暖め、取り出してまたかき混ぜ2分ほど置く。それでようやく食べられるのだそうな。こうして作ったパスタは、そんなに美味いものではなかった。といって平均より不味いというわけではなく、ごく普通の「こちらの味覚」であった。もうひとつあるんだよなー。
28 Oct. 2003 (Tue)
残り46日。
28 Oct. 2003 (Tue)
米東部時間28日朝に、太陽表面で観測史上3位という規模のフレアが観測された。それだけなら別にどうということはないのだが、この結果として太陽風が発生し、29日から30日にかけて大規模な磁気嵐が地球を直撃することになった。米大気海洋局(NOAA)や、NASAのSOHOでは警告を発している。起こり得る影響としては無線通信の不通、衛星通信への影響、さらには電力送電システムの問題などが考えられるという。1989年にこれより少し小さい規模の磁気嵐が地球を襲ったときには、カナダで大規模な停電が起きたそうだ。今年の夏には北米で電力不足が問題となっただけに、停電が心配だ。日本では影響の起きる時間帯は30日から31日にかけてになるらしい。衛星通信に問題が生じて、日本とアメリカの間の国際電話が通じにくくなるなどの影響は出るかもしれない。楽しい想像としては、ひょっとしたら東京でオーロラが見られるかもしれない。前回1989年には北海道でオーロラが観測されたそうだ。いまのところ日本ではほとんど報道されていないようだ。三十一が調べたかぎりウェブニュースでこれに触れているのは産経くらいである。まあ、日本の新聞屋には影響度がわからないんだろうなあ。カリフォルニアでは例の山火事のために有線通信が機能せず、衛星通信に頼っている地域があるとかで影響が心配されている。
27 Oct. 2003 (Mon)
残り47日。
27 Oct. 2003 (Mon)
NHKの衛星放送で放映している「プラネテス」というアニメがある。宇宙開発モノだ。三十一はこの原作は結構気に入っているのだが、アニメの方は企業ドラマのような味付けがしてあってちょっとなあ、という感じ。さて、この「プラネテス」のオープニングでは宇宙開発での要所要所のイベントみたいなのを次々に表示させるという手法をとっている。絵と、そして英語の簡単な解説。三十一はざっと絵だけ見て解説は読まなかった。絵だけ見れば大体何を示しているのかわかるからである。このオープニングはその筋で結構評判がいいようだ。ところが、あるサイトでこのオープニングの絵と、それに附属する解説を紹介しているページがあった。そしてその中に誤り発見。紹介者は気づいていないらしいが、「マーキュリー」という解説がついている場面で映し出されたのは明らかにジェミニ宇宙船であった。その直後に現れるチンパンジーが搭乗した(させられた)のは確かにマーキュリーだけどね。絵と解説があっていない。おやおや、と思っていたらもう一つありました。「スプートニク2号」と解説がついた絵は「スプートニク1号」でした。これまた直後の場面では「スプートニク2号」に搭乗させられて打ち上げられた犬の絵が映っていた。なんだかなあ。それにしても、誰も気づかないんだろうか。監修した人はいないんだろうか。うーむ。
27 Oct. 2003 (Mon)
ニュースサイトを眺めていたら、日本人が北朝鮮に亡命を求めたという。一瞬、逆じゃないかと思ってしまいました。
27 Oct. 2003 (Mon)
マンデーナイトフットボールはマイアミ@サンディエゴだが、例の火事の影響で本来のサンディエゴからアリゾナに舞台を移しての開催。マイアミのエースQBフィードラ−が負傷しているために、今年デンバーから移籍したグリーシーが登場。このブライアン・グリーシーの父親ボブ・グリーシーもかつてマイアミでQBを勤め、シーズン初戦からスーパーボウルまで無敗で通した「パーフェクト・シーズン」の立役者となった伝説的QBだ(長いNFLの歴史でもパーフェクト・シーズンは他に例がない)。なお、親子で同一チームのQBとしてプレーしたのは初めてのケースだそうである。ABCもよくそんなトリビアを見つけてくるなあ。
27 Oct. 2003 (Mon)
国際宇宙ステーションに滞在する飛行士の交代のため、新しいメンバーがソユーズ宇宙船で先週打ち上げられた。そして今日はこれまでのメンバーが帰還する。7時すぎにドッキングを解いて9時半ごろに着地するということで、いつものようにネットでリアルタイム中継を監視する。ステーションからのドッキング解除、逆噴射による軌道離脱、降下モジュールの分離、そして大気圏突入とパラシュートの開傘、着地直前の逆噴射とほぼ予定通りに運んで無事帰還。やっぱりソユーズは枯れたシステムだなあ。
