『自由』平成198月号予定

         サッチャー、レーガン伝説とフリードマンのマネタリズム

                                             丹羽 春喜

                                     (日本経済再生政策提言フォーラム会長、経済学博士)

 

マネタリズムは間違っていた

 昨年の秋に死去した米国のミルトン・フリードマン教授は、アグレッシブな「反ケインズ主義」で知られるシカゴ学派の頭領として、そして、同学派の中でも、とりわけマネタリストたちを率いて、全世界的に、一時は、きわめて大きな影響力を持った著名な経済学者でした。確かに、戦前の大不況の主要原因の一つが当時の米国の金融政策の失敗にあったとする彼の分析は、貴重な業績でしたし、さらには、わが国でもベスト・セラーズになった彼の著書『選択の自由』などは、自由主義の経済哲学をわかりやすく説いた名著でした。


 しかし、実は、冷静に回顧してみますと、フリードマンが、とくに彼のマネタリスズムの理論的パラダイム(基本モデル的な思考)に立脚して、1970年代以降に行なってきたマクロ経済政策的な分析や提言のほとんど全ては、現実的な妥当性に乏しいものにすぎませんでした。


彼の主唱したマネタリズム的な政策案とは、ケインズ的な財政政策を排して、マクロ政策は金融政策のみにしぼり、マネー・サプライ(通貨供給量)の伸び率を一定に保てば、経済のマクロ・コントロールは全てうまくいくと強調しているものでした。わが国の経済論壇では、現在でも、このフリードマン流のマネタリズム政策で、1970年代の米国経済はスタグフレーションから脱却しえたのだと述べている経済評論家を散見しますが、それは、明らかに、事実誤認による誤った判定です。


当時の米国で、マネタリズム的政策が連邦政府の公式のスタンスとして実施されたのは、1970年代の半ば前後以降、すなわち主としてカーター政権の時代であったわけですが、1975年から1980年までの6年間に、米国の消費者物価は2倍(日本は1.53)、卸売物価は1.7倍(日本は1.36)に高騰し、しかも、経済の実質成長率が、それ以前の時期に比べて、むしろ低下して(19747580年にはマイナス成長)、失業率も78パーセントといった高い率に達するにいたりました。要するに、1970年代の当時、マネタリズムの実施によって、米国経済のスタグフレーション状況は、かえって、悪化したのでした。


 英国でも、サッチャー政権の前半期に、マネタリズムの経済政策の実施が試みられたのですが、これもまた成功とは程遠いものでした。もともと低成長が続いてきていた英国経済ではありましたが、サッチャー政権下の1980年代前半、英国の実質経済成長率はいっそう低くなり(一再ならずマイナス成長の年が生じました)、失業率も80年代の後半まで1113パーセントといった非常に高い率にまで高まって続きました。しかも、そのようなマネタリズム政策が実施されていた時期には、物価の高騰も激しくなりました。すなわち、英国の小売物価は、1975年から80年までの6年間に2倍半に上昇した後、サッチャー政権時代に入ってからも、80年代の半ばまでに、さらに4割以上も高騰したのです(日本の消費者物価上昇は80年代の同期間に14分でした)。


もちろん、サッチャー首相の、フォークランド諸島防衛戦における果断な戦争指導や、左翼的自虐史観の浸透と闘って、崩壊に瀕していた英国の初等教育を見事に再生・正常化させた業績などは、敬服せざるをえない立派なものでした。しかし、同女史の政権の前半期における経済政策の主軸であったマネタリズム的な施策の結果は、どう見ても、失敗と言わざるをえないものでした。したがって、同政権の後半期になると、事実上の「マネタリズムからの離脱」が行なわれ、それによって、ようやく、英国経済は徐々に調子をとりもどすことができるようになったのです。


上記でもふれましたように、マネタリズムによる経済政策の中核は、マネー・サプライを安定的な伸び率に保つということであったはずですが、米英両国とも、マネタリズム政策の実施期間においては、マネー・サプライの変化がきわめて大幅で不規則になってしまいました。すなわち、ケインズ的な財政政策を封止してしまって、金融政策のみに頼っているような状況では、マクロ的に経済をコントロールすることがきわめて困難になり、マネー・サプライも上下に大きくかつ不規則にぶれ(・・)ざるをえなくなったわけです。これは、まさに、痛切をきわめた経験でした。すなわち、フリードマン流のマネタリズムは、間違っていたのです。

 

