『ジャパンポスト』平成14年6月1日号 掲載

                                 日本経済再生政策提言フオーラム
                           会長 丹羽春喜(大阪学院大学教授)
                                                      丹羽経済塾
                           塾長 丹羽春喜(大阪学院大学教授)



        
 「公共投資」が少なすぎたことが不況の原因である
      ーー「底入れ」宣言があったが、夏ごろからマイナス成長は必至ーー



いかがわしい風説の流布

近年のわが国においては、経済に関して、まったく無根拠な、いかがわしい風説がおびただしく流布されて、奇怪なマインドコントロール状況にわが国民を陥れてしまっているということが、否定しようもない実情となっている。
そのような風説のなかでも、とくにポピュラーなものは、「・・・わが国では、これまで政府の財政支出が大幅に伸ばされてきたにもかかわらず、経済を活性化させることに、ほとんど役に立たなかった」とする説であろう。これについては、さらに、「・・・そのように、公共投資など政府の財政支出のGDP(国内総生産)に占めるウエートが肥大化して、その効率が低下したので、経済を成長させることができなくなり、また、そのような政府財政支出が国民の所得を誘発・増加させる効果ーーすなわち「乗数効果」ーーも、きわめて微弱になってしまっているのだ」とも、まことしやかに、言い立てられている。

そして、「公共投資などは止めよ!土建屋国家はごめんだ!」といったキャンペーンを、『朝日新聞』などが大々的に繰り広げている昨今である。竹中平蔵経済財政担当大臣をはじめ政府の政策担当者たちも、むしろ、このような風説を流布させることに、一役も二役も買っているような姿勢であり、「・・・だから、財政出動で政府支出を増やしてみても、わが国経済の景気を回復させることはできないのだ!」と、しきりに強調してやまない。
いまや、これが、わが国の経済と財政の破局的な危機的趨勢を無為無策のままで傍観し続けているかのごとき政府の姿勢への、格好の言い訳の「決まり文句」となっているわけである。

 
しかし、私が幾度も指摘してきたように、このような風説は何の根拠も無い全くの虚言である。本稿では、このことを、いっそう深く掘り下げて考察してみたい。


        第1表  GDPと自生的有効需要諸項目の伸び率比較(1990年価格評価実質値)
             

年度↓ GDP 総額         自生的有効需要支出             
民間投資支出
および純輸出
政府支出 左欄のうち
公共投資
1970−2000 2,56倍 2,49倍 2,57倍 2,38倍 2,34倍
1980−2000 1,66倍 1,66倍 1,83倍 1,51倍 1,41倍
1980−1995 1,60倍 1,60倍 1,67倍 1,53倍 1,63倍
1995−2000 1,04倍 1,04倍 1,10倍 0,96倍 0,87倍


(注)本表は平成12年度まで公式に用いられてきた方式でのGDP勘定の数字によった。なお、本表での政府支出は、中央政府に地方自治体をも加えた「一般政府」による政府最終消費支出と公共投資(すなわち公的資本形成)である。
〔典拠〕経済企画庁編『国民経済計算年報』平成12年版、32〜33ページ、および内閣府のホームページ(平成13年8月18日視読)

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政府支出の伸びは、低かった

まず、ここに掲げた第1表を、ちょっと見ていただきたい。この表は、政府の2000年度(平成12年度)までの公表GDP(国内総生産)統計にそのまま依拠して作成されているのであるが、1970年から2000年までに、実質GDPが2.56倍(年度ベース)に増えたのに対して、実質政府支出(中央および地方)は同じ期間に2.38倍の伸びでしかなかったということが示されている。
1980年から2000年までの期間をとっても、GDPの伸び1.66倍に対して、政府支出の伸びはそれを下回って1.51倍と低い。
90年代について見てみても同様であって、たとえば95年から2000年までの期間になると、実質GDPの伸び(同じく年度ベース)はすっかり低くなって1.04倍でしかなかったが、実質政府支出はマイナスの伸びであって、0.96倍と落ち込んでいる。この政府支出のうちに含まれている「公共投資」にいたっては、0.87倍に抑え込まれている。つまり、90年代後半には、公共投資が13%も削減されたわけである。このように、政府支出総額の伸び率よりも公共投資の伸び率のほうが低いという基本的傾向は、この表の右端の欄が示すように、70年から2000年までの期間をとってみても、80年から2000年までの期間についてみてみても、同じように見出されうる。要するに、
GDPに占める政府支出や公共投資支出のシェアが肥大化してきたなどと言い立てている風説は、真っ赤なウソなのである。


