「ジャパンポスト」平成13年10月1日号掲載
「インフレ目標」政策論の迷妄
日本経済再生政策提言フォーラム事務局長
大阪学院大学教授 丹羽春喜

「インフレ目標」政策を実施しても物価上昇は不可能だ
読者諸氏もよくご存知のことであろうが、いま、わが国では、「インフレ目標」の設定ということが、経済政策論議の焦点の一つとなっている。
これは、三年ほど前から『読売新聞』などがその実施を提唱してきた「調整インフレ」政策と同じ意味合いのものである。ポール・クルーグマン氏なども、同紙に同調し、それを推奨してきた。舛添要一氏も、そのような「インフレ目標」政策を日銀に実施させて物価を上昇させるべきだと声高に主張しはじめている。最近では、竹中平蔵氏も、年率二パーセントの物価上昇という「インフレ目標」を設定して、日銀がその達成に努めるべきだと強調するようになった。九月六日付『ファイナンシャル・タイムス』も、このようなわが国の政策論議を取り上げて紹介していたが、同紙も、マネー・サプライを増やして物価の上昇をもたらすようにすれば、その刺激で日本の景気は何復するだろうと見ているようである。
実は、このような「インフレ目標」論者ないし「調整インフレ」主義者の考え方は、根本的に誤っている。なぜならば、以下に述べるように、超巨大なデフレ・ギャップ(GDPギャップ)が発生し居座っているわが国経済の現状では、日銀が通貨を増発してマネー・サプライの拡大をいかに懸命にやったとしても、それによって物価を上昇させるということが、そもそも、不可能であるからである。
ディマンド・プル型の物価上昇を想定
物価の上昇には、「ディマンド・プル型」(需要が引っ張る型)と「コスト・プッシュ型」(コストからの押し上げ型)という二つの種類がある。とは言え、今は、1973〜80年の「石油ショック」(第一次および第二次)のころとは、まったく違う。あの当時は、OPEC(石油輸出機構)が全世界の石油マーケットにおけるその独占的支配力にものを言わせて原油の世界市場価格を十数倍にも引き上げたことが原因となり、強烈なコスト・アップ圧力が広範に作用して、わが国ばかりではなく、いずれの国においても「コスト・プッシュ型」の物価高騰が見られた。しかし、現在では、OPECの独占的市場支配力はすっかり弱まり、グローバルに見ても、また、わが国内の状況においても、コスト・プッシュ圧力はきわめて微弱で、それによる物価上昇はほとんど考えられない(過激派の大規模テロの影響で、若干、石油価格が引き締まったとはいえ、このような基本状況には変わりはない)。また、需要が低迷しているままでのコスト・プッシュ型の物価上昇の場合には、企業経営がいっそう苦しくなる傾向が強いので、景気回復には役立たない。要するに、このように考察すればすぐにわかるように、現在、わが国で論じられているような、日銀がマネー・サプライを増やせば物価が上昇して景気刺激に役立つだろうとする考え方は、コスト・プッシュ型ではなくて、明らかに、ディマンド・プル型の物価上昇のことを考えているのである。
デイマンド・プル型の物価上昇はGDPが八百数十兆円を超えた時に生じる
デイマンド・プル型の物価上昇を年率ニパーセントで生じさせるためには、マクロ的に、総需要(有効需要支出の総額)の水準が生産能力の上限よりも二パーセントぶん上回るという形でのインフレ・ギャップの状態が生じなければならない。このインフレ・ギャップの発生ということこそが、ディマンド・プル型の物価上昇が生じるための必須の条件をなしているのである。したがって、完全雇用・完全操業の状態におけるマキシマムな潜在的「生産能力」(天井)の水準に比べて総需要がずっと低い水準にあり、実際の総生産水準もそれに応じて低くなってしまってマクロ的に「巨大な生産能力の余裕」という形でデフレ・ギャップが発生し、その縮小・消失が望みえないような状態では、年率ニパーセントものディマンド・プル型の物価上昇を生じさせるといったことは、とうてい、できはしない。
そして、私が、数年前より多くの著作で強調し続け、本誌でも本年五月一日号の本欄で実証的に論証し、その後も、本欄で繰り返して指摘してきたように、現在のわが国経済におけるデフレ・ギャップはきわめて巨大であり、それが、マネー・サプライが増やされたぐらいのことで急速に縮小・消失するなどということは、ぜつたいにありえないことなのである。
