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■自分にとっての音楽(7)
 (2010.02.03) NEW
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70年代の関西のミュージックシーンは熱かったわ!
最高のボルテージやったな。


60年代のGSムーブメントが下火になり、そのGSの生き残り達がうようよいた万博直後のゴーゴー喫茶には、次の時代を担う主役達が行き場を探してうごめいていた。

俺も大阪の「ジャンボリーコダマ」や「ナンバ一番」、京都の「ガロ」や「ママリンゴ」などのゴーゴー喫茶にはよく出入りしてたなぁ。

北新地や祇園のナイトクラブにも「リンドアンドリンダース」のメンバーや「ザ・タイガース」なんかのGS組の連中がよく来てたなぁ。

俺も演奏だけで食ってたから毎日、楽しかったわ。


毎晩店で喧嘩があり、ヤクザがはびこり、愚連隊がいつも暴れてたなぁ!
当時喧嘩がしたくてしたくてたまらんかった俺にとっては天国やったなぁ!
危ない毎日やったなぁ。まぁ、スリル満点な日々やった。

店に演奏しに急いで飲み屋街の路地をギター持って歩いてたら、急に刃物持った奴に刺された事もあったなぁ(苦笑)。 幸
い切り傷やったから、そのヤクザをボコボコにしてから仕事に遅れて行ったなぁ!
服に血がついてても慣れっこで、別に誰も何も聞かれんかったなぁ(微笑)。


いや〜音楽やって金は貰えるわ、大好きな喧嘩は出来るわで、毎日極楽やったわ!

ちょうどゴーゴー喫茶がディスコって呼び名に変わっていった時期やね。

天王町の「キャッツアイ」とかね。
それから「歌声喫茶」という、ようわからんロシア民謡を客全員が大声で合唱する店でも演奏しとったなぁ。

で、なんたって高級クラブでもバンドが入ってたんよ、京都では京阪三条駅の「べラミ」とかやね。
ここはレイチャールズから小柳ルミ子や梓みちよまで、有名人ばかりのショーをやっていた!
まだ京阪電車が地上を走っていて、三条駅が終点やった頃やな。

※1987年、七条駅−三条駅間を地下鉄化。1989年、三条駅から出町柳駅まで路線延長。



で、70年代半ばくらいには、京大西部講堂や円山野音、天王寺野音などでしょっちゅうロックやフォークのコンサートをやってた。


少し前までは学生運動で安保闘争決起集会をやってた連中が、連合赤軍の大量リンチ殺人事件で興醒めしてしまい、デモ行進を辞めて皆、音楽に夢中になり、インターを唄ってた連中が、ゲバ棒とヘルメットをギターに持ち変えて、あちらこちらでコンサートに出るようになった!

「村八分」や神戸の天野SHO率いる「E.B.S.」なんかが全盛やった。
そしてブルース・ブームが京都に、リズム&ブルース・ブームが大阪に大爆発する事になるんやね。

京都の「ウェスト・ロード・ブルースバンド」、大阪の「上田正樹&サウストゥサウス」が日本中を席巻していく様は痛快やった!

その二つのお手本に皆が群がった!
凄いバンドも沢山生まれた。


京都からは入道の「ブルース・ハウス・ブルースバンド」(後、近藤房之助を加え「ブレイク・ダウン」となる)や巨匠、田中晴之率いる「ファッツ・ボトル・ブルースバンド」など、大阪からは石田長生と山岸潤史のツインギターの「ソー・バッド・レビュー」や浪速のアレサこと、大上留利子フィーチャーの「スターキング・デリシャス」、そして、泣く子も笑う「憂歌団」などなど凄い数の黒人音楽推進団体が京都・大阪に炸裂した!


その原因は毎年8月8日に万博会場お祭り広場で行われた「8.8 ROCK DAY」というアマチュア・ロック・コンテストの存在やと思われる。

あの当時はアマチュアのコンテスト如きに何万人もの人が集まったもんや!
今では考えられない事態やな。
当時はプロになるにはコレしか手がなかったから、全国からバンドが集まって必死やった!
高校野球の甲子園を想像して貰ったらその勝ち抜きシステムがわかり安いと思う。

俺も何回か出たけどアカンかったなぁ(苦笑)。
俺は8.8会場ではカ○○ゲに人生を賭けていた、青春真っ盛りでしたぁ〜!


あぁ〜、ええ時代やったなぁ。 
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■影響を受けたアルバム
 (2009.11.05) 
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今回はアルバムについてのお話です。


まぁ、長く音楽をやってきたからその分沢山の名盤とも出会ってるんやけど、その中から何枚かを紹介しようと思うです。

勿論我々の時代にはCDなんてまだ登場してなかったから、アルバムと言えばイコール『レコード』です。

そこで始めに、CD文化とレコード文化の一番大きな違いを説明すると・・・

それは音質や、便利さや、コンパクトさなどではなく、決定的に違うのは、CDには『A面・B面』が無い!という事です!


