『自由』誌平成1611月号掲載予定

       刻々と迫る日本経済崩落の危険

             大阪学院大学教授・経済学博士 丹羽春喜

 

 続出するディジタル景気失速の兆候

 9月3日付『日本経済新聞』夕刊は、その第1面のトップ記事で「液晶パネル価格急落!大量の在庫発生!」と報じ、さらに、その同じ夕刊の第3面では、半導体製造・販売の最大手企業である米国のインテル社がその売上高を下方修正したことが大きく取り扱われて、「半導体需要の減速が鮮明になってきた!」と強調されました。その記事と並んで、「米国小売り、さらに失速!」とも報じられていました。

 振り返って思い起こしてみますと、すでに、本年の夏の初めごろには、わが国の鉱工業生産の伸びが止まってしまったことが明らかにされていました。経済産業省の算定しております「鉱工業生産指数」の動きで見てみますと、早くも本年の2月にはわが国の鉱工業生産の水準が対前月比で3.6パーセントの低下となり、われわれエコノミストたちを心配させました。その後は、3月がほぼ横ばい、4月にはようやく対前月比3.3パーセントの増加となりましたが、5月はわずかに0.5パーセントの微増といったところにまで減速してしまったといった推移をたどってきていました。そして、ついに、6月には対前月比で1.3パーセントの低下となり、7月もそれは回復しておりません。このような鉱工業生産の伸びの頭打ち状態を見ただけでも、「好況」が続いているなどとは安易には言えないはずでした。

 にもかかわらず、ごく最近まで、そして、基本的には現在も、わが国のマスコミは、相も変わらずに、わが国の「経済好況」を大々的にはやし続けてきています。しかし、それとは裏腹に、きわめて重大な事態として、わが国の小売商業の販売不振が、非常に厳しい状況で続いてきていたのです。『日本経済新聞』7月27日付号が各業界団体の公表に基づいて報じたところによりますと、本年上半期(16月)の小売業の売上額は、対前年同期比で、百貨店2.0%減、スーパー・マーケット2.9%減、家電販売大型店1.8%減、そして、外食産業も3.0%減でした。コンビニエンス・ストアの売上額(既存店)も、経済産業省812日の発表によると、対前年同期比で本年1〜3月2.1%減、461.4%減でした。

 本年6月の小売り売上額の実績を見てみてみましても、対前年同月比で、百貨店5.7%減、スーパー4.1%減、家電販売大型店3.3%減、外食産業4.1%減、コンビニ(既存店)3.8%減でした。まさに惨憺たる小売業苦戦の商況が続いてきているのです。現在までの過去5年ほどの期間だけを見てみましても、年々の小売り販売額は、すでに10パーセント以上も減ってしまっているのです。とうてい「不況は去った! いまや好況だ!」などと言えるような状態ではありません。

 こういった状況を憂慮していたまさにその矢先に、8月13日の内閣府の発表で、本年4−6月期のわが国経済のGDPが、前期(1−3月期)に比べて0.3%の減、年率換算では1.3%のマイナス成長(名目ベース)に落ち込んだと示され、そのサプライジング・ショックで株価も急落するにいたりました。しかも、9月10日の第2次速報の発表では、これが対前期比0.5の減、年率換算では2.1のマイナス成長(同じく名目ベース)という数字に下向き訂正されました。おまけに、その前日の9月9日には、同じく内閣府の経済社会総合研究所の発表で、民間設備投資の先行指標である「民需用機械受注額」(造船および電力関係を除く)が、7月には対前月比で11.3%もの大幅減少となったことも明らかになりました。 「好況」をはやし続けてきたマスコミも、このような悪材料の情報が、こもごも到るといった事態に直面するようになると、さすがに、冷水を浴びせられつつあるような感を持ちはじめたようです。

