『おたく』

 熱心な探究者、収集家、あるいは変質者。英語でいうと、元もとの意味はまったくちがうが『ハッカー』という単語がこれに近い。
 日本語の意味は、この種の人種たちが、他人を呼ぶときに「おたくはどういうことをしていた人?」なんて言い方をするところからきている。
 おたくにはいろんな種類がいて、パソコンおたくもいればサッカーおたくもいるし、そばおたくもいれば紙おむつおたくもいる。なにかひとつのことに異様にのめりこんで、その筋のことに関しては妙に詳しいというのが特徴である。
 幼児殺人をおかしたビデオ収集家が『おたく』として報道されたことから『おたく』=犯罪者、危ない人間という先入観が定着してしまったが、そうとばかりは限らない。むしろ科学の発展や新しい発見は『おたく』人種の手によってもたらされることの方が多い。この点で『ハッカー』と大きな共通点がある。
 コンピュータ界における『おたく』を発見するには、秋葉原へ出かけていけばよい。ファッションにこだわらずに安物のジャンパーかなんかを着ていて、あんまり風呂にも入っていそうな感じがせず(風呂がきらいというわけじゃないので、一概に汚いとはいえない)、眼鏡をかけているひ弱そうなにいちゃんが、あなたが一目見てみたい『おたく』である。
 確かめるときには「おたく、おたくですか?」と聞こう。

『かな漢字変換』

 日本でコンピュータを使う場合の必要悪。
 日本人が漢字という意義深い文字を使うことにしてしまったばっかりに、日本人がコンピュータを使う場合にはよけいな機能を開発しなければいけなくなった。それがかな漢字変換である。英語をに入力する場合にはアルファベット26文字を入力できればよかったものが、日本語の場合はひらがなだけで50文字、漢字を含めると気が遠くなる数を入力できなければいけない。
 現在一般に普及しているかな漢字変換は、最初にひらがなを入力して、これを漢字に変換する方式である。さらには、アルファベットのキーボードを使うために、ひらがなを入力するのにローマ字を使う機能も、このかな漢字変換に含まれている。『石』と書きたいときは、ローマ字で『ISHI』(ISIでもかまわない)と打って『いし』に変換させ、さらにそれを『石』に変換する。『ISHI』は『いし』に自動的にに変換されるが『いし』は『意志』になってしまったりもするので、使う人間が選択しなければいけない。非常にめんどくさいのである。
 だからかな漢字変換の性能は、人間がどういう漢字に変換したいのかを察知して、正しい変換をするかどうかにかかっている。中には『貴社の記者が汽車で帰社した』なんてややこしい漢字変換を一発でこなしたりする漢字変換もあるが、こういう、誰もが試してみたがる言い方だけを最初から登録してあったりもするから油断ができない。教訓は、宣伝文句は信用できないということだ。

『アイデアプロセッサ』

 結局、アイデアのない人にはなんの役にもたたない思考支援ソフト。
 文字を書くための道具が『ワードプロセッサ』、アイデアを形にする道具がアイデアプロセッサである。無秩序に並んだアイデアを系統づけたりフォーマットを整えたりするのがこの手のソフトで、うんうんうなっているヒマがあったらアイデアプロセッサを使いなさいというのが、コンピュータ使いの常識になっている。
 しかし問題なのは、ワードプロセッサが勝手に文字を書いてくれるわけではないということで、同様にアイデアプロセッサがアイデアを出してくれることはない。この種のソフトを使うと後から後から素晴らしいアイデアが浮かんでくるような気がしてしまう人は、コンピュータに裏切られないためにもこの種のソフトは使わない方がよい。
 要するに、アイデアが次から次へとわき出てくる人が、アイデアの交通整理に使うものである。アイデアの貧困な人種は、かわいそうにどんなソフトを使っても救われることはない。

『アクセラレータ』

 加速装置。
 ぼくらが子どもだったころは、SFといえば本当に夢物語だった。そういう物語では、しばしばとっておきの手段が披露される。主人公が苦戦していて、もうどうにもならない。これ以上苦戦をしたら命が危ない。そんなとき主人公は「もう頭に来たぞ」とせんげんして、とっておきの秘密兵器を持ちだすのだった。で、主人公はあっさりと勝利するのである。
 あるいは、レースファンだったら知らぬ者はいない(最近は時代がちがうから知らない人の方が多いかな)『栄光のルマン』。スティーブ・マックイーンの名作だけど、この映画でもこんなシーンが披露される。主人公、どうしてもライバルに勝てない。何度かピンチにおちいったあげく、主人公、アクセルをめいっぱい踏みこむ、と、ライバル、後方へ消え去る……。
 だったら、最初から秘密兵器を使えばいいのにね、だったら、最初からアクセルを踏めばいいのにね。と、誰でも思う。パソコンにも、最初からついていればいいのに、そうはうまくいかないのが、アクセラレーターだ。
 パソコンっていうのは、使っているうちにどんどん遅くなる。世界中にパソコンが1台しかない場合には遅くなることもないのだが、世の中にはどんどん新しいパソコンが登場するし、ソフトもどんどん機能が充実してくる。相対的に、自分のパソコンはどんどん遅くなってくる。そこで主人公たるあなたは思うわけだ。 「もう怒った。これでも食らえ」
 パソコンショップで買ってきたアクセラレーターをパソコンに装着すると、あら不思議、遅かったコンピュータは、さっと速くなるのだった。
 問題は、SFとちがってこちらはたっぷりと資金が必要であることと(なぜSF物語は資金不足で計画が中止になったりすることがないんだろう)、一部の若返り法のようなもので、本体に無理がかかって長生きできないようになったり、仕事に支障が出たりする可能性があったりすることである。しかしそれでも、遅いコンピューターを速くする魔法は、万人にとって魅力のあるものなのだ。