神格化されたルーカス理論の奇怪な特質


今日では、エコノミストたちの多くがよく知っているように、このようなマネタリズムの失敗が明らかになった後は、今日まで、新古典派エコノミストの陣営による「反ケインズ主義」の思想攻勢は、マネタリズムを捨てて、それに替えて、ロバート・ルーカス教授の創案になる「ルーカス型総供給方程式」による「有効需要政策無効論」に、主として依拠して行なわれるようになりました。

つまり、このルーカスの理論では、有効需要(
生産されたモノやサービスを実際に購入する需要)が増やされても生産や雇用が増えて経済が実質タームで成長するようなことは無いとして、その意味で、ケインズ的な「有効需要の原理」は妥当しないのだと決め付けられており、したがって、財政政策によるものであろうと、金融政策によるものであろうと、有効需要拡大政策などは無効だと強調されるにいたったのです。実は、ルーカスによって導きだされたこのような奇妙な結論は、需要が変動しても企業は「資本設備の稼働率を変化させてそれに対応しようとはしない」ものとするという、極度に非現実的な前提を暗黙のうちに置くという「理論的トリック」によって、ようやく、無理やりに、「有効需要の原理」が作動しないという論理を作り上げた奇怪な理論でしかなかったのです(このことは、平成18年に学術出版会より上梓した丹羽の著書『新正統派ケインズ政策論の基礎』、6790ページで詳説されているほか、本誌平成139月号の丹羽論文でも概説されています)。


しかも、このルーカスの「理論的トリック」に立脚すれば、政府によるケインズ的財政・金融政策などとは関係なしに、純粋に民間の経済活力の高まりで民間投資が盛り上がって総需要(すなわち有効需要支出の総額)が増えたような場合であっても、同様な論理で、マクロ的には経済が成長することはないというシニカルな結論になってしまうのです。もしも、本当にそのようなことであるならば、そもそも、市場経済システムのもとでは経済の成長や発展などが全く望めないという、奇妙な結論になってしまいます。また、そのように、需要に対して生産・供給が適応しないものと決め付けてしまうならば、私有自由企業制度に基づく資本主義的な市場経済システムの特徴とされてきた「消費者主権の原理」をも、根源的に否認することになってしまいます私は、このことを本誌の前号でも指摘しておきました)。したがって、ルーカスたち新古典派のエコノミスト・グループは、従来からマルクス主義陣営からなされてきた「消費者主権の原理」を否定・否認しようとする資本主義批判論に、いっそうラジカルな形で荷担しているものにほかならないわけです。


実は、フリードマンも、かなり以前から、総需要が増大したときに物価も上昇するような場合には、労働者たちがそのことに気がついて予想物価上層率に見合うような賃金引上げを企業経営者に対して要求するようになったときには、総需要の拡大も経済の実質成長をもたらすことにはならなくなるとして、ケインズ的な「有効需要の原理」は妥当しなくなるだろうと、述べてきました。しかし、フリードマンのそのような意見は、かなり漠然とした示唆にとどまっており、理論的に明確な裏づけがなされていたものではありませんでした。

このようなフリードマンなどの「有効需要の原理」を否認しようとする「反ケインズ主義的」な漠然とした想念に、とにもかくにも、「明確な理論体系」を与えたのは、結局、ルーカスであったわけです。しかし、上述のように、その「明確な理論体系」なるものは、「需要が変動しても、企業は、資本設備の稼働率を変化させないものとする」という、きわめて非現実的な前提を置いたことによって、ようやく組み立てられた「理論的トリック」による論理でしかありませんでした。つまり、マネタリズムが失速してからは、新古典派エコノミストたちのグループによる「反ケインズ主義」キャンペーンは、ルーカスによるこの牽強付会の極致ともいうべき奇怪な論理を主要な武器として(いまや、ルーカス理論は神格化されています)なされているのが現状なのです(小泉内閣の経済政策スタンスも、基本的には、このルーカス理論に基づくものであったと言うことができます)。



 

「恒常所得仮説」には実証的裏づけは無い


ここで、フリードマンの「恒常所得仮説」についても、若干、述べておきましょう。この仮説は、人々が「恒常的所得」からのみ消費支出を行ない、ボーナス、残業手当、減税還付金などの「変動所得」からは消費支出はなされないものとするという説です。フリードマンは、この仮説に拠って、ケインズ的な景気振興政策によっても人々の「変動所得」が増えるだけで消費支出には波及せず、したがってケインズ的政策の効果は乏しいはずだと論じたのでした。この仮説に基づくそのような議論が、彼がケインズ主義的な有効需要政策の効果を否認してマネタリズムを唱道するにいたった、一つの重要な理論的伏線となっていたわけです。