 この内閣府の本年46期GDP推計(第2次速報)においては、GDPデフレーター(名目GDPを実質GDPに換算するために使われる一般物価指数)が前期(1−3月期)に比べて0.8% の低下となったために、実質GDPは辛うじて対前期比、0.3%(年率換算では1.3%)のプラスと示されはしましたが、これは、企業が、それだけ安売りを余儀なくされたことを物語っているわけですから、むしろ、悪い症状でしょう。雇用者報酬額(雇われている人たちの得た報酬額)も対前年同期比0.8%の減少でした。このような否定的な面についての言及を避け続けてきたわが国の新聞や雑誌なども、最近では、これらのことを指摘するようになってきているようです。

 このような状況について、マスコミでは、「日本経済は、ハイ・スピードから落ち着いた巡航速度へ移りつつあるのだ」と言いはじめています。しかし、「好況に湧いていた」はずの昨年度でさえも、わが国のGDPは、名目ベースでは、わずかに0.8%の伸びでしかありませんでした(同じく、本年9月10日の内閣府の発表)。そこから「巡航速度」にスロー・ダウンするのであれば、ゼロ成長かマイナス成長に落ち込んでしまうことになることが不可避でしょう。それでも、ソフト・ランディング(軟着陸)ができれば、まだしも幸運です。本当は、以下に述べるように、悲惨な墜落となってしまう危険性が非常に大きいのです。

 

 ソフト・ランディングは望み得ない

 昨年度のわが国経済の「好況」は、民間設備投資がかなり増えたことでもたらされた面が大きかったわけです。言うまでもなく、この民間設備投資は、基本的には、最終需要の動向とそれについての予想に依存しています。最終需要がどんどん伸び、それが今後も続くという見込みのときは、諸産業で、設備新設のための投資が盛んに行なわれることになります。しかし、最終需要が伸び悩むようになってしまうと、そのような設備新設のための投資活動は消え去り、わずかに既存設備の修理や更新だけが行なわれるだけになります。諸産業で設備新設が盛んに行なわれるようなときには、資本財産業には注文が殺到し、「投資が投資を呼ぶ」といったいわゆる「加速度」プロセスが発生することも多いわけです。逆に、修理・更新だけが細々と行なわれるといった状況になると、資本財産業の受注は激減し、それが引き金となって、経済全体の急速な景気の落ち込みを生じさせるメカニズムが働きはじめることになります。これが、有名な「加速度原理」に基づいた景気変動理論のエッセンスです。

 ただし、近年のわが国の経済では、厖大なデフレ・ギャップの発生・累増という形で「生産能力の余裕」がきわめて巨大に存在してきましたので、生産設備増強のための「投資が投資を呼ぶ」といったプロセスがマクロ的に発生するような公算は、乏しいはずでした。しかし、昨年度においては、全世界的に、ディジタル関連のエレクトロニックス商品や液晶部品などを中心に、重要な新製品の登場とその本格的な普及開始が相次ぎ、それに対応するために、わが国においても、半導体やディジタル電子商品あるいは液晶関連など幾つかの産業で、かなり大型の設備新設のための投資プロジェクトが実施されはじめたわけです。

 しかし、つい4年ばかり以前の「IT景気」崩壊での苦い経験でわかったように、 最近のディジタル商品などのライフ・サイクルはきわめて短いのです。一昨年から昨年にかけて、あれほど喧伝されたディジタル・カメラの売れ行きが、本年に入ってからは、急に失速状態に陥ってしまったことなどは、その典型的な例でしょう。パソコンの売れ行きも大幅に落ち込んできています。その結果、本稿の冒頭にも記しましたように、液晶パネルの大幅な値崩れや大量の売れ残りも生じ始めているわけです。

 そもそも、わが国の経済では、昨年も本年も、マスコミをあげて「好況の到来」がはやされていながらも、実際には、最終需要の最重要指標である小売り商業の販売額が不振を続けてきているのですから、期待を担って登場してきた新商品群といえども、そのライフ・サイクルがきわめて短くなり、続々と失速状態に陥っていくことになるのは、当然であると言わねばなりません。だとすれば、今後は、諸産業の設備新設投資が冷え込み、マイナスの「加速度原理」プロセスによる急激な経済活動の落ち込みが生じてくる危険性が、きわめて高いと考えねばなりません。したがって、軟着陸は望みえないと、覚悟しなければならないでしょう。

