『ジャパンポスト』平成14年7月1日号 掲載
日本経済再生政策提言フオーラム会長 丹羽春喜(大阪学院大学教授)
丹羽経済塾塾長 丹羽春喜(大阪学院大学教授)
まだ終わってなどいない景気悪化
「救国の秘策」に残された時間も少なくなってきた
びっくり仰天するほどの楽観論だが、早くも修正中
読者諸氏も感じ取ってこられたのではないかと思うが、政府による「景気底入れ」宣言(5月17日)がなされた頃からは、俄然、わが国の大企業系シンク・タンクやマスコミなどは、本年度のわが国経済の動向について、かなりの景気回復がなされるにちがいないとする楽観的な見通しを表明するようになってきた。少なくとも、企業収益に関するかぎりでは、それが、本年度(2002年度)において、きわめて急速で飛躍的に大幅なV字型の回復・改善を達成するにちがいないという予測が、しきりに強調されるようになってきている。
ただし、このような楽観論も、5月24日に大手銀行13行の決算が発表されて、その全行がすべて巨額の赤字を計上し、しかも、本年3月期末時点でのその不良債権残高が前年度比47%もの累増で27兆円にも達していることが明らかになった頃からは、多少は慎重な言い方へと、若干の軌道修正が行われ始めたようにも思われる。
さらに、6月5日の財務省の発表で、本年1〜3月期の全産業設備投資額が前年同期比で16.8%もの大幅減少ということが明らかにされると、さすがに、大企業系の各シンク・タンクも、いっせいに、それまで年率換算で9%前後にもなっているとしていた本年1〜3月期のGDP(国内総生産)伸び率推計値を、6%前後に下方修正するにいたった。
そして、よく知られているように、6月7日、内閣府は、本年1〜3月期のGDP速報値を、対前期比1.4%、年率換算5.7%の実質伸び率であったと発表したわけである。
この内閣府の推計値については、その信頼度についての批判的なコメントも、マスコミでかなり目につく。しかし、いずれにせよ、内閣府が推計したこの年率換算5.7%という成長率の数字それ自体が、けっこう高い数字のように見えていることは確かである。
夏過ぎから急激に悪化する景気を、政府は見逃す
かくて、本年1〜3月期のわが国のGDPが一応はかなりの伸びであったとして、ゆえに「景気は下げ止まり、景気悪化は終わった」のだと判定したうえで、だから、本年度において、企業収益が大幅に改善され、したがって、今後は景気も多かれ少なかれよくなるはずだと、基本的には現在も依然として楽観的に、強調し続けているのが、政府をはじめマスコミや大企業系シンク・タンクなどの主流的な見解のようである。
政府は、このようなムードをよいことにして、不況対策について、ますます消極的な姿勢をとるようになってきている。
大企業の狂ったような収益予想も責められるべき
そのようなムードをもたらしている重要な背景として、本年春の時点で、大企業を中心にした産業界自身が、きわめて楽観的な本年度(すなわち来年3月決算期)の収益予想を、いっせいに発信しはじめたということも、指摘されねばならないであろう。
付表 わが国の上場企業の2002年3月期決算と2003年3月期収益予想
(対前期比増減率、%))
| 在来市場の企業(1664社) 売上額 経常利益 |
新興市場の上場企業(543社) 売上額 経常利益 |
|
| 全産業(金融を除く) 2002/3期決算 |
−2.1 −41.6 | −1.5 −22.0 |
| 2003/3期予定 | 1.6 62.5 | 6.2 32.6 |
| 製造業 2002/3期決算 |
−1.7 −56.9 | −7.0 −47.0 |
| 2003/3期予定 | 2.6 107.6 | 4.5 42.7 |
(注)本表では、原則として、連結決算による算定数値が示されている。
新興市場は、店頭(JASDAQ)、マザーズ、ナスダック・ジャパンの3市場である。
〔出所〕『日本経済新聞』本年6月13日付、および5月28日付朝刊。
付表は、わが国における証券市場上場企業のうち、6月上旬時点で決算公表が済んだ2207社の本年3月末の決算結果と、本年4月から来年(2003年)3月末の決算までの収益予想を示したものであるが、本年3月の決算では減収・減益が著しかったものの、来年3月末までの本年度中においては、たとえば在来市場の上場企業について見てみても、全産業で63%、製造業にいたっては108%もの増益という、まさに、様変わりの劇的な収益の改善がなされうるだろうと予想されているわけである。
