ジャパンポスト平成14年1月1日号 掲載予定

          痛憤にたえない「経済財政白書」の虚説

                日本経済再生政策提言フォーラム事務局長
                大阪学院大学教授 丹羽春喜


まさに正気のさたではない!

 
 企業資本設備と労働力とを総合した経済全体の操業度が九割五分以上にもなっている状態といえば、それは、好況を通り越して、非常な景気過熱の状態を意味している。このことは、少しでも経済に関心を持っている人であれば、常識として必ず知っていることである。したがって、激烈な不況に苦しめられている現在のわが国の経済について、「その操業度が96〜97パーセントにも達していて、デフレ・ギャップ(GDPギャップ)は3〜4パーセントにすぎない!」などと言い立てるエコノミストがいるとしたら、そのエコノミストは、おそらく精神異常者であろう。

 ところが、こともあろうに、12月4日に竹中平蔵経済財政担当相が閣議に提出した『経済財政白書』(平成十三年度「年次経済財政報告」)では、まさに、そのように現在のわが国の経済におけるデフレ・ギャップをわずかに3〜4パーセントにすぎないとする正気のさたではないような、根本的に間違った推計と、それに立脚したきわめてミス・リーディングな分析や政策提言が、主要な論述内容となっている。

 1970年から現在までの期間に、わが国の企業の資本設備量は、老朽・廃棄された設備を差し引いて、約8倍に増加したが、実質GDPは2倍半、鉱工業生産は2倍になっているにすぎない。この簡単な統計数字にてらしてみても、現在のわが国経済において、稼動可能な企業資本設備のうち需要不足で遊休している部分の割合は、たとえ、テクノロジーの変化などを考慮してそれをどんなに少なく見積もったとしても、やはり、それがきわめて大きな割合に達しているのは否定しえない現実であると考えねばならない。労働力についても、現在、すでに、失業率が非常に高くなっている。しかも、まだまだ十分に働ける壮年でありながらリストラで退職を余儀なくされたような人たちの多くが、仕事口があまりにも僅かしかないために、再就職を断念してしまっている。青年層でさえ、就職先を探すことを諦めてしまって、不安定なフリーター暮らしで、日々を過ごしている者が非常に多くなっている。

したがって、ごく大まかに見てみても、現在のわが国の経済では、企業資本設備の遊休率と労働力の失業率ないし不完全雇用率とを総合した「デフレ・ギャップ率」が、三割ないし四割といった非常に高い率に達しているはずだと考えるべきである。

 事実、経済学の「生産関数理論」などに立脚して、精密な計量的測定をやってみても、同じく、30〜40パーセントといったきわめて巨大なデフレ・ギャップ率が実証的に計測されざるをえないのが、現在のわが国経済の現状なのである(本誌、2001年5月号の本欄参照)。今回の『経済財政白書』は、この否定しようもない冷厳な客観的事実を、むりやりに、否定し、秘匿しようとしているのである。


 
 「潜在成長率」は成長への制約ではない

 
このように、巨大なデフレ・ギャップが発生し居座っているというわが国経済の現状を否定・秘匿していることから導き出されているところの、きわめてミス・リーディングな虚説の一つが、同白書における「潜在成長率」についての議論である。

 そもそも、「潜在成長率」とは、労働人口や資本設備の毎年の増加や技術進歩によって、マクロ的な完全雇用・完全操業での潜在生産能力という「天井」が、年々、少しずつ高くなっていく率のことである。すなわち、それは、潜在生産能力の「天
井」の上向き勾配のことなのである。そして、上記のデフレ・ギャップとは、総需要の不足によって、実際の総生産の水準がこの「天井」よりも下回っているギャップのことである。電卓でも使えばすぐにわかることであるが、「天井」の高さの6割程度にすぎない低い水準から出発して、年々、少しずつ高くなっていく上向き勾配の「天井」を目がけて現実の実質総生産を上昇させていくものとすれば、たとえ平均年率7パーセントといった相当な高度成長の持続を想定した場合でも、10年たっても、まだ、「天井」には到達しえない。したがって、実際の総生産の水準が、この「天井」よりも30〜40パーセントも下回っているほどに巨大なデフレ・ギャップが発生して居座っている現在のわが国の経済においては、この「天井」の勾配にほかならない「潜在成長率」の高低などということは、現実のわが国の実質総生産の成長を制約する要因には、全くなってはいないのである。実情を言うならば、いま、わが国の経済は、総需要さえ増やされれば、いくらでも成長できるのである。