乗数効果は2.5倍ある

この第1表では、「自生的有効需要支出」という大項目が掲げられていて、それを構成する小項目が、「民間投資支出および純輸出」および「政府支出」であるとして示されている。ここで「純輸出」とは、要するに輸出額から輸入額を差し引いた差額(すなわち貿易収支額)のことである。また、「政府支出」とは、「一般政府」(中央政府に地方自治体を加えた概念)による「政府最終消費」(政府による人的サービス購入額すなわち公務員人件費をも含む)に公共投資などの「公的資本形成」を加えた額である。この「自生的有効需要支出」がGDPの形成にどのようにかかわっているのかということを、簡明・平易に示したのが付図である。
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                            付図 GDPの形成プロセス図解


                       500兆円÷200兆円=2.5=ケインズ乗数
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GDPの額によって家計消費支出額が決まる

 わが国の経済社会では、マクロ的に家計消費支出が、多くなるか、少なくなるかは、もっぱら国民所得の大小によって決まってきている。国民所得の数多い指標のなかで、現在、最もよく使われているのがGDPなのであるから、結局、GDPの形成に照応して家計消費支出額は決まってくるのだと言ってよい。このことは、統計的に「消費関数」を推計してみれば、すぐに、実証的に裏付けられることである(私自身も、そのような消費関数の計測によって、実証的な裏付けを行った)。
要するに、家計消費支出額は、たしかに最終需要ではあるが、しかし、それはGDPの形成プロセスにともなう所得の波及効果(すなわち「乗数効果」)によって誘発され決定されていく「従属変数」なのである。

ところが、それとは逆に、民間投資支出額、純輸出額、および、政府支出額は、いずれも最終需要(中間需要ではなく)であって、しかも、多かれ少なかれ自生的な「独立変数」としてGDPそのものの大きさを決定する作用を演じている。だからこそ、付図が示すように、この三項目は経済理論的に「自生的な有効需要支出」だとして取り扱われているのである。

 この付図に示されているごとく、近年のわが国の経済では、この「自生的有効需要支出」は、三項目の合計で、年額約200兆円である。実は、昨年からはGDPの計算体系がやや変更されたために、これよりはもう少し大きな額とされる算定と、もう少し小さな額とされる計算とが、併用されるようになったが、そのニつを総合して考えれば、基本的には、それほど大差はないと言ってよい。


「乗数値」は、約2.5倍であり、プラスにもマイナスにも大きく作用する

いずれにせよ、この200兆円の自生的な有効需要支出から「乗数効果」(所得の波及効果)が生じ、約300兆円の家計消費支出が誘発される。そして、よく知られているように、近年のわが国のGDPは年額約500兆円であるが、それは、要するに、この200兆円と300兆円の合計額なのである。すなわち、「自生的有効需要支出額」200兆円の2.5倍である500兆円のGDPが「乗数効果」によって形成されているのであるから、近年のわが国の経済における「乗数」の値は、約2.5であると考えねばならない。
この2.5という乗数値は、けっこう大きい値である


近年、消費性向は、少しずつ上昇している

 言うまでもなく、この「乗数値」を吟味する場合には、国民(家計)の「消費性向」の推移を見ておく必要があろう。実は、第2表に示されているように、消費性向には低下傾向などは、まったく生じてはいない。むしろ、若干、上昇ぎみである。したがって、「・・・消費性向が下がったから乗数効果が働かなくなり、不況になった」と断言してやまないポピュラーな通説も、虚言である。
 要するに、「・・・現在のわが国経済では乗数効果がきわめて微弱で、乗数値は極度に小さい・・・だから、ケインズ的な財政政策などは効果が無いのだ!」と断定する当世大流行の風説(旧経済企画庁も、そのホームページなどで、こういった風説を意図的に流してきた)は、まったくのウソなのである。

                            第2表 家計所得の支出構成         (%)

消費支出
(すなわち消費性向)
貯蓄
(すなわち貯蓄性向)
利子支払、直接税
社会保険料等支払
1985年度 61,8 11,6 26,6
1990 62,1 8,1 29,8
1991 61,1 9,1 29,8
1992 61,8 9,3 28,9
1993 62,4 9,3 28,3
1994 62,7 10,2 27,1
1995 63,1 9,8 27,1
1996 63,8 9,8 26,4
1997 63,6 9,7 26,7
1998 63,9 10,1 26,0


