『ジャパン ポスト』平成15年2月1日号掲載

           「日本経済は、世界無比の優秀性を持っている」
−−−だが、政府は、それを破局に陥らせつつある−−−


                                         日本済済再生政策提言フォーラム
                    会長 大阪学院大学教授 丹羽 春喜
                                        丹羽経済塾 塾長 丹羽 春喜


歳出総額の半分近くが、国債の新規発行に依存

 政府は、12月24日の閣議で、平成15年度(2003年度)の政府財政予算案を決定した。一般歳出47.6兆円、国債費(利払い、および、純償還額)16.8兆円、地方交付税交付金17.4兆円、歳出合計81.8兆円であり、基本的な政策支出である一般歳出が平成14年度とほぼ同額に抑えられ、相当に厳しい緊縮型の予算案である。しかも、上記の国債費のなかには既発国債や借入金の純償還額(すなわち純返済額)も含まれているはずなのであるが、ここに示されている16.8兆円という予定額のうちからは、利払いに14兆円程度は充当しなければならないはずであるから、純償還額はわずかに2〜3兆円ぐらいしか予定されていないことになる。
つまり、数百兆円にも達している政府負債の正味の返済をほとんど停止して、もっぱら借り換えに依存するような予算になっているのである。にもかかわらず、税収が10.7%減の41.8兆円、その他雑収入が19.4%減の3.6兆円(ともに2002年度当初予算との比較)と見積もらざるをえなかったために、国債の新規発行額が、借り換えぶんを除いても、21.5%増の36.4兆円の予定とされるにいたった。歳出の総額の半分近くが、国債の新規発行に依存することになったわけである。
 経済不況によって税収等が減り、財政支出の緊縮がなされると、それが、さらなる景況の悪化と、いっそうの財政収入の減少、財政破綻の激化をもたらすという悪循環が、今や、ますます深刻化しつつあるということが、この2003年度予算案においても、きわめてはっきりと見られるのである。

米国の今回の景気対策案は、かなり迫力があり、ある程度は効果を期侍しうる

他方、新年1月7日、米国のブッシュ大統領は、2003年からの10年間で総額6700億ドル(約80兆円)にのぼると見積もられる景気振興政策を、合衆国連邦議会に提案した。そのうちの「真水」部分はそれほど大きくはないとしても、この景気振興政策のうち最も注目すべき施策は、当初の16ヶ月で980億ドル(約12兆円)に達する所得税減税の前倒しと株式配当課税の撤廃であろう。その他、地方政府の失業対策を支援するための連邦財政支出を増やすこともうたわれている。
 ただし、米国には、クリントン政権時代に厳格な内容のものとされた「財政均衡法」という法律があり、赤字財政をかなり厳しく制限しているので、それとの折り合いをどのようにつけて、今回の景気対策案を連邦議会で通すのかという点が、重要なポイントとなろう。また、各州の財政が苦しく、その歳出が削られることで、米国経済の景況回復を妨げる心配もある。しかし、いずれにせよ、わが国の自民・公明・保守の与党三党が12月に決めた新年度税制改正大網では減税規模がわずかに2兆円で、しかも、増税と抱き合わせといった姑息な内容のものにとどまったのと比べると、米国の今回の景気対策案は、かなり迫力があり、ある程度は効果を期侍しうるかもしれない。

ブッシュ政権は金融政策に代わって、財政政策や減税政策を行う

また、今回の米国の景気対策案では、金融政策への言及が、ほとんど無いという点も、一つの特徴である。一昨年、米国経済の景気後退の兆候が現れたときから、グリーンスパン氏が率いる米国連銀は、矢継ぎ早に幾度も大幅な利下げを断行してきた。しかし、それによる景気浮揚効果は、むしろ、乏しかった。すなわち、近年のわが国の場合と同様に、景況が楽観を許さないので、企業サイドでは投資の採算性について自信が持てず、したがって、利下げが大幅に行なわれたにもかかわらず、民間投資が低迷したままに推移し、景気回復がはかばかしくないという「流動性のわな」と呼ばれる現象が、米国でも生じてきたわけである。だとすれば、金融政策に代わって、財政政策や減税政策の出番ということになる。ブッシュ政権は、そのことを、よく理解したうえで、今回の景気振興政策案を策定したようである。
 このように見てみると、米国政府の経済政策の姿勢は、ケインズ的有効需要政策を無効果だと決めつけてきた「新古典派」の立場には、ほとんど全く従ってはいないということがわかる。
むしろ、不十分とはいえ、利下げ、減税、財政支出拡大、といった正統派的なケインズ的政策によって、ブッシュ政権は、一昨年以来の景気後退と闘ってきている。このことを裏書きするように、今回の同政権による景気振興政策案でも、「構造改革」などということには、ほとんど力点が置かれてはいない。まさに、わが国の小泉内閣の政策スタンスとは正反対であると、言わねばならない。


