「ジャパンポスト」平成14年5月1日号 掲載予定
刻々と迫る経済・財政亡国の大惨害
−−なぜ、救国の決め手オプション活用を考えないのか−−
日本経済再生政策提言フォーラム会長
大阪学院大学教授 丹羽春喜
成長率低下でコントロール不能の悪循環へ
去る四月二日、自民・公明・保守の与党三党は「デフレ対策」に関する「緊急提言」をまとめ、それを政府に提出した。昨年も、四月の初旬に政府・与党が「緊急経済対策」を決定・公表したことは、われわれの記憶に新しいところである。しかし、昨年の対策案にしろ、今回の提言にしろ、きわめて無内容なものでしかないという点では共通している。今回の与党提言を見てみても、租税制度や財投運営についての末梢的な手直しが示唆されているほかは、わずかに平成十四年度予算の「機動的な執行」ということが、ごくお座なりに述べられているだけであって、最も重要な施策であるべきはずの財政出動による大規模な総需要拡大策の断行というマクロ政策的な発想は、まったく盛り込まれていない。このように、姑息な対策のみに終始しているようでは、現在のわが国の深刻きわまる財政・経済の危機を克服しうるなどということは、とうてい望みえない。
本誌四月一日号の本欄で詳しく述べておいたように、本年度においては、政府および地方自治体の財政支出削減や民間投資の落ち込みによる景気冷却効果によって、わが国の経済がマイナス成長に陥ることは必至である。ところが、現在のわが国にとっては、このように経済の成長率が低くなりマイナス成長にさえなってしまうということは、とりわけ政府財政との関連において、きわめて危険なことなのである。
わが国政府の財政収入(その大部分は租税収入)は、経済成長率の高低によってきわめて大きく左右される。したがって、経済がマイナス成長になれば、政府の財政収入は激減し、財政破綻がきわめて深刻化するのは不可避である。地方自治体の財政も同様である。すでに、平成十三年度の後半から、政府の租税収人の低下はきわめて著しく、昨年(平成十三年)の九月からは毎月連続して対前年同月比での減収を記録してきており、本年(平成十四年)二月にいたっては七・三パーセントもの大幅なマイナスであった(財務省、四月一日発表、『日本経済新聞』四月ニ日付号)。
このように歳入の減少が生じれば、政府財政のプライマリー・バランス(国債の利息支払いおよび償還のための支出を除く「一般歳出」の収支)の赤字額は、いやがうえにも増大する。この赤字額の拡大を食い止めようとして歳出を削れば、景気がますます悪化し、財政収入の落ち込みがいっそう大幅なものとなるという悪性スパイラルに陥ってしまう。もとより、いまや六00兆円を超えている既発の国債やその他の「国の借入金」への利息の支払いと償還のための巨大な金額を正規の歳入から捻出しうるような余裕は、まったく無い。緊縮財教を特徴とする本年度予算においてさえも国債の増発が約三〇兆円なされるわけであり、それに加えて、特別会計などによるその他の「国の借入金」純増額も十数兆円は予定されているのであるが、このようにして「国の負債」の増加の形で調達される四十数兆円の大半が、これまでに累積してきた既発国積および借入金への利息の支払いや償還(大部分は借り換えで処理されるが、僅かながら正味の償還額もある)に充当されるのである。
すなわち、いまや、わが国の国家財政は、たえず累積し続けていく国債・借入金への膨れ上がっていく利息および純償還額を支払うためのカネー一すなわち「国債費」−一を調達することそれ自体のために、毎年、新たに国債を発行し、その他の形の政府借人金も増やしていかねばならないという悪循環に陥っているのである。つまり、国債の新規発行が続いていながら、それによって政府財政のプライマリー・バランス赤字をカバーする余裕が、ほとんど、なくなってしまっているのである。
これでも、経済の成長率さえ高ければ、GDPに占める「国債費」のシェアを少しずつ引き下げていくこともできるであろう。しかし、プライマリー・バランス赤字をカバーする余裕がなくなってしまっているのであるから、結局、財政支出を大幅に削減せざるをえなくなり、いやがうえにも景気が冷やされざるをえないことになる。かくて、経済成長率が極端に低下し、マイナス成長にさえなり、そして、そのことによって政府の歳入が予定よりもぐんと落ち込むことになれば、この悪循環はまったくコントロール不能となってしまう。上記のごとく、このような破滅的パターンが始まってしまったのが、まさしく、わが国の現状なのである。
ついにはハイパー・インフレさえ起こりうる
そして、不況に苦しめられている民間経済が、新規の発行が続く国債(および地方債)を、継続して購入しうるだけの資金的余裕を持ちえなくなったときには、結局は、直接あるいは間接に、日銀の供給する資金で国債が購入されうるようにせざるをえなくなるであろう。私自身は、戦前に高橋是清蔵相が断行したような、日銀が新規発行国債を直接に引き受けるといった施策といえども、ことさらに、それをタブー視する必要などはないと考えている。しかし、それを断行した場合であっても、しょせん、それは、政府が(日銀から)借金をするということであり、国債発行額それ自体が増えることは、言うまでもない。そうであるかぎり、政策当局の姿勢は.それをできるだけ少額のものにとどめようとするものになりがちである。したがって、たとえそれを財源とする総総要拡大のための財政政策が策定されることになるとしても、どうしても、それは、姑息なものにならざるをえないであろう。