これには、まったく驚かされる。JASDAQ市場やナスダック・ジャパンなどの新興市場に上場されている企業においても、同様に、きわめて大幅な増益が予定されている。もちろん、企業会計の計算上では、利益は残差として算定されるのであるから、それが大幅にぶれることは当然ありうる。しかし、それにしても、この付表に示されているような上場各社の強気きわまる楽観的スタンスには、びっくり仰天せざるをえない。
経済学がわかっていない、これでは経営学だ
とは言え、このような楽観論は、どう考えても腑に落ちない。そもそも、真面目な経済分析をやりさえすれば、本年度(2002年度)のわが国のGDPがマイナス成長に陥ることは必至だということが、たちどころに明らかになるはずである。
なぜならば、本年度においては、前年度(2001年度)に比べて、すでに民間投資支出が大幅に落ち込んでおり、そのうえ、中央政府に地方自治体をも加えた「一般政府」概念での政府支出(公共投資と政府消費)もかなり削減されることが確定しているからである。
財投にいたっては対前年比で18%も削られることになっている。純輸出(すなわち貿易収支黒字)に望みを託したいところであるが、もともと、純輸出額のGDPに占めるウエートは僅かなものでしかないのであるから(昨年度は、名目ベースでは0.8%、、3.9兆円にすぎなかった)、あまりそれに期待するわけにもいかない。しかも、最近では、米国の景気も腰折れ気味であり、円高が進行し、わが国の輸出産業が苦しくなりはじめているのであるから、なおさらのことである。
本誌6月1日号の本欄で実証的な統計データなどを用いて詳しく述べておいたことであるが、実は、自生的(オートノマス)な独立変数としての最終需要(有効需要)という特性を発揮してGDPを決定する力を持っているのは、この「民間投資十政府支出十純輸出」という三項目の合計額だけなのである。
そして、この三項目合計の「自生的な最終需要」から作用を発してGDPを形成していく所得の波及効果ーーいわゆる乗数効果ーーによって一定の率で誘発されるのが家計消費である。つまり、この意味では、家計消費は、これも一つの大きな最終需要であり有効需要であるが、しかし、あくまでも、それは従属変数なのであって、独立変数としてGDPを決定していくような力は持ってはいない(このことは、とくに、わが国の家計消費について実証的に計測された「消費関数」の顕著な特徴となっている)。
景気変動理論により必ず景気は悪化する
つまり、本年度のわが国の経済の場合は、自生的な最終需要である「民間投資十政府支出十純輸出」の額が対前年比で相当に落ち込むことが確実なのであるから、それに正比例して、GDPが昨年度よりも低くなる(つまりマイナス成長になる)ことが、不可避なのである。
このマイナス成長の趨勢が、政府支出のいっそうの削減によって、来年度以降にはさらに深刻化することも必至であろう。
このようなことは、エコノミストであれば誰でもがよく知っているはずのことである。だというのに、なぜ、いま、「景気は下げ止まり、景気悪化は終わった」などと言うことができるのか?これは、まことに無責任な虚言でしかない。
マイナス成長の時には売上額は減少するのだ
ここで、企業収益のことを、もう一度、考えてみよう。付表を見てみると、本年度、わが国の企業は、ずいぶん大幅に売上額を伸ばすことができるものと予定していることがわかる。新興市場上場の企業の場合に、とくにそれが著しい。しかも、この付表に示されている売上額の増加率の予定値は、昨年度中でも最も落ち込んだ時期である昨年11月ないし12月における最低レベルの売上額を出発点とした増加率目標ではない。そうではなくて、昨年度中の売上額の総額を本年度にはさらに増やそうという意味での増加率の目標値が、示されているのである。