 

 金利の景気調整作用は麻痺し、財政緊縮も続いている

 本来ならば、景気後退が始まれば金利が下がり、それが企業の投資活動を回復させて景気の下降を食い止めるように作用するはずです。しかし、現在のわが国では、そのようなことは期待しえません。 わが国では、金利が下限にまで下がって張り付いてしまっているような状態が久しく続いてきており、金利の景気調整作用は麻痺してしまっているからです。 むしろ、不況の再来で、銀行の貸し渋り、貸し剥がしが激化し、事態はいっそう悪化すると思わねばなりません。

 もちろん、総需要拡大のためのケインズ的な財政政策が十分な規模で実施されさえすれば、マイナスの「加速度原理」プロセスを食い止めることもできます。しかし、政府負債が1000兆円にも達するにいたっているほどにまで、破綻しきっているわが国家財政の状況では、従来の財政運営の発想に捉われている財務省や内閣府の官僚たちは、大規模なケインズ的財政政策に踏み切ることなどはとうてい為しえず、むしろ、ひたすらに財政の緊縮に努めて、いやがうえにも景況を悪化させるだけでありましょう。

 実は、マスコミもあまり報道してきていないことですので、わが国民は、まだ、ほとんど知らないでいることですが、過去10年間のわが国の「一般政府」(すなわち中央政府と地方自治体)の支出による各年度の「公共投資額」を内閣府公表の GDP勘定(名目ベース)で見てみますと、次に示しますように、ずいぶん、それが減らされてきているのです。過去10年で、ほとんど半減に近い状況です。

 

    年度    金額:兆円     対前年度比:%

   1995         42.20                     

   1996          40.80           - 3.3   

    1997        38.67          - 5.2

    1998        38.52           - 0.4

    1999        37.59           - 2.4

    2000        34.37           -8.6

    2001        32.04          - 6.8

    2002        30.03           - 6.3

    2003        26.00           - 13.4

    2004(46)  23.65年率換算   - 9.0

 

 「公共投資支出」だけではなく、それに中央政府と地方自治体による「政府最終消費支出」(これには公務員人件費も含まれます)も加えた「公的需要額」で見てみましても、もちろんこの場合は「公共投資額」ほどの大幅な減り方ではありませんが、それでも、この「公的需要額」の本年度の額は2000年度の水準に比べると、一割近くも減少しているのです。 わが国の政府のこのような緊縮財政のスタンスは、官僚たちによって従来の財政運営方針が墨守されていくかぎり、今後も続けられていくものと予想しなければなりません。そして、言うまでもなく、中央政府ばかりではなく、総じて地方自治体も、同様に、財政緊縮を続けていくことになりましょう。

 

 企業の自助努力の成果を潰した「合成の誤謬」の惨害

 昨年から最近まで、わが国のマスコミは、「景気回復と好況の到来」をはやしたてるのに夢中になってきました。そして、わが国の企業が、「政府の政策に頼るような姿勢から脱却し、自助努力でリストラにつとめたことが、景気の回復をもたらしたのだ!」と強調してやみません。すなわち、マスコミは、「ケインズ的な総需要拡大のための政府による財政政策などは、要らない!」「政府の公共投資などはやめてしまえ!」、「政府は、財政の緊縮に努めればつとめるほど良いのだ!」、と絶叫してきたわけですから、上掲の表に示したような公共投資など政府支出の減少傾向を、基本的には肯定し、応援してきたといってよいでしょう。そして、「企業がリストラに努めて、贅肉を落としたからこそ、景気がよくなったのだから、もっとそれを続けろ!」とも言い続けてきました。

 つまり、マスコミは、「政府財政支出の削減や企業のリストラ努力からは、合成の誤謬といった有害な副作用などは、起こりはしない!」と叫んできたと言ってもよいわけです。言うまでもなく、この「合成の誤謬」とは、個々の企業や政府・地方自治体などによるリストラや合理化措置や財政の緊縮が合算されると、マクロ的には需要不振をまねいて不況要因になってしまう結果となるということを意味しているわけですが、最近のわが国のマスコミは、この危険性を、ほとんど全く無視・忘却してしまっているようです。