日本経済はデフレ・ギャップ(「真の財源」)がきわめて巨大

 私は、本誌各号の本稿では、わが国の経済を憂慮をもって見つめ、その危機的な現況を指摘し続けてきた。しかし、実は、現在のわが国の経済には、想像を絶するほどに強い点や優れた特性も備わっているのである。
 たとえば、私はわが国の経済におけるデフレ・ギャップがきわめて巨大な規模に達していることを、精密な計量的推計によって計測してグラフで図示するといったやり方で、そのことを本誌各号でも幾度も示してきた。そのようにデフレ・ギャップが膨大に発生していることは、きわめて憂慮すべきわが国経済の問題点である。しかし、私が本誌の昨年12月1日号で詳しく論述したように、デフレ・ギャップが巨大であるということは、わが国の経済社会において生産能力の余裕が十二分に存在しているということを意味している。したがって、これこそが、実質タームで見た場合の、わが国が持っているきわめて大きな「真の財源」であると言うことができる。この「真の財源」がきわめて巨大であるということは、明らかに、わが国の経済社会が持っているきわめて大きな強みであると考えることもできるはずである。

日本経済における市場メカニズムは、非常に優れたパーフォーマンス発揮

 もっと質的な局面にも目を向けてみよう。たとえば、本誌の昨年9月1日号でも強調しておいたが、わが国の経済のきわめて顕著な一つの特徴は、付表1が示しているように、GDP(国内総生産)に占める在庫変動額のシェアが非常に小さく、ゼロに近いほどであるということである。

                  付表1
   わが国の在庫変動額の対GDP比率

1980年度 0.8%
1985 0.6
1990 0,7
1991 0,7
1992 0,1
1993 0,0
1994 −0,0
1995 0,5
1996 0,6
1997 0,6
1998 −0,1
1999 −0,2
 2000 −0,3
2001 −0,4

(注)本表は名目値ベースの数値を示した。
(典拠)「国民経済計算年報」平成11年版54−55頁、および内閣府のホームページ


つまり、需要の動きに応じる企業サイドからの商品供給がきわめて敏速・的確に行なわれ、
ミス・マッチなどはほとんど無く、諸商品の需給がみごとに均衡しているということである。これほどに見事な成果をあげでいる国は、わが国以外には無いであろう(かつて、ソ連など共産圏諸国では、需給のミス・マッチがおびただしかったために、この在庫変動比率が、しばしば10%を超えるほどにまで大きかった)。この意味で、現在もわが国の経済における市場メカニズムは、非常に優れたパーフォーマンスを発揮しているのである。政府が、「構造改革政策」と称してそれを恣意的にいじくりまわす必要などはまったく無い。

デフレ・ギャップは巨大だが需給ギャップはほとんど生じていない

 ただし、現在のわが国においては、需給が立派に均衡しているといっても、マクロ的な需給均衡点−−−いわゆる「ケインジアン・クロス点」−−−は、総需要の不足のゆえに、完全雇用・完全操業での潜在GDPという「天井」から見れば60%にも達しない低い水準のところに位置している。すなわち、デフレ・ギャップが40%以上も生じているのである。つまり、現在のわが国経済では、が、デフレ・ギャップは超大規模に発生しているわけである。政府は、このことを国民の目から秘匿し続けているのである。

日本経済は、実質GDPの伸び率のうち生産性の伸び率が占めている比率がきわめて高い

 需給が見事に均衡しているというこのことと並んで、わが国の経済のものすごい底力を表している指標が、付表2に示したような生産性(労働生産性)の動向である。

                付表2 わが国におけるGDP成長率と生産性上昇率

1980-1990 1980-1995 1980-2000 1995-2000
@就業者数(倍) 1,129 1,116 1,164 0,998
A平均労働時間(倍) 0,981 0,931 0,916 0,984
B総労働投入量(倍)(@×A) 1,108 1,086 1,066 0,982
C実質GDP(倍) 1,719 1,062 1,719 1,073
DGDP成長年率(%) 4,09 3,19 2,75 1,43
E生産性(倍)(C÷B) 1,349 1,474 1,612 1,093
F生産性上昇年率(%) 3,04 2,62 2,42 1,79
G生産性上昇年率÷GDP成長年率(F÷D) 0,74 0,82 0,88 1,26