わが国では、マネタリズムの影がすっかりうすくなってしまった現在時点でも、かなり数多くの経済学者や経済評論家たちが、このフリードマン流の「恒常所得仮説」を無謬のものと思い込んで、これを批判することなどは許されないことだと、考えているようです。


しかし、虚心坦懐に考えてみれば、誰でもがすぐにわかるように、彼のそのような想定は、きわめて非現実的な話であり、あくまでも「仮説」にすぎないのです。もちろん、実証的に裏づけられたことなどは、ほとんどまったくありませんでした。


このような「恒常所得仮説」が、どの程度に妥当性をもっているかを吟味することにも役立てるために、私は、わが国の「消費関数」を計量経済学的な手法で厳密に推計してみました。本稿では、この研究作業の詳細を述べるだけの紙幅の余裕がありませんが、要するに、私のそのような推計作業での計測結果として算定されたわが国の経済社会における「消費性向」は、「恒常的所得」にも「変動所得」にも、ともに、しっかりと作用し続けてきているということが、統計学的に疑念の余地の無い客観的事実そのものであると、判明しました。つまり、フリードマンの「恒常所得仮説」は、少なくとも日本経済に関するかぎりでは、全く妥当性を持ってはいないのです(本誌の平成148月号の丹羽論文、および、上掲の『新正統派ケインズ政策論の基礎』、91136ページを参照)。

 

レーガンの対ソ軍備強化の邪魔をしたボルカー


米国では、1980年代になると、確信犯的なケインズ嫌いのボルカー「連銀」議長(当時)に足をとられながらも、「反ケインズ主義者」であったはずのレーガン大統領が、実際には、事実上のケインズ的大型積極財政の断行による軍事力の強化に努めて、軍拡競争でソ連を圧倒し、冷戦の勝利を導きました。その後、米国連邦政府のマクロ経済政策のスタンスは、新古典派のそれとは一線を画して、むしろ、ケインズ主義の色彩をおびたものとして、今日のブッシュ政権にまでおよんでいます。


よく知られていますように、政府の財政政策が、積極的な大型赤字財政であって、その財源調達が国債の市中消化に拠っているような場合には、クラウディング・アウト(crowding out)の現象が起こる怖れがあります。つまり、国債の市中消化によって、資金が国庫に吸い上げられ、その結果、民間の資本・金融市場で資金が不足となり、市中金利が高騰して、民間投資が抑えられて景況が悪化するといった副作用が生じる危険性があるわけです。しかし、中央銀行──すなわち、米国であれば連邦準備銀行による「連邦準備制度」(いわゆる「連銀」)、日本であれば日本銀行──が、「買いオペ」(民間保有の有価証券の買取り)のような金融政策手段を実施して、民間金融市場に資金を補給することさえ行なえば、そのようなクラウディング・アウト現象は、それを、むしろ容易に、防止することができます。そのように、常に、クラウディング・アウト現象の発生を防止しつつ政府の財政政策をバックアップするのが、中央銀行による金融政策の、きわめて重要な任務であるはずです。


ところが、カーター政権時代からレーガン政権も半ばを過ぎた1987年まで「連銀」(連邦準備制度)議長を務めていたボルカー氏は、イデオロギー的な「反ケインズ主義」という彼の信念に基づいて、対ソ軍備拡充を目指したレーガン政権の事実上の「ケインズ主義的」な積極的大型赤字財政を金融政策でバックアップするということを、まったく行なおうとはしなかったのです。その結果、当時の米国経済では、激烈きわまるクラウディング・アウト現象が発生し、米国の国内金利は年利20パーセントを超えるほどの極端な高金利になってしまいました。


米国の産業は、このような高金利で、大打撃を受けました。やがて、このような高金利に誘われて、日本や西ドイツなどから大量の資金が米国に流入してきましたので、米国の極端な高金利は、やや、是正されはじめましたが、このような外国資金の米国への大量流入のプロセスは、必然的に、対外為替市場における「ドル高」を惹起することになりました。言うまでもなく、こういった「ドル高」は米国の産業の対外競争力劣化と空洞化を激甚なものとしました。


確かに、レーガン政権の時代、米国は、軍事力の競争ではソ連に対するリードで、水を空けるいっぽうでした。そして、ついに、ソ連は屈服したわけですが、他方では、あの当時、わが国でも、街の書店などでは、「レーガノミックスの崩壊」などといった題名の書物が幾種類も山積みにされて売られていましたし、テレビでは、連日のように米国産業の深刻な空洞化の状態が放映されていました。あの当時のそのような状況を、本誌の読者諸氏も、今なお、記憶しておられるはずです。