『アップデート』

『アップル』

 コンピュータ屋とレコード屋があるが、今回のテーマからするとカリフォルニアのコンピュータ屋の方。始めたのはスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズアニックというふたりの若造だったが、その後会社が大きくなって、ジョブズにいたっては自分がまねいた社長さんに追い出されてしまうという歴史を生む。ウォズアニックの方も、今ではアップル社とは直接のコンタクトはない。会社の創成主がまったく無関係となってしまうところが、アメリカらしくてかっこいいではないか。
 ちなみに、アップル社はマッキントッシュを製造販売する会社だが、マッキントッシュという名前も、リンゴの種類なんだそうである。リンゴというのは、ウィリアム・テルの頭にのっけられる前、エデンの園に植わっていたときから、なんともおかしな運命のくだものだったわけですね。

『イーサネット』

『インサートキー』

『インターネット』

 資本主義が生んだ社会主義ネットワーク
 最近大はやりの通信ネットワーク。大昔(00年頃)に、アメリカの先進的な企業や大学が中心となって形成したネットワークが始まりで、ホストコンピュータを持たないのが特色。お互いのハードディスクをネットワークのホストとして使うから、ネットワークの設備投資の負担が少ない。そのかわり、ネットワークに参加するものは自分のハードディスクの一部をネットワークに提供する形となり、もちろん随時アクセス可能な状況を作っておかなければいけない。
 日本でも00年に同じ形式でネットワークが誕生した。やはり企業や大学が中心となったが、どちらかというと企業や大学のコンピュータフリークが率先してはじめたようであった。
 アメリカと日本の距離の差があっても、どこかで1本接続があれば、ネットワークは完成する。もちろん、すべてのデータが1本の回線に集中すると負担が大きいので、流通が多いところにはたくさんの回線が必要だ。人間の血管構造と同じようなものだと思えばいい。
 このシステムの問題は、企業や大学に所属していない、ネットワーク全体に貢献できるものを持たない個人ユーザーは、入る余地がなかったことだ。大学に通っていた時には存在したIDが社会人になったらなくなってしまうということもよくあった。
 それで今では、個人からもしかるべき費用を徴収して、インターネットに接続できるようにした代行業者が誕生した。個人はここにアクセスすることによって、インターネットのサービスを受けられるのである。
 巷で話題になっているインターネットは、文字データだけでないマルチメディア情報の供給だったり、日本では手に入りにくいある種の(画像)データの収集だったりするようだが、インターネットの最大の特徴は、互いに情報を提供しあって互いの仕事の質を高めようという、なんとも牧歌的思想ではないかと思うのであった。

『インターフェイス』

 使い心地。
 直訳すると『○面』とかになってなんだか気持ちが悪い。英語を母国語とする地方では昔から使われていた単語なのだろうが、日本ではコンピュータの登場以前にはなじみが薄かったから、なんだかコンピュータ用語のような気がしてしまう。
 たとえばWindowsやMacintoshの使い勝手をGUIなどという。グラフィックユーザーインターフェイスの略で、コンピュータのマニュアル本のタイトル風に訳せば『マンガでわかるマッキントッシュ』『絵解きウィンドウズ』とかになる(ほんとか?)。
 つまりほとんどあらゆるものにインターフェイスがあるのであって、鉛筆だったら握り心地がインターフェイスということになるし、キスする時のインターフェイスだってあるのだろうな。これぞ本当のインターフェイスかもしれない。
 でも、英語になじみの薄い一般ピープルとしては、わざわざインターフェイスなんていわずに、簡単に使い心地っていってくれればいいのにと愚痴ってみたりする。
 こういうのを、日本人に向けてのインターフェイスがよくないっていうのだ。

『インパクトプリンター』

 衝撃的印刷屋。
 なにが衝撃かといって、夜中にこんなものに動かれた日には、今寝たばかりの赤ん坊が目をさましてしまう。いいかげんにつみあげてある棚の上の荷物は、がらがらと崩れ落ちるかもしれない。というような衝撃が、周囲数メートル四方に与えられるのである。
 めんどくさくなったから平たく言ってしまおう。墨がしみこんだリボンがある。リボンと紙を重ねあわせて、トンカチで叩く。と、叩かれたところの紙には、墨が写りこんで黒くなる。これで印刷成功である。
 よく、いかにもOAオフィスという感じの事務所で、ギーギーガーガーとうるさいプリンターがある。あれこそ、問題のインパクトプリンターなのである。
 どこがいいんだ、こんなもの、というような解説ではあるが、ちゃんといいところはある。印刷コストが安いことと、なんせトンカチ(ではないけれど)でぶっ叩くわけだから、何枚綴りかになっている複写紙なんかにもそのまま印刷できることである。
 ドットプリンターに比べたら、レーザープリンターなんてきれいなだけでぜんぜん根性のない万年筆のようなもので、やっぱり宅配便の伝票に宛て名を書くには、1本50円のボールペンでなければいけないのだぁというようなたくましさが、インパクトプリンターにはあるのであった。


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