『ジャパン ポスト』平成14年12月1日号掲載
日本済済再生政策提言フォーラム会長 丹羽経済塾 塾長
大阪学院大学教授 丹羽 春喜
「真の財源」をつぶす
小泉内閣の暴政
―奇怪にして危険な政府の姿勢―
支那事変の史実
わが国は、昭和一六年(一九四一年)一二月の対米英開戦にいたるまでに、すでに、昭和一二年(一九三七年)七月から始まった「支那事変」で、膨大な戦費を支出していた。あの「支那事変」で、主として戦ったのは陸軍であり、海軍は支援作戦を担当するにとどまっていたが、その海軍でさえ、昭和一二年から一六年にまでいたる事変中に、そのころの時価で一〇〇億円という戦費を費消してしまっている。事変勃発の直前の時期におけるわが国のGNPが、当時の貨幣価値で年額一七〇億円ぐらいのものであったから、この一〇〇億円という金額は、非常な巨額であった。
当時、第一線級の空母の建造費は一隻当たり一億円弱であったから、わが海軍が昭和一六年までに費やした戦費で、空母が一〇〇隻も建造できたことになる。あの時期の日本が、新鋭空母を一〇〇隻も保有していたら、それによる抑止力の効果で、米英との戦争は起こらないですんだであろう。たとえ、開戦となったとしても、一〇〇隻の空母の威力は絶大であったであろうから、わが国は、楽勝しえたろう。
もちろん、このような議論は、かなり的外れである。なぜならば、当時のわが国において、戦艦や空母といった大型艦を建造しうる造船所は、わずかに四ヶ所、すなわち、横須賀と呉の海軍工廠のほかには、民間では神戸の川崎と長崎の三菱の両造船所があっただけであるからである。つまり、当時のわが国は、大型艦に関しては、たった四隻分の同時建造能力を有していたにすぎなかったのである。
しかも、その当時は、そのような大型艦の場合は、起工してから進水までが二年半程度、そして、艤装を終えて完成するまでには四年程度を要した。
したがって、昭和一二年から昭和一六年までの「支那事変」の期間に、わが海軍は、実際には、大和・武蔵の二戦艦と、飛龍・翔鶴・瑞鶴の三空母を建造しえたにとどまった(ただし、予算面では、これらの諸艦は「戦費」で建造されたのではなかったが……)。造艦能力から見れば、これで、精一杯であったのである。つまり、昭和一二〜一六年の当時では、わが国が一〇〇隻もの空母を建造するなどということは、どんなにカネをつぎ込んだとしても、とうてい不可能な話であった。
付図1 デフレ・ギャップの推移(1990年価格評価実質値)

巨大デフレ・ギャップの意味するもの
このようなことは、よく知られている史実である。しかし、このことを、すこし回顧すればすぐに明らかになることは、一国の経済運営をマクロ的に見た場合に、いざというときに本当にものを言うのは、カネよりも、むしろ、生産能力だということである。国民経済的に見れば、生産能力の余裕こそが「真の財源」なのである。
それでは、現在の日本経済はどうであろうか?私が本誌の本年9月1日号で指摘したように、わが国では、一九七〇年から昨年までに、企業資本設備量が八倍半、失業者数が六倍近くに増えたというのに、実質GDPは二倍半、鉱工業生産は二倍程度の伸びにとどまっている。すなわち、わが国の経済において、たとえテクノロジーの変化をどんなに見込んだとしても、いずれにせよ、生産能力の遊休、つまり、デフレ・ギャップが超膨大に発生してきていることは、疑いのないところである。