 しかし、内閣府による本年69日、8月13日および9月10日に発表された平成15年度GDPの第1次推計から第3次推計までの数字は、マスコミによるそのような考えの浅い想定とは正反対に、むしろ、きわめて苛酷・凄惨な合成の誤謬による被害の甚大さを示していると、見なければならないのです。

 内閣府のGDP推計(上記、本年9月10日発表の推計値)によれば、平成15年度、名目ベースでは「民間投資支出」の対前年度比増加額は5.48兆円(在庫投資をも含む)、財貨・サービスの「純輸出額」(すなわち輸出超過額)で示される「外需」の増加額が3.0兆円、この両項目の対前年度比増加額を合算した額は8.48兆円であり、それから生じる「乗数効果」だけでも、名目ベースで2122兆円のGDPの増加、すなわち4.24.4パーセントの経済成長率(同じく名目ベース)が達成されてしかるべきはずでした。

 しかし、中央政府および地方自治体の緊縮財政によって、公共投資など「公的需要」が名目ベースで4.52兆円のマイナス、それから発生する「マイナスの乗数効果」によるGDPの減少が、1112兆円(名目ベース)程度は生じてしまったはずです。そして、事実上の「マイナスの投資支出」である企業のリストラによる人件費削減のマクロ的結果が、「雇用者報酬額」(「雇われている勤め人」の受け取った報酬額)の対前年度比(すなわち平成14年度比2.4兆円の減少ということでありましたから、それからの「マイナスの乗数効果」によるGDPの減少が6兆円(名目ベース)程度は生じたはずです。すなわち、「合成の誤謬」の帰結は、この二項目の合計で、マイナス1718兆円に達していたはずであったわけです。かくて、平成15年度のわが国経済のGDPは、「プラスの乗数効果」による増加が2122兆円、「マイナスの乗数効果」による減少が1819兆円、差し引きした正味の名目ベースGDP増加額は、内閣府の910 日の発表に示されていた3.85兆円(0.8パーセントのプラス成長)程度のものにとどまってしまったわけです。 

 すなわち、政府の経済政策などをあてにしないで自助努力で頑張ったわが国の無数の企業による努力の成果の大部分が、このように、「合成の誤謬」によって、見るも無残に潰されてしまったということが記録されているのが、昨年度のわが国のGDPの数字であったわけです。つまり、平成15年度のわが国の経済においては、「緊縮財政」と「合成の誤謬」の帰結は、きわめて苛酷なものであったのです。したがって、上掲の表に示したような「公共投資額」のきわめて大幅な削減など最近の「公的需要」の顕著な減少の趨勢は、真剣に憂慮されねばなりません。

 

 コントロール不能の危機的事態

 しかも、上述のおごとく、いまや、わが国の企業によるそのような自助努力の成果であった「好況」も、腰折れの兆候が多く見られるようになり、軟着陸どころか、むしろ、マイナスの「加速度原理」プロセスの発現によるハード・ランディング(墜落)の危険性が濃くなってきているのです。言うまでもなく、そのことは、わが国の中央政府や地方自治体の財政破綻をも、いやがうえにも絶望的なものにするでありましょう。

  現在、わが国のマスコミでは、消費税などの増税もやむなしとしつつも、政府予算については、政府のリストラ努力が足りず財政支出の節減が不十分だとする批判論が主流となっているようです。年金制度など社会保障への支出についても、それを削れという意見が強くなっていて、現実に、政府の政策も、その方向に動きつつあります。 経団連など財界も、同様な内容の政策案を提言しています。しかし、だからといって、政府が、財政のプライマリー・バランスの赤字を是正しようとして財政支出の削減や増税に努めれば、それは経済の景況を悪化させ、そのことが税収の減少を激化させて、政府や地方自治体の財政破綻はますます深刻化せざるをえないことになります。上掲の表が物語っているように、政府の財政支出の削減努力は、近年においては、むしろ、強引なまでに推し進められてきたのですが、にもかかわらず、政府財政の破綻状況は、ますます深刻化してきているのです。