クラウディング・アウト現象が経済を痛めつける重大な危険性があることを強く指摘してきたのは、主として新古典派のエコノミスト、とくにマネタリストたちであったはずです。レーガン政権時代の前半期のころ、米国(ならびに全世界)における新古典派的な「反ケインズ主義」運動の主力を占めていたのは、まさに、マネタリストたちでした。ところが、その「反ケインズ主義者」たちの陣営は、ボルカー「連銀」議長をはじめとして、レーガン大統領の対ソ軍備強化のための大型積極赤字財政によって米国経済に生じた上記のごとき激烈なクラウディング・アウト現象を、ただ単に、傍観・放置するようなサボタージュ的なスタンスでいたのです。マネタリズムのパラダイムこそ、まさに、金融政策の重要性を強調してやまないはずのものであったにもかかわらず、そして、金融政策の適切な発動がありさえすれば、クラウディング・アウト現象の惨害を防止することは十分に可能であったにもかかわらず、彼ら(彼女ら)は、それをしようとは、まったくせず、あるいは、そうすべきだとも、提言しなかったのです。


米国経済が、なんとか立ち直りはじめることができるようになったのは、1985年秋の「プラザ合意」で「ドル高」(=円安)の是正が開始され、そして、1987年にボルカー氏が解任されて、後任の「連銀」議長にグリーンスパン氏が就任してからのことでした。


1970年代の後半から1980年代にかけての当時、ソ連は、無理に無理を重ねるような、非常手段的な経済運営をあえてして、きわめて大規模な軍備拡大を強行していました(このことについては、防衛学会賞を受賞しました私の著書『ソ連軍事支出の推計』、原書房、1989年刊で詳細な分析がなされていますので、関心をお持ちの読者諸氏は、それをお読みください)。したがって、レーガン大統領が断行した「事実上のケインズ的な」大型積極赤字財政の断行による米国軍備の増強という施策は、米国のみならず、グローバルに、西側自由主義文明を守るためにも、ぜひとも必要なことでした。ところが、そのような、きわめて重要な意義を担っていたレーガン政権の財政政策の「足を引っ張って」、それを、あわや画餅に帰させてしまおうとまでしたマネタリストたちのスタンスは、あまりにも奇怪でした。その当時から、マネタリズムなど、新古典派の「反ケインズ主義」イデオロギーによる政治的動きは、西側自由主義文明に対して、むしろ敵対的な性格を示しはじめていたわけです。

 

CIA内の「ソ連の手先」 レーガン


実は、ソ連との軍備競争では、ぜったいに負けるようなことがあってはならぬ、と頑張ったレーガン政権の政策スタンスに、かなり悪質な邪魔を入れようとしたもう一つのグループもありました。そのことにも、ここで、ちょっと触れておきましょう。

上記しましたように、1970年代の半ばから80年代末ごろまで、私は、ソ連の「真の」軍事支出(秘密にされていました)の推定と、それがソ連経済に与える影響を割り出すための計量経済学的シミュレーション分析に、寧日(ねいじつ)ないような状況でした。そして、当時のソ連の軍備拡張努力が真にすさまじいものであり、そのために、まさに、極度に非常手段的な経済運営がソ連で強行されつつあることを知って、そのことを論文や著書で明らかにすることで、多忙をきわめていました(そのようなシミュレーション分析については、私の著書のうち、とくに『ソ連軍拡経済の研究』、産業能率大学出版部、1982年刊で、平易・詳細な論述がなされています


ところが、はなはだ奇妙かつ困惑せざるをえなかったことに、当時の米国CIAは、「…‥ソ連の軍事支出は、対GNP比率などで見ても、それほど大きくはないし、伸びてもいない」とする一連の推計・分析結果を公表しはじめたのです。当然、左翼陣営は、鬼の首でも取ったように、「…‥ソ連は平和勢力であり、軍拡などやっていないことは、CIAの数字からでさえ証明されている、…‥だから、レーガン大統領が実施しつつある米国の軍備拡充政策は、即刻、やめるべきだ!」などと、叫びはじめました。


しかし、私は、CIAのそのようなソ連軍事支出についての推計・分析報告書を詳細に吟味してみて、愕然とせざるをえないような重大事に気がつきました。つまり、そのようなCIAの推計・分析作業では、目立たない形ではありましたが、幾つかの、通常の経済分析では使われないような「不適切」かつ経済学的には「誤った」分析手法や計算方法が、わざ(・・)()用いられていたのです。そうであったからこそ、CIAの報告書では、当時のソ連の軍事支出が、対GNP比率でも、その伸び率でも、意想外に低く算出されて示されることになったというミス・リーディングな結果が、導き出されていたのです(このことについては、上掲の私の著書『ソ連軍事支出の推計』の第5章で詳述されています)。