経済学の「生産関数」分析の手法を用い、そして、テクノロジーの変化なども十分に算入したうえで、資本設備と労働力の両面から総合的に、この生産能力の遊休状況、すなわち、デフレ・ギャップの推移を、一九七〇〜二〇〇〇年の時期について精密に計測した結果を示したのが付図1である。この図は、すでに本誌4月1日号で示したものであるが、重要な意味を持っているので、あえて、ここに再掲しておく。要するに、この付図1が明瞭に示しているように、過去二十数年にもわたって、デフレ・ギャップは拡大を続けてきたのであり、近年のわが国の実質GDPの水準は、「完全雇用・完全操業」によって実現できるはずの「潜在GDP」の六割にも及ばないような低いところに低迷している。あのバブル期においてさえも、投機的なマネー・ゲームの盛行とは裏腹に、実体経済の成長率の回復は僅かでしかなかったから、この付図1が示すように、デフレ・ギャップの拡大テンポがやや抑えられただけで、ギャップが縮小するまでにはいたらなかった。そして、その後の「平成不況」の時期に入ってからは、デフレ・ギャップは飛躍的に拡大してきている。
すなわち、現在のわが国経済においては、デフレ・ギャップが四〇%前後も発生しており、それによって、年間四〇〇兆円近くもの潜在GDPが、それだけの総生産を実現しうる生産能力の余裕があるのにもかかわらず、総需要が増やされていないために、それが実現されえずに空しく失われているのである。七〇年代の半ばから近年までの二十数年間では、こうしてデフレ・ギャップの形で失われた潜在実質GDPの総額は四〇〇〇兆円(一九九〇年価格評価の実質額)という天文学的に超膨大な巨額に達する。先月の本誌(11月1日号)で私が痛烈に批判したように、旧経済企画庁とそれを受け継いだ内閣府が、データやコンセプトのはなはだしい曲解や欺瞞的算定によって、この巨大デフレ・ギャップの発生・拡大という実情を否認・秘匿してきているのは、まさに犯罪的であると言わねばならない。
確かに、現在、不況に苦しむわが国の企業は、工場設備を廃棄したり、人材の養成・確保も断念したりして、生産・営業拠点を外国へ移す動きも多い。しかし、それでもなお、現在のところは、わが国の生産能力の余裕は膨大なのである。
生産能力の余裕を失えば万事休す
ここで再言しておくが、上記のごとく「支那事変」当時の史実を回顧しつつ指摘しておいたように、国民経済的に見れば、このデフレ・ギャップという生産能力の余裕こそが、「真の財源」にほかならない。
ところが、今日のわが国においては、この超膨大な「真の財源」が活用されておらず、現実には、現在、わが国民の窮乏化が、日々、進みつつあり、社会保障なども大幅に縮小・削減されようとしている。
国家財政の破綻も、深刻化の一途をたどっている。まさに、ケインズが強く批判してやまなかった「豊饒の中の貧困」の矛盾を極致であると、言わねばなるまい。
しかし、この巨大デフレ・ギャップという超膨大な「真の財源」は、内需を大幅に拡大しさえすれば、それを、いくらでも活用していくことができる。すなわち、付図2のシミュレーション結果が示すように、経済の高度実質成長を達成し、国民の生活水準の画期的な向上をはじめ、投資の回復、社会保障や社会資本の充実、防衛力の整備、自然環境の改善、途上国への援助、そして、政府財政の再建、等々、なんでも存分にできる。そして、このように日本経済が回復・興隆の軌道に乗れば、世界大不況の発生も食い止められるであろう。それに反して、同じく図示された現政府の緊縮財政による不況の激化の悲惨な経路は、まことに対照的である。
そのような大規模な総需要拡大政策を実施するためのカネの面での財源は、私が本誌の本欄でも繰り返し提言してきたように、経済学的にオーソドックスで、最も簡明で効果が大きく安全・確実な方策として、国家の基本権の一つであるところの「国(政府)の貨幣発行特権」(日銀券とは別個の政府紙幣をも含む「政府貨幣」の発行権)の大規模な直接・間接の発動によって得ればよい。
いわば、明治維新の成功の決定的要因となった「太政官札」発行の故知に倣えばよいのである。この場合には、政府は利息の支払いや元本の返済など不必要であり、担保もいらず、国民にも何の負担もかけない。しかも、無尽蔵の貨幣的な財源を得ることができるのである。