 そして、膨れ上がり続ける政府債務への同じく膨れ上がり続けている利息の支払い(すなわち「国債費」支出の増加)も、政府が新規に国債を発行し続けることによって、やっと行なわれているのが現状です。しかも、期日が来た政府債務の償還・返済は、今ではごく僅かしか行なわれておらず、ほとんどの政府債務が借り換えを続けることで、先送りされ続けているといった状況です。つまり、わが政府財政は、その巨額の借金の返済などは思いもよらず、支払わねばならない利息の額もどんどん増えていっているわけですが、その利息を支払うだけのお金も無く、結局、次々とさらに新たな借金をし続けることによって、辛うじて主に利息だけを支払うといったことを続けざるをえないような悪性症状に、陥ってしまっているのです。

 それでも、国債の大部分が日銀によって購入・保有されている形になるのであれば、それは、政府の利子支払い負担や償還負担を軽くしつつ政策財源を調達するということに、役立つでありましょう。なぜならば、日銀のオーナーは政府であり、政府は、日銀に対する利息の支払いや債務の返済・償還を、事情によっては無期延期することもできるはずだからです。それでなくても、日銀は、所定の金額以上に利潤を稼得した場合には、その超過利潤額を上納金として政府に納めなければならない規定になっていますので、政府が日銀に多額の利息を支払ったようなときには、結果的に、その金額の大部分が政府財政の一般会計に日銀から還流してくることになると考えられるからです。

 しかし、現実には、現在、わが財務省当局は、国債を、極力、民間の資金市場において市中消化させ、あるいは、一般投資家に購入させようと努力しているのが実情です。今後、GDPが伸びなやみ、あるいは低下しはじめるようなことになれば、国債のそういった市中消化はしだいに困難になると考えられます。しかも、利払いや償還の財源とするために発行された国債を購入するために使われた民間資金は、直接には有効需要支出にはなりませんから、景気をいっそう悪くする効果も生じてきます。そればかりではなく、最近では、財務省は、外国の投資家たちにも、わが国の国債を売ろうとしはじめているようです。

 いずれにせよ、そのようなことをしていれば、政府による国債など債務に対する利子支払額や元本の償還・返済額は、それから逃れることがきわめて困難な、のっぴきならない形で膨れ上がるいっぽうとなり、政府の財政政策面でのフリーハンドが、いちじるしく失われてしまうということになりましょう。

 すなわち、そのように、のっぴきならない形で膨れ上がっていく重荷に拘束されているような状況では、政府の経済政策の策定責任者としても、国債の思い切って大規模な新規発行を強行して、それを財源とした大々的な総需要拡大政策を断行するといった、いわば「最後の賭け」のような政策的決断を下すようなことは、とてもできないでしょう。もしも、そのような「一六勝負的な」決断への怖れや逡巡から、姑息な程度の政策しか実施しえないようなことになるとすれば、「虻蜂取らず」といったこととなり、その結果は、これまでよりも、かえって悪いことになるでありましょう。事実、そのような中途半端な「虻蜂取らず」の政策が続けられてきたことこそが、現在のわが国の財政危機をもたらした主要な原因であったと言うこともできるわけです。

 このような状況ですから、今後は、国債を新規に増発しても、その大部分は利払いなどの「国債費」に食われてしまうことになります(現在、すでに、そうなっています)。したがって、国債をますます大規模に増発せざるをえなくなるにもかかわらず、それによって財政のプライマリー・バランス(国債費を除く財政収支)の赤字額をカバーすることは、ますます困難になります。すなわち、国債の増発が続いても、それを景気振興のための財政政策の財源とすることは、現実的には、ほとんど望み得ないことになり、政策麻痺が続くわけです。そして、この政策麻痺は、経済の不況・衰亡をますますひどくし、中央政府や地方自治体の財政破綻をいやがうえにも深刻なものにしていくことになります。

