『カレント』平成13年7月号予定
誤った政策姿勢で色褪せた小泉相場と政党の病弊
――なぜ、亀井静香氏は長蛇を逸したのか?――
大阪学院大学教授 丹羽春喜

「諮問会議基本方針」は失望そのもの!
わが国の株価は、六月に入ってからは、惨澹たる低迷状態に陥りました。明らかに、市場は、小泉政権の構造改革政策なるものに見切りをつけたようです。『株式市場新聞』六月七日付号がその第一面のトップに「小泉相場色褪せ…」という大見出しを掲げたのは、まさに、真相を衝いていたと言えましょう。
われわれの記憶になお新しいところですが、六月一日の各紙朝刊は、その前日に「経済財政諮問会議」(議長・小泉首相)が公表した経済財政運営の「基本方針」を大きく報道しました。各紙は、「骨太で大胆な改革案」(読売、産経)だとか、「日本再生、最後のチャンス」(日経)だとかと、さかんに提灯持ちの記事や解説を書いてはいました。しかし、端的に言って、この「基本方針」の無内容さや誤った立案姿勢は、まさに、「失望そのもの!」とでも言うべきものでした。
各紙とも、この「基本方針」の内容を数項目に要約し報道していましたが、それら諸項目は、すべて、重箱の隅を楊枝でほじくるようなミクロ的「制度いじり」の施策にすぎませんでした。景気振興のためには最重要であるべき「マクロ政策」としてのケインズ的総需要拡大政策は、まったく欠落していました。不良債権処理の促進ということなどは、要するに「弱い企業を、どんどん、つぶしてしまえ!」ということであり、倒産が多発し、不況をいっそう激化させることが必至です。総需要の拡大なくして経済の再生も財政の再建も、ぜったいにありえません。これは疑う余地のない鉄則なのです。
また、財政の緊縮方針も明らかにされましたが、それが景況をいっそう悪化させることは不可避です。しかも、そのダメ押しといった形で、六月八日には、「財政制度審議会」の「財政構造改革部会」が、財政出動による内需拡大の芽をほとんど全く摘んでしまうような内容の「中間報告」を公表するにいたりました(各紙六月九日付朝刊)。もちろん、そのような緊縮財政主義をとったからといって、それによって財政再建が達成されるといったものでは全くありません。そういった姑息な財政運営を続ければ、「虻蜂とらず」に終わるだけであり、財政破綻と経済の危機は、ますます深刻化せざるをえないでしょう。
このような今回の諮問会議「基本方針」などに見られる小泉政権の経済政策の無内容さは、中小企業に従事するおびただしい人たちをも含む大多数の産業人はもとよりのこと、ごく普通の庶民たちも、イヤでもそれに気づかざるをえないところです。冒頭でも指摘しましたように、 六月に入ってからの株価低迷は、明らかに、それを物語ってきたわけです。
なお、ここで、付言しておくべきことは、現在のわが国の政界では、上記のような経済政策の問題点については、与党だけではなく、野党も、一般国民の感じ方とはまったくかけ離れて、非常識なまでにいちじるしく鈍感だということです。実は、私は、五月末に、某有力野党の幹部から、その野党が参院選に備えて策定しつつある経済政策案の骨子を、見せてもらう機会がありました。しかし、その内容は、上記の諮問会議「基本方針」にさらに輪をかけたほどに無内容なものでしかありませんでした。
無内容きわまる経済対策で信を失った亀井氏
ここで想起されるのは、本年四月六日に政府・与党が発表した「緊急経済対策」なるものが、同じく無内容きわまる失望的なものであったということです。あの「緊急経済対策」では、銀行の株式持ち合いを減らさせるために「株式買い取り機関」を設立しようといったことが述べられていました(その後、これは延期ということになりました)。しかし、そんなことをしてみたところで、わが国の経済が、現在の深刻な不況・停滞の状況から脱却できるわけのものではないということは、だれの目にも明らかなところでした。また、そこでもやはり強調されていた不良債権処理の促進ということが、倒産の多発と不況激化を結果する危険性が濃いことも明白でした。そして、肝心の、不況・停滞を克服するための特効薬であるケインズ的総需要拡大政策の大規模な断行ということは、まったく盛り込まれていなかったのです。要するに、あの四月六日の「緊急経済対策」も、今回の諮問会議「基本方針」も、本質的に誤った同じ政策スタンスに立つ同類どうしなのです。