しかしながら、ここで繰り返して強調しておくが、このように「国(政府)の貨幣発行特権」の発動という「打ち出の小槌」を財源として、大規模な内需拡大政策を実施しさえすれば、きわめて容易かつ安全確実に、わが国の経済の再生・興隆と財政の再建を達成できるのは、付図2が明瞭に示しているように、あくまでも、「真の財源」すなわち生産能力の余裕が、マクロ的に大きく存在しているという条件があってのことである。
この生産能力の余裕を失ってしまえば、もはや、万事休すであって、わが国の経済と財政の再建・再興は、ほとんど不可能になってしまう。
ところが、近年のわが政府が、こともあろうに、この「真の財源」を潰してしまおうとするきわめて危険な政策スタンスを続けてきているのである。
犯罪的に奇怪・危険な政府の政策姿勢
例えば、すでに小渕内閣のとき、平成一一年の一月に閣議決定された「産業再生計画」や、同内閣が設置した「経済戦略会議」から公表された「日本経済再生への戦略」(同年二月)は、「操業度が低くなっている余裕生産能力をかかえたままでは、ケインズ的政策によって総需要を拡大させても総生産は上昇せず、景気は回復しない」とする、まことに奇怪かつミス・リーディングな前提に基づいて策定されており、「余裕生産能力をすべて廃棄せよ!」(つまり、資本設備の廃棄と人員の解雇の強行)といって、むしろ「捨てばち的な」政策姿勢がその顕著な特徴となっていた。
そして、小渕内閣のそのような奇怪・危険な政策スタンスの形成には、ほかならぬ竹中平蔵氏が、その時の「経済戦略会議」の主導的メンバーとして、大きくかかわっていたのである。
また、巨大デフレ・ギャップの発生・累増を、否認・秘匿していた旧経済企画庁をはじめ当時の政府の政策当局が、あの時、突如として、遊休生産能力がきわめて大きいと叫びはじめ、そのような余裕生産能力を廃棄すべしとする政策を性急に推進しはじめたのであるから、まことに矛盾した話であった。
言うまでもなく、このような奇怪・危険な政策姿勢は、現在の小泉内閣にいたって、いっそう凶暴な形で現れてきている。「不良債権・不採算企業」の処理強行という政策は、そのことを端的に物語っている。例えば、小泉政権により年内にも確定される予定の「産業・企業再生基本方針」の原案が、去る一〇月三一日に明らかになったのであるが、その内容は、きわめて過酷なものとされている。
すなわち、それによると、稼働率の低下が三年以上続き、売上額に占める固定費の割合が高くなって採算が悪化しているような企業は、「産業再生機構」による再建の対象からさえ外されて、「整理回収機構」に持ち込まれ、担保の処分をはじめとする「処理」が進められるものとされたのである。要するに、稼働率の低下に苦しんでいる企業は、片っ端からそれを取り潰せということであり、そのように稼働率の低い生産能力は、資本設備も人材も、不要なものと見なして棄ててしまえというわけである。
しかしながら、総じて言えば、現在のわが国の産業における稼働率の低下は、マクロ的なデフレ・ギャップの発生によるものであり、それは総需要の不足によって生じているものである。それは、個々の民間企業が怠けていたからなどでは、断じてない。
総需要をコントロールしうる政策的な権能は、あくまでも政府にあるのであって、民間にはそれがない。したがって、デフレ・ギャップを発生させ、全般的に産業の稼働率を低下させて企業採算を悪化させた責任は、あくまでも政府にある。
その政府が、その重大な失政を反省しようともせず、また、その責をまったく負おうともせず、そのような失政の結果として民間の産業の稼働率が低下し採算が良くなくなったということにかこつけて、わが国民が多年の努力で築き上げてきたところの、そして、わが国の社会の究極的な「真の財源」であるところの余裕生産能力を、政府の政策として無理強いに廃棄させ、わが国の経済社会を決定的な衰亡に導こうとしているわけである。まさに、許しがたい暴政であると言わねばならない。(了)