はっきり言えば、それは、きわめて巧妙で悪質な「知的トリック」にほかなりませんでした。それを「仕組んだ」者たちは、当時のソ連の経済や財政に通暁しているとともに、最新の数理経済学やエコノメトリックス、投入産出分析といった精緻な計測・分析手法をも、知り尽くしていたに違いありませんでした。それは、まさに、そういった高度の専門家であってこそはじめて考え出すことができ、仕掛けることができるような、きわめて特殊にテクニカルで綿密に工夫の凝らされた方法論的「知的トリック」そのものでした。それは、断じて「うっかりミス」などではありませんでした。すなわち、当時の米国CIAには、ソ連の経済や軍事支出を分析する重要なセクションのなかに、きわめて有能で頭脳明晰な「ソ連の手先」たちが潜んでいて、レーガン大統領が推進しようとしていた対ソ軍備の拡充を困難にするようなディス・インフォーメーション(欺瞞情報)の捏造・流布という謀略活動を行なっていたと、考えねばならないのです。


実のところでは、ひょっとすると、当時のレーガン大統領ならびにそのマシーンの人たちは、このようなCIA内部に潜んでいた「ソ連の手先」らしき者たちの策動状況を、とっくに掴んでいながら、なんらかの事情で、わざと、泳がせていたのかもしれません。しかし、たとえ、そうであったとしても、やはり、レーガン大統領といえども、お膝元のCIAからなされはじめたこのような敵性色の濃いディス・インフォーメーション工作には、かなり困惑したことであろうと思われます。しかし、レーガン大統領は、終始、それに惑わされるような姿勢を示したことは、ありませんでした。



 

風説的な俗流伝説の鵜呑みは危険有害


以上のような本稿の論述で明らかなように、レーガン大統領が真に偉大であったのは、ボルカー「連銀」議長など新古典派マネタリスト・グループによるクラウディング・アウト現象の惨害に対する放置・傍観というサボタージュに屈することなく、また、「ソ連の手先」であった疑いが濃かったCIAスタッフたちによるディス・インフォーメーション工作に惑わされて(ひる)むこともなく、断固として、「事実上のケインズ的積極大型赤字財政」の実施による対ソ軍備の拡大・整備という基本戦略の遂行に邁進し、軍事力競争でソ連を圧倒して、米国、ならびに、ひろく西側自由主義陣営の、冷戦における勝利を導くという業績を収めえたからであったと、判定することができます。


また、やはり、すでに上記で述べましたように、英国の元首相サッチャー女史も、フォークランド紛争における卓抜な戦争指導や、混迷の極にあった英国の初等教育の根本的な改革・再建の成功といった、類まれに見る優れた業績をあげたわけです。

しかし、現在、わが国で一般的に流布されているような、「サッチャー首相とレーガン大統領が、反ケインズ主義的な新古典派の経済政策、とくにフリードマン流のマネタリズムで、英国と米国の経済の繁栄・興隆を見事に達成したのだ!」とする通説は、客観的な歴史的事実とは、大きく食い違っていると考えねばなりません。ですから、本稿では、この点を、かなり詳細に論述してきたわけです。


今後、わが国では、政府財政の再建と経済の力強い興隆を達成しなければならないことをはじめとして、年金制度など社会保障の充実、自然環境の改善、ハブ空港の建設など社会資本のいっそうの整備、そして、なによりも、防衛力の拡充を、といった重要な諸国策を、国民にほとんど負担を負わせることなく、十分に実現していかねばなりません。しかも、これらの重要国策の遂行は、緊急に行なわねばならないものばかりです。そのためには、市場経済のメリットを十分に活用していくことは当然のことであるとしましても、本稿でも指摘してきましたような新古典派の不合理な政策思想からは脱却して、むしろ、ケインズ主義的政策論のパラダイムを効果的に取り入れた合理的な政策構想の策定が、なされねばなりません。


このことを真剣に考えるとき、わが国の識者たちの多くが、上記のような俗流的でミス・リーディングな「サッチャー、レーガン伝説」を安易に鵜呑みにして、疑いもしないでいるという現状は、まさに、憂慮にたえない危険・有害な状況であると言わねばならないしだいです。










日本経済・税制・財政協議会