つまり、昨年度中の売上額の平均レベルから見て、本年度中の売上額の平均レベルをどれだけの率で引き上げうると予定しているかということが、示されているのである。この点を理解するならば、この付表に示されたわが国の上場企業の本年度における売上拡大予定が、実は、非常に気張った野心的なものであるということが判明する。
しかし、客観的に見れば、GDPがマイナス成長の状況下で、企業の売り上げが、全体として、この付表に示されているほどにどんどん伸びるなどということは、ありえないことである。すでに海外に生産・営業活動の主要部分を移してしまっている「空洞化ずみ」の企業は別であるが、大多数のわが国の産業や企業は、わが国経済のGDPがマイナス成長になれば、必然的にその売上額も減ることになってしまう。
いくら、「昨年度までにリストラを完了したから、本年度からは利潤が激増する!」などと息まいていても、売上額が減っては、どうしようもないはずである。
たとえ、全般的な売上額の不振・停滞にもかかわらず、1部のりストラ完了組の企業の利潤だけは、ある程度は増えるといったことがありうるものとしても、そうだからといって、GDPが上昇するという形で経済全体の景気がよくなるということには、決してなりはしない。
そのような一部企業のりストラ効果による利潤増加が民間投資の大幅な増加を誘発するようなことにでもなれば話は別であるが、いまのところ、そのような兆候や可能性は、まったく絶無である。
もちろん、個々の企業としては、それぞれに、リストラによるコスト節減努力に懸命に努めざるをえないであろう。それによって、その企業自身は、一時的には利潤をあげうるようになるかもしれない。しかし、経済全体を見た場合には、多数の企業のリストラ努力は、結局、企業同士が直接・間接に注文を削りあい、需要を減少させあうということにほかならない。そして、それは、マクロ的に総需要を減少させ、いやがうえにも不況を激化させる要因となる。
つまり、産業や企業は、自分たち自身で自分たち自身の首を絞めあうことになるわけである。これが、「合成の誤謬」の鉄則である。
企業の自助努力によって景気回復させることはできない
要するに、政府が総需要拡大によるケインズ的な景気振興政策ーーつまり、上述の「自生的な最終需要」(有効需要)支出を政策的に増やすことーーの実施を怠って、無為・無策を続けているという現状において、「・・・しかし、そうではあっても、企業が自助努力でリストラにつとめて収益力を高めれば、経済は自律的に回復・成長に向かうだろう」などと思うことこそが、あまりにも経済理論を無視してしまっているような浅はかな考え方にすぎないのであり、甘いのである。
刻々と迫る経済・財政の決定的破局
本誌5月1日号の本欄で強く指摘・警告しておいたように、こうしているあいだにも、わが国は、刻々と、経済と財政の決定的な破局へと陥りつつある。もとより、小泉内閣流の「構造改革」政策などは、何の役にも立たない自涜行為でしかない。このような状況のままに推移していくとすると、あと数年もすれば、わが国は、言語に絶するような悲惨きわまる全国民的な困窮状態と、名状すべからざる社会的大混乱に直撃されることになるであろう。そうなれば、わが国は、事実上、滅びる。
「国の貨幣発行特権」発動による総需要の拡大で高度成長も可能だ
ただし、現在の状況であれば、まだ、私が本誌でも繰り返し提言してきたように、「国の貨幣発行特権」の大規模な間接的発動という「打ち出の小槌」による「救国の秘策」の断行に踏み切りさえすれば、わが国は、国民になんの負担をもかけずに、しかも、100%安全・確実かつ即効的に、財政と経済の危機から脱出し、国連の再興をはかることができる。
不良資産、不良債権も、一挙に、優良資産、優良債権に一変させてしまえる。
生産能力の余裕を失えば、おしまいだ
しかし、私が提言してきたこのような正統派ケインズ主義的な「救国の秘策」が有効なのは、わが国が、まだ、十分に大きな生産能力の余裕を持っているあいだでの話である。
ところが、わが国の企業は、最近、需要不足で稼動率の低下した生産設備を、どんどん、廃棄したり、外国に移設したりしはじめている。
かくして、数年後には、わが国は生産能力の余裕を失い、私が提言してきたような「救国の秘策」も、その効果を失ってしまいそうな趨勢になってきつつある。残された時間が、少なくなってきているわけである。深憂にたえない。
(了)