 ところが、奇怪なことに、すでに小渕内閣のころから竹中平蔵氏(同氏は当時の「経済戦略会議」の指導的メンバーであった)などが、「潜在成長率」が低くなってきていることこそが日本経済の不況・停滞の原因だと言いはじめ、小泉内閣が発足してからも、供給サイドからの(潜在成長率を高めるためと称する)構造改革の必要性を裏付ける論拠として、このことが、しきりに叫ばれてきたのであるが、今回の『経済財政白書』では、きわめて声高にそれが強調されるにいたっている。言うまでもなく、このような議論は、巨大デフレ・ギャップの発生を否認・秘匿していることに依拠しているトリック的な論弁である。しかし、巨大なデフレ・ギャップの発生・拡大趨勢が続いてきているということが、まさに、疑う余地の無い客観的な事実であるということからすぐに分かるように、わが国の経済の不況・停滞をもたらしてきたのは、あくまでも、総需要の不十分という需要サイドの要因であって、けっして、「潜在成長率」の低さなどという供給サイドの要因ではないのである。

 過去数年の『経済白書』から今回の『経済財政白書』にいたるまで、旧経済企画庁ならびに現在の内閣府の政策担当スタッフたちが、わが国経済の巨大デフレ・ギャップの発生状況を故意に否認・秘匿し続け、そのことに依拠して、「潜在成長率が低くなって経済成長を制約しているから、だから、供給サイドの構造改革が必要だ!」とする誤った政策論を主張し続けてきたのは、結局、ケインズ的な総需要拡大政策の発動を封殺するための策略であったと、判定されざるをえないのである。


 
救国の秘策を故意に否認した謬説の数々

  今回の『経済財政白書』では、上記の「潜在成長率」についての奇妙な議論をはじめとして、「総需要を増やしても経済を成長させることはできない!」とするシニカルな主張が数多くなされている。本当にそういうことであれば、大規模なインフレ・ギャップが発生・累増してきたはずである。しかし、そのような兆候は皆無であり、反対に、膨大な規模のデフレ・ギャップが発生しているのが、現実である。

 同白書では、従来の財政政策の総需要拡大の効果が無かったとして、今後もその効果は望めないとしている。これは、「乗数効果」を微弱なものと断定して、需要サイドから見ても、ケインズ的財政政策の効果は期待できないと示唆しているものである。しかし、それは、明らかに事実に反する。たとえば、1980年から90年代末の98年までに、「政府支出」(一般政府の公的投資および政府最終消費)の実質額の伸びは1.51倍でしかなかったが、実質GDPの伸びはそれを上回って1.64倍であった。すなわち、政府の財政支出によるGDP形成効果が劣悪であったなどという現象は、全く観察されえないのである(『国民経済計算年報』平成12年版に示された2000年度まで用いられた方式でのGDP勘定のデータによった)。

 また、同白書は、不良債権を解消しなければ景気は回復しないと強調してやまないのであるが、これも、全く実情に反する。なぜならば、不良債権をかかえたままであっても、ケインズ的な積極的財政政策によって総需要を十分に増やせば、必ず景気は回復し、不良債権や不良資産も、その大部分が、瞬く間に優良債権・優良資産に一変することが確実だからである。そして、そのような積極財政政策を実施するための財源は、国債などを発行しなくても、私が本誌の本欄で繰り返し提言してきたように、現行法でも明確に認められている「国(政府)の貨幣発行特権」(セイニアーリッジ権限)の間接的な大規模発動という「打ち出の小槌」を用いることによって、安全確実かつ誰の負担にもならずに、事実上、無限に調達しうるのである。

 すなわち、巨大なデフレ・ギャップという膨大な生産能力の余裕が存在し、しかも、対外支払いの面でも心配が要らないわが国の場合には、上記の「打ち出の小槌」の活用によって、きわめて容易に財政の再建と景気の回復をほとんど即時的に達成しうるのである。しかしながら、今回の『経済財政白書』は、このような実情と、このきわめて有効な救国の秘策を、故意に否認して国民の目から秘匿し、政策をミス・リードするために書かれたものと言ってよい。痛憤にたえないしだいである。