 これは、在来型の政策ではコントロール不可能な悪循環であり、今後の数年のうちに、これが、わが国の財政と経済をきわめて苛烈に痛めつけるようになってくるものと、予測しなければなりません。平成16年度の税収は41兆7千500億円と予定されているのですが、これは1990年度(平成2年度)の該当値に比べて34%も減ってしまった額なのですが、今後、ますます、それが減っていくことになる可能性が高いのです。

 すなわち、上述のように、平成16 年度(2004年度)の後半から平成17年度にかけて、わが国の経済の「好況」が腰折れしてしまうような事態ともなれば、それ以降は、上記の悪循環プロセスが、いよいよ厳しく作用してくることになるため、政府や地方自治体の税収の減少と財政破綻は、ますますもって、きわめて激甚かつ絶望的なものとなり、そのことが民間経済をもはなはだしく苦しめ続けることになる怖れが強いわけです。

 

 危機打開の方策はただ一つあるのみ

  このような悪循環は、民間のミクロ段階における個人や企業の力では、いかんともしがたい鉄鎖です。昨年度(2003年度)には、わが国の民間企業の活力が盛り上がり、民間設備投資と純輸出がかなり大きく伸びましたので、それによる「好況」の到来によって、この鉄鎖を打ち砕くことができるのではないかと思ったエコノミストも、多かったかもしれません。しかし、本稿で、昨年度のGDPの数値に基づいた詳細な分析によって明らかにしましたように、実際には、せっかくの民間企業活力の高まりによる民間設備投資と純輸出の増加から生じたプラス効果も、緊縮財政や企業自身のリストラ努力にともなう「合成の誤謬」のマイナス効果によって、ほとんど相殺されてしまって、マクロ的な経済の向上という形では結実しませんでした。そして、上述のごとく、現在は、景気後退の重大な危機的局面が、まさに始まろうとしているとさえ、考えねばならないような状況になってきています。鉄鎖の締め付けは、ますます厳しいものがあるわけです。

 この鉄鎖を打開するためには、やはり、政府の財政政策によるマクロ的な総需要拡大政策の大規模な実施が、ぜひとも必要です。とは言え、現在のわが国家財政の破綻しきった状況を考えると、そのような財政政策の財源を租税や国債発行にもとめることは、とうてい不可能です。では、どうしたらよいのか? 言うまでもなく、答えはただ一つあるのみです。すなわち、現行法でも明確に認められている「国(政府)の貨幣発行特権」(セイニアーリッジ権限)という「打ち出の小槌」を、実施がきわめて容易な間接的な方式で大規模に発動することに踏み切り、それを総需要拡大による景気振興のための大々的な財政政策の財源調達手段とし、また、巨額の政府債務を処理するための財源ともすればよいのです。

 現在、わが国の経済には、超大規模のデフレ・ギャップが発生し居座っています(本誌平成1412月号の私の論文でも詳述しましたように、政府は、まぎらわしい欺瞞的な数字を用いて、この巨大なデフレ・ギャップの存在を秘匿してきており、本年921日の内閣府の発表にいたっては、本年4〜6月期のわが国の経済においてこのギャップがゼロになり、完全雇用・完全操業の超好況の状態に達しているかのごとく示したのですが、これはきわめて悪質なウソです)。このような超大規模なデフレ・ギャップの存在ということは、商品の生産能力・供給能力における厖大な余裕の存在を意味しています。したがって、インフレ・ギャップが発生する危険は皆無であり、この「打ち出の小槌」の大規模発動によって、なんら問題なく、わが国の財政と経済をきわめて即効的かつ確実に再建・再興させることができるのです。

 本稿で詳述しましたように、今やわが国経済の崩落の危険は、刻々と迫りつつあると考えねばなりません。ですから、この「打ち出の小槌」財源を大規模に活用し、総需要拡大によって、マイナスの「加速度原理」プロセスの食い止めと、経済の再興、ならびに、国民にまったく負担をかけない形での財政再建を、一挙に実現することに、一日も早く踏み切ることが、ぜひとも必要なのです。

 

日本経済10%成長論 丹羽春喜教授