おはようぼくの好奇心
1999年5月出版社倒産のため入手不可能

おはようぼくの好奇心

 1986年、
ぼくはパリダカールラリーの取材にでかけた。
 取材の足は、
鈴木自動車工業株式会社(現・株式会社スズキ)からお借りしたDR600。
これに当時フランススズキのライダーだった
ジョアノー兄弟の店から提供を受けた33リットルのビッグタンクをつけ、
出場者と同じ、
ミシュランの“デザート”という砂漠用タイヤを装着した。
 参加者がスタートするのを取材しながら、
参加者の横から自分もダカールを目指して走りはじめ、
沿道の声援にいい気になって応えながら、
雨でふらふらになって地中海の港に到着し、
そこでついさっきいっしょにお茶を飲んだ日本人参加者の事故死を知らされ、
それでもなんだかわからないままアフリカ大陸に渡り、
砂漠なんて小さいなと第一感想を思いながら、
その先のさまざまな事件については、
てんで想像もしていなかった。

 取材だから、ラリーと同じコースはぜんぜん通っていないにも関わらず、いろんな事件がありました。
 生まれて初めて寝袋で寝た日、その寝袋を破いてしまったこと、セネガルの国境のポリスとの一晩、砂漠を旅しながら考えたこと……。
 写真に写っている人の中には、もうこの世にいない人もいます。その後のラリー中の事故で亡くなった人もいらっしゃるけれど、まさにこのラリーでなくなった方もいらっしゃいます。
 日本人の金子さんと、パリダカールラリーの主催者、ティエリー・サビーヌその人です。

 昔から写真と文章が融合した、こういうような本を作るのがひとつの夢でした。
 1冊作ったから、次から次へと作ろうと思っていたのですが、こういうのはなかなかお金がかかることでもありますし、もしかしたら、もう2度と作れないのかもしれません。
 今となっては、もうちょっとという部分もないではないですが、けっこう自信のある1冊です。



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