(注)本表は暦年ベースの数値によっている。実質GDPは「1995年価格評価」の系列に依拠した。
(典拠)「国民経済計算年報」(平成14年版)、および「日本統計月報」


すなわち、この付表2が明瞭に示しているように、わが国の経済では、実質GDPの伸び率のうち生産性の伸び率が占めている比率がきわめて高いということが、顕著な特徴になっている。

「オーカンの法則」(米国での経験則)は日本経済にあてはまらない

 エコノミストたちのあいだでは、よく知られていることであるが、米国のオーカン (オークンとも発音する)という著名な経済学者の計測によって、米国経済では、就業率が1%上昇(したがって失業率が1%減少)した場合には、それに応じて平均労働時間もある程度長くなる傾向があり、人々の労働参加率(すなわち労働力率)も高まって労働力人口それ自体もやや多くなり、そして、労働生産性も上昇して、結局、実質GDPが3%程度上昇することになるという経験的な法則性があることが、明らかになっている。これが有名な「オーカンの法則」であるが、この米国についての経験則で見た場合には、この3%の実質GDPの上昇率のうち、生産性の上昇率が占める割合は約1%、すなわち、三分の一程度であるとされているのである。
 ところが、付表2が示しているように、わが国の場合は、実質GDPの伸び率に占める労働生産性の伸び率の割合が、「1980〜90年では74%、1980〜95年では82%、そして、1980〜2000年の期間で見てみると88%にも達していて、非常に高い。すなわち、わが国の場合には、実質GDPの伸び率のうち生産性の伸びによってもたらされている割合が.オーカン氏が計測した米国経済についての経験則などは全く問題にならないほどに、きわめて大きいわけである。
1995〜2000年の期間にいたっては、実質GDPの伸び率よりも生産性の伸び率のほうがずっと高い(1.26倍)といった驚くべき結果になっているのである。
 だから、近年のわが国では、失業が増えつつあろのだということにもなるわけではあるが、しかし、なんといっても、実質GDPの大部分を生産性の向上によって生み出してきているということは、わが国の経済の、おそらく世界無比いってもよいほどの優れた特性である。この点に着目してみても、わが国の市場経済の効率はきわめて高いことが明らかであり、政府が(すなわち官僚たちが)「構造改革政策」などで干渉する必要などは、全くないのである。


 政策フリー・ハンドをなぜ生かさない


 上述のごとく、わが国の「真の財源」である生産能力の余裕は、現在も、いぜんとしてきわめて大きい。しかも、わが国の経済は、本稿で明らかにされたような、驚くべき優秀な機能と効率性を、内蔵しているのである。また、私が、たとえば本誌の昨年6月1日号で、統計数字を用いて実証的に論証しておいたように、わが国では、「乗数効果」がきわめてしっかりと揺るぎなく作動していることも明らかなのである。したがって、ケインズ的な財政政策によって総需要を拡大させて、景気を回復させることは、きわめて容易にできるはずのことである。そのような財政政策の実施のためのマネー・タームでの財源も、私が繰り返し提言してきているように、現行法でも政府に無限に与えられている「国(政府)の貨幣発行特権」を直接あるいは間接に大規模に発動すれば、無尽蔵に得られる。利息の支払いも、元本の返済も、担保の提供も要らない。国民にも、全く負担をかけないですむ。
そのうえ、わが国の場合には、どんなに景気を良くしたとしても、それによって対外支払いに困るようなことになるなどとは、まず、考えられない。景況が好転し高度成長になれば、ある程度は円安傾向になるであろうが、そうなれば、むしろ、わが国の産業は対外競争力を強めることができるから、わが国は、産業空洞化の心配から脱却することもできるのである。
 要するに、わが国の政策当局には、経済政策のうえでは、完全なフリー・ハンドが与えられているというのが本当の実情なのである。にもかかわらず、政府はそのことを真剣に認識しようともせず、また、国民にもそのことを秘匿して、わが国の経済と財政とを底なしの衰亡・破滅へと陥らせつつある。憤激にたえない。   (了)