〔典拠〕経済企画庁編『国民経済計算年報』平成10年版、11年版、12年版の各16〜17ページ


1980年から2000年まで2.5倍の乗数効果が確実に作動している

 ここで、もう一度、第1表をよく見ていただきたい。この第1表で、きわめて顕著な特徴は、「自生的有効需要支出」の総額の伸び率とGDPの伸び率がきわめてよく一致しているということである。長期的に1970年から2000年までを概観した場合に、この両指標の伸び率がおおむね一致しているというだけではない。とりわけ、1980年から2000年までの時期では、この両指標の伸び率は、
まことにぴったりと合っているのである。
80年から95年までの期間においても、95年から2000年までの期間についても、この両指標の動きは全く一致している。ということは、わが国の経済において、付図に示されて上記でも説明した2.5という乗数値を持つ「乗数効果」が、近年でも、
きわめてしっかりと、いささかの不安定さもなく作動し続けてきているということを意味しているものにほかならない。

                                  再掲示

年度↓ GDP 総額         自生的有効需要支出             
民間投資支出
および純輸出
政府支出 左欄のうち
公共投資
1970−2000 2,56倍 2,49倍 2,57倍 2,38倍 2,34倍
1980−2000 1,66倍 1,66倍 1,83倍 1,51倍 1,41倍
1980−1995 1,60倍 1,60倍 1,67倍 1,53倍 1,63倍
1995−2000 1,04倍 1,04倍 1,10倍 0,96倍 0,87倍


政府支出の伸びを低く抑えたことが、不況の原因


 また、このことは、「自生的有効需要支出」が
確実かつフルにGDPを決定し続けてきているということをも意味している。しかも、その「自生的有効需要支出」のなかでは民間投資支出(および純輸出)の伸びが相対的に高く維持されてきたのに比べて、公共投資などを含む政府支出の伸びは低かったのである。したがって、政府支出の伸びが低く抑えられてきたことこそが、GDPの低迷、すなわち、わが国の経済の不振・停滞をもたらしてきた重大原因の一つにほかならなかったわけである。これは、まさに、世の風説とは正反対のことであるが、これこそが真相なのである。


平成14年夏ごろからGDPが大きく減少する(景気が急激に悪くなる)

 そして、このように、GDPが「自生的有効需要支出」の動きに全面的にぴったりと依存して決定されているという、この疑う余地のない厳然たる鉄則を踏まえて考えると、
いまや、わが国の経済が、まさに慄然とせざるをえない危機的な事態に直面していることが、明白になる。
 なぜならば、私が、本誌4月1日号や5月1日号の本欄で指摘しておいたように、今年度においては、政府支出も民間投資も、相当に大幅に落ち込むことが必至だからである。すなわち、今年の夏ごろからは、「自生的有効需要支出額」は対前年同期比で見て相当に大きく減少し、
したがって、GDPも大幅なマイナス成長になってしまうことが不可避なのである。


迷夢から覚醒し、救国の秘策を断行せよ!

5月12日付の『日本経済新聞』(朝刊)は、政府が、まもなく「景気底入」宣言をするだろうと報じた。しかしながら、本稿で、つぶさに吟味してきたことに照らして考えるならば、そのような「景気底入れ」は、きわめて弱々しく、きわめて短命な「一時的あやもどし」にすぎないものであろうと、予測せざるをえない。
 他方において、本稿の分析は、わが国の経済において、政府支出が肥大化などしてはいないこと、そして、乗数効果がきわめて強力かつ確実に作動してきていることを確認しうるものであった。
 したがって、わが国民と政策当局が、奇怪な風説にたぶらかされた迷夢から覚醒し、思い切った総需要拡大政策の実行ーーとくに、私が懸命に提言し続けてきているような「国(政府)の貨幣発行特権」の間接的発動を無尽蔵な財源とする大々的なケインズ的財政政策の実施という「救国の秘策」の断行ーーに踏み切りさえすれば、わが国の経済は、危機を脱して再生・再興しうることが、確実なのである。
だが、その決断をなしえないままに推移するとすれば、わが国の経済が想像を絶するような悲惨な破局に陥ることは、避けがたいであろう。
                                    (了)