三月下旬ごろからは、「……間もなく政府・与党が緊急経済対策をうち出すだろう」という観測が頻々と報じられ、全国民が熱い期待を託しつつ、固唾を飲んでそれを待ち受けていたわけです。それだけに、「緊急経済対策」が公表されたとき、その無内容さには、全国民がすっかり落胆してしまったわけです(野党は、それほど批判しませんでしたが……)。それと同時に長蛇を逸したのが亀井静香氏でした。
当時、自民党の政調会長であった亀井静香氏が、あの政府・与党による「緊急経済対策」作成の最有力なキー・パーソンであることは、周知のことでした。また、同氏が、大規模な総需要拡大による景気振興政策推進の旗手として根強い人気を持っていたことも事実でした。したがって、同氏が、大規模なケインズ的総需要拡大政策を盛り込んだ十分に迫力のある「緊急経済対策」をとりまとめて公表していたとしたら、その後の自民党総裁選で、同氏が格段に有利な地歩に立ち得たことは明らかです。同氏以外の他候補は、そのような「全国民が熱い期待とともに固唾を飲んで見守っている」といった絶好の条件には恵まれていなかったのですから……。
しかし、亀井氏は、なんらかの理由で、あの「緊急経済対策」を有害無益に近いがっかりするようなものとして作成・公表してしまい、せっかくの絶好のチャンスを無にしてしまいました。私は、その直後、自民党総裁選の候補者としての亀井氏が大阪で演説をするのを聴く機会がありました。同氏の持論である総需要拡大政策の必要性を訴えた熱弁で、なかなかの迫力でしたが、しょせん、後の祭りでした。
国民の熱望を踏みにじる政策立案と政党の責任
私の知りえた情報では、本誌にも繰り返し論述してきました私の政策提言の諸著作は、当時、亀井派のスタッフたちのあいだでかなり読まれていたそうですし、自民党の政調会長室にも届けられていたとのことです。本誌五月号でも書いたところですので、読者諸氏は憶えておられると思いますが、私は、まず、超巨大なデフレ・ギャップという形で膨大な生産能力の余裕が存在しているわが国経済の現状を、実証的に確認することから始めています。その疑う余地のないわが国経済の現状を踏まえ、税金にも国債にも頼らずに、現行法にも明記されている「国(政府)の貨幣発行特権」(セイニアーリッジ権限)の直接・間接の大規模発動という「打ち出の小槌」によって、政府にも国民(現世代と将来世代)にも全く負担にならない形で、たとえば一挙に四○○兆円ほどの新規の政府財政収入を確保し、それを財源として財政再建と景気回復ならびに高度経済成長によるわが国の再興を、一気に達成せよと叫んでいる私の政策提言は、だれが読んでもきわめて迫力に富んでいるはずです。
もしも、本年四月初め、亀井氏が、自民党政調会長の立場で、このような迫力ある「四○○兆円プラン」といった内容の政策を十分に盛り込んで「緊急経済対策」を作成・公表していたとしたら、わが全国民が、そして、言うまでもなく、自民党員や党友たちも、それを、どんなに喜んで受け入れたことか、まさに、想像にあまりあるものがあります。そして、その「四○○兆円プラン」を引っさげて亀井氏が総裁選にのぞんでいたとしたら、同氏が圧勝したことは、間違いないところです。
もちろん、亀井氏が、実際にはそこまでは踏み切ることができず、みすみす、総理・総裁の座を逃してしまったのは、その裏面に、なんらかの複雑な事情が伏在していたのでしょう。内閣府、財務省、日銀、等々の官庁エコノミストたちや政策担当スタッフによる、すさまじい妨害や脅迫めいたことなどもあったかもしれません。あるいは、また、そのような官庁スタッフに擦り寄って踊ることを特技としている「御用学者・御用評論家」ばかりからなる「政策ブレーン」と称するやからたちによる無責任な言動の、ミス・リーディングな影響もあったにちがいありません。
たとえ、そういうことが、どれほどあったとしても、参院選がまさに行なわれようとしている現時点までの今年の春からの経過をつぶさに見てきただけでも、われわれは、自民党を中心とするわが国の政界が、肝心の政策立案ということになったときには、いかに、にべもなく国民の熱望や憂慮の念を踏みにじってしまうかという冷酷な事実を、痛いほどに悟らざるをえないのです。憤慨に堪えないしだいです。