『ヘビーユーザ』
おすもうさんみたいな人が出てくるのを想像すると、眼鏡をかけたやせたおたくが登場してびっくりする。体重が重いっていうことではないのだ。 重たいのはコンピュータの使い方である。
『ベンチマーク・テスト』
『マイクロ・ソフト』
『マイコン』
『マウス』
ネズミのような形をしたコンピュータの部品。
しかしそのうち、ねずみは「コンピュータの部品みたいな名前の動物」になってしまうのではないだろうか。いまどきの子どもたちは、生まれたときからコンピュータがあって、そのコンピュータには必ずマウスが付属しているようになった。
関係ないけど、英語でチキンといえば弱虫のことだ。日本語でも鳥肌なんていう。鶏が弱虫なのは世界中の人間にお見とおしなのだろうか。かわいそうな鶏。ぼくは鶏年なのだ。
で、ちょこちょこと動くマウスである。マウスについていいたいことはいくつかある。ぼくの家は狭いので(整理が悪くてゴミが散乱しているせいでもある)マウスが思う存分に動けるスペースが机の上にはない。しょうがないから、壁だとかひざの上だとか、いろんなところをマウスパッドにしてマウスを使っている。マウスパッドっていうのは、マウスが動きやすいように敷くものです。できたら日本仕様は、狭い住居環境でも快適に使えるニッポンネズミを採用してほしいものである。
ただしぼくなりの解決はした。ノートパソコンを買って、それですべて作業をすませることにしたのだ。このノートパソコンにはトラックボールが内蔵されているから、マウスがゴミの下にうもれてしまって発見できないというようなことにはならないのである。
『マクロ』
『マザーボード』
『マッキントッシュ』
買ったが最後、鬼のように値下がりするアメリカ製の軟派なパソコン。
軟派というのは先入観の問題だが、トレードマークが七色のリンゴだったり、起動するといきなりにっこり笑ったコンピュータが登場したりするのを見ると、けっして硬派のパソコンとはいえない。これでも、かつてはうんと値段が高いコンピュータだったのだが、あっという間に値段がさがって、それと同時に売れ始めた。売れたから値段がさがったのか、値段がさがったから売れたのかはさだかではない。
マッキントッシュの使い方は簡単だ。買ってきたその日から、死にものぐるいで使うことだ。死ぬ気で使わないと、あっという間に値段がさがって、これまたブラジルのお金みたいな箱を買ったことになる。この本が出るころには、こういうアップル地獄が少しはおさまっているといいのだけれど(といいつつ、個人的には底値になった機械しか買わないので、あんまり地獄だとは思っていない)。
『マックユーザ』
マッキントッシュを使っているユーザー。大きくわけてふたつの派閥がある。ひとつは1台100万円もした時代からのユーザーで、彼らは昨今のマークブームを快く思っていない。マックも楕落したもんだと嘆いているのである。もうひとつの派閥は、お金がなくてコンピュータの使い方がよくわからないからマッキントッシュにすがってきた新人類たちである。こちらはえっちなCD−ROMでマックに入門した人種が多い。
なお、同名の雑誌が出ているが、創刊号で「市販ソフトのデモソフトCD−ROM」をおまけにつけたら、そのうちの1本がなんとでもではなくて本物だったという落ちがついた。
『マニュアル』
法律に匹敵するくらいの書物。どちらも、ちょっと呼んだだけだとぜんぜん意味がわからないという点で、たいへん大きな共通点がある。
マニュアルを読んでソフトが使えるようになった人がいたとしたら、その人はマニュアルなんかなしでも、きっとそのソフトを使えるようになったにちがいない。マニュアルがないとソフトを操作できない多くの庶民は、マニュアルを読んでますます操作を誤っていく。
マニュアルを作っている人々は、そのソフトのことやコンピュータにとっても詳しい。対してマニュアルが必要な人は、そのどちらにも詳しくない。そのギャップが、多くの悲劇を生んだ。悲劇の生産能力は、これっぽっちも衰えてはいない。
マニュアルは真剣に読むべからず。便所でうんちがなかなか出ないときとか、そういうときにきを散らしながら読むのが正しい。そして何度でも読むべし。幸い、人間は一生の間に何度もうんちをするようにできている。そうやって何度も眺め回しているうちに、ある日突然、わからなかったなにかがわかるようになる。と同時に、ニュートンが万有引力を発見したときのような喜びを味わえることだろう。
マニュアルを片手にコンピュータを扱うと、おろかな人間のチャレンジを手ぐすねひいて待っている未踏峰に向かった気分になるのである。
『マルチタスク、シングルタスク』
『マルチメディア』
Copyright (c) Hiroshi Nishimaki 1998