信州の美術館
4) 飯田市美術博物館(飯田市)
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この建物を以前に訪ねたのは、10年ほど前の秋の夕暮れであったと思う。建物の中に入った印象は、その数年
前に偶然みつけた軽井沢の田崎美術館(建築学会賞作品、原広司の出世作)に似ていた。雲や鳥などの自然の形
を刷り込んだガラスと丸柱の列が成す空間は、地中海や中近東の石の文化の影響と日本らしい自然とを、同時に
意識させる独特のもので、すぐに同一の作家によるものと分かる。また、流行となった白銀に輝く金属屋根は、信
州の山々の形を映し、夕映えに染まり美しく輝いていた。
原 広司さんは、私が学生のころ「都市と住宅」という建築専門誌に世界の集落の調査研究を連載していた。その
成果が、この美術館にも随所に現れているようだった。たとえば、屋上全体が市民に開放された屋上庭園となって
いるのだが、その空間や内部の列柱空間は明らかに地中海沿岸・中近東など集落の影響が感じられる。また、住
宅や小美術館のデザインの密度の高さをそのまま大型建築に持ちこんだ「ヤマト・インターナショナル」(1990年頃
の話題作)の手法も、ランダムな個別のデザインの集合体である集落からの「教え」によるものであろう。
しかしながら、そのデザインの真価は、現代的技術を用いて新しい領域のデザイン様式を切り開いたところにあ
ると考える。今の60〜70代のいわゆる「モダニズムの洗礼」を受けた世代が、インターナショナル・スタイルと和風と
の融合に近代建築を見出したのに対して、「ポスト・モダン」と呼ばれた世代では、表層的なデザインに新たな活路
を見出そうとした。 装飾建築の再評価である。 原 広司もその旗手の一人とされたが、歴史的様式の操作が
大勢を占める中で、題材を自然に求め素材を現代技術に求めたところに、その卓越した時代感覚がある。
10年たって再び訪れると、この建築は飯田の雄大な自然に入り込み、存在感を増していた。京都駅ビル論争のよ
うに、この建築家への評価はまだ定まっていない。が、その手法と時代感覚は類のないものであり、国際的にみて
エキゾチックといわれる日本の建築のなかで、世界に通用するものである。ひょっとすると、100年くらい後に21世紀
を開いたデザイン様式として高く評価されているかもしれないな。
ここの屋上庭園からの天竜川と飯田市の眺めはすばらしく、東京から来たとい老夫婦と道を尋ね合い、しばらくの
間、言葉を交わしながらながらそんなことを考えていた。
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