26 Oct. 2003 (Sun)
残り48日。
26 Oct. 2003 (Sun)
せっかくキッチンのついている部屋に滞在しているのに、料理をするのはこれが実質的に初めて。いつものようにパスタを作る。フライパンで鶏肉を焼いてトマトソースで煮込み、茹でたパスタをあえるという簡単なもの。でもまあ、それなりに食った気になるから不思議だ。
26 Oct. 2003 (Sun)
当地では試合は放送されていなかったのだが、結局デンバーはぼろ負け。やっぱりカーネルじゃダメか。ウェブでプレーを追っかけたりしていたが、それを見るかぎり何か攻撃がちぐはぐな印象を受けた。プラマーが復活するまでのあと数週間、がまんするしかないか。
26 Oct. 2003 (Sun)
今日、というか昨夜の夜中でいわゆるサマータイム終了。昨夜寝る前に時計を一時間戻しておく。これまで日没は6時半くらいだったのだが、今日からは5時半くらいには暗くなるだろう。なんか、わざわざ冬時間に戻す必要があるんだろうか。確かに、朝7時半にまだ暗いというのは問題かもしれないが。
25 Oct. 2003 (Sat)
残り49日。
25 Oct. 2003 (Sat)
今週の試合でデンバーのスターターQBに昇格する予定のダニー・カーネルがインフルエンザのために金曜に練習を休んだという。おいおい、大丈夫かよー。
25 Oct. 2003 (Sat)
地球観測衛星「みどり2号」が電力の低下で機能停止の危機に陥っているらしい。どうも太陽活動が活発化しているらしいがその影響だろうか。「みどり2号」の前の「みどり」も太陽電池パネルの問題で機能しなかった。JAXAでは対策本部を設置してどうにかして機能回復を試みるようだが、さてどうだろう。発表文を見ても対策本部のメンバーには理事がぞろぞろ名前を連ねているけれど、彼らが何の役に立つんだろうか。三十一は寡聞にしてほとんどどんな人物なのか存じ上げない。三十一が知っている名前は末席の的川教授くらいなものである。
25 Oct. 2003 (Sat)
こちらのCMにしては珍しく、男女がにこやかに笑って音楽が流れるだけのイメージCMが流れていていったい何だろうと思ったらバイアグラのコマーシャルでした。
25 Oct. 2003 (Sat)
日本に忘れてきたもので非常に困っているものがふたつ。髭剃りと爪切りである。髭はまあ、必ずしも剃らなければいけないというものでもないので伸ばしっぱなしにしている。お陰でいまとんでもない容貌になっているのだが、かねて自分自身髭を伸ばしたらどんな具合になるだろうと思っていたので、これをいい機会に伸ばしつづけてみるつもりである。それよりも問題なのは爪で、これを切らないわけにはいかない。5日も放置していたらもうそれだけで気持ち悪いし、何かとひっかかっていつか折ってしまいそうである。土曜日は買い物の日、ウォルマートに買出しに行くとまず爪切りを捜索する。うーん、髭剃りは大量に陳列してあるのに爪切りは見つからないなあ。いったん外に出てショッピングモールの案内を見ると、おお、ドラッグストアがあるではないか。多分こっちの方が可能性高そうだなあ。同じショッピングモールにあるドラッグストアで無事に爪切りを確保する。一安心してまたウォルマートに戻り、安売りの防寒ジャケットと、下着類を補充して昼食兼夕食を済ませ、ショッピングモールを出てホテルに戻る途中にある食品スーパーへ。おお、ここなら大抵のものは揃いそうだなあ。だけど一人者にはどれも量が多すぎる。まあ、適当にパンやら肉やら缶詰やら買ってくる。そう考えると日本は一人者にやさしいなあ。レトルト食品がいっぱい揃ってるし。こっちは缶詰とか瓶詰めばっかり。あとは冷凍食品。とにかくこれで最低限の食生活は確保できた。
24 Oct. 2003 (Fri)
残り50日。
24 Oct. 2003 (Fri)
朝、メールをあけたら部長からメール。「誰それに頼んでください」おいおい、ちょっと待て。それはこっちのチームの約束事に抵触するんじゃないか? それが不都合だというのはわかるのだが、それを個人的にお願いするのは筋が違わないか? お互いの約束事をつきあわせて問題があるのなら合意の上で直すべきだろう。それはマネージャーの仕事じゃないのか。このメールを開いたときの三十一の感想は正直なところ「何故オレ?」というものだった。つい昨日にも書いたけれど、たまたま現地にいるから便利に使われてしまうというのは困りものである。当面はいいかもしれないけど、結局はその場しのぎにしかならない。根本的な解決は適切なレベルで適切な合意をしなきゃいけないものなのだ。そのあたりがどうもおろそかになりつつあるように思う。