これまでのわが国の苦い経験が物語っているように、姑息な規模の財政出動は、結局、「虻蜂とらず」に終わって、事態をいっそう悪化させる怖れが濃いのである。また、企業が稼働率の低下した資本設備を廃棄することによって わが国のマクロ的な「生産能力の余裕」が消失してしまうような状態となってしまった頃に、膨大に累増していく国債・地方債(および、その他の政府債務)への利息の支払いや償還のためのカネが直接・間接に日銀から供与され続けることになれば、インフレ・ギャップが発生し、しかもそれがコントロール不能の悪循環過程でハイパー・インフレへと進んでいく危険性も生じてくるであろう。
生産能力指数の大幅低落は重大危険の兆候
以上に論述したこととの関連で考えると、最近、ぜったいに見過ごしてはならな
い一つの重大な危険の兆候が生じはじめたことに気付かざるをえない。すなわち、「生産能力指数」にかなり大幅な低下傾向が記録されはじめたことが、それである。
上記でもふれたが、わが国の企業は、いま、稼働率の低くなった設備を廃棄し、人材の養成も断念・放棄しはじめている。とはいえ、現在では、まだ、完全雇用・完全操業の状態であれば実現可能なはずの潜在的実質GDPの上限という意味での「天井」は年率八七0兆円前後(九0年価格評価の実質値)であって、年率五00兆円前後の実際値よりもはるかに高く位置している。すなわち、わが国の経済には、これまでは、このように大規模なデフレ・ギャップという形で、マクロ的に巨大な「生産能力の余裕」が存在してきたのである。このデフレ・ギャップという「生産能力の余裕」こそが、わが国の社会が持っている「真の財源」であり、これが存在しているかぎりでは、総需要さえ増やせば、しごく簡単かつ容易に、わが国の経済は立ち直ることができるのである。ところが、経済産業省が本年三月一五日に発表したところによると、企業の設備廃棄の盛行を反映して、わが国の製造工業の「生産能力指数」が、本年一月までで八ヶ月連続で下げ、九五年の水準に比べて五・五パーセント低い水準になったとされたのである(付図参照)。すなわち、「真の財源」である「生産能力の余裕」が減り始めたというデータが示されたわけである。
しかし、実は、この経済産業省の推計は調査対象の業種や品目が、かなり限られている。調査対象がいっそう広く包括的な内閣府経済社会総合研究所の推計による全産業の資本設備の面での生産能力の指標とされている「企業資本ストック」(企業の資本設備)の総量は、昨年も若干は増加したものと見積もられているのである(内閣府のホーム・ページ)。したがって、現在時点では、まだ潜在的生産能力(すなわち完全雇用・完全操業状態で実現可能なはずの潜在的実質GDP額)は低下しはじめてはおらず、スローダウンしながらも上昇趨勢が続いているものと見てよいであろう。デフレ・ギャップという形での「生産能力の余裕」も、いまのところは、まだ、拡大し続けているであろう。しかし、上述のごとく、すでに、製造業の「生産能力指数」に低下現象がかなり顕著に生じ始めたのであるから、まもなく、全産業の「企業資本ストック」の総量にも減少傾向が現れるものと予想しなければならない。すなわち、わが国の社会が持っている「真の財源」であるマクロ的「生産能力の余裕」は、現在時点では、まだ、巨大ではあるものの、近い将来に、それは、急速に減少・縮小しはじめるものと予測しなければならないのである。
言うまでもなく、このマクロ的な「生産能力の余裕」という「真の財源」を失ったときには、商品の生産・供給を増やす能力が無くなってしまうわけであるから、総需要を増やしても、すぐにインフレ・ギャップが発生して物価が大幅に上昇するだけのことになり、実質的には経済はほとんど成長しえないことになる。これは、最も貧しい発展途上国にしばしば見られる型の脆弱な経済体質である。こうなってしまえば、わ国の経済・財政の再生は絶望となろう。
恐怖の極致、三つの亡国オプション
ーー脱出へ、「貨幣発行特権」の発動を一一
このように考えてくると、わが国の経済・財政は、いまや、容易ならぬ袋小路に入ってしまったということがわかる。もとより、小泉内閣が実施しているような構造改革政策などでは、この袋小路からの脱出のためには、何の助けにもならない。かくて、多くの評論家やエコノミスト(東大や京大の財政学教授を含む)たちは、次の三つのオプンョンしかわが国がとるべき道はないと、叫びはじめている。
〔1〕物価を数千倍にも高騰させるようなハイパーインフレを発生させて、既発の国債や地方債をすべて「紙くず」にしてしまう。
〔2〕国家破産を宣言してデフォルト(支払い停止)の形で数百兆円の政府債務を「踏み倒して」しまう。
〔3〕過酷きわまる苛斂誅求、たとえば「財産税」徴収といった手段で一挙に数百兆円を国民から収奪し、それによって既発の国債・地方債など政府債務の大部分を償還する。
言うまでもなく、この三つのオプションのどれが強行されても、事実上、わが国は滅びる。このような自暴自棄的な施策が実施されるようなことだけは、何としてでも食い止めねばならない。この想いこそ、私が、いわば明治維新における「太政官札」発行の故知にならう形で、「国(政府)の貨幣発行特権」の間接的発動という「打ち出の小槌」の活用によって、国民にも政府にも全く負担にならない形で新規に数百兆円の政府財政財源を確保し、それを用いて、わが国の財政再建と経済の再興を一挙に達成してしまうべきだとする第四の「決め手」オプションを、懸命に提言してやまないゆえんなのである。
付図
(出所 )『日本経済新聞』平成14年3月16日付号