本誌五月一日号で、私が、経済理論と統計データを駆使し実証的に計測・作図したグラフを用いて示しておいたように、わが国の経済が完全雇用・完全操業の状態にあれば実現しえたはずの「潜在GDP」の水準は、近年においては、年率八百数十兆円にも達しているものと算定しなければならない。しかし、現実には、総需要が低迷しているため、GDPの実際値はその六割にも達しない年率四九〇兆円程度といった水準にとどまっている。すなわち、デフレ・ギャップが四〇パーセント以上も発生してしまっているのである。
「デフレ・ギャップ」は三百数十兆円、「需給ギャップ」は、ほぼゼロである
ここで、誤解に陥らずに正しく理解すべきことは、この「デフレ・ギャップ」が「需給ギャップ」とは同じ意味ではないということである。現在のわが国経済においては、マクロ的に需給は立派に均衡しており需給ギャップはきわめて僅かである。ミクロ的に見ても諸商品の需給のミス・マッチなどは、ほとんど生じていない。しかし、需給が立派に均衡しているといっても、総需要の水準が低すぎるために、それに応じて、マクロ的な需給均衡点−−いわゆる「ケインジアン・クロス点」−−も低い水準に位置せざるをえないわけであり、その結果として、労働力や資本設備といった「生産能力」の面において、失業の発生や稼働率の低下、すなわち、デフレ・ギャップがきわめて大幅に生じてしまっているのである。しかも、完全雇用・完全操業の状態に対応するマキシマムな潜在GDPという「天井」の水準は、かつてはもちろんのこと、現在でも年率2パーセント台の伸び率−−これが、いわゆる潜在成長率−−で上昇しつつある。つまり、「天井」が上向き勾配なのであるから、わが国経済のデフレ・ギャップは、1970年代の半ばから現在まで、超長期にわたって拡大趨勢をたどってきている(バブル期においても、賭博的マネー・ゲームの盛行とは裏腹に実体経済の回復・成長は不十分であったから、デフレ・ギャップの拡大テンポにややブレーキがかかったとはいえ、ギャップが縮小するまでにはいたらなかった)。たしかに、いまや、わが国の企業は、稼働率の低くなった設備を廃棄し、人材の養成も断念・放棄しはじめている。とはいえ、現在のところは、まだ、マクロ的に「天井」は上向いているのである。このデフレ・ギャップによって実現されえずに空しく失われている潜在GDPは、近年では年額三百数十兆円にもなっている。1970年代半ばから近年までの四半世紀に、年々、このようにしてデフレ・ギャップにより失われてきた潜在GDPの合計額は、実に四000兆円にも達するのである(九〇年価格評価の実質値)。
「デフレ・ギャップ」と「インフレ・ギャップ」は同時に存在せず
繰り返すが、デフレ・ギャップの発生とは、マクロ的に総需要が生産キャパシティよりも下回っていることである。そして、インフレ・ギャップの発生とは、マクロ的に総需要が生産キャパシティーよりも上回る(だから物価が上昇する)ことである。前者はいわば「水面下に沈みこんでいる」状態を言うのであり、後者はいわば「空中に浮かんでいる」状態を言うのである。池の水底に沈みこんでいる石が、それと同時に、水面上の空中に高く浮かんでいるなどということはありえない。同様に、デフレ・ギャップが生じているときに、それと同時に、インフレ・ギャップが発生するなどということは、ぜつたいにありえないことである。
「天井」の高さの六0パーセントにも達しない現在の低いGDP実際値の水準から出発して、はるかに高所にあってしかも上向き勾配の「天井」にキャッチ・アップするためには、きわめて大幅な実質経済成長が実現されねばならない。かりに、平均年率七パーセントといった高度成長を続けることができるとして、それで十年も持続・経過したとしても、まだ、「天井」には到達しえず、デフレ・ギャップがかなり残されているという計算になるのである。インフレ・ギャップを発生させて、「インフレ目標」どおりの物価上昇を実現しうるのは、このキャッチ・アップを果たして、デフレ・ギャップを解消させてしまってからの話なのである。
総需要を拡大しないマネー・サプライの増加は、「貨幣の流通速度」が下がるだけ
言うまでもなく、現在のような不況・停滞の状況下では、総需要を大幅に拡大させるような施策をともなわずに日銀がマネー・サプライを増加させるだけでは、そのぶん、ただ単に「貨幣の流通速度」が下がるだけのことであって、上記のようなキャッチ・アップとそれによるデフレ・ギャップの解消といったプロセスは、まったく起こりようがない。したがって、物価を「インフレ目標」どおりに上昇させるといったことは、とうてい、できはしないのである。ましてや、一部の業界アナリストなどが、「……まもなく、ハイパー・インフレーションになりますよ!」
などと言いまわっているのは、きわめて、ミス・リーディングである。