レコード時代にはA面にはA面のストーリーや世界観があり、B面にはまた全然別の、B面のストーリーや世界観がありました!

何かのレコードのA面を聴いたら、次にB面を聴くためにレコードを『裏返す 』という行為に重要な意義があったように思える。

A面を聴き終えた段階でリスナーは完全に一つのドラマを観終わってるねん!
そこで一旦一呼吸おいてA面のドラマを回想してすることで、もう一感動を味わうわけやね!ジ〜ンときて涙すら出てしまう事だってある。

それから覚悟を決めてB面に裏返す!
そしてまた違う感動を得る。 


ところがCDになると、AとBの境目がない!
ただ数珠繋ぎに曲が過ぎて行くだけやねんなぁ。


テレビのドラマでもCMの間にトイレに行って回想したり、次の展開を想像したりする期待感の時間があってこそ、そのドラマが楽しめる訳やからね!(NHKさん ごめんやす!)

アルバムによっては、A面を聴いたらその時点で裏返してB面を聴くかどうかを選択出来るわけやねん。

片面聴いたらアルバムのアーティストには義理も立ったから(微笑)、ひとまず別のアルバムへ移行する権利があるねん!



そのA世界とB世界の違いを明確にした名盤の典型的アルバムを紹介すると、


ザ・ビートルズ/Abbey Road
ピンク・フロイド/Atom Heart Mother(邦題:原子心母 )
ロッド・スチュワート/Atlantic Crossing
ザ・クルセイダーズ/Scratch


などなど。あげたらキリがないくらいやわ!


こういったA世界+B世界が過去の音楽の歴史にはあった、という認識の元に話を進めます。


俺もビートルズには無茶苦茶影響されてるし、全アルバム大好きで、『Abbey Road』や『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』も素晴らしいけど、俺がお勧めのコレ1アルバムは『Rubber Soul』です!

今でも『In My Life』の間奏のチェンバロのメロを思い出しただけで泣けるやんか〜! あのアルバムは最高傑作やね♪


サイモン&ガーファンクルの『卒業』のサントラ盤と『明日に架ける橋』も涙モノ♪
ロスビー・スティルス ・ナッシュ&ヤングの『4 Way Street』もコピーしたおしたなぁ♪ 
ザ・オールマン・ブラザーズ・バンドの『At Fillmore East』は一曲目からぶっ飛んだなぁ!デュアンのスライドは最高やね♪


ブルースで最初に感動したのがマジック・サムの『West Side Soul』。
唄がカッコエエと思ったなぁ♪
勿論B.B.キングの『Live at the Regal』や『Live in Cook County Jail』は今でも愛聴盤ですわ♪



マイク・ブルームフィールドアル・クーパーの『Super Session』やポール・バターフィールドの『Better Days』(このエイモス・ギャレットのギターに滅茶苦茶影響を受けた)などの白人系のブルースもよく聴いたわ。


後、何と言ってもダニー・ハサウェイの『LIVE』には感動したわ!いまだに俺のバイブルやわ。


オーティス・レディングの『LIVE In Europe』も泣いたなぁ。
ボブ・マリーの『LIVE』も感動やし、何てったってキング・カーティスや、アレサ・フランクリンの『LIVE at Fillmore』には一番モロに影響受けたわ!

特にドラムのバーナード・パーディから受けた影響は今の自分のギタースタイルを形成する中の半分以上の影響を与えて貰ったわ!


さて、結局沢山のアルバムを網羅してしまったけど、一番衝撃を受けたのはジミ・ヘンドリックスの『Live at Woodstock』。
このインパクトにはノーコメントやわ、言葉や文字には出来ひん。←これはもう、お手上げ。


それと、クルセイダースの『Scratch(B面)』です。演奏によって皆の心が一つになる喜びを知っりました。
雨の日にズブ濡れになりながら、雨宿りで飛び込んだサンタクロースという京都は東山にあったジャズ喫茶で偶然かかっていて、聴いた瞬間から感動して涙が縦にチョチョギレたんを今でもハッキリ覚えてます!


日本のミュージシャンのアルバムでは、上田正樹と有山淳司(現・有山じゅんじ)の『ぼちぼちいこか』が名作やね。
それから加川良の『親愛なるQ君に捧ぐ』も大好きやったなぁ。 


などなどあげたらナンボでも出てくるからキリがないんやけど、昔のアルバムはヨカッタね!


これからの音楽はこのまま衰退して行くんやろうかねぇ〜。悲しいね。
何とかならんかねぇ〜。



いつか俺が名盤アルバムを作って、衰退した音楽を救いたいもんやわ!

押忍!


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注:容量が大きいため、携帯の機種によっては全てを閲覧できない場合があることをご了承下さいませ。
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