EUの経済的危機に想う
『カレント』誌、平成178月号掲載

日本経済再生政策提言フォーラム会長

経済学博士 丹羽春喜


 とくに私に「先見の明」があったのか?

 EUの危機が、いよいよ重大化してきた。フランスやオランダなどが「EU憲法」の批准をなしえなかったということも、さることながら、そのような情勢の背後には、フランスやドイツなどEU圏主要諸国の半永久的とさえ思われるような悪性の経済不振と、それをもたらしてきた共通通貨「ユーロ」に内含されている固有の矛盾が在り、いまや、そのことが隠しようも無く表面化してきているわけである。

 想い起こしてみると、私は、いまから5年前に、本誌(『カレント』誌)の平成12年(2000年)の月、5月、7月の各号に執筆した私の論文においても、そのような共通通貨「ユーロ」の導入にまで踏み切ったEU型の経済運営の危険性を指摘し、わが国が、その轍を踏んではならないと警告したのであった。もちろん、私は、本誌(『カレント』誌)に掲載した論文だけではなく、たとえば、経済学関係の幾つかの学会での討論などにおいても、そのような趣旨の指摘を、繰り返し、行なってきた。EU圏諸国において共通通貨「ユーロ」紙幣の発行・流通が開始されたのは2002年の1月からであったから、私は、その2年も前から、その危険性を指摘し、批判してきたわけである。言うまでもなく、その当時から最近までは、わが国の経済論壇は、「単一共通通貨《ユーロ》導入によるEU広域経済圏の完成、万々歳!」といった論調一色であったのであるから、その危険性を指摘・批判し続けたエコノミストは、わが国では、多分、ただ一人、私だけであったのではないかと思う。

 といっても、とくに私に「先見の明」があったというわけのものではない。ただ単に、ごく初歩的な経済学の基礎的な定理を踏まえて考えてみれば、そのように結論せざるをえなかったというだけのことなのである。

 


 各国の金融政策、財政政策を奪ったユーロ

たとえば、金融政策のことを考えてみよう。ブリュッセルのEU本部ないし欧州中央銀行(ECB)の金融政策担当者がEU圏の全般的な平均的景気動向に基づいて決めた利子率は、言うまでもなく、「ユーロ」圏全域に一律に適用されている。したがって、圏内の平均的な景況に比べて、同じく圏内ではあっても、むしろ不況・停滞に苦しめられているような国ぐにの多くにとっては、その利子率は高すぎ、不況・停滞からの脱出を困難にするであろう。逆に、同じく圏内の、平均的な景況以上に景気過熱やインフレ傾向に悩んでいるような国ぐににとっては、その利子率は低すぎ、そのことが、それらの国ぐにのインフレ傾向をますます助長することになってしまう。この矛盾は、「ユーロ」が単一共通通貨であるかぎり解決不可能である。


 財政政策の場合は、どうか? そもそもEUでは、加盟国の政府が赤字財政による財政政策を実施することに対しては、厳しい制限が課せられているのであるが、それを押し切って、ある国の政府が、その国の経済の不況・停滞からの脱出を目指して、総需要拡大のために、国債発行を財源とする積極的な財政政策を行なおうとするような場合を考えてみよう。実は、この場合、金融政策による支援が不可欠なのである。なぜならば、政府が国債を発行して、それを市中消化させれば、必然的に、国債購入代金の形で民間資金が国庫に吸い上げられるわけであるから、民間で資金不足が生じてしまい、そのことが、かえって景気を悪くさせてしまうことにもなりがちだからである。これが、いわゆる「クラウディング・アウト」現象である。


 これを防ぐためには、普通は、当該国の中央銀行の「買いオペレーション」(中央銀行が民間の有価証券を買い取って、その代金として、資金を民間金融市場に注入する施策)のような金融政策的な方策を同時に行なって、政府による国債の発行・市中消化を財源とする財政政策をバック・アップしなければならないのである。あるいは、戦前のわが国で、高橋是清蔵相と深井英五日銀総裁が行なったように、新規発行国債を中央銀行が引き受けるとか、さらには、私が幾度も提言してきたように、明治維新時の「太政官札」発行の故知にならって、政府貨幣としての政府紙幣発行権限(国のセイニアーリッジseigniorage権限)の直接的もしくは間接的な発動を財政政策の財源調達手段とすることにすれば、この「クラウディング・アウト」の危険は、完全に回避しうる。しかし、上述のごとく、現在すでに、EU「ユーロ」圏各国は、そのような金融政策・貨幣政策を実施する権限を、奪われてしまっているのである。



 為替レートの「ハンディキャップ供与」機能を棄てた暴挙


さらに、EU「ユーロ」圏における真に憂慮されるべき問題点は、為替レートの「ハンディキャップ供与」機能が失われたことである。実は、為替レートの重要な役割は、ちょうどゴルフ競技におけるハンディキャップと同様であって、たとえば、生産性がきわめて低い後進の発展途上国であっても、その国の通貨が国際通貨市場(外国為替市場)で安く評価される──つまり、その国の通貨が安く評価された為替レートが決まる──ために、その国は、その産物を世界市場に安値で売ることができるようになり、結局、そのような後進の低生産性国でさえもが、貿易による国際分業に参加して、経済的に自立しうるようになるわけである。これが、為替レートの「ハンディキャップ供与」機能である。これによってこそ、国際分業が成り立ち、人類文明も成り立っているのである。言うまでもなく、「ユーロ」という単一共通通貨を導入し、それぞれの国の固有の通貨を廃止してしまった(あるいは、廃止する予定のEU諸国は、このような「ハンディキャップ」を受けることができなくなっているのであり、国際分業の利益も、十分には享受することができなくなってしまっているのである。今後、EU「ユーロ」圏において、このことから生じてくる否定的な帰結は、まさに、はかりしれないものがあるであろう。  

以上















丹羽春喜日本経済10%成長論