24 Oct. 2003 (Fri)
オークランドのLBロマノフスキーが脳震盪で今シーズンは絶望だそうな。「脳震盪」というと一時的な現象のように思われるかもしれないが、現在NFLでは脳震盪に対して非常に厳しく(つまり非常に危険視していて)、試合中に脳震盪を起こせばその試合は出場禁止、さらに脳震盪が連続すれば引退勧告もあり得る。脳震盪は特にQBにとって鬼門でサンフランシスコの歴代スターQB、ジョー・モンタナもスティーブ・ヤングも脳震盪がきっかけで引退に追い込まれた。多分サンフランシスコの攻撃システムに理由があるのではなかろうか。というわけで、フットボール選手にとって「Concussion」というのは非常に恐ろしいケガなのである。ハードヒットで有名なベテランLBロマノフスキーだが、このまま引退してしまう可能性大。
24 Oct. 2003 (Fri)
朝起きてニュースをつけたらニューヨークから生中継があって、何じゃらほいと思ったらコンコルドのラストフライトがもうすぐケネディ空港から飛び立つという。おお、そうか。3年前にパリで墜落した事故をきっかけにとうとう運行が打ち切られると聞いていたがそれが今日であったか。朝食をとりながらぼーっと見ていたら最後のコンコルドは飛び立っていった。
23 Oct. 2003 (Thu)
残り51日。
23 Oct. 2003 (Thu)
昨日指摘した「宋史」という記事はいつの間にか訂正されていた。記者が自分で気づくとは到底思えないから、どこかしかるべき筋から指摘があったんだろう。そうか、紙メディアでも同じ記事が掲載されているはずだから、おせっかいな読者が電話でもしたのかな。
23 Oct. 2003 (Thu)
昼前くらいに、日本から夜間対応の依頼がくる。こちらに来ていると、日本の夜間帯に起きていることになるから夜中は便利に使われてしまうのである。それもあるからあまり来たくなかったんだよなあ。それはともかく、なんでも導入がうまくいかないとかで色々と電話でやりとりしてああでもないこうでもないとひねくりまわしていたわけだが、どうにか目先の問題はクリアして明日の納入にはなんとか間に合いそうだということになったのはヤレヤレである。結局これで昼前からこちらの4時くらいまでかかってしまった。日本では目途がついたのが朝5時であるから、担当の人もご苦労さんである。しかし、話を聞いているとそもそも導入を手順通りにやらないでぐちゃぐちゃになっているので、どちらかと言えば自業自得ではなかろうかとも思う。そうは言わないけどさ。それにしても、結局カナダから日本に何時間も国際電話をかけつづけていたわけで、いくら夜起きているからといっても、こんな使い方してたらカネがかかってしゃーないんじゃなかろうか。
22 Oct. 2003 (Wed)
残り52日。
22 Oct. 2003 (Wed)
帰りに隣の中華モールに寄って、フードコートで夕食を手に入れる。いつものことだがメニューの選択にさんざ悩んだ挙句、よくわからないが「楊州チャーハン」というのを注文することにする。併記されている英語を参考に、「Yang Chow Fried Rice」をくれと注文したつもりだったが、オーダーをとっているお姉ちゃんが手元のメモに書き写した文字は、「羊腸」と書いてあるような。え、ちょっと待ってと思ったが訂正するだけの英語に自信がないのでそのままにしてしまった。あとで見てみると「羊」ではあるものの別に「腸」というわけではないらしく(多分似て否なる字だったんだろう)、意外と美味かったので一安心した。やはり半分は残して翌日の夕食に。
22 Oct. 2003 (Wed)
適当に日本のニュースサイトを見ていたら、中国の歴史書「宋史」に掲載されていた超新星爆発が確認されたという。確認されたうちでは最古だそうな。「宋史」? 宋史掲載じゃあ、せいぜい千年前だよね。それで最古ってのはおかしいなあ。たしかカニ星雲はそれより古いはずだけど。記事を読んでいくと、「紀元398年に記録された」云々と書いてある。あー、やっぱりそうだ。これは「宋史」じゃなくて「宋書」が正しいだろう。中国史上「宋」を名乗った国は三十一の記憶する限り三つ、紀元前の戦国時代にひとつ、それから5世紀南北朝時代に大和朝廷と交流があったらしい南朝の宋、最後に多分一番有名な10世紀から13世紀にかけて存続し最後はモンゴルに滅ぼされた宋(北宋・南宋)があり、「宋史」は最後の宋の歴史を記述した歴史書、「宋書」は南朝の宋の歴史書で違うものなんである。紀元